表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第四話【始動】

──振動。

小さなシャトルが、軌道降下の揺れを繰り返す。


フィンはシートに深く座り込み、落ち着かない指でベルトをいじっていた。

その隣で、ナナは静かに景色を見つめている。


窓の外、漆黒の空間に浮かぶ巨大な構造体。

それはまるで、金属の竜が自らの身体を折り重ねて宇宙に眠っているようだった。


ノアール第154番宇宙ステーション。

──通称「エデンの爪」。

全長58km。24の居住区画、無数の兵器ドーム、8つの重力中枢を持つ要塞都市。

一国どころか、惑星すら圧倒する軍事力と経済力を誇る、ノアールの象徴の一つ。


「わぁ……。」


ナナが小さく呟く。12時間前までは普通に学校に通っていた少女とは思えぬ、あまりにも純粋な目。


「初めて見るんだもんな……そりゃ驚くよな……。」


フィンが口元を緩めたその時──前の座席から、あの女が無造作に立ち上がった。


「おーい、着陸前にこれだけ渡しとく」


パレットが手を突き出す。

指先には、二本*“青いバンド”が絡まっていた。


「ん? なんですかこれ、アクセサリー? 呪詛封印具とか?」


フィンが警戒するが、パレットは「はぁ〜……」と疲れた溜息を吐いた。


「違う。支給品。身元確認用のただのタグ。正式に入隊してないから、仮IDとして一応つけといてって言われただけ。マジでどうでもいいやつ。」


「……へえ、そういうもんなんですね。」


ナナが手首に巻いてみる。金属製かと思えば、妙に柔らかく、布でもプラスチックでもない質感だった。


「まあ、どーでもいいけど、それつけてると勝手に記録が更新されるから。入退室とか、自販機の購入履歴とか、娯楽施設の使用記録とか。」


「それ完全に監視用じゃん……」


「うん。ノアールってそういうとこある。」


シャトルが減速し、着陸態勢に入る。

遠ざかるパレットの背に、フィンが呼びかけた。


「ねえ、俺たち、これからどうなるんですかね? その、配属とか、訓練とか──」


「私の仕事はここまで。中で職員が迎えに来るから、あとは勝手に動いて。」


「え、冷たっ……!」


そう言うと、彼女はシャトルで何処かに飛んでいってしまった。取り残された2人。


「おいナナ、バンドが取れかかってるぞ。」


そう言ってフィンは、バンドを直そうとするが……


(ナナ、震えてるな……。)


無理もない。一日前までは普通の生活をしていた。

それなのに、今は軍隊に入るところまで来ている。

……だが、フィンの思いは明確だった。


「大丈夫だぞ、俺が側にいる。」


ナナの腕を優しく掴む。

言葉には出さなかったものの、きっと思いは伝わったのだろう。いつの間にか、震えは収まっていた。

そして、2人は歩き出した。


ーーそこが、地獄の入口ともまだ知らずに。



到着と同時に、エントランスのドアが開く。

ステーション内の空気が流れ込み、重力が安定する。


まばゆい人工照明に照らされた格納ドック。

その奥には、無数の兵士候補生たちが列を作っていた。制服に身を包み、同じタグを巻いた少年少女たち──年齢はまちまちだが、どこか顔つきが“抜けて”いる。


「……すごい数だな……。」


「ねえお兄ちゃん、見て。全員、青バンドじゃない」


「ほんとだ。俺たちだけ、これちょっと色が違──」


その時、後方から声が飛んだ。


「おい、君たち。そこの2名。青バンドの識別、確認済みだ。」


職員服を着た中年の男が、無表情で立っていた。胸には“NOIR OFFICIAL-154局”のプレート。

彼はタブレットをちらと見てから、言い放った。


「特別登録者、手術兵。所属未定。即時、個別対応へ移行」


「へ?」


「さぁ、こっちへ。幹部のパレット様から直々に、既に連絡は受けている。」


「ちょ、ちょっと待ってください!? それは一体どういう──」


ナナが動揺するも、男は「急げ」とだけ言い、タブレットを叩く。

次の瞬間、周囲の壁が開き、兵士たちの列とは別の通路が現れた。


「お兄ちゃんっ…!!“手術兵”……って、そんなに特別な存在なの……?」


「ごめんナナ、何も知らない……! パレットさん、何にも教えてくれなかったから……!」


言いながらも、フィンはナナの手を握り続ける。

何が起きても、せめて隣だけは離れないように。



通路を進むにつれ、空気が変わっていく。


金属的だった外区の空間は、徐々に無音の世界へと遷移していた。

歩く音すら吸い込まれる、白一色の壁。無人の廊下。異常に正確な空調音。


(ここ……病院みたいだな……いや、それ以上に……)


やがて二人は、分厚い自動扉の前に立たされる。

そこには“SPECIAL-HOLDING-ROOM 04”

と記されたプレートが光っていた。


「ここで待機。正式配属前に、適性検査とインプラント状態の再確認が行われる」


「えっ……えっと、それって痛い……?」


「回答不能。詳細は医療技師が説明する」


職員は一礼もなく踵を返し、無言で通路を去っていった。


──ドアの前に、二人きり。



「お兄ちゃん……大丈夫かな、私たち……。」


「分かんない。ほんとに、分かんないんだ。」


けど、分からなくても。

不安でも、怖くても──


「……ナナが隣にいるなら、俺は平気だけどな。」


そう言って笑うフィンの横顔に、ナナはほんの少しだけ安心する。


「……うん。私も、怖くない」


ピッ。


ドアが開いた。


その先には、無菌室のような真っ白な空間と、何人もの医療スタッフが待ち構えていた。


──これが、軍の現実。

手術兵という名の“異端者”が背負う未来だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ