5話 笑顔が眩しい少女
この神社で過ぎていくのは平和な毎日。
その日もまた、いつもと変わらないはずの一日。
だけど今日は、少しだけ違う一日。
日常がそこにあり、日常に居たからこそ始まった。
「廊下を走ってはいけませんよ?」
「えへへ……ごめんなさい」
「何度も言っているはずです、
人にぶつかって怪我をしてからでは遅いのです!」
僕が里遠ちゃんの部屋の前を通り掛かった時、
巫女さんの大きな声が聞こえてきた。
どうやら、里遠ちゃんが叱られているのだろう。
「お邪魔するよ」
僕は部屋の中へと入る。
「どうしたのかな?」
僕は、巫女さんの方を向いて理由を尋ねた。
その顔は確実に怒っているが、冷静さはまだ失っていないみたいだった。
「あ、おにーさんだ」
「話を逸らさないでください。
とにかく、危ない事はしないでくださいね!」
「うう……ごめんなさい」
とりあえず、状況は薄っすらと掴めない事は無いのだが、
何があったのかだけは当人の口から聞いておきたい。
「で、何をしたのか教えてくれるかな?」
「おにーさんもおこるから、やだ」
ああ、これはなかなか巫女さんの怒りが収まらなかったんだな……
「事と状況次第だね。
でも、話を聞いて条件反射で怒る事はしない。
それだけは約束しよう」
「甘やかしてはいけません」
こうやって言っておけば、何か話してくれるだろう。
巫女さんには咎められてしまっているが、これも話を聞かねばならない。
「ろうか、はしってたの」
「まあ、そういう事だろうと思ったよ。
先程から結構騒がしかったからね」
「気付いていたなら何故怒らなかったのですか」
「僕に言われても……」
巫女さんが僕を睨みつけてくる。確かにその通りだ。
その事については僕も反省しないといけない。
「とはいえ、聞こえてくる音だけで全て判断なんて出来ませんよ」
「自分の部屋に居たのですか」
「そうです」
それで、自分の部屋から出て様子を見て回り、
戻ってきたばかりだったのだ。
「それならば、怒るのは難しいですね」
巫女さんも、僕の状況を聞いて仕方ないと思っただろう。
僕の部屋の近くを通り過ぎてはいるのだろうけど、
直ぐに注意して聞こえたか……いや、聞こえない。
「経緯はどうであれ、無闇に走ると人にぶつかって危険だ。
それは理解しているね、里遠ちゃん」
「うん、あたるといたい」
「普通にぶつかると大丈夫でも、
全速力で走ってぶつかれば怪我をしかねない。
これも、理解しているね」
「うん……」
「なら、次からはどうすればいい?」
「ろうかは、はしらない」
「そうだね」
僕はそっと、里遠ちゃんの頭を撫でようとした……
そこを、巫女さんに止められた。
「甘やかさないでください」
「あはは……」
「笑って誤魔化そうとしても無駄です」
誤魔化すつもりは無いのだが……
言い訳、一応しておこうか。
「まあ、活発になった証拠だと思いますから、
多めに見るべき所は見ておいた方が良いでしょう。
これでまた、部屋に引き篭もられても困る」
「それもそうですが……
危ない事は、危ないと教えねばなりません」
「それは、巫女さんが叱ったので達されたでしょう。
僕は僕で、何故叱られたかを理解させただけですよ」
優しい語り口調になるようになるべく頑張ったが、実際の所は説教に近い。
言葉を強めるだけでは、人は納得してくれない。
「それと、遊びたいなら外で遊ぼう。
里遠ちゃん、これは僕や巫女さんとの約束だ」
「ひとりであそんでもつまらないもん……」
「それは……」
事実なんだけどね、確かに。
容易に納得してはいけないが、実情を考えると難しいか。
「だからといって廊下を走っていいわけじゃない。
そこを履き違えてはいけない」
「そうです、時と場合を考えねばなりません」
「ごめんなさい……」
しっかりと謝れる時点で、自分が悪い事を理解している。
意外と里遠ちゃんは賢い娘さんなのかもしれない。
外見から見る年齢を考えても小さい子供だが、侮れない。
とはいえ、歳相応の行動をしていると思うと、
外に出て遊べなければ解決にはならないか。
「というわけで、ここからは僕が遊んであげよう」
「ほんとう?」
「行くよ、里遠ちゃん」
「うんっ!」
元気のいい返事が聞こえる。
やはり遊び足りないのだ。
「怪我には気をつけてくださいね、二人とも」
「解りました、羽目を外さない程度しておきます」
「おにーさん、むりしないでね」
「あはは……」
振り回す側に心配されても困る。
巫女さんも思わず苦笑いしている。
結論から言おう。
その日はそのまま夕飯になるまで外で一緒に遊んでいた。
僕と里遠ちゃんの二人だけで巫女さんは入ってこなかった。
今日は本当に良く眠れそうだ。
ここ数日は色々と考えていたので寝不足気味だったから、
気晴らしとしては本当に丁度良かったのだ。
その分、自身の運動不足を痛感したのだった。
そしてまた、いつもと変わらない朝がやってくる。
相変わらず神社の朝はいつ見ても早い……らしい。
何故こんなに自信が無いのかというと、
時間の感覚が微妙に狂いつつあるのだ。
時計はあるが、日時計故にあまり正確とはいえない。
元々の僕は朝型の人間ではなかったからという可能性もある。
早起きする事も慣れておらず馴染めていないらしく、
朝は確実に寝ぼけている事が多いのも問題だ。
今、丁度良い具合に寝ぼけている真っ最中だ。
誰かが近付いている事に気付けないのも……
「おにーさん、おきて、おきてっ!」
「ん……僕の目は覚めてるよ?」
里遠ちゃんが僕を起こしに来てくれたみたいだ。
いつもみたいに僕の脚に向かって飛び乗ってくる。
軽い上に布団があるからあまり痛くないのは、助かるが……
確か、先日その状態で暴れられて痛い目に遭ったので、
早く起きるに越した事は無いだろう。
「あばれちゃうよ?」
「待て、待ってくれ……」
布団から出る。今日の天気も、良さそうだ。
「ねぼすけ~」
「悪かったな、寝ぼすけで」
「おにーさんらしくっていいの」
僕らしいって……
里遠ちゃんは一体僕をどんな目で見ているんだ。
まあ、別に構わない。朝起きるのが苦手なのは自分でよく知っている。
「おにーさん、かんがえごとばかりだから」
「ああ、なるほどね」
考え事をしているといつの間にか時間が過ぎて、
そのまま寝入っているかと思うと、結構時間が過ぎている……
それで、知らず知らずのうちに夜更かしになっているのだろう。
「あさはきもちいいよ?」
「ああ、それは認めるよ」
満面の笑みで言われた。
そういえば、先程からずっと笑顔を絶やしていない。
(朝に見るなら、こういう笑顔の方がいい)
何となくそう思いながら、僕は着替えを準備する。
「とりあえず着替えるから外に出てもらおうか。
大丈夫、ここから二度寝なんてしないから」
「うん、わかった~」
手早く布団を畳んで除ける。
これで二度寝をする気はないと意思表示をするのだ。
ちなみに里遠ちゃんはいつも着替え終わるまでちゃんと待っていてくれる。
待たせては悪いので、手早く着替えて部屋の外に出ねばなるまい。
「行こうか」
「うんっ!」
着替えたら、朝食だ。
これが本当に単なる日常にしか思えなくなってきたのは、
僕自身が随分とこの環境に慣れてきているからなのかもしれない。
食堂に行くまでの間に少し聞きたい事があった。
「里遠ちゃんは……
いつから僕を起こしに?」
「おぼえてないよ」
「巫女さんに頼まれたの?」
「ちがうよ」
自分から進んで来てくれているのを、知った。
毎朝巫女さんに頼まれているわけでもないらしい。
「なにか、あるの?」
「まあ、色々と気になるんだ」
「ふーん……」
「大半は里遠ちゃんが気に留めなくてもいい事だよ」
「なんかこまってるの?」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
しっかりと察されてはいる、間違いなく疑われている。
「ご飯を食べたら考えてみるよ。
色々と面白い事をやってみたいと思っているんだ」
「そら、みるの?」
空……か。
「そうするかもしれない。
何をするかは、まだ決めていないけどね」
「あそんでくれないの?」
「遊んで欲しいのかな?」
「うんっ!」
ああ、懐かれかけているな……
そんな事を思いながら僕は食堂に向かい、朝食を食べた。
そして、巫女さんへと伝言を伝えなければ。
「何か、ありましたか?」
「実は、少しばかり一人で考えたい事があります。
ですが、このままだと里遠ちゃんと遊ぶ事になりそうなので、
巫女さんと里遠ちゃんが一緒に居てもらうなどの方法で、
時間を作ってもらえると助かるのですが……」
「そうですか……」
少しだけ、複雑そうな表情を見せる巫女さん。
何か、やりたくない事情があるのだろうか。
「部屋に居るようにと押し留めたとしても、
廊下を走っていた事もあるので、
念には念を入れたいと思っています」
「そうですね、心配する気持ちはお察しいたします」
「里遠ちゃんと一緒に居るのは、嫌ですか?」
「いえ、そういうわけではありません。
色々と事情があるのです」
どんな事情があるのかは知らない。
僕が簡単に立ち入って大丈夫な事かも見当がつかない。
「厚かましいお願いかもしれませんが、そこを何とか……」
「そうですね、私も少しあの娘と話しておきたい事がありますので、
その間だけは確実に引き止める事を約束いたします」
果たしてその時間がどの程度になるかは判らないが……
どちらにせよ、目的は達成できそうだ。
「里遠ちゃん、僕は少し一人で考えたい事があるんだ」
「うみゅぅ……
あそんで、くれないの?」
「後で行くから、待っていて欲しい」
昼間に一人で動く機会が少なかった事に気付いた僕は、
とりあえず単独行動をしてみたいと打診した。
「その間、巫女さんと一緒に居てくれないかな?」
「ももこといっしょ……」
「嫌なのかい?」
「おにーさんとあそんだほうがたのしい」
少し複雑そうな顔をしている里遠ちゃんを見て、
やはり、この二人の関係には少し距離があると思った。
「本人の前で言うのは感心しないよ」
「ごめんなさい……」
「私は別に、気にしていませんよ」
気にしていない……か。
その言葉の方が、僕としてはもっと気になる。
「巫女さん、微妙に嫌われていませんか?」
「遊ぶといっても、知っている話を聞かせるなどの事しかできません。
既に幾度か話しているので、里遠ちゃんは飽きているのでしょう」
「それ以外には?」
「そうですね、廊下を走っていた事もありますし、
部屋の中に居るのが退屈なのでしょう」
その辺りは、僕と同じ事を考えている。
少なくとも巫女さんは、的確に状況が見えている。
「少なくとも今の元気が有り余っているこの娘を相手にした場合、
私の方が疲れて参ってしまいます」
「ああ、なるほど……」
「みゅぅ?」
首を傾げているけど、原因は里遠ちゃんなのだ。
まあ、抑えろと言っても抑えられる物ではないだろうから、
無理をしない程度にとしか言えない。
「先日も楽しそうでしたが……」
「確かに、僕は疲れて早々に寝入ってしまいましたね」
体力が無いとは思えないが、
家事などを任せている相手である以上、難しい部分もあるか。
特に、遊んでいて怪我をされては色々と困る事になる。
「解りました。退屈な里遠ちゃんの為にも、
なるべく手早く用事を済ませようと思います」
「はい、お願いしますね」
「はやくもどってきてね~」
「ああ」
笑顔で手を振る里遠ちゃんに送られながら、僕は部屋に戻った。
さて、話を少し整理しよう。
里遠ちゃんが何故最近こんなに明るくなったのか。
笑顔が日を追うごとに眩しさを増している。
それ自体はとても良い事だと考えて良い。
(それにしては、変わり過ぎではなかろうか?)
僕が来た事で浮かれているのか、それとも違うのか。
何かが急に書き変わったかのような印象がある。
そしてもう一つ。
巫女さんがあれだけ大声になるのも初めて見た。
怒鳴りつける感じではなく、気持ちが篭っている方に近い。
その前のやり取りを僕はよく知らないので一概に言えないが、
少しばかり里遠ちゃんに遠慮しながら言っていたかのように見えた。
何よりも一つ、僕の印象として……
(巫女さんが里遠ちゃんを怒っている姿を見て、
姉妹っぽさよりも先に親子のような姿を思い浮かべたのは……)
僕の思い違いならばそれでいいだろう。
しかし、それでいて互いの間に妙な溝らしき物が見えている。
先程、僕が一人になりたいと打診した時もそうだ。
巫女さんが里遠ちゃんに対して苦手な意識を持っているかのように振る舞い、
里遠ちゃんは巫女さんの事を明らかに避けている節がある。
その姿が尚の事、近い関係に居た事を遠巻きに暗示していた。
姉妹のようで、もう少し近い関係にも見える。
親子と呼ぶには何かが足りていないのもまた、不思議だ。
(やはり、そこにはとても深い理由があるのかもしれないね)
僕自身の記憶を取り戻す事も大切だが、
人間関係にも少し気になる所がある。
意識して仲良くなろうとする必要は無いとしても、
仲良くなることは、決して悪い事ではない。
少なくとも、日常を面白くするという観点からすれば、
この二人は見ていて、飽きない。
里遠ちゃんと遊んでいるのは結構楽しい。
巫女さんとはもう少し話をしてみたいと思う。
そうすれば、もっと近い視点で物事が見れるかもしれない。
結論が、出た。
(さて、そうと決まれば……)
里遠ちゃんと遊んであげようか。
巫女さんと一緒に居るとしたら、外には居ないだろう。
まずは里遠ちゃんの部屋に向かう。
居ない、何処に行ったのだろうか?
(巫女さんの部屋にいるのかな?)
仕方ないと思いながら、僕は巫女さんの部屋に向かう。
静かだ、ここに居ないかもしれない。
(寝ているかもしれないな)
そう思い、僕はなるべく音を立てないように部屋に入った。
その判断は、正しかったらしい。
「むにゃぁ……」
「すぅ……すぅ……んんっ……」
一緒の部屋には居る。
一緒の場所で寝ているわけではない。
(これが二人の間にある、距離になるのかな?)
傍から見れば、仲良く寝ているかのように見える。
だけど、同じ部屋で、場所を違えて寝ている。
寝相が悪いとは聞いていないので、本当の二人が持つ心の距離なのだろう。
(思ったよりもこれは、深刻なのかもしれないな)
しかしお互いが全く信頼していないわけでもない。
信用していないのならば、同じ部屋で寝ることもしないだろう。
その証拠に……
里遠ちゃんの安心した寝顔が見える。
寝ているときでも、笑顔を浮かべていた。
朝早起きして、頑張っている巫女さんも、
やっぱり疲れているのだろう。ゆっくりと寝ている。
こんな姿の巫女さんを見るのは初めてだった。
(邪魔をするのは、気が引けるね……)
僕は巫女さんの部屋をそっと立ち去った。
これからどうするか……
散歩でもして気を紛らわせるとしよう。
(それにしても、巫女さんの寝顔も意外と可愛かったな……)
少しばかり童顔に近いからなのか、
凛々しさが一切見えないのもまた巫女さんらしい。
昼食まではまだ時間がありそうだ。
巫女さんが起きるまではまず間違いなく用意などされないのだが、
僕が入ってきても気付かない程度の眠り具合を考えると、
このまま昼過ぎまでは戻ってこないかもしれない。
(起こしておけば良かったかも知れないね)
まあ、別にいいか。
外を歩きながら、そんな事を思っていた。
本当に長閑な場所である……
誰にも邪魔されること無く、考えを纏められる。
小説家や画家の類の人間ならば、絶好の場所として喜ぶであろう。
これほどまでに静かで集中できる場所は無いはずだ。
但し、刺激のような物を求めるには不適な場所に思う。
僕が元々居た場所もまた、
こんなに時の流れがゆっくりと感じられる場所ではなかったのだろう。
記憶が無くとも、この環境を当たり前と思わないその感覚が語っている。
空を見上げてみた。
里遠ちゃんのあの言葉が頭を過ぎる。
(ずっと、そらをみてた……)
空に何があるのか。
何を思っていたのだろうか。
一体何を見ていたのか。
真似をして空を見上げてみたとしても、
そこには相変わらずの青い空しかない。
(そろそろ昼になるか……)
再び僕は、巫女さんの部屋に行く事にした。
直行したのは、なんとなくそんな予感がしていたからだ。
「すぅ……すぅ……」
「みゅぅ……んみゃぁ……」
二人とも、寝ていた。
僕の期待を完全に裏切らない、見事連携だと感心した。
そんな場合ではないはずだというのに。
「んんっ、あれ……私……」
僕がこの部屋で動いた結果、巫女さんはようやく目を覚ましたらしい。
「どうやら、気付いたみたいですね」
「私、しっかりと寝てましたか?」
「その通りです、里遠ちゃんもそちらで寝てますよ」
僕が指をさしてみせると、巫女さんが里遠ちゃんの方を見た。
「気持ち良さそうに寝ていますね。
暫くの間、そっとしておきましょう」
「そうですね」
「それにしても恥ずかしい姿をお見せして済みませんでした」
「いや、可愛かったですよ、寝顔」
「か、からかうのは卑怯ですよ?」
寝顔を褒めると、巫女さんは照れて頬を真っ赤に染めていた。
口走ってしまった自分も少し恥ずかしい。
「時刻は、そろそろお昼ですか?」
「そう思ってこの部屋に来ました」
「そうでしたか。昼食の準備をしてきますね」
「はい、お願いします」
再び巫女さんは里遠ちゃんの方に視線を向ける。
「この娘は、もう少し寝かせてあげましょう」
「少し経ったら起こして、一緒に食堂に行きますよ」
「お願いしますね」
僕が軽く頷くと、巫女さんは部屋を出て台所へ向かっていった。
そして僕は、眠っている里遠ちゃんの近くへ。
その頭に軽く手を置いて、撫でてみた。
「ふぇ……みゅぁぁ……」
力の抜けたような声。
気持ち良かったのだろうか、口元から零れる笑み。
天使のような寝顔とは、まさにこれを言うのだろうか。
思わず僕も、笑顔になっていた。
記憶の中には無い事柄だから知らない事に分類されるが、
妹が出来たような感覚で正しいのだろうか、この気持ちは。
こうやって遊んで、楽しい毎日を送るのは悪くない。
ただ、時間は結構情が薄いらしい。
そろそろご飯の時間がやってくるので、起こさないといけない。
「ほら、そろそろ昼食の時間だ。起きろ~」
「みゅ、うううぅぅぅ~」
揺さ振って、里遠ちゃんを起こそうとする。
あまり酷い事は出来ないが、声だけでは起こせないなら実力行使しかない。
「んん……んにゃぁ?」
「ほら、起きた起きた」
「たびびと……さん?」
ああ、呼び名が古いままだ。寝ぼけてるなこれは。
「元、旅人……」
「おにーさんだね」
「それでよし」
間違いは正さねば。但し気にしなくてもいい部類なのはあえて言わない。
「ももこは?」
「ご飯の支度をしているよ」
「おひる?」
「そうそう、流石に夕方にはなってないさ」
「おきる~」
素直でとても宜しい。
寝起きはいいらしいので、後はそのまま食堂へ。
食べ終わったら、今度は僕が昼寝でもしようか……
二人の姿を思い出しながら、そんな事を思っていた。