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第六話【階級】

祝福も、歓声も、花束もない。


それが──《ノアール》での“歓迎”だった。


冷たい金属の床、巨大な吹き抜け。

そこには数万人の新兵たちが、整列して立っていた。


黒銀の制服が、重圧のように肩にのしかかる。

特別列──フィンとクミ、そして2人の無口な手術兵も、通常入隊生たちの右列に並んでいた。


誰も口をきかない。空気が張り詰めている。


やがて、前方のスクリーンが明滅し、音声が流れた。


「以上で規律を終了する。最後に階級制度についてだが、それは正規兵に直接聞いた方が良いだろう。

と言うことでS級兵88位、鏡一。壇上に出て、毎度のように説明を頼む。」


「はい、承りました。」


壇上に現れたのはノアールの精鋭、S級兵。


…だが、まるで営業職の会社員のような男だった。

グレーのスーツに、落ち着いたネイビーのネクタイ。そして、分厚いメガネ。


資料片手に、にこやかな笑みすら浮かべている。


「初めまして。《S級兵88位・鏡一きょういち》と申します。新兵向けオリエンテーション、および制度解説を担当いたします。本日はどうぞ、よろしく」


──その瞬間、空気がピンと張り詰めた。


(え、S級兵……!?)


兵士全体の中でも、S級は“選ばれた者”──

10万人に一人でも難しいとされる、

能力・功績・適応度のすべてを満たす精鋭。


それが、こんなプレゼン風の会社員だろうか?


「さて。ここからは、《ノアール》での各種制度──特に《ランク制度》について説明いたします」


鏡一が手の中のパッドを指先でスライドすると、

スクリーンに大きく五層構造の図が表示される。



ノアール・ランク制度

1.上位幹部(10名)

2.下位幹部(10名)

3.幹部待機生(10名)

4.S級〜C級兵

5.訓練生(現在の新兵)



「皆様、見えますでしょうか?

まず、我々ノアールにおいて最上位にあたるのが

《上位幹部》および《下位幹部》──

彼らは絶対的権限を持ちます。

命令は、理由を問わず絶対です」


フィンの隣で、クミがそっと息を呑んだ。


「その次に、《幹部待機生》。こちらは将来的な幹部候補。主にS級兵の上位から選抜されます。」


スクリーンの色分けされたヒエラルキーが、まるで…

“上に行けない者は淘汰される”

そのことを、確かに暗示していた。


「では、その下の《S〜C級兵》──

ここが実質的な“実戦部隊”となります。訓練、任務、実績により各級に分かれ、上位ほど任務の選択権や装備制限が緩和されます。」


鏡一は笑顔のまま、パッドを操作する。


次に映し出されたのは、“特権”という言葉だった。



ランクによる特権制度

•武器ランクの解禁(S級以上:最高ランク解禁)

•能力に合わせた装備・服装のカスタマイズ

•医療・回復装置の優先使用権

•戦闘データへのアクセス権

•AIナビ・パーソナル支援ユニットの割当て

•ステーション内生活区のランクアップ



「特に重要なのは《装備・服装のカスタマイズ》ですね。具体例を挙げるならば、まさに私のスーツ。

疑問に思った方が多いのではないでしょうか。」


鏡一は自らのジャケットを指さす。


「これは《念式偏向スーツ》。高熱、冷気、衝撃、電磁干渉をほぼ無効化する、高度な戦闘技術と能力を併せ持つ、超上級者向けの戦術衣装です。」


ざわり、と新兵たちの間にどよめきが走る。


「君たちの制服は、まだノーマル。特別製スーツが許可されるのは《B級》からとなります。

さらに、《A級》以上になると、持ち込み式の武装義体や複合装備の運用も許可されます」


フィンは眉を寄せた。

つまり──


(俺らは、まだ“何も持たせてもらえない”ってことかよ……)


鏡一はさらに続ける。


「もちろん、手術兵の皆さんについては、通常兵とは別の育成ルートが準備されています。詳細は後ほど。

それぞれの担当教官が説明しますので、今は覚悟だけ決めておいてください」


静かにクミが、ルナの袖を握る。


「フィン兄ちゃん……私たち、特別なの?」


「……いいや、こんなの、まるでただの駒だな。いいように兵器扱いされてるだけだ。生き残るぞ、ナ……いや、クミ。」


だがその言葉に、鏡一が突然こちらを振り向いた。


「ほうほう、そこのお二人は根本を理解していらっしゃる。“兵器扱い”──なるほど、正確な理解ですね。

さすが、元民間出身の方は飲み込みが早い。」


(……あの小声、聞こえてたのか!?)


「ただし、誤解しないでください。

君たちは“消耗品”ではありません。《戦果》を出し続ければ──この階層を、いくらでも上へ登れます。」


スクリーンに、鋼のように冷たい一文が浮かぶ。


“戦果こそが価値。価値なき者は、生存資格なし”


──ノアールの中核理念だった。


「諸君、今日からは“結果”のみが評価されます。

戦う。生き延びる。勝ち残る。……そして昇格する。それが、ここでの“日常”です。」


鏡一は最後に眼鏡を押し上げた。


「以上、《ランク制度》および《特権ガイド》の説明を終わります。次回は戦闘データ収集演習となります。

──各自、死ぬ気で頑張ってください。」


そして彼は、まるでオフィスから出ていくような軽やかさで、背を向けた。


その場には、張りつめた静寂と、冷たい現実だけが残されていた。


ーーその時であった。


「……す、すみません! 一つ、質問してもいいですか!?」


一斉に、注目が集まる。

ルナの後ろにいた、背の低い少年──体の小ささからして、年齢は下限ギリギリだろう。


鏡一は立ち止まり、ほんの少しだけ振り向いた。


「……許可します。質問の内容は?」


少年は、勇気を振り絞るように言った。


「……“幹部待機生”って、何なんですか? 説明で少しだけ触れられてましたけど……他のランクと、どう違うんですか?」


──ざわ。


会場全体に、微かなざわめきが走る。


空気がどこか緊張したのは、その“名前”が持つ重みのせいだ。


鏡一は静かに頷き、足を止めた。

そして再びスクリーンに向き直った。


「──良い質問ですね、そこの方。」


その声色からは、薄い笑みが感じられた。

ただ……わずかな緊張がにじんでいた。


「“幹部待機生”──

それはノアールが最も慎重に扱っている、《未完成の鋭刃》です。」


スクリーンに、再びランク構造が映し出される。

そして、《幹部待機生》の枠が赤く強調された。


「幹部とは、単なる戦闘力ではなれません。

組織に対する《絶対的な忠誠》と、《判断力・統率力・対外交渉能力》……それら全てを備えた者だけが昇格を許されるのです。」


鏡一の指先が空中にラインを描くと、スクリーンに文字が浮かび上がる。



幹部昇格条件


・戦闘能力:最低でもS級上位相当

・統率力:分隊〜部隊の運用実績

・忠誠心:監査官による4段階評価

・精神安定性:適応レベル30以上

・組織内評価:100点満点中85点以上



「──しかし、確かにいるんです。それらの基準のうち、ただ《戦闘能力》だけが桁外れに高く、他の指標が“まだ追いついていない”者たちが。」


鏡一の言葉に、訓練生たちは息を飲む。


「彼らは、その功績……圧倒的な戦闘力により《S級》など軽く飛び越えます。

《C級》から《A級》までの昇格が、一週間とか、下手すれば“1日”で終わる者すらいる。私は入隊からA級兵になるまでに……確か、6年が経ちましたね。」


(は!?……1日でA級!?)


フィンの目が丸くなるのも無理はなかった。


それはもう“ルールの中での昇格”ではない。


「当然、上層部も頭を抱えるのですよ。

“ルール上と実力上においては確かに評価せざるを得ませんが、信用に足る存在かどうかは別”。」


鏡一のメガネが、ぎらりと光る。


「──だから《待機》させるんです。

幹部候補として。10年間もの長い間。」


再びスクリーンが切り替わる。



幹部待機制度


・幹部待機生の在籍期間:10年

・在籍中は全戦場への自由派遣が可能

・武装・装備は幹部クラスと同等

・監査官の定期観察による“人格評価”実施

・10年経過後、問題なければ自動昇格



「彼らは“幹部”ではありません。しかし、幹部以上に戦える者もいる。

だからこそ“リスク”があるんです。もし彼らが、信頼に値しないまま幹部になれば──」


──画面が、一瞬暗転した。


数瞬後。モニターに浮かび上がったのは……


かつての“裏切り”の映像だった。


たった一人の戦士が、都市を灰燼に変えるまでの僅か5分間の記録。


新兵の群れの中から、誰かの悲鳴が聞こえた。


「……《戦力の暴走》という言葉があります。

幹部待機生は、いわば“危険物”。だが、逆に言えば、適切に制御されれば《ノアール最強の資源》です。」


その言葉を聞いて、フィンは小さくつぶやく。


「……なんて、都合のいい話……。」


クミもまた、静かに問いかけた。


「フィン兄ちゃん。待機生って、怖い人たちなの?」


「さあな……。でも、たぶん……いや、間違いなく…

絶対に普通の人じゃないことは確かだ。」


鏡一は説明を締めくくるように、言葉を選んだ。


「最後に、もう一つだけ。現在《幹部待機生》に選ばれている者は《10名》──

そのうち全員が、直近2週間以内の戦争で単騎で都市を防衛したと記録されています。」


「……つまり、君たちが“これから命を預けるかもしれない味方”です。

そして、“もし敵に回ったなら、死を覚悟するべき存在”でもある。」


──沈黙。


重たい、沈黙。


“待機生”という言葉が、ただのランク名ではなく、まるで“神話”のように響いていた。


「以上が、幹部待機制度についての説明です。……今後の君たちの進路にも、大きく関わる話でしたので、よく覚えておいてください。」


数万人の新兵たちは、口をつぐみ、立ち尽くす。


(“幹部待機生”──)


フィンはその言葉を、心に深く刻んだ。


これから自分たちが踏み入れる世界の《異常さ》を

象徴していると、誰よりも早く気づいたのだった。





静まり返った講堂に、短く鳴り響く電子音。

その音を合図に、ステージ上の照明が再び灯った。


壇上に上がった鏡一は、静かに手元の端末を操作しながら言う。


「以上で入隊式は終了します。新兵諸君は、順次配布されたルートを通じて指定居住区へ移動してください。では、識別コードがAの方から。」


ざわり、と。数百名の新兵たちが立ち上がる。


「──ただし。」


その声に、また場が静まった。


「手術入隊兵、コードC93、C94、C65、C88の4名。直ちに壇上に来なさい。」


ルナの心臓が跳ねた。


「あ……わ、私たちだ……」


「ああ、呼ばれたな。」


フィンが小さく笑う。

その隣で、無言の少年と、のそりと立ち上がった大柄の少女も立ち上がる。


ステージに上がる4人。


スポットライトが眩しく、

観衆の視線が突き刺さるようだった。


(……手術兵ってだけで、こんなに目立つのかよ!)


フィンは軽く息を呑みながら、背筋を伸ばす。


壇上では、鏡一が淡々と説明を続けていた。


「4名は例外処置により、訓練課程を免除されます。

つまり、《C級兵》からのスタートですね。

能力や身体スペックなどの基本情報が組織の審査を経て、十分な適性が認められたためです。なお、初期ランクにおいてこのような措置が取られるのは極めて異例です。これはぜひ誇ってください。」


周囲がまたざわついた。


「クソ、選ばれた化け物共め。」

「どうせ関係ないさ。さっさと戦線に送り込まれて死ぬだけだ。」

「無能の早昇格ってやつだな。」


特に訓練生たちからは、羨望や嫉妬、そして警戒の視線が突き刺さる。


(……やっぱり、普通じゃないのか。)


フィンは視線を逸らす。

だが、その肩に、ぽんと大きな手が置かれた。


「よく来たな、新入りども!」


朗らかで、丸みのある声だった。


ステージ袖から現れたのは、

小太りで丸眼鏡をかけた中年の男。

腹が突き出たジャケット姿に、よれたズボン。

見た目は完全に“ただの人”だった。


「おまえらの担当教官、トルテだ。よろしくな!」


男はにかっと笑い、厚ぼったい手を差し出した。


「俺は昔、A級兵やってたが、今はこうして新人のお守りしてる。安心しろ、怒鳴ったりはしねぇ。」


クミが小さく笑った。


「優しそうな人でよかったね、フィン兄ちゃん。」


「……そうだな。思ってたよりずっといい。」


トルテ教官は、両手をパンッと叩いて言った。


「よし、ここでせっかくだし、自己紹介でもしとくか。コードネームと得意なことでも言ってみ?」


まず一歩前に出たのはフィンだった。


「えっと……俺はフィン。コードはC94。対物特化の能力ですが、頑張ります。……妹は俺が守ります!」


クミが続いた。


「C93……コードネームはクミです。適合能力を持ってます。……よ、よろしくお願いしますぅ!」


「おっ、兄妹か! 珍しいな!」


トルテ教官が嬉しそうに笑った。


そして、黙っていた二人が、順に前へ出る。


最初は、四肢が機械で構成された少年。


全身が無音で動き、どこか“生命感”が希薄だ。無言で、ただ胸元のネームタグを指差した。


《C65:ベル》


「……喋らねぇのか?」


「トルテ教官。発声機構、故障中とのことです。」


鏡一が代わって説明する。


「現在は脳波通信と筆談が主。だが、戦闘時の判断能力と反応速度は極めて優秀。現場評価で“S級適性”の一部が認定されています。」


(……すごいな、こいつ!)


フィンが思わず目を見張ったその横で、最後に名乗りを上げたのは、大柄な少女だった。


穏やかな笑み。目尻に柔らかさがあり、見た目の迫力とは裏腹に優しそうな雰囲気。


「C88のキャリーです!能力は物体サイズ調整!私はバカだからあまり考えることは得意じゃないけど、力仕事ならぜひ任せてください!」


「おお~! でっけぇだけじゃなくて、ええ子や!」


トルテが笑い、4人を見回す。


「……なるほどな。よし分かった。よーく分かった。

バラバラなようで、噛み合いそうなメンバーだ。

ま、焦らずいこうや。お前らはまだ“始まったばかり”なんだからな!」


その言葉に、フィンの胸は少しだけ軽くなった。


教官の存在。仲間の存在。

不安の中、ようやく拠り所を得られた気がしたのだ。


その時、トルテが手元の端末を見て、ふと声のトーンを変えた。


「──おっと、そうそう。明日は早速《模擬戦》やるぞ。順位測定ってやつだな。」


ルナの背筋が伸びた。


「模擬戦……?」


「そう。訓練じゃなく、“今の実力を測る”ための実戦形式。もちろん、いきなり他人とやらせたりはしねぇ。

初日はマンツーマンだ。俺が相手してやるよ、全員な。」


その言葉に、キャリーが驚いたように目を見開いた。


「全員……!? 一人で、四人と……?」


「んー? できるって。元A級だぜ、俺。」


とん、と腹を叩いて自慢げに言うトルテ。


「ま、気楽にやろうぜ。ここでの戦いは、誰かを“殺す”ためじゃねぇ。

“生き残る力”をつけるためのもんだからよ。分かったら早く戻って寝て明日に備えろ。出口はあっちだ。」


その言葉に、クミの顔が少し明るくなる。


そして物体は、静かに頷いた。


(……戦うんだ。クミ…ナナ守るために。俺がっ!)


スポットライトの下──4人の手術兵たちの運命は、すでに交差し始めていた。


そしてその先に、どれほど苛烈な戦場が待ち受けているかを、まだ誰も知らなかった。

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