第十三話【絶対絶命】
──“今だ。”
フィンの中で、なにかがはっきりと切り替わった。
ナイフを握りしめる手に、迷いはない。
(ここでやらなきゃ、ナナが危ねぇ!もう後には引けない、これで決めるぞ!)
ベルが中将と対峙する前方へ──
「行けぇ!」
彼はまるで槍でも投げるように、全身の力を込めてナイフを投げた。
ナイフは空を裂き、真っ直ぐに突き進む。
そしてその瞬間──
世界が、跳ねた。
視界が、音が、空気が――弾けた。
「……は?」
鋼鉄の塊であるナイフが、まるで光線のような速度で飛び──
中将の半歩右を高速で通過した。
勢いそのままで、遥か後方の輸送船の中央部に直撃。
格納区画に突き刺さった刃は、まるで点火でもしたかのように大爆発を引き起こす。
どよめきが、場に広がった。
爆発の煙の中、フィンは自分の手を見つめていた。
(これが……俺の、能力……)
対物特化。
今まで、ずっと“ハズレ”だと思っていた。
人間に効かない力に、意味なんてないと思っていた。
けれど違った。
《投擲》《打撃》《射撃》――“物体による攻撃”に対し、限界を超えた補正がかかる。
それを戦闘でうまく活かせる者は少ない。
なぜなら、能力に頼る前に死ぬからだ。
「一瞬で終わる攻防の中で武器を選び、放つ」など、冷静と訓練と素質のすべてを兼ね備えなければ使いこなせない。
だからこそ、歴代の持ち主は皆早死にし、誰もこの力の本質を知らなかった。
(俺……当たりだったんだ……)
──だが、中将は健在だった。
あの威力の攻撃に冷や汗を垂らしており、既に注意はベルから外れていた。
「こいつ……外しやがった……!」
そう呟いたベルの表情は、珍しく険しい。
ナイフの通過位置にいたベルは完全に避けきれず、左腕の義手に長く浅い傷を負っていた。
──彼は怒っている、というより、「万策尽き、どうしていいのか分からない」という感じだった。
「ナイフを投げたのは、お前か。」
中将は、フィンに向けてハッキリと言った。
「正直、お前の攻撃には驚かされた。これは賞賛に値する。ナイフ野郎や適合の器より、お前の駆除を優先した方が良さそうだ。」
刹那。
コンマ数秒の間でフィンの目の前に現れ、斧を振り下ろし始めた。
(俺……ナナを守れずに死ぬのかよ……。まだ、何も……)
……だが。
彼の思考が纏まる前に、突如として聞き覚えのある大声が聞こえた。
「あああああっ!!!」
キャリーだった。
フィンの横から飛び出し、右頬を殴りつけたのだ。
「無意味な邪魔を……」
中将が怯み、斧を構え直した瞬間に影が動いた。
「てめぇの相手は、この俺だろうが!」
ベルが中将の土手っ腹にドロップキックをお見舞いし、吹っ飛ばす。左手の義手は先ほどの怪我の影響だろうか、ぶらりと垂れ下がっている。
「今だキャリー、足元のモノを撃ち込め!」
彼女の足元にあったのは、装備品のロケットランチャー。中将は片膝をついており、動けない。
「はいはい了解、無口サマ!」
キャリーはランチャーの銃口を向け、照準を合わせる。搭載されたAIによる無機質な小さな音声が響く。
『標的ロックオン中……。55%……60%……』
「お、遅っ……!」
そうこうしている間にも、中将は体制を立て直す。
「くっ……まずい……!」
なんとか立ちあがろうとするが、その隙を逃さずにベルが突っ込む。辛うじて動かせる右手でナイフを握り、駆けながら膝裏の装甲がない部分を切り裂く。
「がはっ……」
そして、その時がやってきた。
『90%……ロックオン完了!発射準備OK!』
「きたきたきたぁ!!」
キャリーのロケットランチャーの準備が完了したようだ。
「よし、ぶちかませ!」
「頑張れ、キャリー!」
ベルとフィンが叫ぶ。
そして……。
彼女は、銃口を引いた。
爆音と共に発射される小型ミサイル。
突き進む先には、シンの中将。
直後、周囲に響き渡る爆音を立てながら大爆発を起こす。
「よし、やった……!」
安堵し、両膝をつくキャリー。
たが、ベルの反応は正反対だった。
「まだ分からねえだろ。念の為、奴の首を切っておく。」
彼はナイフを右手に握りしめ、爆煙の中に歩いていく。だがその瞬間だった。
ーー斧が煙の中から飛び出し、ベルの右腕の義手を破壊した。
残ったのは、バチバチと火花を散らす接続部だけ。
右腕はバラバラ。左は既に握れない。
息をするのも苦しいのに、敵は一歩も動かない。
「あっ……ああっ……」
言葉にならない悲鳴をあげる彼。それと同じタイミングで、煙から1人の男が出てくる。
「いい連携だった。だが、まだまだだ。」
それは、シンの中将だった。
フィンが怯んでいると、後ろからキャリーの悲鳴が聞こえてくる。
「が……がはっ……」
フィンはすぐ振り向く。
彼の視界には、首根っこを掴まれ、宙に持ち上げられていたキャリーの姿があった。
「雑魚に用はない、死ね」
中将は彼女の顔面をぶん殴り、遠くに吹き飛ばす。
彼女はノアールの簡易テントの壁にぶち当たり、テントは土煙をあげながら崩れ落ちる。
そして、次はフィンの番だ。
当の彼は完全にビビってしまっており、恐怖で何もできない。
「お前や適合の器は危険すぎる。すぐ殺さなくてはならない。すまない、幼き兵よ。銀河の平穏の為に」
彼は足でフィンを抑えつけながら、斧を振りかぶる。
絶対絶命、逃げ場などどこにもない。
その時で、あった。
「おい、お前。俺の後輩に何してんだよ。」
そこにいたのは、神蔵だった。
今の彼は笑っていない。明確な殺意だけが、そこにはあった。
フィン、ベル、キャリー。
彼らの抵抗は無駄ではなかった。
必死に繋いだ数十秒。
たった数十秒の時間ではあったが、それが『神蔵』という存在に繋いだのだ。
神蔵は、着々と中将に向かって駆け出した。
中将は仕方なくフィンを投げ捨て、神蔵と対峙する。
この戦場の最後の戦いが、始まろうとしていた。