25話 朝ご飯を食べよう
本日2回目の投稿です
暗闇の中で起き上がり、あくびをひとつ背伸びもひとつ。
眠い目をこすりながら窓辺へ行き、雨戸をあけると眩しい太陽の光が室内を照らす。
「おお、人が歩いてる」
昨日この街――システィへ到着した時は夜だったから雨戸も閉まり歩いてる人すら誰もいなかったが、今は朝。家々の雨戸や窓が大きく開き、忙しそうににぎやかに、右へ左へと人々は朝の仕事をこなしている。もちろん、人々と言っても人間ではなく、そのほとんどがセイレーン――上半身人間で下半身が鳥の身体の種族――であるが。
平和な日常の風景に目を和ませ、それから自分のすべきことを思い出し、窓は開けたままで部屋の中へと戻る。
懐かしい畳敷きの部屋の上に、さっきまで私が寝ていた布団が一組。
日本のものよりは少し重かったが、それをたたんで押入れの中へしまう。
それから廊下へ続く障子の引き戸を開け、木の香りのする階段を下りる。
まだ家の主であるラァスさんは起きていないようで、朝のにぎわいを見せる外とは違い、家の中は静まりかえっている。
私は昨日のうちに教えてもらった台所へ入り、朝ご飯を作る事にした。
まずは道具と食材の確認からだ。
包丁、まな板、鍋。ボールにヤカンにおろし器に……おお、泡だて器もある。もちろん日本のステンレス製のものではなく、竹のようなもので出来ている。サイズも見た目も茶筅(抹茶を泡立てる時の道具)のような少し頼りないものなので、どろっとした――ケーキの生地などを作るのには向かないだろうが、それでも液体の――卵とか生クリーム等を混ぜる時には便利だろう。生クリームがこの世界に出回っているかどうかは謎だが。
食器は陶器製のお皿に湯呑にお茶碗。それから木製のお椀と木製と思われるお箸もあった。
やっぱり日本人ここで生活してただろ! と思えるほど、日本で使っていたものとそっくりな形のそれらに、ここの生活に慣れたら図書館とかあるのなら調べに行きたいなと思った。
次は食材。
食材用の籠を覗くと、小松菜のような緑の葉野菜、にんじんのような黄色の根菜に大根のような白い根菜。玉ねぎっぽい丸いものから、キャベツのように葉っぱが何層にも重なって丸くなっているものまであった。少しずつかじってみると、日本にあったそれらと同じような味であり、安心する。
もちろん、知っている野菜と似たものばかりではなく、黒色の触るとふにょふにょしている怪しい実や、見た事のない形の七色の実などもあったが、そっちは味見をするのもこわいので、とりあえず今朝は使わない。あとでラァスさんにどう食べるのか聞いてみた方がいいだろう。
それにしても、見事に野菜ばかりである。
肉とか魚のタンパク質がないなと気付いたが、どう調達していいのかわからないし、調達できたとしてもどこで保存――冷蔵庫のようなものはない――すればいいのかわからないので、これも後で聞いてみよう。
調味料は塩だけでなく、味噌のようなものと醤油のようなものがあった。味見をしたら記憶にある通りの味噌と醤油だったので、まさか異世界で食べれると思っていなかった味に、私は感動する。市橋嬢や鳴海嬢にもいつか食べさせてあげたい。懐かしい故郷の味だ、きっと喜ぶに違いない。
ここにお米があれば完璧だったのだが、この家にはお米も小麦もないようで、パンとか麺とかご飯とか、そういう主食になるものはないのかと。これもあとで聞いてみようと心に決める。
道具を食材を確認した私は、少し考え、小松菜の味噌汁と茹でた野菜の盛り合わせを作る事にした。
野菜を適当な大きさに切り、それぞれを籠へ入れ、鍋に水を入れる。
そして調理すべく、かまどの元へ行き―――これはどう使えばいいのだろうかと手を止めた。
たしか…と頭を総動員して、学生時代の体験学習――キャンプ時にカレーを作った時の事を思い出す。
あの時もたしか、ログハウスの近くに作られたカマドで調理をしたはずである。
炭をいくつか持たせられ、それを灰のある場所へ入れて、火をつける時には……そうだ種火用の紙みたいな燃えやすいものだ。
台所をきょろきょろと見回すと、一角に薪の山があり、その横に藁が積んであった。
触ってみると乾燥していてよく燃えそうだ。これでいいだろう。
私はそれらを記憶にある通りに設置して、火打石を手に取った。
が、当然のように火はつけられず、カチッ、カチッと石を叩く音が響くだけである。
キャンプの時は――生徒が火を使うのは危ないという理由――先生がマッチで付けてくれたのだが、マッチとかライターみたいな便利なものはない。時代劇やテレビで見た、この2つの火打石のみである。
30分くらい火打石と格闘し火を使う料理は諦めようかなと思った時、そういえば私には魔術があるではないかと気が付いた。うっかりである。
思わず顔に熱が集まるが、幸いここには私しかいないので、セーフであろう。ラァスさんはまだ起きてきていない。
ほてった顔を仰ぎつつ、焚き付け用の藁に向かって魔術を使う。
杖もどきを作った時のような『炎』では火力が強すぎるので、『火』が妥当だろう。
火の調整を魔術でするのは、今の私には難しい。
幸いなことに時代劇で見たような、火力調整用であろう筒もカマドの側にあったので、人力でなんとかなるだろう。
私はそうしてかまどに火をつける事に成功し、朝ご飯を作る事ができたのである。
☆ ☆ ☆
朝ご飯がちょうど出来上がる頃、ラァスさんは起きてきた。
が、上半身に何も着ておらず、心構えも何もなかった私は驚きのあまり「うおっ」と色気のない声を出していた。こういう時に「きゃぁ」とか「きゃっ」とかかわいい悲鳴が出たら恋人の一人や二人くらいできるのかなぁといつも思うのだが、意識して驚いた事がないので今更かわいく驚くのは無理であろう。
ちなみにラァスさんは変な声を出した私を不思議そうに見ていたので、彼はそれを恥ずかしいとは思っておらず、その姿を見た世の中のご婦人方が何をどう思うのかとかにも気付いていないのだろう。
相手が照れていないのだから、ここで私が照れるのも変だろうと思い、ラァスさんの上半身から目を離して鍋の方に目を持っていき、お椀とお皿にそれぞれを盛りつけた。
「とりあえず作れるものを作ってみました」
「おう、ありがとう」
台所にある食卓の上に、味噌汁と茹でた野菜の盛り合わせを乗せる。
特におかしな料理ではなかったようで、ラァスさんは素直に手に取りもぐもぐと食べる。私はよかったと安心した。
自分の分の朝ご飯を並べて席に着き、私も一緒にご飯を食べる。
味噌汁は出汁をとっていない分だけ物足りないが、それを抜きにすればこんなものだろう。
我ながらなかなかの出来だと、心の中で自分をほめる。私は褒められてのびるタイプだからね!
「あのラァスさん」
「…何?」
「お米…パンとか麺みたいなのってないんですか?」
「オコメ? オコメが何かはわからないけど、パンや麺はこの街にはないぞ。食べたいなら麦粉を買ってきてそれで作るしかない」
「あ、麦粉はあるんですね。なるほど」
パンやご飯、麺類がない事に疑問を持っていないようなので、彼らセイレーンのような存在は、普段から炭水化物のようなものは摂らないのかもしれない。
とすると、魚や肉がないのもひょっとしたら食べる習慣がないのだろうか。
「お魚やお肉は食べないんですか?」
「食べるぞ。ただ、魚も肉も腐るのが早いからな。食べる時に買いに行く」
その言葉で、ちゃんと食べる習慣はあるのかとホッとした。
そういえば冷蔵庫っぽいものはなかったもんなと納得し、腐るから買わないという事は干物のようなものがないのかもしれないと思い至る。
塩はあるし、太陽の光もある。風もそれなりにあるのだから、作ろうと思えばできるはずだが……そうか。
ここは海の上だから、食べたい時に魚を獲ってくればいつでも新鮮なものが食べれる。保存する必要とかないから、干物文化は発達しなかったのかもしれないと思い至る。
しかし出汁をとったりするのに煮干しや鰹節があるといいなと思い、機会があれば作ってみようと心に決める。幸い、どう作ればいいのかは覚えているし、売り物にする気はないのだから、多少変になっても問題はないだろう。
「…食べたら買い物へ行くから、その時に魚と麦粉も買うか」
買い物という言葉に反応してラァスさんを見ると、彼は食べ終わったらしくテーブルに肘をついてこちらを見ていた。
私のお皿にはまだ中身が半分以上残っている。
もしかして待たせてる? と思い、急いで食べ始めると「ゆっくり食べろ」と苦笑いされた。
どこからどう見ても私より若そうなラァスさんであるが、その落ち着きっぷりからするとそれなりの年齢なのかもしれない。人間とは寿命とか年齢に対する概念のようなものも違うかもしれないので、聞いてみたいが、聞かぬが花のような気もする。
…同じ寿命だったとして、本当に私より若かったりしたら、私が落ち込むのは間違いないのだから。
そんな事を考えながら、慌てないように、でもなるべく急いでご飯を食べた。
人が食べてるのが珍しかったのか、ラァスさんはその間ずっと私を見ていたので、正直とても食べにくかったが。人に見られると食べにくいよね。うん。
とにかく、食べ終わったので食器を片付け、それを洗いながら聞いてみた。
「お買い物に行くんですか?」
「日用品とか必要だろ。服もないみたいだし…」
「必要ですけど、お金とかないです」
「後払いでいい。余裕が出来たら払ってくれ」
ラァスさんの言葉に手を止め、思わず彼の顔をまじまじと見てしまう。
正直とてもありがたい。ありがたいのだが、もともと人間に良い印象を持っていなかったように思うのだが、それなのに後払いでいいとか、人が好すぎるのではないだろうか。
そんな考えが顔に出ていたのかもしれない。
ラァスさんは私に向かって、何てことはないように言った。
「おまえ、踏み倒して逃げるような人間じゃないだろ」
「は、はい。もちろんですとも! 恩を仇で返すような人間にはなるまいと日頃から――」
「――なら問題ないだろ。時間がかかっても構わないから、後でちゃんと返せよ」
彼の言葉に私は無言で頷く。
もちろん踏み倒さないし、出来る限り早く返したい。
…というか、ラァスさん。なんという男前! なんという性格イケメン!
ぜひとも、アニキとお呼びしたい。
いやまあ、私の方が年上のような気もするのだが、うん。心の在り方というか、気持ちの持ち方というか、ラァスさんのそういう部分にあこがれてしまう。かっこいい!
「ラァスさん」
「ん?」
「私、がんばりますからね!」
「お、おう」
私はそんなラァスさんに恥じない生活を送ろうと心に決め、拳を握って宣言した。
…ラァスさんが何かに圧されたような顔で私を見ていた事には……気付いていたけど気付かないふりをする。そこは私を拾ってしまったのが運の尽きと思って諦めてもらおう。
私は強張った表情の彼に向かって、よろしくの意味でにっこりと笑いかけたのだ。
魔術がなかったら野菜サラダ一択になっていたと思われます。




