4話 自己紹介をしました
「一晩かけてじっくりと考えてみてください」
ルーイ・ルーがそう言い残すと三人は部屋を出て行った。
いろいろあって疲れただろうから、今日はとりあえず説明だけで帰りますね…とのことだ。
いろいろの原因のほぼ全部が自分たちであると自覚しているのだろうかあの男共は。デリカシーというものがなさすぎる。もちろん本人たちにはそれを言えてない。度胸ってどこで売ってるのかな…。
「……ぐすっ」
心の中でルーイ・ルーたちに向けて悪態をついている間に、市橋嬢はだいぶ落ち着いたらしい。
涙が止まり、鳴海嬢に渡されたタオル――実はこのタオルはルーイ・ルーがどこからか持ってきたもの――で顔をぬぐっていた。
そんな市橋嬢の背中をやさしくさする鳴海嬢。心なしか鳴海嬢には後光が差しているように思える。天使とは彼女の事を言うのだろう。天使だ!
「…えと、この部屋と隣の寝室と各種設備は自由に使っていいそうですよ」
感動して見ているだけではどうにもこうにも進まないので、私はルーイ・ルーに言われた事を彼女たちに告げた。
二人は私の声に気付くとどことなく驚いた顔になり、慌ててそれを取り繕ったように見えた。
もしかして私の存在を忘れてたとか、そんな事はないよね?
…ないよね。ないはず。うん。
ちょっと切なくなる疑惑は横に置いといて、私は二人と一緒に部屋を見て回る事にした。
自由に使っていいと言われても、何があるのかちゃんと把握しておかないと何かあった時に困るし、それがもとで喧嘩が起きても困る。
ちなみにルーイ・ルーたちが出て行った廊下につながってるドアはまっさきに調べたが、鍵がかかっているのかビクともしなかった。
逃げるのは無理そうだ。
そもそも逃げた所で行くあてがないし、逃げたとしても召喚魔法があるということだから、逃げてもまた召喚魔法で呼び戻される可能性もある。
よって、今逃げ出すのは得策ではない。
私たちはまず、隣の寝室を見てみようという事になった。
場所はルーイ・ルーたちが出て行ったドアから少し離れた、棚の横にある少し小さめのドアの先である。
入ってみるとそこは寝室というには大きすぎる部屋で、窓側から順番にキングサイズのベッドが4つ、等間隔で並んでいた。
それだけではなく、ベッドとベッドの間にはイスと机がセットで置いてあり、その机の上には花の活けられた花瓶が飾ってあった。
「すごっ…!」
「素敵な部屋、ですね…!」
市橋嬢と鳴海嬢は口を大きく開けて部屋を見回した。
そして市橋嬢が窓側のベッドに走りその上へダイブしながら「アタシここがいい!」と言う。
鳴海嬢もそれに釣られたように「では私はここにしますね」と、市橋嬢の隣のベッドに腰掛けた。
さっきまでの悲壮感やら何やらの感情はどこへ行ったのか、市橋嬢はご機嫌な顔で「ふかふかだぁ~」とか言いながらゴロゴロしている。鳴海嬢はゴロゴロとはしていないが、それでもぽふぽふとそのベッドを弱めにたたいていた。ちょっと楽しそうな顔で。
若い子は切り替えが早くていいなぁと思いながら、私は鳴海嬢の隣のベッドに腰を掛けたのだった。
ベッドのふかふかさを思う存分楽しんだ私たちは、少し顔を見合わせて、それから市橋嬢のベッドの側へと椅子を持ち寄って、とりあえず自己紹介とこれからの身の振り方についての話し合いをする事になった。
そう、自己紹介。
市橋嬢と鳴海嬢はすでに済んでいるが、私の紹介はまだなのだ。
「市橋くるみ、高1だよ。趣味はオシャレかな?」
ウィンクして笑う市橋嬢。
白地に水色リボンの水兵さんのようなセーラー服がかわいい。
彼女の髪は明るい茶色だが、眉毛には茶色要素が一切ない黒色なので、髪は染めているのだろう。
ショートヘアがよく似合っている。
「鳴海加奈子、中学3年生です。趣味は読書ですね」
私と市橋嬢に向けてゆっくりお辞儀をして丁寧な鳴海嬢。
赤いリボンを胸につけた紺色のブレザーにチェックのスカートの制服を着ている。
ゆるいウェーブのかかった長い黒髪はつややかで、前髪を小さな白い花のついたピンで止めている。
見た目も仕草も、どこかの箱入りお嬢様という感じだ。
「…影羽粋菜、30歳。影羽が名字で、粋菜が名前です。趣味は………なんだろ」
フルネームを言いたくはないのだが、言わない訳にもいかないので、私も名乗る。
私は無駄に癖のないストレートヘアで長さは背中の辺りまである。顔は…可もなく不可もなく? 自分で言うのもなんだが、人の印象に残らないという事はそこまでブスでも美人でもない、特徴のない顔立ちをしているんじゃないかなと予想している。
二人に倣い、趣味も言おうと思ったが、特に思いつかなくて首を傾げてしまった。
人に勧められるままに色々なものに手を出してきたが、趣味かと聞かれるとどれも違う気がする。
「…趣味がないならこれから作ればいいんですよ。これからよろしくお願いします、影羽お姉さん」
「そうそう、深く考えなくて大丈夫だよ! よろしくね、影羽お姉さん!」
考え込んでしまった私に二人は声をかけてくれた。
そうだね、趣味はこれから作れるものだもんね!と心の中で頷く私。
そして、こういう場合は心の中だけではダメだった事を思い出し、慌てて口を開いた。
「よ、よろしくお願いします。えと、市橋さんに鳴海さん」
「ため口でいいよ! 影羽お姉さん」
「そうですよー、スイナさんもう少し肩の力を抜きましょうよ!」
私がそういえば市橋嬢が笑って答え、ルーイ・ルーがそれに同意した。
……って、何でルーイ・ルーがここにいるのだ!
「……あー。ええと、なぜアナタがここにいるんですか?」
突然のルーイ・ルーの出現に驚いたのか、市橋嬢と鳴海嬢が黙ってしまったので、私が代表して彼に尋ねる。
ルーイ・ルーは嬉しそうに私の手をとり、答えた。
…この男は私の手を握らないと話ができない病気にでもかかってしまったのだろうか。
「ノックしても返事がなかったので。食事の用意ができましたよ」
「…そうですか」
悪びれる様子もなく笑顔な彼に、私はなんだか疲れて力が抜けた。
なんていうか、彼についてはもう考えるだけ無駄な気がする。とてもする。
手を振りほどこうとしてもやはりというか何というか、振りほどけない。手を放す素振りもないのでとりあえず彼の事はスルーすることに決めた。
ルーイ・ルーから目を逸らし、市橋嬢と鳴海嬢へと言葉を向けた。
「……だそうです。とりあえず、食べに行きましょうか」
「…うん、食べる」
「…そうですね、行きましょうか」
ルーイ・ルーの態度に二人も何かが疲れたのかもしれない。
私の提案に二人は素直にうなずいたのであった。
☆ ☆ ☆
カチャカチャと食器の触れ合う音が響く。
ルーイ・ルーによって案内された食堂で、私たちは夕飯を食べていた。
窓から見える空はまだ青く、夕飯ではなくお昼ご飯なのではと思ったのだが、そうではないらしい。
夜になると暗くなるのは当たり前だが、その暗さを照らすための灯りが貴重なものであるらしく、この世界では日が沈む前に夕飯を食べて寝る準備をし、日が沈んだら寝るのが普通なのだそうだ。
もっとも、貴族や商家等の裕福な家、魔法使いや魔術師はそうでもないらしい。 前者はお金で灯りを買えるそうで、後者は自らの術で灯りを生み出すのだそうだ。
その話になるほどと私たちが頷いていると、ルーイ・ルーが巫女様になれば灯りなんて使い放題ですよ! と言ってきたが、巫女になる気はない。そもそも、夜更かしは美容の敵なのだからと、私たちは聞こえなかった事にして食事を続けた。
私たちにスルーされたルーイ・ルーが少し落ち込んだように見えたのは気のせいだろう。
そうそう食堂には私たちの他には誰もいなかった。
おそらく私たちが気まずい思いをしないようにとの配慮か、教会に所属している者たちが巫女になりたくないと言い張る私たちと騒ぎを起こすかもしれないと思ったのか。どちらにしろ、まだ心の整理のついていない私たちにとってはありがたい事だった。
「それにしても、このパン硬すぎない?」
「そうですね。こんなに硬いパンは初めて食べました」
食事は野菜のスープと硬いパンだった。
スープは薄味だが野菜の出汁が出ていて結構好みだったが、パンは乾パンのようにカチコチに硬い。
そのパンを食べるのに四苦八苦している市橋嬢と鳴海嬢に私は言った。
「…スープにひたすとやわらかくなっておいしいですよ」
私がそういうと二人は顔を見合わせ、私の言った通りに食べた。
本当にやわらかくなったと言って感動している二人が微笑ましい。
「スイナさんは面白い人ですよね」
「……はい?」
ふいにルーイ・ルーがそう言うものだから、私は驚いた。
影の薄さには定評のある私だが、面白いと言われたのは初めてである。
しかも、初対面に近い男に言われたのだから。
思わず振り向いて彼を見てしまった。その彼はどこまでも穏やかな表情で、しかもその表情で私を見ているものだから、私は内心「ぎゃー!」と悲鳴を上げていた。
彼氏いない歴年齢は伊達ではないのだ。言いたくないが、男への免疫などないのだ!
まあ、それを顔に出さない程度には年齢を積み重ねてきているので、なんとか動揺を隠した。
「…面白いと言われたのは初めてですね」
ルーイ・ルーの顔をつい見てしまった理由を言い、なんとか誤魔化す。
そして、何もなかったかのように食事を再開した。
だからこそ食事に集中していた私は、彼が私の耳を見て楽しそうにしていた事には気付かないのであった。
※2016年5月9日、4話全文、書き直ししました。
※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました