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第三話【《生きる》ということは】

今回はナナ視点でお楽しみください。

──ぼんやりと、光が見えた。


赤とも、白とも、青ともつかない光。

それが水の底から揺らめいている。重く、冷たく、どこか優しい。


(あれ……死んだのかな……私……)


そう思ったとき、耳の奥で何かが響いた。


『ナナ・シグナス。意識領域、深度レベルAまで下降。生命レベル、37。緊急処置を開始する。』


(だれ……?)


『チップ強制同調。神経拡張率、73%……許容範囲。記憶断片、複製開始──』


苦しい。脳の内側から焼かれるような痛み。

でも──どうしてだろうか、怖くはなかった。


そこにいたのは、あの“女の人”だったから。

意識が薄れていたあの時、ペンと消しゴムを手に戦ってた、あの人……。



──視界の端に、白衣の女が立っていた。


片手にペン、もう片手にスケッチブック。あの時と同じだ。無表情で、どこか退屈そうに彼女は言った。


「目覚めるまで、あと少しだよ。ナナちゃん。」


(……知ってる、あなた……)


「私はアクリランス・パレット。ノアールの下位幹部8位。私はあんたの命をつなげって、命令された。」


パレットは虚空に浮かぶインターフェースへ、ペンを走らせる。

ナナの神経系が、一本ずつ強化され、仮想世界の中で再構築されていく。


「……なんで……助けたの……?」


ナナは問うた。あの時、死んでもおかしくなかった。

むしろ死んでいた方が、楽だったのではないかとさえ思う。


「理由はない。命令だし、フィン……あのクソガキの“選択”だ」


(……お兄ちゃん……)


──そこに、兄の姿が揺れる。



【記憶領域・アクセスログ再生中】


──暗い部屋。軍の医療ステーション。ナナを挟んで、パレットとフィンが向き合っていた。


「本当にいいのか? 兵士になったら、もう普通の人生なんか戻ってこないんだぞ?それに、あの子だけじゃなくて、何でお前みたいなクソガキが?」


パレットの問いに、フィンは震えながらも、強く頷いた。そこに確かにあったのは、一つの思い。


「それでも……俺はナナに生きてほしい。ナナがいない人生なんて、俺は望んでない。どんな形でもいい。ナナは1人で戦わせない、2人で生き残る……!2人なら何も怖くない!何があってもナナを守る……!」


「妹バカ。シスコンだな。」


「うっさいですよ。あんたには関係ないでしょ。」


「分かったぞ、シスコンのクソガキ。ほら、ここにサインしろ。分かったら手術室に急げ。」


パレットは鼻で笑うと、契約書に署名させた。


──それが、すべての始まりだった。



(……バカだ……)


現実に戻るナナ。

視界の奥が霞み、涙が一滴だけ浮かぶ。


(私、いじめられて、希望も捨てて……姉さんに八つ当たりばっかりして……)


──学校では、机に刃物が刺さっていた。

──下駄箱には「死ね」の落書き。

──クラスメイトは見て見ぬふり。教師は「考えすぎじゃない?」と笑った。


そんな日々の中で、ナナは徐々に壊れていった。

そして、心の奥で願っていた──「いっそ、全部終わればいい」と。


(それなのに……)


「なんで、助けたの……っ」


「さあね。……でも私は記憶を覗いた。アンタの兄さんの、“そういうところ”好きだよ。」


パレットは静かに微笑む。

それは冷たい戦場の中では、あまりにもあたたかい表情だった。


「……感情論で命を救う奴は、嫌いじゃない。馬鹿だけどね」


ナナは唇を噛む。


「……怖いよ。これからどうなるかも分からない。私、戦わされるの? 戦場に出されるの……?」


「そう。けど、あんたには特別な“適合能力”がある」


パレットは、ナナの掌に“仮想端末”を置く。そこには能力診断が浮かんでいた。



コードネーム:アジャスタブル(適合)

・人工義肢、義眼、神経デバイスとの完全同期

・任意の外部兵装との適合率:99.7%



「……あんたは、どんな武器にも“なれる”子だよ。最強だ。今からね」


「……そんなの、いらない。私はただ、普通に暮らしたかっただけなのに……!」


その瞬間、部屋の扉が開く。



「ナナっ、無事か!?」


フィンが駆け込む。


血に汚れた制服、包帯だらけの姿。それでも、真っ直ぐにナナを見つめていた。


「……お兄ちゃん……」


「目覚めてくれてよかった……ずっと不安だった、怖かったんだぞ……!」


フィンはナナを強く抱きしめる。


ナナは少しだけ抵抗し、目を背けた。


「なんで……なんで私なんかを助けたの……! 私、ずっと辛かった……もう、生きてても意味ないって、思ってたのに……!」


「意味なんて、いらなくないか?」


フィンの声は、決然としていた。


「俺が“いる”って思ってる。それだけで、ナナは生きてていいんだぞ。……それじゃダメか?」


ナナの涙が、ぽろぽろとこぼれる。


「……お兄ちゃん、優しすぎるよ……」


「だから言ってるじゃんか。いつものことだろ?」



パレットは黙って二人のやり取りを見つめていたが、突然、軽く咳払いをして口を開いた。


「じゃ、ナナの身体はあと24時間で仕上がる。それまでクソガキ、面倒見てやれ。」


「……ありがとうございます、パレットさん。」


「べつに。お前には興味ないから。」


そう言いながらパレットは振り返りかけ──ふと、皮肉げに付け加える。


「ただし、クソガキ。あんたの“対物特化能力”。対人や呪詛には何の役にも立たないからね。覚悟しな」


「はァ? そっちが勝手に選んだ能力ですよね! 私の希望なんて一ミリも聞かなかったくせに!」


「そもそも“対物特化”なんて、普通にハズレだし? ノアールも予算考えなきゃいけないから。てか、命の恩人にどの口叩いてるの?」


「はぁ!? 予算って何ですか!? 妹の命でしょーか、そっちが選べって言いましたよね?」


「うるさい、シスコンが。」


「なんだと、この……ガリガリ絵描き女……!」


ピリッとした火花が空気に走る中、ナナがかすかに笑った。


(……変わらないな、お兄ちゃんは)


(こんな世界でも……私はきっと、大丈夫)


ナナは静かに目を閉じた。

全ての準備が整うその日まで──姉の手を握りながら。


(きっと2人なら、大丈夫だもん。)

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