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第三話 「高カカオチョコレート」

 漸く二人目の転生者も懲らしめ、妾は最後の世界に出現する。


「ふむ、今回は随分薄暗いところに………ん?」


 灯りは壁に付けられている蝋燭一つ。

 目の前に映るのは格子状の鉄柵。


 妾は周りを見渡す。

 鉄柵以外の部分は全て石の壁で出来ている。

 確認するまでもない。

 ここは牢獄なのだろう。


「適当に転移しておるとはいえ、奇跡じゃな、これは。神の妾が奇跡などと言うのは変な話じゃが」


 妾は牢獄の錠に触れると、カチリと鍵を外す。

 何の苦もなく妾は牢獄から脱出する。


「さてと、今回も市場を探すか」


 この世界には一体どんな甘いモノがあるのか、今から考えるだけも楽しみじゃ。


「ま、待ってください!!」

「む?」


 妾が牢獄から外へ続く階段を登ろうとすると、別の牢獄の中から声がかかった。


「お願いします。私達をここから出してください」


 見ると、若い男女が十人と少し。

 別々の牢獄で囚われていた。


「お主らが何をしたのかわからぬが、ここに捕らわれておるということは罪人という事じゃろ? 流石に妾が罪人を解き放つのはちょっとの」

「ち、違います。私達は罪人じゃありません。私達は勇者です」

「証拠は?」

「え? そのあの……」

「証拠がないのであれば主たちを勇者と認めるわけにはいかんのう。大体お主等を妾は見た覚えがないし」


 妾は踵を返し、外へ行こうとする。

 少し可哀想ではあるが、こういう輩を助けているとキリがないのでな。


「よ、預言者様。そうだ、預言者様がいる。私達が勇者であることを証明してください」

「え? あ、はい。こ、この人達は勇者に間違いありません。そうですよね、神様」

「あ、あぁ勿論じゃとも。ワシがこの者たちを勇者と指名したんじゃ。勇者に間違いない」


 その言葉に妾の足が止まる。


「神様じゃと~? こんな牢獄一つ抜け出ることができん奴が神を名乗っておるのか。神ではなくハゲに改名したらどうじゃ」


 妾は進行方向を変え、白い顎髭を蓄えた爺の元へ向かう。


「な、無礼な。大魔王の魔力による枷さえなければこんな檻……」


 妾はぱちんと指を鳴らす。

 爺の四肢についていた魔力の枷が砕けて消えた。


「は? え?」

「ほら出てみよ。魔力の枷は外してやったぞ」

「み、みておれ。今出るからの。コォオオ~~~ッ!!! ホォオオオオオ~~~~ッ!!! ハァアアアアア~~~ッ!!!」

「……溜めが長過ぎるわ」


 いつまでも唸っている爺に痺れを切らした妾は、格子を蹴りつけ爺ごと吹き飛ばす。


「神様ぁ―――――ッ!!?」


 ―――それから10分ほど経過。


 結局妾は牢にいる者全員を助けだす羽目となった。


「要するにお主らは勇者として神託を受けた瞬間、大魔王に襲われ牢に入れられたわけじゃな」

「はい、お恥ずかしながらその通りです」


 ギャグのような話に妾は頭が痛くなった。


 ――と言うか、預言者そやつと爺は大魔王とグルではないのか?


 妾は預言者と爺を懐疑の目で見る。

 預言者と爺はビクリと震えた。

 グルでなければ間抜けにも程がある。

 例えグルであっても同じく牢に入れられておる時点で間抜けには変わらぬが。


「まあよいわ。これで大魔王を討伐することは出来るのであろう?」

 本来は妾の役目じゃが、こやつらが討伐できるのであれば手を出さんほうが良いじゃろう。

「いえそれがその……」


 皆一同に顔が曇る。


「なんじゃ、まだ何かあるのか?」

「実は大魔王に聖剣、伝説の鎧、安全な指輪、神速の靴などの宝具、神器を全て回収されておりまして」

「で?」

「それらがないと大魔王と戦うことは疎か、ダメージすら与えられないので……」


 転生者Ⅲあやつはどれだけ勇者にハードモードを強いておるのじゃ。

 本気で掛かりすぎじゃろ。


「――――――そこの爺は神器を創れぬのか?」

「つ、創れますとも。ただ材料と時間が……」


 滝のように汗を流し、妾から視線をそらす爺。


 ―――本当に役に立たんハゲじゃの。


 妾は心のなかで溜息をつく。


「―――もういい。妾が主らに力をやる。その力でとっとと大魔王を倒すが良い」

「あ、ありがとうございます」


 妾は手を翳し、勇者達に力を与える。

 力と言っても能力を上昇させるわけではなく大魔王とその軍勢を弱体化させる能力じゃ。

 これなら大魔王をこやつらが倒しても悪用はされまいて。

 妾は順に力を与えてゆき、最後の一人で手を止める。


「……………何をしておる」

「な、なんですかな?」


 ――ハゲじゃ、ハゲが妾の眼の前におる。


 こやつ神を名乗るくせに妾から力を貰おうというのか。

 大魔王に負け、ここに捕らわれておるという事実だけでも恥ずべきことじゃというのに、この爺ときたら。


「恥を知れっ!!」


 妾は再び爺を蹴り飛ばした。

 爺はピンボールのように転がっていく。


「神様………」


 今度は悲痛な叫びではなく、一同から哀れみの声が出た。


「さあ、行け、勇者どもよ。大魔王を倒してくるがいい」

「はいっ!!」

「じゃが、その前に……」

「?」

「―――市場の場所を教えるのじゃ。出来る限り甘いモノがある市場の場所をな」


 †


 ―――大魔王城最奥、玉座の間にて。


「覚悟しろ、大魔王っ!!」


 勇者達が大魔王に一斉に剣を向ける。


「よく来たな、勇者よ。―――って何これ? 戦隊物のヒーローよりも酷い数の暴力なんですけど?!」

「失礼ながら大魔王さま、勇者達を殺さず牢に溜め込んだ結果かと」

「ま、まあいい。この程度、無限の魔力と強靭な肉体を持つこの大魔王の障害足りえんわ」


 大魔王は配下のメイドを下がらせ、片手に大剣を創生する。


「一撃で葬ってくれよう」


 大魔王は片手で大剣を大きく振りかぶる。


「来るぞ、みんな」

「奥義―――『約束された大魔王の大剣』」


 大魔王が大剣を振り切ると、その剣先から無尽蔵といえる量の魔力が迸り、勇者達に襲いかかる。


「―――それ、叫びたかっただけですよね」


 勇者達に魔力の本流が直撃する所を見ながら、メイドは大魔王に言う。


「前世から好きだったんだよな、あの作品。―――――さーて、あいつらもう一度牢に……」


 入れておけ、と言おうとして大魔王の動きが止まる。

 目の前には殆どダメージを受けていない勇者達が居たからだ。


「どうした、大魔王。私達は誰一人倒されちゃいないぞ」

「あれ? あれれ?」


 大魔王が混乱している間に勇者達は大魔王を取り囲む。


「皆、一斉にいくぞ」


 歴代の勇者達が次々と連撃を仕掛ける。


「ちょっ、止めて。これ唯のリンチだから。俺のシマじゃノーカンだから」


 四方八方から大魔王は叩かれ、突かれ、斬りつけられ、たまらず呻く。


「大魔王さま、ヘルプ要ります?」


 メイドは冷静な目で攻撃され続ける大魔王を見送る。


「いや、聞く前に助けてよ!!」

「――了解しました」


 メイドは巨大な斧を手に出現させると、ハンマー投げの要領で大魔王目掛けて投げつけた。


「皆、一旦下がるぞ」


 阿吽の呼吸で勇者達は大魔王から距離を取る。


「え?」


 大魔王にはそのまま巨大な斧が回転しながら迫っていく。


「どわぁ―――っ!!!」

「お見事です、大魔王さま」


 まさに間一髪、いや、大魔王の頭頂部の髪を巻き込み、斧は通り過ぎていった。


「俺を毛根ごと殺す気かてめぇ!!」

「この程度で死ぬならば、大魔王さまは疾うに(私に)殺されています」

「今私にって言わなかった? 言ったよね?」

「さっさと本気で戦ってくださいませ。仮にも相手は勇者ですよ?」


 メイドの言葉に大魔王は仕方が無い、と言った感じでシリアスな顔になる。


「それもそうだな。では、少し本気を出すとしよう。―――この大魔王の本気をな」


 そう言うと大魔王の体が変形し始める。

 人間大だった体は、巨大な玉座の間に相応しいサイズまで巨大化し、背中からは羽が生え、首は龍のように伸びる。

 巨大なアギトの間からは緑色の炎が吹き零れ、強靭な爪からは触れるもの全てを溶かす腐食の毒が滴る。

 それは禍々しい魔龍。

 世界を瞬く間に手中に収めた大魔王の力だった。


「始めに言っておく、俺には後一回変身が残されているぞ」

「………それ、死亡フラグです。大魔王さま」

「それがどうした。私達には神をも超える力が与えられたのだ。お前など恐るるに足らん。いくぞ、みんな」


 ここに、大魔王と勇者達の戦い第二幕が幕を開けた。


 †


 ―――とある街の市場。


 妾は焦るように歩を進める。

 先程から何度同じ所を歩いたことか。

 最早見逃しはないレベルで見て回っているはず。


 ―――だと言うのに。


「―――ない」


 右を見ても左を見てもくたびれた野菜ばかり。

 何処を探しても菓子の類は疎か、砂糖すら見つからぬ。

 何じゃこの世界は。

 妾に喧嘩でも売っておるのか?


「おい、貴様。どうして菓子の類が売っておらん?」


 妾は近くで溜息を吐きながら商売している男の胸ぐらをつかむ。


「ヒッ!!」

「答えよ。何故甘いモノが売っておらん」


 妾は男の胸ぐらをつかんだまま、前後に揺する。


「そ、それは……。だ、大魔王軍が、街々から、物を徴収する所為で、碌なものが、街に残らなくて、それで……」

「おのれ大魔王、断じて許すまじ」


 妾は男をポイ捨てる。


「もうあやつらには任せておけぬ。妾がこの手で大魔王あやつの息の根を止めてくれようぞ」


 妾は今までの中で最速で式を展開すると大魔王の城へと体を転送させた。


 †


 ―――再び大魔王城最奥、玉座の間。


 勇者達と大魔王の戦いは熾烈を極めた。

 それを示すかの如く、この広間に多くの爪痕が残されている。


「よくぞ、俺をこの最終形態まで変身させたな。だがお前たちの命運もここまで、その体ではもう戦えまい」


 双頭のドラゴンへと変貌を遂げた大魔王が、息も絶え絶えの勇者達を見下ろす。


「ま、まだだ。私達はまだ負けるわけには……」


 体はぼろぼろだが、瞳に闘志を宿し、勇者達はそれぞれ肩を支えながら立ち上がる。


「ふっ、やせ我慢を。まあ、いい。次で本当の最後にしてやろう」

「大魔王さま、それもフラグです」


 冷静にメイドが突っ込む中、双頭のドラゴンとなった大魔王の口に魔力が収束していく。


「――またあの炎が来るぞ。みんな、固まれ」


 勇者達は一箇所に集合し、剣をそれぞれ掲げる。

 大魔王の攻撃に打って出るつもりだ。


魔竜の炎殺撃ドラゴンファイア


 二箇所の発射口から勇者達目掛け、緑の炎が壁のように押し寄せてくる。


「ウォオオオオオオ―――――ッ!!!!!!!」


 ぶつかる剣と炎。

 勇者と大魔王、お互いの信念と信念をぶつけ、激しく鬩ぎ合う。

 両者の力はどちらが勝っても可笑しくないほど膨れ上がっていた。


 ―――そこへ。


「死にさらせぇえええええええええええええっ!!!!!!!!」


 勇者達を弾き飛ばし、炎を物ともせず、少女が大魔王に突っ込んでいった。

 言うまでもなく、あの神である。


神のご都合主義の一撃デウス・エクス・マキナ

「ぼふぅううう―――っ!!」


 少女の渾身の左ストレートが大魔王に決まる。

 たった一撃で変身が解け、人間体に戻される大魔王。

 勝負は一撃で決したが、まだ少女は止まらない。


神のデウス……』

「ちょっ、たんま。なに? なんなの君? 今最高に盛り上がって……」

ご都合主義の一撃エクス・マキナ


 防御とか回避とか、そういう次元ではない攻撃が再び大魔王に振り下ろされる。


「おぉう……。腹はヤメて、腕とか、肩とかそういう場所に……」

神のご都合主義の一撃デウス・エクス・マキナッ!!!』

「ぐぎゃっ………、た、玉が、俺の玉が……」


 股間に拳が振り下ろされ、大魔王は芋虫のように丸くなる。


「おい……」


 少女はそんなこと一切気にせず、少し薄くなった大魔王の髪を掴み、引き起こす。


「貴様は何をしておる。何故甘いモノが市場にない?」

「え? 甘いもの? と言うかもしかして貴方は俺を転生させてくれた神様?」

神のデウス……』

「そ、早急に甘いモノを用意しろッ!! 俺の命がかかってるッ!!!」


 勇者達が倒れ伏し、大魔王の悲痛の叫びが聞こえる中、メイドは必死の形相で甘いモノを探しに駆け抜けていった。


 †


「それで、貴様は何をしておる?」


 妾は大魔王とメイド、勇者達を並べて正座させる。

 大魔王は妾の拳により体中ボコボコになっている。


「えと、一応大魔王的なことを……」

「何故市場に甘いモノがない?」

「怒るとこそこ? ――――あっ、いやすいません。もう殴るのは勘弁して下さい」


 妾は振り上げた拳を下ろす。


「当パティシエによる最高級高カカオチョコレートでございます。どうぞ、お召し上がりください」


 メイドが震える手で妾にチョコレートを差し出す。

 妾は差し出されたチョコを一つ摘み、口の放り込む。

 高カカオチョコレートだか何だか知らぬが、あまり甘くはなく美味しくない。

 そして一粒一粒が小さい。

 妾のこめかみに新たな怒りマークが浮かぶ。


「「ヒッ!!」」


 それを見て大魔王とメイドは縮こまる。


「あ、あの………どうして私達も正座させられているのですか?」


 勇者のうちの一人が手を上げ質問してくる。


「―――わからぬか?」

「えと、すみません」


 一同に『?』を浮かべる勇者達に妾は溜息が出る。


「たわけ。妾から力をもらっておきながら、これだけの人数で仕留め切れぬなど言語道断じゃ」

「いえ、あの……最後横槍が入らなければ炎を弾き返し、そのまま大魔王を切り裂いていた予定なのですが」

「大体お主らの教えられた場所に甘いモノがなかったぞ。恩を仇で返すとは何事じゃ」

「…………(絶対こっちが本音だよ。私怨入りまくりだよ。分かるわけ無いじゃん)」

「なにか言ったか?」

「……何でもないです」


 妾は再び大魔王に向き直る。


「さて、貴様の処遇を言い渡す。―――――――死刑じゃ」


 妾は言葉とともに裁きの剣を創り出す。


「ちょっとぉっ!!? 俺のだけ判決無慈悲すぎるでしょ?! そりゃあ、横暴なことは色々しましたけど、できるだけ殺さないようにしてきたんですよ?! だいたい俺を大魔王に転生させたのは貴方じゃないっすか!?」

「誰が悪の大魔王に成れといった。正義の大魔王に成ればこんな事にはならなかったはずじゃ。違うか?」

「何その正義の大魔王って?! 俺、初耳なんだけど!!?」

「―――それが辞世の句でいいんじゃな?」


 妾は裁きの剣をバットのように振りかぶる。


「お、お待ちください。大魔王さまを悪の道へ引きずり込んだのは私です。死罪にするのであればどうか私を……」

「お前……」


 大魔王は庇うように前に出たメイドに驚く。


「はぁ……。仕方が無いの」


 流石に庇うものを斬るわけにもいかず妾は剣を消す。


「妾が与えた能力はすべて没収。それからその後は、菓子職人に成ることで許してやろう」

「あ、ありがとうございます。必ずやこの世界一のパティシエになってみせます」


 大魔王とメイドは互いに泣きながら抱き合う。

 これで全ての事態は解決じゃ。

 妾は満足気に頷く。


「……………(結局最後まで甘いモノかよ。もう何しに来たんだろこの人)」


 勇者達は正座しながらそう思うのであった。

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