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異世界にきたから婚活するよ!  作者: つられるクマー
1章 召喚されました
13/33

13話 はじめての感覚でした

 バタンと寝室の扉を勢いよく開け、私は自分が隠れられそうな場所を探す。

 部屋へ入ってすぐ目に入るカーテンは私ひとりくらいなら簡単に隠してくれそうだが、隠れる場所としてはベタ過ぎて、すぐ見つかるだろう。

 私が10人くらい寝れそうな大きなベッドの下は……幼児くらい小さければ入れるかもしれないが、私には無理だ。

 部屋の奥にあるクローゼットには入れそうだが、素人目でもわかるくらいに高級そうなそれを万が一にでも壊してしまっては弁償できない。それこそ、弁償の代わりに支払いは身体で、とか言われかねない。

 あとは―――


「―――スイナさま?」


 私が隠れて数分後、レイリンさんがこの寝室へと入ってきた。

 彼女は私の名前を呼んでいるが、今は返事はしない。返事をしたら隠れた意味がなくなってしまう。

 少しでもばれないようにと私はジッと息をひそめる。

 この部屋の床にはふかふかな絨毯が敷いてあるので足音は聞こえないが、代わりにカーテンやベッドのシーツをめくる音――私を探しているのだろう――が聞こえ、レイリンさんが少しずつ近づいてくるのがわかる。


「そんなに嫌なのですか?」


 レイリンさんは困ったような声でそう問いかけてくる。

 彼女を困らせる気はないのだが、こればかりは譲れないので耳をふさいで聞こえないふりだ。

 聞こえないから返事をする必要もない。キコエナイ、キコエナイ。

 パタンとクローゼットを開閉する音と同時にレイリンさんがため息をつく。


「スイナさま、いい加減に出てきてくださいまし。嫌なのはわかりましたけれど、隠れても何もなりませんのよ?……あら、メフィトーレス様」


 その名前にビクリと身体が固まるが、いやいやいや。大丈夫! 見つからない見つからない。

 身体を硬くして、耳を澄ませるとメフィトーレスさんとレイリンさんの会話が聞こえた。


「スイナか」

「ええ、出てきてくださいませんの」

「そうか………『縛』」


 レイリンさんの言葉にメフィトーレスさんが頷き、そして耳慣れない言葉が聞こえたと思ったら、隠れている私を囲むように風がくるくると起きた。何だこれはと慌てる私を余所に、その風は私を持ち上げる。そして―――


「息災のようで何よりだ」

「あ、あはははは……どうもコンニチハ」


 そのまま風によってメフィトーレスさんの腕の中へと持っていかれた私は、乾いた声でそう言うしかなかったのだ。



 ☆  ☆  ☆



「なるほど」


 私を見て頷くメフィトーレスさん。何がなるほどなのだろうかと思わなくもないが、生憎と今の私にはツッコむ余裕がない。

 メフィトーレスさんはいつもの全身鎧姿――脱いでる所を見たことがないが――であるが、私は着慣れないドレス――淡い緑を基調とした露出の少ないもの――で、椅子に座っていた。コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられた腰が苦しい。


 私は今、メフィトーレスさんと一緒に城の屋上にある庭園へ来ていた。

 見たことのない草木や花が計算されたように植えられた美しいこの庭園は、皇族専用なのだそうだ。

 そう、皇族専用の庭園。メフィトーレスさんはこの国の皇帝であるそうなのだ。

 知った時は胃の中の物が全部出てくるのではないかと思ったくらいに驚いたが、同時に納得もしたのである。この人の威厳の在り様はやはり偉い人だったか…と。


 その庭園に何故、ドレスを着た私が偉い皇帝のメフィトーレスさんと一緒に――二人きりで居るかと言えば、アレである。デート、というやつである。

 何でいきなり? と思うだろうがそこはそれ。レイリンさん曰く「お互いを知り、常に共に居ればそのうち愛情が芽生えるものです!」とデートを発案し、彼女の言葉に納得したらしいメフィトーレスさんが採用したという、ただそれだけの理由である。

 余計な事をと思ったが言えない私は、それでもささやかな抵抗として採寸――デートの為のドレスを作る事になった――から逃げ回っていたのだが、そんな抵抗もメフィトーレスさんの魔術により捕獲されて失敗に終わり、ドレスは無事に完成し、今のこの状況――デートに至っているのである。


「似合っている」

「…はぁ、ありがとうございます」


 テーブルを挟み、正面に座っているメフィトーレスさんが頷きながら褒めてくれるが、私は何をどう答えていいのかわからず、ついつい気のない返事をしてしまった。

 言い訳になってしまうが、私は今まで友人の経験談を聞くばかりであったのがデートというものであった。まさかそれを自分が経験する日が来るとはは思っていなかったので、なんていうか、どうしていいのかわからないのだ。

 メフィトーレスさんもそれほど口達者という訳ではないのであろう。

 私と彼の会話の間に、ちょいちょい妙な沈黙が挟まっているのは、仕方ないというものだ。


「…望みはあるか?」

「のぞみ、ですか…?」


 何度目かのメフィトーレスさんからの質問に、おうむ返しに答えて、それから少し考える。

 のぞみ、望み。何か望む事はあるのか、という事だろうか。

 望んでいる事は色々あるが、それを今ここで告げてもいいのだろうか?

 言っても無理だとは思うが、ここは王道にお約束な、でもちょっと本音な事を言ってみよう。


「…家に、元の世界に戻りたいです」

「次元を越える術はいくつかあるが、越えた先を指定する事は確立されていない」


 望む世界へ戻る事は難しいだろうと大真面目に言われ、この世界へ来てから何度目になるかわからない「ですよねー」を心の中でつぶやき、溜息をついた。

 口に出して気付いたが、私は元の世界に戻りたくない訳ではない。戻れないからと言い訳をしてみないふりをしていたが、帰れるものなら帰りたいのだ。

 あちらの世界に残っている両親は放任主義ではあったが、それでも大切にされていた自覚はある。私がこの世界へ呼ばれ……一人娘が行方不明になった事でどれだけの心配をかけているのか。考えれば考えるほど、切なくなり、帰りたいという想いが強くなる。


「……泣くな」


 ふいに聞こえた声に顔を上げると、メフィトーレスさんの手が私の顔に伸びてきて、私の目元を軽くこすった。その肌色の指には透明なものが……って素手だ! 手も足も全てが鎧で――もちろんその指も銀色のグローブにより素肌なんて見えなかったのに、今まで一度もその鎧を一部でも外したところを見たことがなかったのに、指が! 彼の生の指が目の前に!

 自分がホームシックになりかけていた事も、それによって涙が出ていた事も忘れて、その指をまじまじと見てしまう。

 どのくらいそうしていたか、ふと、笑う気配がした。


「そんなに珍しいか?」


 そう聞いてくるメフィトーレスさんの声は、気のせいでなければ、どこか楽しそうな響きが混ざっている。求婚されてから毎日のように会話をしていて彼をこわいとは思わなくなっていた私だが、それでも威圧感だけは常にあった。しかし、今の彼からはその威圧感すら感じない。優しさを含んだ低い声。


「は、はい。鎧が本体ではなかったんですね!」


 別の意味で動揺した私はともすれば失礼な事なのではないかという言葉を吐いた。

 言ってしまってからその事に気付き、顔から血が引いていくのを感じる。

 しかし、メフィトーレスさんは気にしてないのか、怒らずに答えてくれた。


「一応、人の腹から生れた人間だからな。(これ)は私の媒体だ」

「媒体、ですか?」

「そうだ。マナを扱う為、魔術を滞りなく繰り出す為のものだ」


 私が首を傾げれば、メフィトーレスさんは素人の私にもわかりやすい言葉で答えてくれる。

 やっぱり全身鎧の見た目と体格の大きさからの威圧感でアレだけど、優しく真面目で、しかも面倒見もいい人だよね、この人。

 体質(からだ)目当てと宣言されてる手前、それだけではないとも分かってはいるが、それでもいいかなと思って……いかんいかん。流されてはいけない。結婚はしてみたいけど、恋愛結婚じゃないと絶対に嫌だという訳でもないけれど、相手は…メフィトーレスさんは皇族だ。皇帝だ。結婚したら、いろいろと面倒な事がありそうじゃないか。

 私にはそんな覚悟も度胸もないから……でも、拒否権はないんだったっけ。ぐぬぬ…。


「ここを…」


 私のそんな葛藤を余所に、メフィトーレスさんは外したと思われるグローブの内側を私に見えるように置き、その内部を指し示す。

 傷一つない外側とは逆に、細かな傷……ではない、何かの模様? を細かく刻んであるようで、おそるおそる手を伸ばして触ってみると、でこぼことした凹凸がしっかりと感じ取れた。


「この刻まれた陣に術式……魔術を使う為に作る手に触れる事の出来ない道具を保存し、使いたい時毎に術式を組まずとも、この刻まれた陣にマナを通し発動言語(マジックスペル)を唱えるのみでいい。発動する」

「へぇ、すごいんですね。…あ、もしかして、その鎧全部の内側に刻まれているんですか?」

「そうだ」

「その鎧を作った人、かなりの技術を持ったすごい職人さんなんですねぇ」

「ああ。魔道具制作の祖と言われているドワーフ、ドルド・レドラックの作だ」


 ドワーフ! 職人といえばお約束なその種族名に、感動してしまう。

 見せてもらったグローブを持ってみてもいいかと聞くと、メフィトーレスさんは快く頷いてくれた。

 両手でしっかりつかみ、持ち上げようと…ようと……持ち上がらない。


「……よっ!!!」


 仕方ないので立ち上がり、掛け声と共に持ち上げようと力を入れるが、持ち上がらない。

 私が非力すぎるとかそういう事ではないはずだ。

 まだ向こうの世界で暮らしていた時、私はおいしいお米を求めて、おいしいと評判の米農家まで買い付けに行き、その度に麻袋に入った30キロの米袋を運んでいたのだ。

 ……という事は、このグローブ、30キロよりも重いのか。


「メフィトーレスさん…じゃなかった。メフィトーレス陛下って」

「名前だけでいい」

「へ?」

「陛下はいらない」

「あ…えと、メフィトーレスさん?」

「それでいい」


 名前を言い直すと満足そうにメフィトーレスさんは頷いた。

 陛下なのは事実だろうに何が嫌なのだろうかと思ったが、陛下という肩書を重く感じる時があるのかもしれないと思い直す。異世界人でこの世界の常識を知らない私だからこそ、皇帝という事を忘れて気を抜ける……と思うのは自惚れ過ぎるか、さすがに。うん。

 まあ、さん付けでいいというのなら、その方が呼びやすいし言葉に甘えることにしよう。


「メフィトーレスさんは力持ちなんですね!」

「…剣を持つ戦士であれば、このくらいは普通だろう」


 表情が見えないので違うかもしれないが、少しだけ嬉しそうな声だった。

 言葉は少ないけれど、なかなかに雄弁な声色を持ってらっしゃる。そんなメフィトーレスさんの感情の違う声を聴くのが少し楽しくなってきたのは内緒である。言ったら婚姻がどうのとか言われそうだし。

 そんなメフィトーレスさんは私が両手で全力を出しても持てないグローブを片手で軽々と持ち上げると、元の位置へとそれを…腕へと装着した。手際よく行われるそれに、手先も器用なんだなぁと感心した。

 グローブを装着すると手をぐーぱーして動きを確かめた後、メフィトーレスさんは私を見た。


「スイナは」

「はい」

「魔法が使えないと言っていただろう」

「はい、そうです」

「魔法は“マナを捧げる相手”がいるものだ」


 何を言いたいのかわからないので、黙って続きを待つ。

 私にもわかりやすい言葉を探してくれているのだろうメフィトーレスさんは、ゆっくりと話してくれた。


「スイナは“マナを捧げる相手”の影響をほとんど受けていないのだろう。だから、魔法は使えない」


 なるほど!

 道理で言われた通りにマナを流しても属性変更しても、何も起きなかったのか。

 その前に、捧げる相手って誰なんだろう。学ぶときにはそんな事言われなかったよなぁ…。


「魔法を使う事は出来ないが、魔術ならある程度は使えるようになるはずだ」

「…魔術ですか?」

「嫌ならそれで構わない。そうでないのなら学ぶと良い」

「いいんですか!?」

「ダメなら言わない」


 メフィトーレスさんのその提案は、とても嬉しいものだった。

 魔法使いになれなかった事が少しショックなのもあるが、それ以上に力を持つことが出来る事が嬉しい。脱、無力!

 これで誘拐されそうになっても抵抗でき……そういえば誘拐犯の親分がこのメフィトーレスさんだったんだっけ思い出し、魔術を学ぶにしても彼に勝てる気がしない事に気付く。

 魔術だけじゃなくて、剣も扱うみたいだしなぁ、この人。


 お願いしますと言うとメフィトーレスさんは頷いた。


「では、これを」


 そう言ってメフィトーレスさんが私に差し出したのは一本の木の枝。

 受け取って見てみると、この枝には花の蕾がいくつかついていて、まだ咲く様子はない。

 それはそれとして、この枝は何だろうかと思って彼を見ようと顔を上げるが、その瞬間、ひょいっと持ち上げられ、瞬く間に彼の膝の上に収まっていた。驚いて固まる私の上から、低い声が降ってくる。


「まずは感覚だけ伝えよう。その枝に集中して」

「は、はいっ」


 思わず上ずった声になってしまったが、私に非はないはずだ。心臓が破裂するのではと思えるほど、バクバクと脈打っているが、今はそれは無視無視。枝に集中して、集中集中ヒッヒッフー。


「流れに逆らわずに…そう『同調、流転、同調』」


 メフィトーレスさんが起動言語(マジックスペル)を発した途端、私の身体の中へとマナが大量に流れ込んでくる。その慣れない感覚に思わず身を固くすると、その度に耳元に「大丈夫」という言葉が落ちてくる。


「『流転、成長、流転、同調』…スイナ、目を閉じずに枝を見ろ」

「はいぃ」


 あまりの(マナ)の奔流に目を閉じていたのだが、メフィトーレスさんに注意されてしまう。

 わからない感覚への怖さに、ぎゅっと結んだ目を開けるべく、気合を入れる。

 ゆっくりとゆっくりと、少しずつ目を開いて枝を見ると違和感があった。

 さっきまでは硬い小さな蕾しかなかったはずなのに、膨らんでいる…?


「それでいい……『同調、流転、成長』」

「お、おおおおおおお?」


 メフィトーレスさんの起動言語(マジックスペル)の度に私の中にマナが入り出ていく。そして、そのマナが出ていく感覚になる度に、マナに反応するように、枝の蕾が色づいて膨らんでいく。

 マナが流れる感覚は違和感ありありだが、それを忘れて見入ってしまうくらいにあからさまな、その変化。


「これが魔術というものだ……『結』」


 蕾がこれでもかという程に膨らんだ時、メフィトーレスさんがそれまでと違う起動言語(マジックスペル)を発した。

 マナが逆流するような感覚に襲われ、それと同時に、目覚めるように一斉に、その枝についた蕾が花開く。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」


 感動のあまり、色気もへったくれもない声が出てしまった。

 まあ、私の事はいいのだ。今はこの花。この枝に咲いた小さな白い花。

 “さくら”に良く似た、日本を思い出せる懐かしい花。


「アーリという果物の花だ」


 驚いて顔を上げるとメフィトーレスさんは私を見ていた。

 兜に隠れたその表情はわからないけれど、聞いた人が嬉しくなるような優しい声で、少しドキドキしてしまう。

 そうか、これが異性にドキドキというものなのか! と気を紛らわす事を考えながら、彼の顔から枝へと視線をもどす。表情どころか顔も知らないのにこれは…と思ってしまったが、気付いたら負けなのだ。見えてないから大丈夫! 問題なし! いえす!

 そう思い込んで、それから感謝を口にする。


「あ、ありがとうございます」


 この前の、さくらにそっくりなこの花の絵を見ていた時の事を覚えていてくれたのかと、メフィトーレスさんのマメさに驚いたが、とても嬉しくなる。故郷の花にそっくりな花を見れて、私の事を気にかけてくれる人が居て、とても嬉しい。


 メフィトーレスさんの術中に嵌ってるなと思いながらも、嬉しいものは嬉しいのだし、このアーリの花には罪はない。

 私は自分にそう言い聞かせ、今はこの嬉しさを素直に喜ぼうと思ったのだ。


1月12日 誤字訂正しました


メフィトーレスはスイナと同調して魔術を扱い、花を咲かせる事に成功しました。

同調であっても、巫女が同調相手を少しでも嫌悪していた場合は失敗します。

が、スイナは彼に対してそれなりにいい印象を持っていた事と、メフィトーレス自身もいつもと違う感覚に戸惑いながらもスイナを落ち着かせながらゆっくりと少しずつ術を発動させていったので、成功しました。

普段の行いって大切ですね。

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