第二話 「スノーホワイトシュガー」
「ふむ、ここは……」
一面大自然の草原に出る。
上空には雲ひとつ無い大空が広がっており、花のまわりでは蝶が飛び。
石の上では鳥が羽を休ませて鳴いている。
ここは豊かな自然のある世界。
―――ではなく。
「フンっ!!」
妾は地面に拳を叩きつける。
叩きつけた部分のヴィジョンが停止し、無骨な機械の部分が現れる。
「機械に支配された世界、とでも言うべきか」
故障によるブザーが鳴り響く前に妾は出入口にあるコンソールに触れ、メインシステムを掌握する。
ぶっちゃけるとコンソールに触れる必要すらなかったのじゃが、ノリでやってしまう。
「人が多そうなエリアは………。っと、ここか」
掌握したシステムをいじり、地図を表示させる。
ちょうど一つ奥のエリアじゃ。
また甘いもの……違った、転生者探しのために市場でも回るか。
妾は出入口のドアを開け隣のエリアに移動した。
†
「おーら、もっと引っ張れ。このままじゃ目的地に付く前に日が暮れるぞ」
先ほどの光景とは打って変わって、男たちが巨大な石に紐を括りつけて運んでいる。
一体何をして居るのじゃろうか。
近くの村人に聞いてみる。
「あぁ、あれかい? あれは防波堤を作るために運んでいるのさ」
何人もの男たちが幾つもの巨大な岩を引きずり、運んでいく。
作るのはいいが、非常に原始的な手段じゃ。
「何故、機械を使わないのじゃ?」
「へ? 機械? なんだそりゃ。お嬢さん、異国の民かい?」
「いや、済まぬ気にしないでくれ」
訝しげる村人を後にし、妾は歩を進める。
どうやらここでは何者かに依って機械の存在を知らされないで生きているようじゃ。
暫く歩いていると、川に出る。
川と言っても泳げるほどのスペースすらない小川じゃが。
そこで女達が籠の中の衣服を川に浸し、洗濯していた。
いや、これは洗濯していると言っていいものか。
女達はしゃぶしゃぶのように衣服を川に浸からせるだけで直ぐに籠に戻し、まるで洗っていない。
「お主らは一体何をしておるのじゃ?」
妾は女達に聞いてみることにする。
「何って、そりゃあ洗濯さ。見て分かるだろ?」
女達のうちの一人がさも当然と答えてくる。
やはり洗濯であったようじゃ。
「しかし、それでは汚れは取れぬのではないか?」
「あんた、異国の人かい? ここの川は服を浸からせるだけで汚れが取れるようになってんだよ」
「……ふむ」
妾は川に近づき、その流水に触れる。
界面活性剤、酵素、漂白剤……などなど。
どうやらこの川には洗剤の成分が流れているようじゃ。
恐らくこの部屋の外にある機械が成分から浄化処理までなんでもやっておるのじゃろう。
超ハイテクな世界で超原始的なことをやっておる。
何ともチグハグな世界じゃ。
妾は女達に礼をいい、そこを後にした。
そのついでに市場の位置を聞くことを忘れずに。
†
――市場前。
思っているものとはすこし違うが、妾は市場前に到着した。
「寄ってらっしゃいみてらっしゃい。今日の実は特別に出来の良い実だよ」
「奥さんお目が高いね、今日の実は特製肉入りのカレーライスだ。どうだい、買っていかないかい?」
「本日限りの特別商品だよ。口の中が蕩けること間違いなし。スノーホワイトシュガーの実があるのは本日限り」
妾の目の前には商人たちが実と称して大小様々なカプセルを売っている。
とてもスノーホワイトやカレーや、口の中が蕩ける食べ物とは見えない。
何だこの光景は。
どうすればスノーホワイトが食べれる?
「おい、そのスノーホワイトやらはどうすれば食べれる?」
妾は商人の前に素早く移動すると尋ねる。
「お嬢さんは異国の人かな?」
「まあそんなとこじゃ」
「なるほど、ではこの実について説明しよう」
「いや食べ方だけでよい」
「この実は街の外れにある『グルメの木』と呼ばれる木から生えているものなんだ」
「いや食べ方だけでよい」
「グルメの木の実には様々な種類の食物が入っていて、こうして開けると……」
「ほぉ」
商人の男は妾の前でカプセルを開けてみせる。
中には白く光沢を放つゼリーのようなものが入っていた。
「ちょっと味見してご覧」
男に言われるがまま、妾は男に手渡させた木の棒にそれをつけ、舐める。
「むむ、これは……」
ゼリーのようなものかと思えば雪のように口入った瞬間消える。
しかし、蜂蜜のような甘さとミルクのような濃厚な匂いが口いっぱいに広がる。
「どうだい? 甘くて美味しいだろう?」
「十個くれ」
「え?」
「それを十個くれと言っておる」
「いやさすがに十個は途中で甘さが嫌になると思うけど」
「同じことを何度も言わすな、十個じゃ」
妾は瞬時にこの世界の通貨を生成する。
真珠のような綺麗な球体。
それを1個、男に手渡した。
「釣りはいらぬ」
ジャラジャラとカラフルな球体を取り出そうとする商人の男を静止させ、妾は別の場所へ向かった。
†
――防波堤。
妾は防波堤の上に座りながら海を眺めていた。
海は機械で管理されているためか、非常に穏やかなのだが。
防波堤は現時点で20m以上あり、アンバラスさを感じる。
「おかしいの。確かにこの世界の転生者Ⅱは人間ドミノを築いたり、人間ボーリングをしたりなどして、外道な行いをしていたはずなのじゃが」
妾は片手に持ったカプセルの中身を呷る。
どう見ても村人は幸せそうで問題ないように見える。
一体どうなっているのじゃろう。
「はぁ、甘くて幸せじゃ、問題が起きるまで暫くこの世界で暮らそうかの……ん?」
そんなことを言っておると、途端雲行きが怪しくなる。
雲ひとつなく晴れていたはずなのに、みるみるうちに暗雲が立ち込め、ぽつりぽつりと雨が降り始める。
「ふむ、雨か」
妾は徐々に激しくなっていく雨の中、そう呟く。
神である妾は雨に打たれたからといって人のように風邪を引かぬし。
そもそも己の頭上に降り注ぐ水を弾いてしまえば雨など関係ない。
「しかしまあ、流石にこれは問題ないとは言い難いか」
海岸線の向こうから大量の水が此方に押し寄せてきている。
――津波じゃ。
「急げっ!! 早く積み上げないと波に飲まれるぞ!!」
男たちは未だ石を担いで防波堤を積み上げている。
今そんなことをしても防ぐ量など変わりはせんじゃろうに。
いつしか雨は暴風を伴う豪雨となり、男たちの視界と気力を削いでいる。
このままでは波に飲まれることは火を見るより明らかじゃ。
「さて、本来神は自然の営みに手を出すことなど無いのじゃが。―――――これはどう見ても自然の営みじゃないしのう」
とは言え、既に来ている津波を完全に消すのも変な話じゃろう。
妾は手を波の方へ向ける。
「…………ふっ」
そして少しずつ波の勢いを弱めていく。
防波堤で防げるレベルになるまで。
「こんなもんかの?」
ある程度波の勢いが弱まったことを確認すると妾は防波堤から飛び降りる。
それと同時にずしんと辺りに衝撃が入り、防波堤の至る所にヒビが入った。
†
――とある中央管理室。
「ふはははははっーーーー、見ろ、人がゴミのよ……あれ?」
彼の前の巨大なスクリーンには巨大な津波と防波堤の光景が上空から映し出されていた。
「おかしいな、完全に破壊する規模の津波だったはずなのに。何を間違ったかな……」
男は制御盤を弄りながら首を傾げる。
男が当初予定していた津波の規模は防波堤を破壊し、村を水浸しにして余りある量だった。
それが何故か防波堤に罅を入れる程度に減少している。
「仕方ない、もう一発撃つか……ぶべらっ!!!」
男の後頭部に飛び蹴りが炸裂し、モニターに顔が減り込む。
「――何をしておるんじゃ貴様は」
「な、何だお前は? どうやってここへ?」
男は狼狽しながら突如現れた少女に困惑する。
「面倒じゃったから直接ここへ転移した。そもそも貴様のいる場所はシステムを掌握した時点で解っていたわけじゃしな」
少女はずいっと男に近づくと、そのまま男の顔を踏みつけた。
「――で、貴様はここで何をしておる。妾が与えた機械を自在に操る能力を使い、何をしておる? ん? 答えてみぃ」
少女は男をグリグリと踏みつけたまま答えを促す。
「えと、天空の城的な遊びを……」
『神の雷』
「ぎゃーっ!! 鼻が、鼻がァッ!!」
男は鼻から血を流しながら転げまわる。
「ふん、外道が」
少女は転げまわる男を冷たく見下ろす。
「ち、違うんです。これには深いわけがあって」
「機械による人民管理の作業に飽きて、人間ボーリングやら人間ドミノやらをやっておった奴が深い訳とな。よいぞ、妾は寛大であるから聞いてやる」
「……(げっ、バレてる)。あの、津波救助プログラムの試運転………ぼほぉッ!!」
「たわけが、機械による完全管理のくせに救助プラグラムなんて作ってどうするのじゃ。じゃったら初めから津波を起こさなければよいじゃろうが」
少女はゲシゲシと男の体を踏みつける。
「す、すいません。あの、あまりにも暇すぎて魔が差しただけなんです。許してください」
男は踏まれたまま土下座する。
「貴様が村人のために色々な機械を作っていたことは知っておる。じゃから情状酌量の余地がないわけでもない。とりあえず貴様に与えた能力の半分は没収じゃな」
少女は男に手を翳し、能力の半分を回収する。
「そしてこれからは貴様も村人と同じ場所で生き、生活を共にしろ。そうすれば飽きるなどという発想も湧きまいて。―――――わかったの?」
「寛大な処置、ありがとうございます」
男は土下座したまま、更に頭を下げる。
「では妾は次の世界へ行く。―――――くれぐれも同じことを繰り返さぬよう」
そう言うと少女は粒子に溶け、消えていった。
あとに残った男がポツリと呟く。
「――踏まれるからこそ見える光景もあるんだな」
男は何時までも土下座の状態でその光景を想起していた。