11話 拒否権はないそうです
本日2本目です
「すぐに返事は出来ないか」
突然の言葉に口をぱくぱくさせていると、メフィトーレスさんが言った。
かろうじて目は見えるが、兜に隠されたその表情はわからない。
返事って、つまり―――
「…き、拒否権があるんですか?」
「ない。だが、違う理由が少ないに越したことはない」
希望が見えたと思って聞いてみるも、その通りだけれど、私にとっては残念な返事が返ってくる。
そりゃ、どういう理由であれ結婚するなら仲良くできる方が…って違う違う。
“仲違いする理由が少ない方がいい”と言うという事はだ。
あの有名な都市伝説である一目ぼれしての求婚ではない。
…まあ、そうだよね。一目ぼれされる要素なんて私は持ってないし、されたこともないし。うん。
そうすると、だ。
私はここへ誘拐されたのだと思うのだが、その理由は“救世の巫女”だろう。
誘拐される時からずっと、巫女巫女言われているので、間違いないと思う。
そしてこの全身鎧のメフィトーレスさん。
威圧感もさることながら、堂々とした態度。何者にも侵される事のなさそうな……こう、なんていうかな。私はあまり言葉を知らないから、表現するのは苦手なんだけど……、そうだ。王様とか将軍とか、そういう威厳のような空気を纏っているのだ。
言い方はアレになるが、全身鎧で覆われていてもわかるくらいに、偉い人! という雰囲気なのである。
つまり、だ。
誘拐の親分はメフィトーレスさんで間違いないと思われる。
目的は救世の巫女。そして、求婚。
うん。色っぽい理由なんてなかった。わかっていたけど、一瞬でも動揺してしまった自分が悔しい。
なんだか惨めな気持ちになってしまった私がおそるおそる顔を上げると、威圧感のある大きな全身鎧があり、その隙間から見えている一対の緑の目が私を見ていた。
私が視線を合わせても動揺するような事はなく、じっと何かを待つように動かない。
何かしらの言動を私が起こすまで動かない気なのだろうか。
拒否権がないなら待つ必要などないだろうに……真面目な人なのかもしれない。こわいけど。
「…あ、あの、理由をお聞きしても?」
このまま見つめ合うのもなんだかこわかったので、頭をフル回転させて言葉を作った。
聞かなくてもわかってるだろ! と自分でツッコミを入れたくなるその質問に、しかしメフィトーレスさんは深く頷いてから答えたのだ。
「もっともだ。スイナ、おまえは巫女だ。巫女とはマナに最も近い存在。その巫女と婚姻を結ぶことは魔術師にとって重要な事なのだ」
誤魔化さず、きっぱりと言い切ったメフィトーレスさん。
さっきの印象……真面目な人なのは間違いないようだ、こわいけど。
それよりなにより、そんな真面目なメフィトーレスさんから出た言葉に私は耳を疑った。
魔術師? 魔術師ってあの、世界のマナを消費し続けている諸悪の根源の、魔術師?
「…その様子だと教会の奴らに何か吹き込まれたか…」
魔術師が教会に何を言われているのか予想はついているようだったが、彼は少し考える様な仕草を見せ、それから「何を言っていた」と私に尋ねた。
メフィトーレスさん。見た目はすっごくこわいけど、真面目で誠実で、ついでに意外と優しい。視線の高さを合わせてくれるとか、私が落ち着くまでじっと待っていてくれるとか、とても紳士である。
「マナを消費し続けて世界を消耗させる存在、と……」
「間違ってはいないが、正解というわけではないな」
正直に言えばメフィトーレスさんは頷いた。
鎧に隠れて表情は見えないが、声音には少しだけ呆れたような色があった。
魔法とは己の中のマナを捧げ、奇跡を現す術。
魔術とは世界に漂うあらゆるマナを使い、奇跡を起こす術。
魔法は他者に奇跡を願うものであり、魔術は己で奇跡を作り出すものなのだという。
なので、魔法は個々のマナの総量に関係なく効果は一定であり、魔術は個々の技術によって効果の増減が決まるのだそうだ。
「…燃料の違う同じ道具ではなくて、燃料も道具も違う物なんですね。魔法と魔術は」
「その認識で合っている。だからこそ、世界のマナを使うと言えどもそれは上限がある」
魔術師自身の技量以上にマナを取り込むことはできず、使うマナと同じだけの効果しか出ない。
教会の――ルーイ・ルーたちの言っていたように、際限なくマナを使い続けて、どこまでも強大な力を扱えるという事はないのだそうだ。
「そんな事ができるのであれば、世界は巫女の存在に関わらずすでに滅んでいる」
「…ごもっとも」
強い力が恐ろしい物であることは、前の――地球に居た頃にも感じていた。
日本はそういうのから遠い国ではあったが、世界には核兵器という力があった。実際に使われたのは数えるほどではあったが、その効果は口では言えないほどに恐ろしく惨いものであったという。
それを戦争に使い、各国が打ち合えば世界はどうなるか。
つまりは、そういう事なのだ。
核兵器は国同士の戦いでしか使われないし、どの国も抑止力として保持するだけで、使えばどうなるかを理解しているからこそ実践で使われる事はほとんどない。一度使われた時にその効果を広く知られているからこそ、ではあるが。
しかし、魔術は個人の力なのだ。
それぞれの個人の感情で使われる事だって多いだろう。
個々の争いで簡単に使われる魔術だからこそ、それこそ核兵器並みの恐ろしい力になればどうなるか。
国よりも多く、感情も性格も違う個々を抑えきることは難しい。
魔術に上限がないのであれば、力を押さえない個人の争いによって、世界は簡単に破壊されるだろう。
世界はマナを使い尽くされるのではなく、世界は人の手によって破壊されて滅びるのだ。
「…世界のマナを消費しているのは否定しないんですか?」
「その通りだからな。ただ、普通なら我らが消費するよりも多くのマナを、世界は生み出している」
「ル……教会の人は“世界が回復するマナの量以上に、魔術はマナを使っている”って…」
「我らはたしかに世界のマナを使っている。なればこそ、世界が消耗しきらぬよう、常に警戒している」
そもそも世界のマナを使い切れる魔術師などいないと彼は言う。
ルーイ・ルーたちの説明とは違うその言葉に、私は戸惑ってしまう。
どちらも嘘をついてるようには思えないのだ。
「…世界の消耗は魔術によってではないのでしょうか」
「そのはずだ。私の知らぬ魔術師がいるとすればその限りではないから、否定しきれぬのがな…」
バカ正直にそう言ったメフィトーレスさんの目をじっと見ると、彼は最初と変わらずに私を静かに見返してくる。
もう、最初のこわい人だという印象は、とっくに吹き飛んでいた。
彼は嘘はつかない。優しいし、信用できる…と思う。
「…それはそれとして、どうして私とあなたの結婚になるんですか?」
私の魔術師に対する誤解とやらは解けたと思うが、最初の疑問が残っていた。
なので、忘れないうちにと言葉に出した。
「…巫女が最もマナに近い存在である事は言ったな?」
「はい」
「我ら魔術師にとってマナは力だ。マナがなければ我らは奇跡を起こせない」
言葉を選ぶようにゆっくりとメフィトーレスさんは説明してくれた。
魔術というものはマナが必要であり、マナの質や量によって効果が大きく変わる。
だからこそ、魔術師にとってマナは重要なものなのだ。
巫女とはマナに最も近い存在であり、巫女はマナの種類を見る事ができ、マナは巫女の想いに応じて質を変えるのだそうだ。それは“救世の巫女”や“姫巫女”はもちろんそうではない巫女――能力の差はもちろんあるが――にも言えること。
…魔法はマナの質や量に関係ない術であるからこそ、その“2種類の巫女”以外に教会はあまり興味を持っていない。が、そうではない魔術師にとっては“巫女である”という事が何よりも重要なのだという。
何しろ巫女以外の者にはマナの種類を見分ける事はできないし、マナに変化を促すことも普通はできない。そう、普通は。
「巫女と婚姻を結び交わることで体内のマナの一部が交換され、巫女でなくてもマナを見分ける事が可能だ。さらに常に巫女の近くにいることで質の良い……少ない量のマナで最大限の奇跡を起こす事ができる」
「…こ、婚姻は必要なんですか?」
「ああ。婚姻せねばその効果は出ないらしい。おそらく、巫女の想いにマナが変じる事も一因だからだと思うが……試してみるか?」
「たたたたたた試しませんっ! 絶対嫌です止めてください!」
勢いよく私が言えば、メフィトーレスさんは一瞬の沈黙のあとに「そうか」と頷いた。
その直後に何かを吹き出すような音が聞こえ、そちらを振り向けば口を押えて震えているレイリンさんが見えた。
「…レイリンさん?」
「……ごめんなさい、スイナ様。あまりにもすごい剣幕だったから…ふふ…その、思わず…ふふふ」
笑いを堪えきれてない声でレイリンさんがそう言った。
恥ずかしさで顔が熱くなるが、ここで何か言えばさらに恥ずかしくなるのはわかっている。
なので、ここは普通に! 大人の余裕を見せる様に! 話をもどそう。
メフィトーレスさんの説明で気になった事もあるし。
「…“救世の巫女”というのはひとりしかなれないんですか?」
「そうだ。…ああ、召喚されたのは3人だったか」
「よく知ってますね」
「…おまえが“救世の巫女”であるのならそれが一番いいが、そうでなくても価値はある。巫女だからな」
直接的な答えではなかったが、それは肯定の言葉だった。
救世の巫女は1人だけ。つまり、他の2人は巻き添えであり、他力本願どころか関係ない者まで巻き込んだのだあの教会は。しかも帰せないとか言っていた。なめてるとしか思えない…言えないけど。
「その、私は巫女なんですか?」
教会へのイメージダウンは置いといて、私は知らないふりをして聞いてみる事にした。
救世の巫女として落第した私は、そもそも巫女の能力など初めて知り、その巫女というものなのかどうかわからない。それに、メフィトーレスさんなら答えてくれそうだし、たぶん巫女でなかったとしてもそれなりに面倒――捨てずに下働きとしてでも雇うなり何なりしてくれそうだ。
その予想通りにメフィトーレスさんは答えてくれた。
「マナを扱う事はできるか?」
「えと、自分の中にあるマナならなんとか出来ます……魔法は発動しませんが」
「ならば巫女だ、問題ない。触媒なしにマナを動かす事が出来るのは巫女とその連れ合いのみだ」
「そうなんですか」
さり気なく魔法を使えないと言ったのだが、それは巫女とは関係ないらしく、メフィトーレスさんは言いきってくれた。
私はホッと息をはく。
巫女目的なのに巫女ではないと知られたら…とか不安だったのだ。
これならとりあえず、今すぐ身に危険がとかそういうのはないだろう。よかった。
「理解できたのならスイナ、私の嫁になれ」
私がなるほどと頷くのを見て、メフィトーレスさんはそう言った。
魔術師は巫女と婚姻した上で…とか言ってたもんね、そうだったね。
…身の危険は去ってなどいなかった。私が最初に思っていたのとは別の意味だが。
「…拒否権は?」
「ない」
ですよねー。
結婚はしてみたいけど、だからと言って強制的に結婚とかはちょっとなぁとか思ってしまう私は贅沢者なのだろうか。
いやまあ、恋愛とか財産じゃなくて、思い切り体質目当てですけども。
メフィトーレスさんはその後、食事の時間だと兵士さんが呼びにくるまで、答えられずに頭を抱える私をずっと見ていたのだった。
1月9日 誤字修正しました