首ポキ
劇場の出番終わりのお笑いの大楽屋。
お笑いの先輩が首をポキと鳴らしながら後輩3人にいつものように話しかける
「あ~、今日も劇場しんどかったな~。じゃ今日も飲み行っか!」
「あ、すんません!井内先輩!今日ちょっと彼女との約束あって…」
ボソ…「おい…、断るなよ。」…ボソ…「機嫌悪くなんだろ…」ボソ…
「………ああ。お前彼女いたんだ?」
「へへへ。そーなんすよ。今日で付き合って1か月記念日で。」
「連れて来いよ。」
「え?」
「いや、だから今から飲み会するって言ってんだろ?祝ってやるよ。お前も彼女も今から当然空いてんだろ?」
「いや、ちょっと勘弁してくださいよ~」
「あ”っ!?何で俺が理不尽なお願いしてるみてーになってんだよ!お前がドタキャンかますから代案だしてるだけだろーが!!」
「「「・・・」」」
「ほら、見ろよ。お前のせいで空気が悪くなっちまっただろ?お前が彼女連れて来て場を盛り上げるしかねーぞ。」
特に売れている訳では無いが色々と声が大きいこともあり、後輩はこの井内先輩につく事を選んだ。
お笑いの世界は舞台の上で団体芸となることが多々あり、同じ派閥にいないと一切のサポートや笑い呼ぶための誘い笑いを受けられない。
歌やダンス、小説などの世界でも同様の事が言えるが、TVの地上波や店で売り出されているプロのレベルであっても、その良さが1mmも理解できないものが確かに存在する。
お笑いであっても同様で、人のお笑いに対してあえて笑わないことが可能であるからこそ、
団体芸やかぶせのために仲間や派閥が必要なのだ。
井内先輩に付き従う利点は他にもある。
お金が無いのは同業で分かっているのだが、見栄を張り後輩に奢ってくれるという点があった。
ただしそのタダ飲み会の制約は多い。
まずアルコールは1杯までで、格安のチェーン店にしか行かない。
お酒をそこまで飲めないのは、井内先輩が自ら車を運転して後輩を自宅に送迎するからだ。
先輩がお酒を飲まないのに後輩がガブガブと飲む訳にはいかない。
これらの事は当初は当然のこととして気にならなかった後輩達であったが、
要は井内先輩の乗る左ハンドルの外車を自慢したいだけ、と後輩達はもう気が付いている。
その車内や飲みの場では面白くもないお笑い論を、
シラフで何度も語るのをずっと聞き、首肯しなければならない。
お呼びがかかれば何時であってもあのボロい外車で迎えに来るので行かなければならない。
しかし井内先輩ともめてしまうとお笑いの団体芸の仕事にも影響してしまうので、
後輩同士は3人で結束して、井内先輩の機嫌を取り続けることにした。
間もなく後輩の一人は彼女と別れたらしい。
やはりあの飲み会で呼ばれた後輩の彼女に井内先輩がお笑い論やら、芸人の彼女になるってことはどういうことかみたいな話を延々としていた事がお別れの発端となったらしい…
井内先輩は別れることになった後輩に対してこう言っていた。
「残念だったな!まぁあの女には芸人を支える気概が無かったっつーこった。」
今日は給料日だ。
俺は給料日以外の飲みは気分で後輩を誘うが、
給料日だけは後輩を連れていつも飲みに行くことにしているので、
後輩3人も出番終わりにいつものように楽屋で待機している。
「おっしゃ。んじゃ今日も飲み行っか!」
「ういっす!」「井内先輩!ゴチなります!」「あざっす!行きたいっす!」
そしてかっこいい外車に4人で乗り込んで、
俺は劇場から決まった居酒屋に向けてのいつものルートを走っている。
「なんか前の車の運転下手じゃね?トロトロ走りやがって、、、おばはんか?制限速度より遅く走ってんじゃねーよ。こんだけ車間詰めてるんだから道を譲れよ!」
そのような悪態をついていると、前の車が左折して前方の直進が空いた。
俺は速度を出すべくアクセルをぐっと踏み込み、首を鳴らした。
ポキ
「…、、あれ?」
ふと気が付くと蛍光灯が眩しい白い天井を見上げている。
見知らぬベッドで横になっている。
体を起こし見渡すと病院の一室の中にいるようだ。
(…おいおい、、待てよ。確か後輩を連れて居酒屋に行こうと車運転してたよな。
…まずい!まずい!…憶えてねーけどあれから車で事故っちゃったのか!?)
ドキドキしていると起き上がった様子を別室のモニターで見られていたのか、
急いだ様子で医師と看護師と思われる人が部屋に入ってきた。
「目が覚めたようですね。ご自身のお名前と住所は言えますか?何があったかは憶えていますか?」
「…あぁ。名前は井内っす。住所は〇△市の~~。何があったかは、、
こっちが聞きたいくらいっすよ。」
「…はい。では痛い所とか気持ち悪いなどの症状はございませんか?」
「あぁ、それはねーっす。」
「はい。ではちょっとお待ちください。意識ははっきりされているようなので刑事に引き継ぎます。何があったかはそちらでやり取りしてください。」
「…!!?」
医師と看護師が退室する。
(ちょ、、、ちょっと待て。今、、刑事って、、人でも轢いたのか!?それとも多重事故?…後輩の誰かが死んだ?)
少し経つとドアが開き50台後半くらいと30台前半くらいの2人の男性が警察手帳を出しながら近寄ってきた。
「目が覚めましたか井内さん。この度はホント大変な事件を引き起こしてくれましたね~。」
「いや、刑事さん?俺ほんとその事故?…の事に関しては全く憶えてないっつーか。」
「は?事故だぁ?お前のせいでどれだけ迷惑かけられた被害者がいると思ってんだよ!!あぁ!?」
「まぁまぁ。落ち着けって。まだ目を覚ましたところで混乱してるだけだろ。車でぐったりしちゃって病院運ばれたんだからさ~。」
「先輩は甘すぎますよ。こんなっ…クソッ…、、」
「ちょ、、刑事さん。俺、ほんと何も分からないんです。一から説明して下さい。」
「ん~。そういう感じね。じゃあ君の後輩の証言とか、、
俺達の捜査で分かってることを一応伝えさせてもらうな。」
刑事はあの日以降のことを語ってくれた。
給料日のライブ帰りに居酒屋に向かったあの日。
車に同乗していた後輩の話によれば俺は運転中に急に無口になったんだそうだ。
話かけてもどこか上の空。
いつもの居酒屋でいつものように奢ってくれたものの、
終始無口で30分程でなぜかすぐ解散したようだ。
帰りはいつものように車で後輩を送ってくれたのだが、
その車内で
(飲み会はこれが最後。この車は売り払う。芸人も辞める。)
と無感情に淡々と後輩達に告げたという。
ここからは捜査により明らかになった事実。
オレオレ詐欺の受け子や掛け子に始まり、その手腕を買われオレオレ詐欺の元締めとして主体的に名簿の売買、飛ばしの携帯の闇取引、銀行口座の不正使用に手を染める。さらにそんな中で知り合った暴力団員と手を組みシャブのプッシャー、恐喝による地上げ、生活保護の不正受給ビジネス、押し込み強盗と言ったありとあらゆる犯罪に手を染める。
そして行きついた先が誘拐ビジネス。
海外などでは少なくない手口で、金持ちの人物に関係するものを略取して、引き換えに金を要求する。
飼っている犬猫でも良いし、子でも伴侶でも、祖母を誘拐なんてケースもあったらしい。盗難車を用いて、道中で抱き込んだ板金屋で車の塗装を変えながらいくつかある別荘の1つに監禁。
要求が飲めなければ必ず殺すという犯行を繰り返す事で次の犯行をやりやすくしていく。
警察に通報されていないケースが多く被害者はまだまだ出てくるだろうと言われている。
そんな世が混乱する中で警備・警察が警護していた7歳の御曹司の自宅に何者か不審な人物が侵入する様子を確認。誘拐犯を捕まえる絶好のチャンスだとその御曹司の自宅を一斉に警察が取り囲む。ここからは日本中でTVやネットにて生中継された立て籠もりが始まる。24時間にも及ぶ説得が行なわれ、犯人の要求する逃走用の車が到着する。7歳の御曹司の首元には刃物が突き付けられており、警察も万が一を考えて手が出せない。既に誘拐した人物を何人も殺している前科持ちの犯人である。生放送でそのような事が起こっては警察組織の大失態にも繋がる。犯人の要求にひとまずは唯々諾々と従うしかなかったのだ。
報道陣にも進路を妨害しないように規制が敷かれ、このまま逃走を許してしまうかに見えた矢先の出来事。犯人が車に乗り込もうと助手席のドアを開け、首を傾げた。
「突入!!!!!」
犯人へ向け屈強な大男が大勢でのしかかり身動きを完全に制圧。刃物を持つ手も体も助手席のシートに完全に押さえつけられた。7歳の御曹司もその確保劇で多少の擦り傷を負ったが無事保護されて誘拐および立て籠もり事件は解決した。
ぎゅうぎゅうに押さえつけられた犯人は意識を失ったことで、この警察病院に担ぎ込まれた。
「こいつアホっすね。たぶん普段から外車に乗ってるから、左ハンドルだと思って助手席のドアを開けたんでしょ?」
そして3日後に目を覚ます。
「えっと、、それが、、俺?」
「そうだな。」
「はは、、何の冗談ですか?…あ!ドッキリっすか?ドッキリっすよね?カメラどこですか?」
「現実逃避はいいからね。本当のことを喋ってもらうよ。」
「いやいや、刑事さん…、うんと、そもそもあんた刑事じゃないでしょ?あなたテレビのエキストラでしょ?そちらこそ本当の事を喋って下さいよ。もういいですよ。こんなドッキリ。まじで全然面白くないし。」
ガンッ!
ぽたぽた
若い方の刑事が俺の顔を殴る。鼻から血がこぼれる。
「お前、なめてんじゃねーぞ。どうせお前は死刑になんだよ。これまでお前がしこたま溜めこんできた金の場所も洗いざらい吐いてもらうからな。被害者への弁償に充てるんだよ。
それに、、、ここは警察病院だっつったよな。これまで俺らをおちょくってきたウサは晴らさせてもらうぞ。」
「ぶっ…痛っつ…、、、こ、こんな横暴許して良いんですか???」
「はは。気性の荒いヤツですまんね。
でもなぁ、、、
お前のせいでどれだけ俺達警察が捜査に時間を奪われたと思う?
こいつは我が子の授業参観や体育祭、盆と正月も家に帰れてないし、
こいつも含めて全国の人間はあんな誘拐が流行ったせいで気が気でない状態を今も強いられてるんだよ。」
「いやいや、、俺には全然分からないことですし、、暴力はダメでしょ、暴力は!」
「え?お前は暴力肯定派だろ?警察病院だからたぶん治療してもらえるよ。良かったなー。」
俺は顔がどうなっているのかを見るために少し体を動かして、壁にかけられた鏡を確認する。
そこには俺、、ではあるのだが随分と年配の人物の顔が写っていた。
「刑事さん、、、今西暦何年ですか?」
「何だ?今度はボケた振りか?俺と同年代だろう?ボケるには早いぞ。
今は2048年の令和30年だろうが。」
お笑い時代の井内と一緒につるんでいた後輩の一人の証言にこのようなものがあった。
警察はその証言を採用することは無かったが真相には近づくものである。
「井内先輩が急にトンじゃって。でも同時にもう一人の後輩もお笑い辞めちゃったんですよね。あの彼女に振られたって言ってたヤツです。あいつもお笑いではなかなか食っていけずにかなりの貧乏生活だったからなぁ。
…でもね、辞めてから半年くらい経った頃かなぁ。街でそいつが外車を運転してるとこをたまたま見たんですよ。助手席に別れたっていう彼女が乗ってて、、あ~、寄りを戻せたのかなって思ったら、後部座席にも2人の女が乗ってて。どういう関係?って思いましたよ。
でもあいつ何だかんだ外車なんか乗って、井内先輩に憧れてたのかなって。それからはもう一度も見てないっすけどね。
…俺?
俺に関しては、、そうですねー。当時はいつも4人でいたけど井内先輩とその後輩の1人は消えちゃったから残った2人でそれを揶揄って「消去」っていうお笑いのコンビを組んだんですよ。今では劇場以外でもTVや動画サイトの稼ぎを合わせてですけどお笑いだけでちゃんと食えてますよ。俺らについてくる後輩も何人かいますしね。結構幸せすね。」
井内先輩の下の名前は與貌という設定




