神無月、神様が留守のあいだに
九月末に医師に退院の相談をし、十月のはじめに退院した。入院は二週間。数字だけ見れば短いが、体の感覚としては、季節をひとつ越えたような長さだった。医師からはヘルニアと言われたが、痛みは腰ではなく、足だった。ヘルニアが大きく、神経にふれているため、神経が通っている足が痛いのではないかと言われた。足の痛みで入院し、手術はなく、痛み止めと点滴、保存治療という形でリハビリを続けた。回復していると言われても、身体はその言葉にすぐにはついてこない。
病院食は、起き上がれないほど痛みが強く、食べるという行為そのものが負担だった。座っていることもできないくらい痛みが強く、急いで起き上がり、お味噌汁にご飯を入れて、噛むことも諦め、流し込むようにしていた。夜になると、他の病室から怒鳴り声が聞こえ、看護師さんが大きな声で応じていた。医療現場の切迫した空気を、眠れないまま聞いていた。命に関わる病気ではない。それでも、介護や入院は、ある日突然、生活の真ん中に割り込んでくる。その現実を、静かに突きつけられた九月の終わりだった。入院中は毎日リハビリがあった。理学療法士の人が世間話をしながらマッサージや歩行のサポートをしてくれた。リハビリは体も心も軽くなる作業で、理学療法士さんのすごさにも感動した。他にもたくさんの患者さんをみていて、私はその一人にすぎない。
十月に入り、退院した。夫が迎えに来てくれて、退院手続きをし、病院を出た。近くのバス停まで歩き、バスに乗った。その一つひとつが、以前よりもずっと遠く感じられた。家に戻っても、長く立つことも座ることもできず、布団の生活が続いた。
数日は「帰ってきた」という実感だけで過ぎた。だが、体調の崩れは前触れなくやってきた。突然の寒気。気温が下がったことを合図に、回復していると思っていた身体が、一気に崩れた。再び布団から出られない日々。寒さで震え、ご飯は食べられず、飲み物だけを口にして眠る。九月の不安が、形を変えて戻ってきたようだった。それでも、家の中の時間は止まらない。子どもたちは学校へ行き、夫は仕事をする。夫は仕事の合間に、家のことすべてを引き受けていた。 朝ごはんを作り、弁当を作り、五人分の洗濯を回す。食後は黙って皿を洗い、昼と夜の食事を考える。風呂を洗い、洗濯物を取り込み、畳み、衣装ケースにしまう。買い物に行き、ゴミを捨て、部屋が荒れないように整える。特別なことをしている、という顔は一切しなかった。ただ、日常を、以前と同じ形に保ち続けていた。私が布団の中で天井を見つめている間、夫は「回っていない歯車」を一つずつ拾い上げ、何事もなかったかのように回し直していたのだと思う。
入院の二週間、退院してからも私は夫に感謝することしかできなかった。「ありがとう」と何度言ったかわからない。夫は「ごめんね」という言葉を好まない人なので、代わりに、ありがとうを繰り返した。言葉にしなければ、伝わらないこともあると、このとき初めて理解した。
十月中旬には、次男の修学旅行が控えていた。それまでに、せめて朝だけでも動けるようになりたい。その思いが、私の小さな目標になった。食欲は戻らず、ただ眠る日々が続く。スマホもパソコンも触れない。ただ、どうすれば体力が戻るのか、それだけを考えていた。
修学旅行当日、朝四時半に目が覚めた。天気は雨。降ったり止んだりの空模様。上着を用意しておいてよかったと思いながら、お湯を沸かし、朝ごはんとお弁当の準備をする。寒さに少し躊躇しながらも、キッチンに立っている自分がいた。次男はなかなか起きず、体調も万全ではなさそうだった。不安そうな顔で、それでもおにぎりを食べ、麦茶を飲む。時間になり、上着を着て、リュックを背負い、出かけていく背中を見送った。子どもたちが乗るバスが到着し、出発するまで立って待っていた。緊張もあったのか体調は悪くならなかった。それが、何よりの驚きだった。それまで寝たきりだった自分が、朝の冷たい空気の中に立っている。子どものために身体を動かしている。もし自分一人だったら、まだ布団にいたかもしれない。そう思うと、少し怖くなった。同時に、私はまだ倒れてはいけないのだと、はっきり自覚した。修学旅行先は日光。東照宮や滝を見学し、食事もなんとか取れたという。無事に帰ってきた次男の話を聞きながら、ようやく胸の奥の力が抜けた。
この日を境に、少しずつ布団から出る時間が増えた。薬を調整し、副作用の強いものを減らす。足のしびれは残ったが、痛みは悪化しなかった。リハビリで教わった動きも続けた。朝起きて、ご飯を作り、弁当を作る。洗濯をし、干す。掃除機をかけ、少し休み、紅茶や白湯を飲む。コーヒーはまだ飲めなかった。身体が求めていないことがわかった。
十一月に入ると、体調の波はまだあるものの、回復の方向がはっきりしてきた。以前のように連続して動くことはできない。それでも、自分の限界が少しずつ見えるようになった。できないものは、できないと言っていい。休むことも、回復の一部なのだと、ようやく受け入れられた。
九月の不安、十月の揺らぎ、十一月の兆し。身体は正直で、心の遅れも、回復の速さも、すべて表に出してくる。その変化を、私はようやく、自分の時間として引き受け始めている。




