3話 滅亡の危機なのだそうです
とりあえず部屋を移動することになり、私たちはルーイ・ルーたち三人に案内され、明るい洋風の暖炉のある広い部屋へと移動した。
皮張りの上にふかふかなクッションが置いてあるソファの上へと、市橋嬢・鳴海嬢・私の順に並んで座る。
「……なんで手を握ってるんですか?」
右を向けばルーイ・ルーが笑顔で私の右手を握っている。
彼はさっきのやり取りからずっと今まで――抱きつかれる前のあの事柄から部屋へと案内される間もずっと、私の手を握り続けている。
私の手に何かあるのか、それとも頭突きや肘鉄を受けた影響でアレな趣味を呼び覚ましてしまったのか、ずっとである。
どちらにしても、手を放してもらいたい私には迷惑である。
「もちろん、握っていたいからですよ」
「……そうですか」
「はい!」
迷惑だと言外に言ってもニコニコとルーイ・ルーは答えて受け流してしまう。
本当に、私の手を握っていて何が楽しいのか。
残念でセクハラ魔なこの男が、何を考えているのかわからない。
わかりたくもないが、とりあえず手は放してほしい。
からかわれている気がするのと、さっきから他の四人の視線が痛いのだ。
影が薄く目立たない事に慣れている人間に、数人とはいえこうも注目されるというのはとても辛いのだ。いたたまれないのだ。
そもそも、だ。
からかうにしても、相手の年齢と性別を考えるべきだろう。
この世界の結婚適齢期がいくつかはわからないが、教会云々で動いていると言っていた事と彼らの軍服のような神官服のような――装飾の多いどこかの民族衣装のようなものを着ている事を考えれば、おそらく13くらいから25歳くらいの間なのではないだろうか。
もちろん違う可能性もあるにはあるが、文明の感じからしてそんな気がする。
この部屋の設備からしても電化製品やその代わりになりそうなものはなく、照明器具になりそうなものも一切ない。窓から入ってくる太陽の光が唯一の光源である。
召喚魔法というものがあるのだから、魔法道具とかありそうなものだが、それもない。魔法というものはあるが、生活には絡んでいないように見えるのだ。
そんな文明であるのなら、子供を産むのであれば若い方がいいだろう。
つまり、30歳の私はとっくに適齢期を過ぎていると思われる。
自分で認めるのも悲しいが、行き遅れに分類されるのである。
……あ。適齢期を過ぎているからこそ、遊び相手に最適とか思ったのかもしれない。
昔、何かの本で読んだのだ。
適齢期を過ぎてもなお独身な女性は浮気相手として狙われやすいとかなんとか書いてあった気がする。
そうか、こいつ――ルーイ・ルーはただでさえセクハラ魔ですでに女の敵であるにも関わらず、独身女性の天敵とも言える存在でもあるのか。
……どことは言わないが、ちょんぎってしまった方が世界中の女性の為であるのではないだろうか。
「……おーい、おねえさん、聞こえてる?」
「え? あ、はい。なんでしょう!」
声に意識を向けてみれば、私の目の前で手を振る市橋嬢。
どうやら考えに没頭しすぎていたらしい。
視線の数と、その何ともいえない雰囲気に、いたたまれない気持ちになり顔に血が集まるのがわかる。恥ずかしい。
恥ずかしさをごまかす為に手で顔を触ろうとして、ルーイ・ルーに握られていない方の手に持っている箱の存在を思い出した。
机の上を見ると人数分、お茶の入ったカップが置かれていた。
「…話の前に少し失礼しますね」
空気を読めていないのは承知の上で、そう言ってルーイ・ルーの手を振り払う。
このまま手に持っていて、冷蔵庫もなさそうであるし、傷んだらもったいないからね。数もちょうど三個ある。
市橋嬢と鳴海嬢と私のカップをお皿――おしゃれな名前がついてた気がするけど忘れた――の上からどけて、そのお皿の上にショートケーキを1個ずつ置く。
市橋嬢と鳴海嬢は私の行動に最初は首を傾げていたが、箱から出てきたケーキを見ると嬉しそうな顔になった。
「おいしそう!」
「どうしたんですか、このケーキ?」
「…食べようと思って買ってきた所だったんです」
突然のケーキに喜ぶ市橋嬢と鳴海嬢は、私の返事に自分たちの状況を思い出し、何とも言えない表情になった。
実は今日が誕生日なんですとか言ったらもっと微妙な空気になるんだろうなぁ。言わないけど。
せっかく買ったのに傷んで食べれないのも何だからと二人に勧めると、市橋嬢と鳴海嬢は最初は少しためらい気味に。一口食べてからは嬉しそうに、ケーキを食べてくれた。
ちなみにフォークはないので、お茶についてたスプーンで食べている。
ふと視線を感じてそちらを見ると三人が珍しそうに……ルーイ・ルーは物欲しそうにケーキを食べる私たちを見ていた。
もちろん彼らの分はないので、目をそらして私もケーキをすくって口に入れる。
こってりとした甘さの生クリームとさっぱりとした酸味のあるイチゴの味が調和していて、とてもおいしい。
横から、おいしそうだの、いいなぁだの。何か聞こえる気がするが、気のせいだ。気のせい。
市橋嬢も鳴海嬢も男共を気にせずにおいしそうに食べているではないか。
そもそも私の誕生日であり、私の為のケーキである。気にする必要なんてないのだ。
そうだ、気になんて…!
「……」
ついついちらりと右側を見てしまい、うらやましそうな顔と目が合った。
何も言わずに無言でこちらを見ている。
「………」
「……っ」
「………」
「………ひとくち食べますか?」
「いいんですか! ください!」
静かな攻防がたしかにあって、それに負けてしまう私はなんと弱い存在なのか。
ルーイ・ルーは人懐っこそうに目を細め、口を大きくアーンとあけた。
無言で彼の前のカップからスプーンをとり、それでケーキをすくって彼の口へ入れる。
「…おいしいですね、食べた事がありません。何ですかこれは」
「ケーキです」
「ケーキ? これはケーキなんですか!?」
「そうですよ」
ルーイ・ルーはケーキの味に驚き、私の答えにも驚き、驚いてばかりである。
そしてもう一口くれとばかりに、口をもう一度あけたので、ケーキをすくうとスプーンごと彼の口に突っ込んで、あとは放置することにした。
私の誕生日のためのケーキなのだから、私の分がこれ以上減るのはいただけない。
「巫女様たちの世界のケーキはとても甘くておいしいんですねぇ」
「巫女になんてなりませんよ!」
「そうよ、勝手に巫女扱いしてるんじゃないわよ!!」
スプーンを加えてルーイ・ルーがさらりと言えば、鳴海嬢と市橋嬢も食べる手を止めて、訂正を入れた。
ルーイ・ルーは首を軽く竦めただけで、それを受け流す。
そのやり取りを見たルーク・メルリーとルーレス・リメイアの方が焦ったような表情になったのは何だったのだろうか。
☆ ☆ ☆
腹が減っては戦は出来ぬという言葉ではないが、ケーキを食べて力をつけた……もとい。気持ちの落ち着いた市橋嬢と鳴海嬢は強かった。
「とにかく、アタシたちは巫女になんてならないから!」
ソファの上で腕と足を組む市橋嬢がフンと鼻を鳴らし、鳴海嬢と私が頷いて同意を示す。
ルーイ・ルーは困りましたねぇとまったく困ったように見えない様子でつぶやいた。他の二人――ルーク・レメリーとルーレス・リメイアは心なしか青ざめた顔になっていたが、無言のままである。
彼らの様子に、もしかしなくても三人の中で一番偉いのがルーイ・ルーで、他の二人は彼の部下であり、イケメンの顔の下に実は鬼畜な横暴上司面があるのかもしれない、と予想してみたり。
「…本当に巫女になってくれるつもりはないんですか?」
「それは召喚前に聞くものですよ。なぜ私たちが巫女となると思っているのでしょうか」
ルーイ・ルーが何度目かの同じ質問をすると、何度目になるかわからない答えを鳴海嬢が言う。
質問を繰り返す彼が何を考えているのかはわからないが、鳴海嬢の声には少しだけ苛立ちが混ざっていた。
というかルーイ・ルー。さっき振りほどいたのになんでまた私の手をまた握っているのだ。しかも今度はその手を絶妙な力加減で撫でまわしている。
くすぐったいので、今すぐにでもやめてもらいたい。言えないけど。
ルーイ・ルーと目が合うと彼は面白そうに目を細めやがるものだから、視線で抗議をしても意味がない。
私にどうしろと…。
からかわれている事を気にするからこそからかわれるのだと昔聞いた気がするし、手を振りほどく方法が思い付けない。なので、意識的にそれを考えないように思考の外へと出し、先ほどのルーイ・ルーたちの説明を思い返してみる。
この世界はリーグルレイト――女神の揺り籠という意味らしい――と呼ばれていて、人間をはじめ、エルフやドワーフ、獣人に魚人等、多種多様な人種が暮らしているらしい。稀に戦争は起きるし、種族間でのいざこざもそれなりにあるが、平和に暮らしている者が大半で、それなりに繁栄しているそうだ。
さらにこの世界には魔法や魔術、精霊術や気功等の不思議な技術も複数あり、人々はそれらの中のどれかに適性があり、個人差はあるがそれを習得し生活の為に使っている、とのことだった。
そして問題は、その不思議な技術の中のひとつ――魔術と呼ばれるモノであるらしい。
魔法は個人それぞれがもともと持っているマナと呼ばれる力を使うものであり、精霊術は精霊と呼ばれる存在を使役して魔法のような効果を生み出す術なのだそうだ。そして魔術というものは、世界に漂うマナを強制的に自分のモノとし、魔法や精霊術のような効果を生み出すものであるらしい。
その魔術の何がダメなのか? という事なのだが、世界に漂うのマナを強制的に自分のモノとして消費する行為が世界の生命力を奪う行為なのだそうで、威力や効果に上限のない魔術はだからこそ際限なく何度も使えてしまう。使えば使うほど世界は弱り、果てには生命力を全て奪われ滅亡するしかないのだそうだが、教会がその事を説いても世界の多くの人々はそんな事がある訳がないと一蹴するのだそうだ。
魔法使いは己の中にあるマナを消費し魔法を使うが、そのマナは消費しても時間が経てば回復するものであるからこそ、魔術の要である世界に漂うマナも時間が経てば回復するのだから。というのが彼らの弁だった。
たしかにそれはその通りであるのだが、上限なく使える魔術はそれゆえに、世界のマナの回復量以上にマナを消費し続け、このままではこの世界が滅びてしまうのも時間の問題なのだという。
その滅亡を止めるのが“救世の巫女”と呼ばれる存在なのだそうだ。
世界を越えて現れる巫女はマナを生みだしそれを世界へ放つ能力を持っていて、その巫女が世界を巡って各地にある女神リーグルの神殿でマナを生み、最終的には世界樹と呼ばれる神の樹でその身体に女神リーグルを降ろし、巫女の身体に宿った女神リーグルが世界を安定させれば、世界は滅びずに済むのだそうだ。
今がその世界のマナが減りすぎて世界が滅びそうな時であるらしく、女神のお告げを聞いた姫巫女――救世の巫女とは別の存在で女神の声を聴く事ができる存在――が救世の巫女を求めたらしい。
教会は世界を越えるという条件を満たすために、異世界から巫女の条件にあてはまる巫女候補を召喚し、その召喚に呼ばれたのが市橋嬢と鳴海嬢と私の3人だったのだそうだ。
どう考えても、この世界の人たちの自業自得である。
少し考えればそれがどんな力であれ、回復量以上に消費すればそのうち尽きるというのはわかりそうなものである。
そして尽きそうだからと赤の他人に問題丸投げとか、救いようがない。
「本当に、本当っに、巫女になってもらえませんか?」
「しつこい! ならないったらならないのよ!」
諦めずにルーイ・ルーがまた問い、ついにはキレて叫ぶ市橋嬢。
世界の滅亡の危機であるのだから、ルーイ・ルーたちが諦められないのもよく考えればわかる事だが、そもそもが自業自得の上で他人への丸投げ。それも事後承諾とばかりに誘拐しておいて、どうして承諾してもらえると思っているのか。
私たちにだって生活があり、家族が居るのだから。それらを壊しておいて、お願いをするとか虫のいい話である。
「世界の危機とか言われたってわかるわけないでしょ! そんな事より元に戻してよ。家に…ヒロの元に帰してよぉ…! どうして私たちなの? 普通に暮らしていただけなのに!」
「泣かないで市橋さん。大丈夫、きっと帰る方法があるんだから。今はなくても私が探し出してみせるから! ね、泣かないで?」
必死にこらえていたのであろう市橋嬢は、それを声に出して泣き始めた。
鳴海嬢はそんな市橋嬢を抱きしめ、自分自身も不安だろうに優しく市橋嬢の背中を撫でながら、必死に宥める。
私はと言うと、泣き出した市橋嬢に動揺してオロオロとするばかりで、役に立つことはなかった。
そしてそんな私たちの様子を気にすることなく、ルーイ・ルーは私の右手を撫で続けていたのであった。
本当に無神経のセクハラ魔人だな、この男。
※2016年5月9日、3話全文、書き直ししました。
※1月4日 サブタイトルに話数を追加しました