17話 話し合いをしていたようです
メフィトーレス視点、説明回かも。
前置きすら挟まず、“魔眼”と呼ばれる教会からの使者――ルーイ・ルー・グラントニスは切り出した。
「メフィトーレス・ルべリア・シシトーア・リリスレイア陛下にお聞きしたい事があります」
何の事かなど考えなくてもわかる。わかるが、それを外に出すわけにはいかない。
私はひとこと「許す」と頷いた。
「遡る事3ヶ月ほど前の事です。私共――教会は何者かに襲撃されました」
彼はこちらを探る様に言葉を紡ぐ。
こちら側にはその件について騒ぐ者はいない。
「その際、お恥ずかしながら巫女をひとりその襲撃犯に連れ去られてしまい、行方を捜しております」
何か知らないかと言外に問いかけてくる“魔眼”に、私の後ろに控えていたレイリスが答えた。
「噂で襲撃があったというのは聞いておりましたが、巫女殿がさらわれていたとは。心中お察しします。巫女は世界の宝。捜索にはもちろん我々も力をお貸ししましょう」
「…ありがとうございます」
悲痛な面持ちでそう頷くレイリス。役者顔負けとはこのことか。
反対に“魔眼”は珍しくその顔に苛立ったような色を見せている。前の報告の時、彼だけはスイナを切り捨てる事に納得していないとあったが、それは事実だったのかと納得する。
「して、グラントニス殿。その“襲撃者”とやらへの心当たりは?」
「巫女を欲する者といえば……失礼ながら魔術師を生業とする者に多いと聞きます。ですので、こちらで何か情報があれば…と」
「うーん、そう思われるのは尤もなのですが、巫女を欲しがらない魔術師なんておりません。我々とて、そこは変わりはありませんからなぁ」
“魔眼”の問いかけを躱すでもなく、正直に答えるレイリス。
レイリスは腕を組み考えるような素振りを見せ、それから手をぽんと叩いて口を開いた。
「では、その連れ去られた巫女殿の特徴は何か無いのでしょうか?」
「…そうですね。年は20を少し過ぎたくらい、長く伸ばしたまっすぐな黒髪と同じくらい黒い目をした少し低めの身長の女性です」
「巫女殿はご婦人だったのですか!…それは確かに心配ですな」
巫女とは何も女だけがなれるものではなく、少数ではあるが男の巫女も存在する。
その巫女の有用性は魔術師であれば大抵のものは知っている。そして、巫女に拒絶されるとマナを扱えなくなるという事を知る者は少ない。その2つから、特に後者を知らない者に女の巫女をさらわれたらどうなるか。考えなくてもわかる事である。
“魔眼”はレイリスの言葉に深く頷く。
「ええ、ですから我々としても声を大きくして探すわけにはいかず…」
「…わかりました。長い黒髪のご婦人の巫女殿、ですな。発見次第、教会へお知らせしましょう。メフィトーレス陛下、それでよろしいでしょうか」
「許す。私も心に留めておくことにしよう」
「ありがとうございます」
レイリスの言葉に私が頷くと、“魔眼”も頭を下げた。
そして頭を上げるとまっすぐに私を見た。戦場で流れる血よりも濃い赤の瞳が探るように光った。
「それともうひとつ。先日、リリスレイア周辺…レイリィ大草原にて強大なマナの動きを観測しました。つきましては陛下、何か御存じでいらっしゃいますか?」
強大なマナの動きとはおそらく、先日の…スイナとの実験の際に襲撃者の使った隕石と、怪我をした私の為にスイナが使った古代魔術の事だろう。
彼女はあれからずっと眠り続けている。
「ふむ。それは何日前の事だろうか」
「1週間前の夕刻でございます」
「…ああ、あれか。私の命を狙う者が居ったからな、返り討ちにした」
嘘は言っていない。私が襲われたのは事実であり、実行犯も首謀者もすでに処理済みである。
“魔眼”は私が正直に答えるとは思っていなかったらしく、軽く目を見開いて私を見ている。
その視線に微かに背筋を走る何かを感じるが、おそらく赤く光る魔眼の効果だろう。
知らなければ恐怖に怯える事もあるのだろうが、知っていればなんでもない、ただの赤い目だ。
「強大なマナの動きとはおそらく、私を亡き者にすべく使った“隕石”によるものと、それを防御するために私が張った“防護陣”によるものではないだろうか」
「…それほどの魔術だったのでございますか?」
「うむ。あれほどの広域魔術は滅多にないからな。久しぶりに全力を出したぞ」
疑ってはいるのだろうが、私がそう言えば“魔眼”は納得するより他はない。
“魔眼”はご無事で何よりでした、と言葉を繋いだ。
☆ ☆ ☆
バタンと思いのほか大きな音を立てて扉が閉まる。
静かに閉めたつもりであったが、“魔眼”との引見で少し気が立っていたのかもしれない。
音で気付いたのか、ベッドの横に座っていたレイリンが立ち上がり、私の元へときた。
「メフィトーレス様、おかえりなさいませ」
「様子はどうだ」
「今朝よりはお顔の色も良くなりました。ですがまだ…」
「そうか。引き続き頼む」
「かしこまりました」
会話を交わし一礼するレイリンの横を通り、眠る彼女――スイナの側へと寄る。
ずっと眠り続けているせいだろう、肉が落ち、細くなった手をとり軽く握る。しかし反応は何もなく、起きる気配も動く気配もない。
5日前のあの日、スイナは古代魔術――今では技術が失われ御伽話くらいにしか出てこない――を使い、私の怪我を治した。その扱うマナの多さからか、今まで使った事のない――スイナの世界には魔術も魔法もないらしい――術を使った事に対する反動か、倒れてそのまま、眠り続けている。
この5日間何も飲み食いしていないせいか、手だけでなく頬も…全体的に肉が落ち、ここへ来た頃の健康さはどこへ行ったのか、今ではこのまま起きてこないのではと思えるほどに細く、目を離した途端に息が止まってしまうのではないかと思えるほど頼りない。
それでも生きているのは、魔術により…生存可能ギリギリの量ではあるが、彼女に水分を補給し、少ないながらも栄養を取らせることができているからだ。
手を握ったまま、その場にあった椅子に腰を下ろした。
彼女の細く白く輝く髪を一房、もう片方の手ですくう。
不思議な事に、黒かった長い髪は、あの時の彼女からあふれ出たであろうマナの色に染まり、今では輝くような白銀へと変わっていた。
そう、マナの色。
巫女でもなく、スイナと婚姻を結んでいないのに色が分かるのか。
あくまで推測の域を出ないのだが、彼女が古代魔術を使用した時、彼女からあふれ出たマナが自分の中へと入って――それと共に怪我が治っていったのには驚いたが――きた。その時の彼女のマナが私の中にまだ残っているのだろう。おそらく、それによって、私にもマナの色が見えるようになったのだと思われる。
普通は婚姻により互いのマナを交換しなければ、互いにマナを与えようとも見えないはずなのだが、それには心当たりがないだけに、そう考える――古代魔術によるマナの譲渡の影響としか思えない。
…さすがに媒体なしにマナを扱う事は出来なかった。もちろん、その事は実験済みである。
不思議な女だと思う。
魔法使いや魔術師はもちろん、普通の巫女はマナの媒体にならないし、術の行使によるマナの譲渡もできない。
婚姻以外でマナの色が見えるようになったなんて事は今まで聞いた事はなかったし、何より古代魔術を扱う巫女なんて……それこそ、古の世界樹がまだ地上に生きていた時代まで遡らなければいないのではないだろうか。
そうだ古代魔術。彼女の使ったそれの起動言語はあの絵本の“おまじない”通りであり、その効果も絵本の内容そのままだった。
背中の肉をえぐられ血を失い、ともすればそのまま死んでいてもおかしくなかった事は自覚している。そんな私であったのに、あのマナに包まれると流れ出る血は止まり、えぐられたはずの肉が戻り、気が付けば怪我を負う前の状態へと…健康な怪我ひとつない身体になっていたのだ。
戦いに負け死にかけた戦士も、姫の“おまじない”によって回復し、その事に恩を感じた戦士は姫へと忠誠を誓い、王子と姫と共にドラゴン退治に向かうのだ。
なるほどそれもいいかもしれないと思い、苦いものが胸に走る。
浚えそうなら浚って来い。ただそれを言っただけで、正直に言えば誰でもよかったし、巫女を浚えなかったとしても問題はなかった。もともと巫女は教会が独占し護っているものだし、教会で育った巫女は教会にしか従わない。巫女に拒絶されれば魔術師とはいえ、その力を断たれてしまうのだから、無理にさらった所で意味がない。
異世界の者なら、教会の影響も少ないだろう。だから、運がよければ…程度のものであったのだ。
最初は従えるつもりだった。
せっかく手に入った巫女。それも、教会の言葉だけにではなく、他の言葉も聞こうとする姿勢のある、拒絶をしない巫女。
都合がよかった。我々にとっても、魔術師としての私にとっても。
言う事を聞けば良し、聞かなくても拒絶はしないから適当に囲って教育でもしてしまえばいいと思っていた。
しかし、気が付けば彼女に同情していたし、異世界出身なだけあって世間知らずな彼女の言動には裏も表もなくわかりやすいもので、心が休まった。
年齢ゆえの遠慮や照れも見えたが、見越して行動してしまえば彼女は断れないし、断らない。最近では慣れてきたのか私との会話でもよく笑うようになり、それによって心癒されたのは確かだった。
そこまで考えて、なるほど、と理解した。
私は存外、彼女の事を気に入って……好いているのかもしれない。
前例がないから断定はできないが、少なくても嫌悪したり憎しとは思っていない。
居ても居なくてもどうでもいいとも、巫女であれば誰でもいいとも、今では思えなくなっている。
彼女で良かった。私はそう思っている。
「スイナ」
彼女の手を両手で包み、彼女の名前を呼ぶ。
返事はなく、反応もない。彼女は眠り続けている。
彼女が早く目覚めれば良いと、私は今、心から思っている。
メフィトーレス自覚するの巻。
しかし、今の彼の「好き」は、まだ友人とか身内への好意レベルで、恋愛感情までは行ってません。
…どちらかと言えばペットを愛でる感覚に近いかもしれない。
魔術と古代魔術の説明は別の機会に。