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第7話 やるやん

『関西行きの件なんだけど、健太が来たいって。いいかな?』


 スマホに着信があり、ショートメッセージを読んだ更紗が、硬直する。


『なんで?』


 まず浮かんできた言葉がそれだった。


「なんで? って聞かれてるぞ。どうする?」

「直球で返してくるやん。やるやん」


 感心する健太。どこかずれている。


「やるやん、じゃねーよ! 俺もどう説明していいかわからないぞ!」

「迎えがくるまで、少し電話してんか」


 時計を見ると、二人の迎えがくるまでは多少時間がある。

 彼は未成年であり、コンプラ関係はうるさい。


 更紗に電話をかける蒼真。


「もしもし蒼真君。さっきのあれは」


 更紗がそう言いかけた時だった。


「うわ。なにをする。やめ――」


 蒼真の悲鳴に似た叫びがスマホから聞こえる。


「なに? どうしたの? 蒼真君!」

「電話を替わりました。さらさら先生はじめまして。上月健太です」


 この声は間違いなく、TVから聞こえる上月健太の声だった。

 固まる更紗。同人誌の登場人物、二人目の登場である。


「はじめまして。ケンタ君。あ、ごめんなさい。上月さん」


 慌てて言い直す更紗に、電話先で微笑むような健太の声。


「ケンタ君でいいですよ。蒼真君で上月さんは残念ですからね」

「どうしてケンタ君まで、さらさらの名を?」

「蒼真がいってなかったんですね。同人誌、ボクの分まで確保してもらってます。先生のファンです」


 悪戯っぽく笑うケンタ。

 

「ひええー! 滅相もない!」


 本人に読まれるというのは苦痛なのだ!

 泣き笑いになる更紗だった。


「蒼真がさらさら先生とお会いすると聞きまして。ボクも芦屋出身なんですよ。土地勘がない蒼真君を一人で行かせるのに大変不安で。大阪からの路線、ややこしいでしょ?」


 隣で蒼真が『誰だお前』みたいな顔で見詰めているが、気にしない。芸能界では標準語だ。

 健太が関西弁を使う相手はごく親しい友人と、関西出身の芸能人相手だけなのだ。


「それはあると思います! でもいいんですか? ケンタ君でさえ忙しいし、目立つと思うのに」


 大阪からJ、阪神、阪急と複雑で他県のものはややわかりにくい。


「ボクなら空いている時間帯もわかりますからね。実家近くに友人と行っても不思議ではないでしょう? ほら。スクープ狙いのカメラマン対策も兼ねているんですよー」

「それは確かに気になっていました! 助かります!」

「それでは蒼真と代わりますね。さらさら先生とお会い出来る日を楽しみにしています」

「もしもし。さらさねーちゃん? ごめんケンタが」

「礼儀正しいね。安心したよ。確かに路線がいっぱいあってちょっとわかりにくいもんね」


 ジト目でケンタを睨むソウタ。


(猫被りやがって!)

(よそ行きゆうて欲しいな!)


「そうかな。ごめん。俺は二人で会いたいんだけどケンタの言うことも一理あるし」

「そ、そうだね。私は大丈夫だよ」


 声が思わず上ずってしまう更紗。


(さらっと二人で会いたいとかいうなー!)


 自分の顔が真っ赤になるのがわかる。

 蒼真はただの推しではなく、自分にとって弟みたいな存在だと思いだした。転がりたい気分だ。


「じゃあどこで会うかは引き続き相談しようね。さらさねーちゃん」

「うん!」


 さらさねーちゃんといわれると落ち着く更紗。

 推し二人に会うというと緊張で死にそうになるが、蒼真と友達と自分に言い聞かす。


 期待と不安。ベッドの上でひたすら左右に転がる更紗であった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 夕方。ホームの外で二人を待っているとパーカーとマスクをした二人組がやってきた。

 更紗に手を振っている。すぐにわからなかったが、蒼真はすぐに気付いたらしい。


(わわわ! 本当にきた!)


「久しぶり蒼真君。はじめまして。ケンタ君」

「さらさねーちゃん! 久しぶり! 会いたかったよー」

「はじめまして。ケンタです」


(さらさら先生、めっちゃ美人やん! お前の基準値高すぎやろ!)

(前から美人だといってるぞ!)


 二人はアイコンタクトで激しく応酬する。


「ん、どうかした?」

「いや……大きくなったなって」


 更紗がその身長さに呆然とする。160センチない更紗と175はある蒼真と健太。蒼真はとくに、小さな頃しか知らない。


「しまったな。母さんとさらさねーちゃん、なかなかタイミングが合わなかったもんな」


 若干、後悔をにじませる蒼真。子供の頃固定の姿が悔しいらしい。


「仕方ないよー。私も結も距離があったしね。私が幻覚を見ているのかもしれないし」


 推し二人を眼前にして、気が遠くなりそうな更紗。


「ともあれ俺は蒼真本人だよ」

「俺もやー。上月健太で幻ちゃうよ」


 慌てる蒼真。眼前にいる少年は間違いなくTVの向こう側にいる天海ソウと上月健太本人たちだ。


 ここ数日を思い出す更紗。現実感のないやりとりだった。

 ゆっくり話せる場所を、ということでカラオケに決まり、現地の更紗が予約する。

 ヒトカラに良く来るので会員証もばっちりだ。手続きを済ませ、三人で個室に入る。


「わー! 緊張したー」

「スパイものみたいで楽しいな」

「そやなー」

「ケンタ君は関西弁?! 芦屋生まれだったっけ。ネイティブだー」

「関西に戻ると自然に出てしまうんや。更紗さんは違うん?」

 

(おまえ、ナチュラルにさらさら先生から更紗さんに切り替えたな!)

(ええやろ別に!)


「私と蒼真君の母親は元々中部だったからねー」

「懐かしいな。ほとんど俺の世話をさらさねーちゃんがしてくれていたからさ」

「今じゃ立派なガントレットストライカー。おねーさんは嬉しいよ!」


 うんうん頷く更紗。


「そういってもらうために頑張ってきた。報われたな」

「お前のいうことはいちいち重いねん」

「え、そうか?」

「あははー。光栄な限りだよー」


 健太がショルダーバックから、スケブを取り出した。


「せっかくさらさら先生こと更紗さんとお逢いできたことやし、人生初の生スケブをお願いしたいんですけど! イラストは村雲疾風で!」

「えぇー!」

「ずるいぞ! お前だけ! 俺も欲しい!」

「そういうと思うて二冊用意しとるから」


 よく見ると二冊ある。


「ほ、ほら。描くものないし」


 まさかのスケブ依頼に、困惑する更紗。ペンを用意すれば良かったと悔やむ。


「ちゃんと用意してあるんやわ。コピック!」


 健太が鞄から自慢げに無数のコピックを取り出した。


「なんで芸能人がコピック持ってるのー?!」

「若手俳優はオタ多いよ? 俺も描いて欲しいなー。俺はもちろん秋月環で!」


 目をきらきらさせる蒼真と健太相手に断れるはずもない。


「本人相手に恐れ多いけれど。ま、任せて……」

「カラオケは特撮しばりでいこかー」

「おう!」

「それなら余裕だよ! ヒトカラきてるし!」

「さすが俺のさらさねーちゃんだよ!」

「俺の宣言きましたー」

「いちいちうるさいな!」


 二人が取っ組み合ってじゃれついているのを更紗はにこにこと眺めていた。


(これぞ壁の本懐……!)


壁となって二人のやりとりをじっとみていたいが、スケブにペンを走らせる。


「何壁になってるのー?」


 蒼真が拗ねたように更紗の隣に座り、カラオケのリモコン型タブレットを差し出す。


(近い近い!)


「か、壁って何のこと?」

「母さんに聞いてるから知ってるよ。壁になって推しを眺めたい人種がいるって」


(結! よくも裏切ったな!)


 図星を突かれて目を白黒させる更紗を、面白そうに眺める蒼真。


「んじゃ蒼真君と一緒だし!」

 

 歌いすぎて暗記しているコードを入力する。

 曲名が表示された。


「これはガントレットストライカーブレイザーやん!」

「やっぱりさらさねーちゃんはこれだよね!」


 異様に盛り上がる二人。


「でしょー?!」


 自慢げに胸を張る更紗。早速歌い出す。

 

 二人はそれぞれのキャラソンを交代に歌い、過去のガントレットストライカーや特撮をノリノリで歌う。

 更紗もマニアックな特撮ソングを歌い、場を盛り上げた。

 三人は特撮話で盛り上がるのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 電話コールが鳴る。終了10分前だ。


「ああ、もう時間かー」

「夜十時までにはホテルに戻る約束、だからね。今日は楽しかったー!」

「俺も!」

「わいもや!」


 三人で意気揚々と引き上げる準備をする。


「ところでさ。さらさねーちゃん」

「ん?」

「今でも十分ゴスロリでイけると確信したんだけど」

「まだ言うか!」


 顔が真っ赤になる更紗。


「更紗さんゴスロリ着るん? アメ村行くん?!」


 健太が食らいついてきた。蒼真もさすがにゴスロリのことまでは話していない。


「アメ村よくいってたよ。バンギャ時代にちょっとねー。もう上がったよー」


 上がるとは卒業したということ。

 

「もったいな! 俺もゴスロリ姿をみたかったわー」

「じゃあ次のデートはゴスロリ指定しようかな」

「デ、デート?!」


突然蒼真から思いがけない発言が飛び出し、目を白黒させる。


「攻めるな。いいぞ、もっと攻めろ!」

「そこ、煽らない! あなたも有名俳優なんだからね!」


 思わずツッコむ更紗。


「芸能人恋愛禁止ルールなんて古いって十年も前から言われているよ? それと歳の話は無しだからね。さらさねーちゃんは俺の両親よーく知ってるでしょ?」


 無邪気な笑顔を見せる蒼真に、返す言葉がない更紗。


「ゴスロリはお金がかかるから幅広い年齢層の人たちが着ていたって母さんがいっていたし」

「過去形だったでしょ? と、とにかく出よう」


 話題を逸らしたい。結夫妻に協力していたこともあって、年齢の話は鬼門だ。下手に卑下しようものなら蒼真からどんな攻撃が飛び出してくるかわからない。


「延長でもいいのに」

「ダーメ! 社長さんとの約束でしょ?」


 蒼真たちは未成年者なので十時までにはホテルに帰宅という約束をしていたのだ。

 いくら保護者同伴といえ血縁関係はないのだから。下手をしなくても厳格に法令を考えるなら更紗は誘拐犯となる。


「しゃーないな。約束は守らんとな」

「じゃあ次の予定はショートメッセでね。さらさねーちゃん」

「う、うん」


(次、あるんだ。やっぱり……)


 今日だけでいっぱいいっぱいなのだ。健太がいてくれたおかげで、間が持ったようなものだ。

 健太は押しこそ強いが気遣いの達人だった。


(蒼真君、いい友人もったねー。いかん、また同人誌のネタが増えそう……)


 この二人の関係性は想像以上のものだった。しかし――


(さすがに二人とこれだけの距離感となると同人誌のネタにはできないかな。距離感がバグってるし!)


 長年の特撮友達のような二人だった。更紗の細かいネタや古いネタにもごく自然に食いついてくる。

 彼らの出すネタにも更紗が反応して、嬉しそうな二人に、更紗まで嬉しくなった。


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