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異世界にきたから婚活するよ!  作者: つられるクマー
1章 召喚されました
14/33

14話 絵本を読みました

スイナの話し方が少し変わります。

 インクのにおいのする部屋にさらさらと何かを書いているような音と、時々ぺらりと紙をめくる音が響く。

 それを聞きながら、子供向けの絵本を開き、少しためらいながらも口を開く。


「むかしむかし、あるところ、に、おうさま、と、おひめさま、が」

「王子様」


 私が発音を間違えると、即座に訂正が入る。

 意外とこれが難しい。


「おうじさま、と、おひめさま、が、います」 

「いました」

「…おうじさま、と、おひめさま、が、いました」


 訂正されたら言い直し、それに訂正が入らないのを確認して、ほっと息をはく。


 私は今、この世界の言葉を学んでいる。

 今読んでいるこの絵本は子供向けなだけあって難しい言葉はなく、簡単なものではあるがストーリーとその挿絵のついているので、文字が読めずともそのページの絵からどういう意味なのかを予想できる。この世界の言葉を話せず、読めなかった私に、この絵本はちょうど良い教材なのだ。

 そして、声に出しているのは、その言葉で会話をできるようになる為。


 翻訳魔法により日本語のままでもこの世界の人々と話ができていた私ではあったが、先日メフィトーレスさんから魔術を学んでもいいと言われ、その為にはまずこの世界の言葉を話せるようにならないと話にならない――起動言語(マジックスペル)は発音が大事らしい――らしく、この世界へ呼ばれてそろそろ3か月程経とうとしている現在、遅まきながら学ぶ事になったのである。

 翻訳魔法はこの国に誘拐された時に一旦解除され――探知魔法付だったらしいのでそれを解除する為――私が寝込んでいる間に改めて、翻訳用の魔術(探知機能付き)をかけ直したそうだ。

 その翻訳用の魔術の翻訳部分はオンオフの切り替えが可能だそうで、勉強中の今はオフにしている。


「あるひ、おうさま」

「王子様」

「おうじさま、は、わるい、どらごん、を、だい…だい…」

「退治」

「わるい、どらごん、を、たいじ、に―――」


 発音を間違えては即訂正が入り、読み方を忘れて詰まるとすぐに答えが返ってくる。その即答ぶりに、もしかして彼はこの絵本の内容を覚えているのだろうか? という考えに至る。

 ちらりと横を盗み見ると、いつもの威圧感たっぷりの鎧姿のまま、黙々と書類仕事を片付けていく、メフィトーレスさん。

 今の彼がその鎧姿のままで子供向けの絵本を読んでいるのを想像してしまい、似合わなさというか、微笑ましさというか、その外見とのギャップに思わず笑いが出そうになる。

 そんな私に気付いたのか、メフィトーレスさんは手を止めてこちらを見ていたが、何も言ってこないのをいい事に、私は咳払いひとつで誤魔化したのだ。



 ☆  ☆  ☆



 そんなこんなでリリスレイアへ誘拐されてきてから3ヶ月が経った。

 仕事をするメフィトーレスさんの横で毎日絵本を読み続けた結果、言葉の方は日常会話程度ならなんとか話せるようになり、文字の方も児童書レベルまでなら読めるようになった。

 それでもたまに発音が変になるのはご愛嬌というモノだろう。特に人の名前。


「めふぃとーれすさん、おはようございます」

「おはよう」


 名前にも翻訳機能がかかっていたらしく、翻訳魔術を使っていない今では、私がこの世界の人の名前を呼ぶ時はどうも舌足らずに聞こえるらしい。それでも何も言わず、嫌なそぶりも見せずに挨拶を返してくれるこの国の人――まだそんなに知り合いはいないが――たちには頭が上がらない。


「今日は出かける」

「お出かけ、ですか?」


 メフィトーレスさんの執務室に着いて挨拶を交わすと、メフィトーレスさんはそう言った。

 出かけるから今日は私の勉強は中止…という事だろうか?


「今日は自習ですか?」

「いや、スイナもだ」


 どうするのかなと思って聞いてみると、まさかの返事であった。

 私も一緒に出かけるらしい。

 メフィトーレスさんはソファにかけてあったコートをとると、私の肩にかけた。

 袖口と襟にお花のレースのついた濃い緑色の、かわいいコート。


「まだ外は寒い。それを着るといい」

「あ、ありがとうございます!」


 触るとモコモコとしたそのコートは、袖を通して動いても違和感などなく、私のサイズにぴったりだ。

 一瞬何でと思ったが、よく考えればドレス作った時にいろいろ測られた思い出したくない記憶に思い当たった。慌てて頭を振ってその記憶を頭の奥へと追いやった。


 そんな事より、お出かけである。お出かけ!

 この世界へ来てから教会に居た間はずっと教会にいたし、誘拐されてこの国へ来てからもこのお城から出た事はない。勉強はメフィトーレスさんの執務室であったし、ドレスを作ってから何度か行われたデートもいつもの皇族専用の屋上にある庭園であった。

 この世界へ来てから初めての、お外へお出かけ! である。

 こういうモノはいくつになってもワクワクするものだ。


「どこへ行くんですか?」

「ここルべリアから西の……レイリィ大草原へ行く」

「れーりー大草原?」

「レイリィ」

「れ、レイリィ大草原」


 この国の人の名前の時は何も言われないのだが、地名や国名の発音なので容赦なく訂正される。

 訂正に従って言い直すと、メフィトーレスさんは満足そうに頷いた。

 それから、私の問いに答えてくれる。


「アーリの花を咲かせた時に同調しただろう?」

「はい、とてもすごかったです!」

「そうか、それはよかった」

「はい!」


 あの時の事を思い出すと自然と笑顔になってしまう。そのくらい、嬉しい出来事だった。

 私の返事に対して、メフィトーレスさんは律儀に毎回頷いてくれて、ますます嬉しくなったのはやっぱり内緒だ。


「……あの時の、同調時の感覚が少し変わっていたのでな。実験だ」

「実験……という事は、めふぃとーれすさんと私が同調する、ですか?」

「そうだ」

「庭園では、いけないです?」

「できない事はないが、結界に影響が出る可能性が高い」

「“えいきょー”…?」

「影響、だ。実験の結果によって街の結界が変になる可能性がある」

「あ、なるほど!」


 途中、まだ覚えていない単語が出たので聞き返すと、メフィトーレスさんは言い直してくれた。

 彼は本当に丁寧で、その説明もわかりやすいので、教師とかに向いている気がする。


 それはさておき、実験か。

 私は初めてだったからあの感覚が普通なのかと思っていたのだが、メフィトーレスさんにとってのあれは“普通の同調”とは違う感覚だったという事で、それを確認して何かを試したいって事でいいのかな? さらにその試したいことを同調を使って実行すると、この街に張ってある結界が変になるって事は“えいきょー”は悪影響の事かな。うん。

 街を守る結界に悪影響が出たら確かに大変だ。なるほど。


「わかりました! れいりー大草原で」

「レイリィ」

「…レイリィ大草原で、めふぃとーれすさんの魔術に同調する、ですね!」

「そうだ」


 発音に気を付けながら私が目的の再確認をすると、メフィトーレスさんは肯定してくれた。

 はじめてのお出かけが実験目的なのは少し残念な気もするが、それでもお出かけである。お出かけ!

 街の外に行くというのが不安であるが、メフィトーレスさんがいるし、護衛の人もたぶんいるだろう。私はまだそういう面では無力であるのだし、それを承知で連れていくという事は、大丈夫なんだろう! たぶん!


「おでかけ、初めてだから楽しみです!」


 期待を込めた声で私がそう言うと、メフィトーレスさんは返事の代わりに頭を撫でてくるものだから、年甲斐もなく照れてしまったとか、それを隠すのに失敗した所にレイリンさんが入ってきて生暖かい目で見られていたたまれなくなったとか。

 何度もしつこいかもしれないが、全部内緒、なのである。

1月13日 誤字訂正しました


言葉を覚えてる最中なので、それをどう表現しようかと悩んだ今回でした。

翻訳用の魔術はすでに解除されてますが、探知用の魔術――GPS機能みたいなものはまだしっかりと付けられています。

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