16話 いろいろありました
本日2回目の投稿です。
「スイナは術式が何か知っているか」
「…へ?」
実験を開始するぞ!という時にそう聞かれ、私の頭は一瞬止まる。
質問の言葉を一度頭で反芻し、それから口を開いた。
「魔術を使う為の触れない道具? …みたいなものって、前にめふぃとーれすさんが言ってました」
「そうだ。では、マナを使う為に必要なものは?」
「杖とか、めふぃとーれすさんの鎧とかの、媒体」
私の答えにメフィトーレスさんは満足そうに頷いたのが見なくてもわかる。
なぜならば、言葉の響きや仕草からの揺れが直に伝わってくるこの体勢――メフィトーレスさんの膝の上に私は座っている。
いつも鎧を着た状態でしか抱っこされた事がなかったのと、護衛の人たちがたまにこちらを見て微笑ましそうに笑っていて、この状況はなかなか恥ずかしい。
しかしメフィトーレスさんは気にならないらしく、話を続けた。
「アーリの花を咲かせた時、スイナもマナの流れを感じただろう」
「…はい」
あの大量のマナが一気に自分の中に入ってきて、全身を巡ってから出ていったあの感覚は忘れがたい。
力の奔流というかなんというか、私の存在が丸ごと流されて消えてしまうのではと思えるくらい、そのマナとマナの流れは力強かったのだ。
「あれが“術式”だ」
「え…」
「魔術とはマナの力であり、それを扱う為の“道具”もそのマナで作りあげる」
体を少しひねって上を見上げれば、緑色の優しい目と合った。
そのまま彼は言葉を続ける。
「巫女はマナに最も近い。巫女は媒体などなくてもマナを扱う事ができる。巫女と婚姻を結んだ者と巫女以外は媒体がなければマナを扱う事はできない」
「ええと…?」
「この前の同調の時、私が扱ったマナは鎧を通っていない。しかしアーリの花は咲いた」
何を言いたいのかわからなかった私はそのままメフィトーレスさんと視線を合わせたまま、続きを待った。彼はわからないか?と言いたげに眉尻を少し下げたが、彼の膝の上に座っている私を抱え直し――横抱き体勢になった――てから口を開いた。
「スイナ。私は、あの魔術はおまえを媒体として発動したのだと思っている」
「………はい?」
メフィトーレスさんの声も表情も真剣そのもの。
問い返しても視線も態度も揺らがない。
「今回の実験はそれを試すものだ」
だから協力してほしいと、メフィトーレスさんは私に頭を下げる。
頭を下げて頼まれると断れないのは私だけじゃないはずだ。民族的な性分のはずだ、たぶん。
「…は、はい。がんばります」
そう言ってから、私は彼から目をそらしたのだ。
☆ ☆ ☆
「ふむ」
私たちの周りに咲く花々を見て、メフィトーレスさんが頷く。
彼が私に頭を下げ、それを断れず――恥ずかしさ以外断る理由もなかった――に承諾してから、3時間ほど経っていた。
実験は――メフィトーレスさんの予想は正解だったようで、私の身体はマナを扱う際の媒体として機能していた。
魔術を使う前は見渡す限り一面の草原であったのだが、今は私とメフィトーレスさんを中心にして10メートルくらいの範囲に色とりどりの花が咲き誇る花畑になっていた。
「スイナ、争いは嫌か」
「そうですね。仲良くできるのが一番です」
「なるほど」
メフィトーレスさんの問いに答えれば、彼は納得したようにうなずいた。
植物を育てる――花を咲かせる魔術ばかりを試したのではなく、もちろん他の魔術――攻撃タイプのものとかバリアっぽいものとか――も試したのだが、その効果に差があったらしい。
もっとも、私は自分の中を流れるマナと“術式”に耐えるだけで精一杯だったから、その差とやらがどのような物だったのか、わからないが。
「コツと傾向は理解した。スイナ、ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
鎧の時と違って笑顔がしっかり見えていて、少しだけドキドキしてしまう。表情って大事だったんだなと、今の彼を見ているとよくわかる気がした。
そんな事を考えていると、ふいに私を抱えるメフィトーレスさんの身体が強張った。
なんだろうと思ってメフィトーレスさんを見上げると、その顔はさっきまでのものと違い、とても険しいもので。
「めふぃとーれすさん?」
「スイナ、じっとしてろ……『回避する、変化は起きない』」
メフィトーレスさんが起動言語を発すると同時に、マナが私の中へと流れてきた。
予告なしのそれに驚いた私は、思わずメフィトーレスさんにしがみつく。
しかしメフィトーレスさんはそこで止めずに、さらに魔術を重ねた。
「『変化は起きない、護る』」
「…っ!!」
メフィトーレスさんが魔術を発動し終え、私の背中に回された彼の腕に力が入る。
同時に、周囲に岩のような大きな塊が降ってきた。
それらの塊が容赦なく地面を抉り、その衝撃によって起きた風に土ぼこりが舞い上がる。
それでもその塊も土ぼこりも衝撃波による強風も、私とメフィトーレスさんの周囲を避けていく。さっきのメフィトーレスさんの魔術の効果だろう。魔術ってすごい。
塊が降ってきた事による地響きが止み、土ぼこりも収まると、天幕を張ってあった場所からレイリスさんがこちらへと駆けてくるのが見えた。
メフィトーレスさんはレイリスさんに気付くと私を抱えたまま立ち上がり、しかしすぐに彼は私を内側へ抱え込むように強く抱きしめるようにうずくまったのだ。
抱え込まれた私の視界は真っ暗になり、背中へ回された腕にぐっと力が入るのを感じる。
そして、私の視界を塞いでいる彼の身体がゴッという衝撃と共に一度揺れた。それでも彼は私を離さず、動かない。
「―――陛下っ!」
メフィトーレスさん越しに聞こえるレイリスさんの焦った声。
緩まないメフィトーレスさんの腕の中から、彼を見上げようとしても動けない。
「…めふぃとーれす、さん?」
「…………」
とりあえずと思って彼の胸に埋もれながらもなんとかそう呼びかけたが、反応がない。
どうしたんだろうと思って、自分の右腕だけだが、なんとか彼の背中に回すことに成功した。そこにあったぬるりとした何かの感触に嫌な予感がした。
「一斑、こっちへ。陛下がっ!」
レイリスさんの強張った声とその内容に、自分の顔が青ざめていくのがわかる。
メフィトーレスさんの背中に回した私の右手を誰かが掴んだ。
「スイナ殿は大丈夫ですか? 生きてますか?」
掴んだのはレイリスさんだったらしい。「私は大丈夫です」と返事をしたのだが、メフィトーレスさんの胸に埋もれてる私の声はくぐもっているのか、レイリスさんには聞こえなかったらしい。もう一度、さっきよりも焦った声で同じ質問をされた。
声が届かないならと、私はレイリスさんに握られた手を握り返す。すると、思っていたよりも強い力で握り返された。
「ぐっ…」
「陛下! よかった意識が…」
そうこうしているうちに、メフィトーレスさんからうめき声が聞こえ、私を抱き込んでいる腕が少しだけ緩む。
そのまま顔を上げると、青ざめた顔のメフィトーレスさんと目が合った。
「めふぃとーれすさん!」
「…スイ…ナ、怪我、は?」
「ないです、大丈夫です、めふぃとーれすさんのおかげです!」
メフィトーレスさんの問いかけにそう答えると、彼は「そうか、よかった」といつものように頷くので、私は思わず彼の服を掴んで怒鳴ってしまった。
「よくないです! 私の事よりまず自分の事を心配してください!」
「…大丈…夫。心配、ないっ」
そうは言うが顔色が明らかに悪い。なんとかできないかと思って自分の手元を見て…さっきメフィトーレスさんの背中に回していた手が血だらけになっている事に気付いた。あの感触は血だったのか!
手当てをしなくては! と遅まきながら気付いて彼の腕の中から抜け出そうとすると、怪我人にあるまじき強さで彼は私を再び抱え込んだ。
それでも顔を見上げる余裕はあったので、彼の顔をもう一度見上げると、彼の表情は青ざめてはいるが、とても穏やかで優しいもので。
「…巻…き込ん、で、悪か…った」
そんな事をいうものだから、私は彼がこのまま死んでしまうのかもしれないと思った。
そんなのはダメだ。そんな事は嫌だと、心の底から思った。
何かないか。傷は心臓より上に…背中が血まみれという事はそれは無理だろう。
手当てをする為に腕の中から抜け出そうにも、彼は放してくれない。
教会で習った回復魔法は、私には使えない。
魔術はこれからメフィトーレスさんから学ぶはずだった。
私は必死に考えた。
考えて考えて、ふとこの世界の言葉を覚えるために、一番最初に読んだ絵本の事を思い出した。
王子と姫である幼い兄妹が悪いドラゴンをこらしめて、反省したそのドラゴンと仲良くなって一緒に平和に暮らす、よくある昔話の絵本だった。
その話の途中、ドラゴンと戦ったという傷だらけの戦士。彼に会った時に姫が使った、とっておきの“おまじない”があった。その“おまじない”は、今にも死にそうだった戦士の怪我を治し、それの恩から戦士は王子と姫に協力し、無事にドラゴンをこらしめる事に成功したのだ。
そうだ、あの“おまじない”―――
『私の光 私の輝き どうか消えないで 私の光 私の輝き どうか負けないで』
絵本を読んだ時にはわからなかった“おまじない”の言葉の意味が、今ならなんとなくわかる気がした。
“おまじない”の言葉をひとつ言うごとに、私の中にマナが生まれ、それが私の外へと、それから彼へと、流れていくのがわかる。
『光に癒しを 輝きに護りを』
私のマナと周囲のマナが合わさる。そのマナは色が白く輝いていて、力強い流れを生むと私と彼を守るように渦巻いた。
驚く彼の緑色の二つ瞳が、私を見つめている。
『響き渡る 澄み渡る 輝く光 響き渡る 澄み渡る 護りを』
彼の中にあった淀んだ色のマナが浄化され、周囲にあるマナと同じ色に輝く。
彼の中から漏れ出したマナの代わりに、私が生み出したマナが彼の中へと入っていく。
『貴方の光 貴方の輝き どうか消えないで 貴方の光 貴方の輝き どうか負けないで』
血の臭いが薄くなっていき、彼の身体は光り輝くマナに満たされる。
死の香りは彼から遠ざかり、生きる彼のマナは力強い色をしている。
『どうか貴方にマナの祝福を』
あの“おまじない”の言葉はこれで全部。
言い終えると私たちの周りで輝いていたマナは四方へ散っていき、私の身体から力が抜けた。
「スイナっ」
先程までの弱々しいものではなく、いつもの力強い低い声が私を呼ぶ。
その声で“おまじない”は彼に効いたのだと理解した私の意識は、そこでぷつりと途切れたのだ。
1月15日 修正忘れてた箇所を直しました
1月14日 誤字訂正しました
起動言語は『』でくくってある中の言葉で、スイナの耳にはふってあるルビ通りに聞こえてます。
絵本には“おまじない”は起動言語の発音しか書いてなかった為、絵本を読むだけではそのおまじないの意味はわかりません。
一般的には、日本とかでいう「あぶらかたぶら」とか「ちちんぷいぷい」とか、そんな感じのニュアンスで絵本のおまじないは読まれてます。
(魔術師とか研究家はちゃんと言葉の意味を理解してます)