思い出
吹く風に、亡くなる少し前の母を思い出した。
窓外をおもむろに見やりながら母は、「春はよく風が吹くというけれども、今年の春は本当によく風が吹くわねえ」と、しきりに口にしていた。
その言葉に私は何も感ずることはなく、母も何気なく口にしたといった表情しか見せず、何度か繰り返されたその言葉を思慮することもなく私は漠然と聞き流していた。
それからほどなくして、母は急ぐように逝ってしまった。
風は知らせだったのだと、今ならわかる。
もし、そうだと早くに気付けていたのなら、今でも母親は側そばにいてくれただろうに。
叶わぬたらればを思えば、淋しさ漂う心に後悔が滲んで、やり切れなさに一層胸が締め付けられて苦しくなる。でも涙は違うから。
窓外に目をやる。
辛く悲しいばかりの時が巡りてもなお春陽は目映く輝きて、母を連れて行ってしまった風が今日も強く吹いている。カーテンを揺らし、1人の部屋の静寂を吹き抜けて、頬を髪をと軟らかく撫でゆく。その時、耳元を過ぎる風の中に、何故か楽しげなはしゃぎ声のようなものを微かだがはたと聞いた気がした。
風になって、か。
そんな歌があったな。
その歌を口ずさむ母を思い出した。歌というよりは、歌っていた人に好意をもっていたような覚えがあるのだが。
どうだい母さん、風になった感想は?
軽やかに風とともに行く母を想う。




