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第8話 社長『三十代女子が恋愛してはだめなのでしょうか?』

東京に戻った蒼真は翌日、事務所の社長に更紗との再会を報告した。


「さらさおねーちゃんはどうだった?」


 如月遙花。50代だが見た目は若く見える。話のわかるお姉さんタイプで人望も篤い。


「相変わらずでしたね。なーんも変わっていませんでしたよ」

「女にとっては最高の褒め言葉かしらね?」


 くすっと笑う遙花。蒼真の志望動機は知っているし、特撮俳優への原動力が彼女との思い出であることは把握している。


(この子、本当にガントレットストライカーの主役掴んだものね。並大抵の努力じゃないわ)


「特別の意味はないですよ」

「そういうことにしておくわ」


(34歳の女が20代前半の自分と比べられてそのままなわけないじゃない。蒼真、気付いていないわね)


 実に面白い女性だと思う遙花。


「今回は上月君もいたし心配ないわ。次回は気を付けてね」

「スクープされないよう、細心の注意は払いますよ」

「私としては別にスクープされてもいいのよ?」

「そうなんですか?」

「若手人気俳優と三十代女子の恋愛。夢があっていいじゃない。問題にするヤツがいるようならこう言ってやるわよ。『三十代女子が恋愛してはだめなのでしょうか?』ってね!」


 けらけら笑い飛ばす遙花。


「助かります」

「そのかわり成人するまでは不純異性交遊はやめてよね。更紗さんもその辺はわかっているよう。ちゃんと二十二時までホテルに返してくれてるし」

「不純異性交遊の件は母にも言われてますし。法的な問題ですか」


 ややしかめっ面になる蒼真。このままでは更紗となかなか距離を詰めることができない。


「成人女性でも連れ回しは成立するからね。いくらあなたのご両親と友人だとしてもね」

「親の許可も取っているんですけどね」

「もう根回ししているのね……」

「母親の親友ですし。時間をかけましたから」

「遠い目をしないで。これからでしょ。まだ再会しただけじゃない」

「そうでした!」


 おどける蒼真に、微笑みかけながらも真顔に戻る遙花。


「スクープされたらあなたじゃなくて更紗さんの社会的死が待っているんだから。本当に気を付けてね」

「し、社会的死って!」


 とんでもないことを言い出した遙花に、絶句する蒼真。


「あなたはいいわ。芸能人だもの。相手が芸能人のほうが、まだましかな。でも一般人の彼女には、誹謗中傷がつきまとう。ガントレットストライカーシリーズにはいつもそんな問題が発生する恐れがあるのよ。降板したヒロインは数知れない」

「あー…… でもそれは脚本であって……」

「視聴者、それも特定のファン層はそう受け取らないってことね。芸能人や声優ならまだ祝福される可能性はあるわ。遠い世界の住人だもの。でも一般人はそれこそ小学校の卒業アルバムまで引っぱり出される可能性もあるわよ。――今って卒業アルバムってある?」

「ありますよ」

「あるんだ。まあ。いいわ。それだけ過去をほじくり返される可能性もあるってこと。――外野はうるさいわ。これからも、たとえあなたが俳優を引退してもガントレットストライカーなの。これは忠告じゃなくて教訓ね」

「胸に刻みます」


 蒼真とて、ようやく逢えた大切な更紗を傷付ける気はまったくない。

 しかし遙花は知っている。人気俳優というのは周囲が放置するわけがないのだ。彼がふとした他愛のない言葉にも、深い意味を求める。


「そんなに心配しなくてもいいわ。スクープ狙いの記者だって誤報で事実関係を立証できなかったら訴訟で死んでもらうから」

「笑いながら恐ろしいことをいいますね」

「色んな状況を想定しているわ。もう一度いうわ。外野に気を付けなさい。更紗さんとは関係なく、ね。これはヒーローの宿命のようなものよ」

「子供の夢を壊すような真似はしません」


 蒼真が自信ありげに笑う。


「ええ。信じているわ」


 実際に遙花は信じている。


(だからこそ、大人の私達が護らないとね。頼んだわ、更紗さん)


 天月ソウという人間を護る為の協力者。遙花は更紗をそう認識していたのだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 現場は慌ただしかった。

 ガントレットストライカー紫雷のゲストに国民的アイドルである大谷さくらが参加するのだ。


「うひゃー。本物のさくらちゃんやん。国民的アイドル様やぞ」

「そうか」


 興奮する健太を他所に興味がない蒼真だった。


「素っ気ないなぁ」

「みんなのアイドルだからかな」

「独占欲強いタイプかー。このこの!」

「やめい!」


 いつものようにじゃれついている二人にスタッフは気にも留めない。


 さくらは撮影現場の説明を聞き終えるときょろきょろとあたりを見回す。

 目的の二人組を見つけて、顔を輝かせる。

 まっすぐに二人に駆け寄って、大声で挨拶した。


「おはようございます! 大谷さくらです! 今日の撮影はよろしくお願いしまーす!」


 ふかぶかと頭を下げるさくら。

 爽やかな笑顔は、トップアイドルならではのオーラを放っている。


「よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 二人とも敬語になる。さくらのほうが年上になるし、何より芸能界の先輩となるのだ。

 公私の切り替えは早い。こういう時の二人は地味である。


「年も近いのでそんなに畏まらないでくださいね! 仲良くしてください! ソウさん! 健太さん!」


 さくらのマネージャーが、また始まったという呆れ顔だ。さくらのイケメン好きには振り回されている。


 三人は今日の撮影分のリハーサルを開始した。監督や助監督による厳しい指導が入る。

 蒼真は控えているスーツアクターと細かな打ち合わせをしている。


「リハーサル終了でーす。撮影スタートしまーす!」


 ADの声に、本番の撮影もスタートし、つつがなく撮影は終了した。


 撮影が終わって雑談中の二人にさくらがやってくる。


「おつかれさまでしたー! お二人とも格好いいですね!」

「ありがとうございます」

「いえ。とんでもありません」


 他人行儀な蒼真と健太に不満気なさくらだ。


「ちょっとー。その距離感なんですかー」

「いえ。芸能界の大先輩ですしね?」


 健太がフォローする。


(蒼真が一番苦手なタイプやな)


 健太がフォローすることにした。


「その、すみません……」

 

 空気があまり読めない蒼真が本気で謝罪する。


(お前なー。こんなときにマジ謝罪はやめい!)


「本気で謝らないでくださいね!」


 空気が悪そうになり、いつものアイドルスマイルでやり過ごすさくら。


(この子、ガチ真面目君なのかなー?)


「そうそう。あなたたちのキャラソン絶好調ですね! いきなりダウンロードランキング上位なんて凄い! 私なんて握手会してようやくランキングに入るかどうかだよー?」

「ガントレットストライカーを支えてくれるファンのおかげですね。ボクも嬉しいです」


 蒼真がようやくはにかんだ笑顔を浮かべる。


(あら、可愛い)


「ガントレットストライカーシリーズはニチアサの顔ですからね! あんな子供だましのおもちゃで夢中になれるなんて、子供って単純で羨ましい~。大きなお友達も太い客ですよね~」


 さくらはほんの一瞬、周囲が暗黒になった錯覚を覚えた。蒼真と健太を中心に、だ。

 さくらは自分の失言に気付かない。失言だと思っていないからだ。芸能界は数字の世界だ。スポンサーが降りたらシリーズ続行すら危うくなる。


(あかん。なんやこの女は……)


 蒼真と健太はガントレットストライカーシリーズへの愛着が凄い。どちらもキャストに選ばれたことを心から誇りに思っている。

 とくにさくらみたいなタイプとは相容れない。ガントレットストライカー紫雷は、子供だましで演じてなどいない。


「……ガントレットストライカーは、子供たちのためにあるとボクは思っています」


 それは更紗からの受け入り。口癖だ。

 子供の蒼真に言い聞かせていたことを思い出す。

 夜遅くゴスロリを着た更紗が、大きな箱を抱えて一人留守番をしている蒼真に、クリスマスプレゼントをもってきたのだ。


『いい。蒼真君。ガントレットストライカーは子供たちのヒーローなの。私みたいなおねーさんにも人気はあるけれど、ガントレットストライカーは子供が憧れるヒーローになって欲しいんだ。だからこれを蒼真君にあげるんだよ』


 そういってベルトを手渡した更紗だった。


『蒼真君もこのガントレットでガントレットストライカーになってね。おねーさんはそれが一番嬉しいな』


 その時、なにをいっているのかわからないが、今ならよく理解できる。

 その意味が、更紗への思いを恋い焦がすことになったことを改めて実感したのだ。


(更紗おねーちゃんはいつも正しい。うん、あとはやっぱりゴスロリを着て貰おう)


 そういって思い出し笑いをする蒼真を、サクラは勘違いした。


(天海ソウには受けたかな! やはりお金の話だよねー)


「子供に人気がないとおもちゃの手甲も売れないもんねー」


 違う意味で捉えたさくらに、曖昧な笑顔で返す蒼真だった。


(あかん。蒼真がキれるんちゃうか。ん? 意外と大人しいな)


 蒼真の代わりにブチ切れたい健太だったが、蒼真の様子を見て思い直す。


「若手俳優の登竜門だしねー。ガントレットストライカーで人気を伸ばして、公共放送の連ドラ! 私もあやかりたいなー」


 さくらは蒼真の地雷を踏み続けている。


(もうあかんわこいつ。蒼真は大丈夫か)


 健太が心配になって隣を見ると蒼真は平然としていた。


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