第6話 もう一人の人気特撮俳優
(荒上健太。ガントレットストライカー紫雷のライバル村雲疾風役。人気は甲乙つけがたい人気特撮俳優!)
「会話内容だだ漏れじゃん! 本当に大丈夫? 控え室なんだよね?」
「大丈夫やーって隣でうるさい。そこは安心していいよ」
(え~)
不安しかない更紗。
「うん。わかった。とりあえず続きはショートメッセで」
「はい。――おやすみなさい」
推しの声が自分に向けられ、耳朶に響く。
(死ぬ。助けて)
「おやすみなさい」
なんとか言い終えると、スマホの通話を恐る恐る終了させ、布団に突っ伏した。
「あわわわわ」
電話を切って我に返る。
「えー。どうしよ。本当にソウ君が蒼真君だなんて」
更紗が顔を押さえて悶える。
脳みそが幼い頃の蒼真とTVの向こうにいる天海ソウが、ようやく同一人物と認識し始めた。
「慌てるな私。落ち着け私。むかし弟のように面倒をみてたじゃない。そう、私は姉ポジ」
母親というよりは姉ポジだろうと自分に言い聞かせる更紗。
「あ! そうだ!」
本を書くという約束をしたからには、呟かなければいけない。
『帰宅して戦利品を読んでいたらガントレットストライカー紫雷の次の話が次々と浮かんでくる。忙しいからインテグレート大阪に間に合わないと思うけどあと一冊は完成させたいな』
壁打ちのつもりだったが、続々といい! が集まる。
彼女の熱心なファンであるみずみずさんが真っ先に反応、RTしてくれたのだ。
「いつもありがたいな。この人。私の壁打ちにいい! してくれる……でも。でも!」
先ほどの電話を思い出し、スマホを放り投げて布団に突っ伏す更紗。
「でも。やっぱり。うわぁぁぁぁ」
思わず叫んで枕を抱えながら布団の上でごろごろし始める更紗だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「今の電話さらさら先生やろ! 人の前でヒロインになれとかよーいうわー。西宮行くのかー」
更紗と電話中、途中からまとわりついていた健太が蒼真にヘッドロックを仕掛けながら話し掛けた。
彼は蒼真より一歳年上だが、妙に気が合うのだ。
「プライペートの話に聞き耳立てるなよ。お前は連れていかないからな!」
さきほどから一緒に行きたいアピールが酷い健太だった。
蒼真は健太に隠し事はしない。やましいことはないどころか数年会っていないのだから。
「そないなこと言わんといてな。俺も行くから! 保護者として!」
「誰が保護者なんだよ」
ボケとツッコミだが二人の日常だ。
「第一なぁ。人気特撮俳優が女性と一対一で会うてみ? スキャンダル間違いなしや」
「わかってるよ。だから大阪から近い兵庫に行くんだ」
「それでな。俺等二人とさらさら先生一人なら、なんとでも言い訳は立つわけや。お前の母親の親友なんやし、年齢も離れてる」
「更紗ねーちゃんの前で年齢の話いったら殺すからな」
いつになく真顔の蒼真に、怯えながら必死に首を横に振る健太。
「言うわけないやろ。俺は地元が芦屋やし、カモフラージュにはぴったりなんやぞー?」
「芦屋ってどこらへんだっけ。関西の地理がわからない……」
「そんなもんや。西宮には甲子園があって、神戸よりも大阪に近いってことだけ覚えていたらええわ」
健太の方言は。TVで聞くような大阪弁とはまた違うとのことだ。
「普段は標準語なのに、俺といるときは関西弁になるんだよなお前」
「そんなもん。きっとさらさら先生といるときも関西弁に戻るで」
「なんでだよ?」
「そんなもん」
本人曰く、関西にいるときや親しい間柄や家族と会話するときは関西弁に戻るらしい。
「そうや。さらさら先生の新刊。ほれ。俺の分」
「なんでお前まで欲しがるのか。これね」
嬉しそうに受け取る健太。
「そりゃ面白いからに決まっとる。BL本でもないのがええな。過激な薄い本はファンから送られるし俺は平気やけど」
「慣れたよなー」
「でも珍しいやんな。俺が受けやもん」
「俺とか言うな。疾風攻めが多いからな。さらさら先生は、環主人公の王道少年漫画風で熱いんだよ」
「それがええやんなー」
うんうんと頷く二人。
「更紗ねーちゃん、お前まで来るってなると絶対パニクるぞ。俺だけでも死にそうなのに」
「お前はしゃーないやん。親に接触禁止って言われとったやろ。ファンサやファンサ」
気にも留めない健太。
「事務所の社長とマネージャーには早々に了解が取れていたんだ。まさか親が最後の壁になるなんて…… おっと明日、社長に本を渡さないと」
女社長の如月遙花。蒼真の母親や更紗より若干年上だが、年齢も近く同人誌の良き理解者だ。むしろ同人者だった疑惑すらある。
さらさらの同人誌も気に入っているので、マネージャーに頼んでいつも三冊購入してもらっている。
「あのへんは私鉄がたくさんあってな。さらさら先生の都合次第だけど阪急神戸線で行きたいなぁ」
「お前が仕切るなよ。連れていかないからな!」
「なんでやー」
ガチで凹みだした健太。
「そないないけずなこといってると拗ねるぞ」
「もう拗ねてるだろ!」
「聞くだけ聞いてみてーや」
「仕方ないな…… 少し時間をおいて聞いてみる」
更紗がパニックになっていることを想像して楽しんでいる蒼真だったが、健太までいると話は別だ。
絶対に混乱することはわかりきっている。
「たのむで、ほんまに! 俺かてさらさら先生と会うてみたいねん!」
「会って何するかも決めてないのに。きっと特撮カラオケとかだぞ」
「そんなん行きたいに決まっとるやろー!」
俺も行くとだだをこねてジタバタする健太を、若干冷めた目で眺める蒼真だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
更紗は東京からの疲れもあり、朝起きた時は仕事を休もうかと思ったが、考え直すことにした。
「仕事、いこ。悩んでも仕方ない!」
無心で仕事をしていると、仕事はあっという間に終業時間を迎えた。
顔はいつもより無表情だが、何故か気合いは入っている。
「美容院は明日休みだから金曜予約して、木曜に服を買いに行って……」
恥ずかしい姿は見せられない。
「喪女モードじゃダメだもんね! 雰囲気を変えるには美容院でカラーよりマニキュアかな。服は店員に任せる。もう私、わかんないから!」
帰宅中、ぶつぶつ言いながら歩いている更紗。
「いや、頃ゴス着る想定なんかしてないし…… 何考えているの私……」
そうなのだ。
更紗は平静を装ってはいるが――
浮かれている。
そこは社会人として十年近い経歴が生きている。隠し通すことは簡単だ。
「先に服買わないと、美容師さんに相談できないもんね。何せ推しと会話できる数少ないチャンス……!」
こんなことがもう一生あるかどうかなのだ。
いつもより用心深く帰宅する更紗であった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜は短文SNSサイトでお気に入りのイラストを眺めている。たまにソシャゲで時間を潰している更紗。
『こんばんわ。起きていますか?』
蒼真からショートメッセージが入った。
(わわわ! ショートメッセージきちゃった! できるだけ長文は避けるようにしないと)
十代のショートメッセージなど更紗にわかるわけがない。ネットで見た知識を頼りにできるだけ短文を心がける。
『起きているよー。蒼真君もお疲れ様』
『まだ少し撮影があるんだけどね。頑張るよ』
『無理はしないでね』
『ありがとう。おやすみなさい』
『おやすみなさい!』
短いやりとり。
「推しからメッセージが来る…… これあとで請求とか来ないよね?」
と呟いてから我に返る。
「我ながらバカなこといってんなー。蒼真君がそんなことするわけないよね」
ずっとスマホを眺めている更紗。胸に抱いて呟いた。
「嬉しい」
ノートPCを落とす。
「おやすみなさい。蒼真君」
彼女のなかで、ようやく幼き日の蒼真と画面の向こうにいる天海ソウが重なりつつあった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まいったな。さらさねーちゃんとどんな会話をしていいかまったくわからない……」
一方蒼真も戸惑っていた。
自分が更紗の推しになっていることは知っている。とても嬉しい。
「珍しいな。何を悩んどるねん」
同じ控え室にいる健太が、尋ねる。この男なりに親友を気遣っているのだ。
「俺はさらさおねーちゃんの推しになれて嬉しい。しかし距離を取られている感じがするんだ」
「そりゃしゃーない。お前は推しやぞ。ガントレットストライカーの主役なんや」
「でもさ。きっかけはさらさねーちゃんが応援してくれたからなんだよ」
幼い彼に対し、熱心に話してくれた更紗。子供だましやごまかしは一切なかった。
蒼真の原点はそこにある。
「まーなー。わかるけどさ。それに話題ならあるやん」
「ん?」
「合流するとき、俺も付いてくるってこと」
「お前、本気でついてくるつもりだったのかよ!」
「マジやで?」
「マジやで、じゃないぞ」
「お前、推し二人が来るってなったら、さらさら先生と盛り上がること間違いなし!」
「パニクるって!」
ただでさえ更紗との微妙な距離感に悩んでいるというのに、健太までついてきたら大混乱間違いなしだ。
「俺のことであーだこーだ話せばええ。本人が承諾済みなんやから心強いやろ?」
「いや、それは……」
「それにな。お前、脇が甘いねん。今、注目の特撮俳優やぞ? 何かスキャンダルがあったらさらさら先生にも迷惑がかかる」
「自覚はある。慎重にやるさ」
「いいや。甘いね。しかし三人なら大丈夫。さらさら先生はお前のオカンの親友なんやろ? 三人なのに、R18系の変な記事を書いてみぃ。即刻事務所から訴訟もんやで」
「そういう予防策も兼ねるのか……」
「ほんまやったらお前んとこの如月社長も呼びたいぐらいやけどな。社長もさらさら先生の読者やろ」
「無茶を言うなよ…… まあ、じゃあさらさねーちゃんが嫌がらなかったらな」
「おお!」
「とりま明日にでも話す」
「頼んだー!」
ガッツポーズを取る健太。蒼真が思った以上についてきたかったらしい。
なんでそんなについてきたいかは不明だが、承諾する流れになってしまった蒼真だった。