あなたの名前が言えなくて
一面、広がる草原。
そこには、黄色いタンポポが咲き乱れており、ゆらゆらと風に揺られていた。
そんな中、歌が聞こえる。
少年だろうか、彼は心を込めて歌っていた。
もうすぐ生まれる黒煌と翡翠の三番目の子供に聞かせるために、練習を重ねていた。
明るい歌。
子守唄。
そして、愛の歌。
「羅那、ここにいたのか」
「コキュさま」
歌の練習をしていた少年、羅那の元に、コキュが現われた。
その腕には、羅那がプレゼントした腕輪が付けられている。
「どうかしましたか?」
「んー、羅那の歌が聞こえてきたから、来てみた」
にこっと微笑まれて、羅那は思わず笑みを零した。
「それで、でな。ちょっと話を聞いてきた」
羅那の隣にやってきて、ちょこんと座るコキュ。
羅那もコキュの隣に座った。
「話って何を聞いてきたんです、コキュさま?」
「それだ!」
「へ?」
ちょっと眉を顰めて、コキュはムッとした表情で続ける。
「羅那とコキュは、けっこんしたんだよな?」
「え、ええ」
今更、当たり前のことを言われて、羅那はきょとんとした表情を浮かべた。
「けっこんした者どうしは、さまなんてつけないんだぞ!」
「あっ……」
そういえば、と羅那は思う。
あれからずっと、さま付けでコキュのことを呼んでいた。だが、それは癖のようなものであり、名前で呼びたいとも思っていたが、タイミングが合わずに、そのままずるずるとそう呼んでいた……だけだったのだ。
「コキュのこと、なんでさま付けなんだ?」
「コキュさまが、黒耀さまだと思っていたから、ですね……今はもう、別人だと分かっていますし、必要ないのかもしれませんが……」
「なら、名前で呼べ!」
「え? 今から、ですか?」
「そうだ! けっこんしたら、名前で呼ぶのが普通なのだぞ!」
――なんだか、コキュさま、怒ってる?
「さあ、羅那! コキュを名前で呼べ!」
「えっと……」
捲くし立てられるかのように、羅那は観念した様子で恐る恐る告げた。
「……コキュ」
「おうっ!」
なんだか、それだけで、特別になった気分だった。
いや、前から特別だった。
けれど、何故だろう? なんだか心がほんわかと暖かく。
熱く感じられた。
「コキュ」
もう一度、呼んでみる。
「おうっ」
呼ぶと応えてくれる。それが嬉しくて。
「コキュ、コキュコキュコキュ!!」
「ら、羅那、それはいくらなんでも……むぎゅ」
羅那はコキュを強く抱きしめた。
「大好きだよ、コキュ」
緩んだ腕から、顔だけ抜け出して。
「コキュも、だぞ……」
「じゃあ、大人になりましょうか」
「えっ?」
羅那の突然の提案にコキュは、目を丸くした。
「子供が欲しいんです。僕と、コキュの、可愛い子が」
「コキュと、羅那の……子か? でも……」
「はい、僕らには沢山の子供たちがいます。でも、僕はわがままだから、欲しいんです」
有無を言わせないその声に、コキュは思わず笑う。
「じゃあ、すごくわがままな子になるな」
「かもしれません、けれど、凄く可愛い子ですよ」
「そうか?」
「ええ、コキュに似た、可愛い女の子ですから」
「そこまで決めてるのか!!」
待てと呼ぶ声に、羅那は立ち上がり、振り返る。
「じゃあ、阿鬼羅さんのところに行きましょう。善は急げです」
「ちょ、まだ決めたわけではないぞ、羅那! 羅那っ!!」
二人はじゃれるように駆けて行く。
これからも続く、二人の時間。
そして、皆と歩む楽しい時間は、まだまだこれから続くのだから。