第26話 Vシネ撮影
更紗は東京での打ち合わせの日、マークシープロダクションで遙花から脚本を受け取った。
ざっと読み終わったのち、遥花と打ち合わせをする。
「今回会議や顔合わせはなしですね」
「低予算ですからね。十分Vシネにしては予算はかけられている方なんですけど」
「垓さんが大変そう」
脚本を見ると戦闘シーンが中心なのだろう。
「秋月環の因縁がある敵キャラが続々と蘇る。そのなかで新しいガントレットストライカーの嵐牙と紅破が紫雷の代わりに戦うというストーリーなんですね」
「紅破はガントレットストライカー紫雷の秋映画で登場して、好評だったようですね」
「最後は紫雷も登場、と。ソウさんはラストシーンだけ登場ということですね」
因縁ある敵にダークウィドウも登場する。
「あのダークウィドウ…… 出番多くないですか?」
「横原さん気合い入れすぎたわね」
「映画だと五分しかなかったのに。今回はもっとありそう。Vシネだと60分程度ですよね」
「そうよ。ほら、ヒロインキャラの子はギャラが高いし?」
「そういう理由ですか。女性がまったくいないのも、保護者層に訴求し辛いですよね」
「そういうこと。Vシネまで見てくれるファンは熱心な層だし、子供たちが大きくなったら見てくれるかもしれない。だから配役には気を遣うの」
「子供たちが大きくなったら、かあ」
子供たち。
川上とその孫も一緒に見ていたという。今の視聴者にならなくても、近い未来の視聴者も意識しないといけない。
長い歴史のあるガントレットストライカーシリーズならではの課題だろう。
「スケジュールは――短ッ!」
驚くほどの短期間撮影だった。
「予算ね?」
「スタッフも機材もありますもんね。今はCG班もあるから」
「親会社がゲームにも強くて良かったわ。最新のアンリアルエンジンも、引き続き採用だそうよ。そのかわり、その分コスト増ってことね」
最近の特撮は、ゲームにも使われているCG技術をふんだんに用いている。
迫力ある画作りが可能になったが、昔の特撮ならではの趣を懐かしむ者もいる。
「なので撮影自体は普通のVシネと変わらない環境ということなんですね」
更紗としては楽しみで仕方ない。
思わず脚本を胸に抱いて、微笑んだ。
そんな更紗の様子をみて、遥花も釣られて笑う。
「役者が乗り気だと嬉しいわね」
「そうではない人もいるんですか?」
「そりゃいるわ。ギャラは安いもの」
「そうですよねー」
「そういう意味でもガントレットストライカーシリーズは出演者が役に愛着もっている人が多いから、作り手としても企画をしやすいの」
「わかります」
細かな日程の話を遥花と詰めていたが、思い出したかのように切り出した。
「あらもうこんな時間。娘がお世話になったお礼もしていないのに」
「あれぐらいなんてことないですよー。売り子してもらえて助かりました」
「さらさら先生の新作、良かったわ! 次も期待しているわね」
「いえいえ。お恥ずかしい」
「娘に頼んだ戦利品も大漁だったわ。あの時の情熱をもった同士が、いまだにこんな多くいるなんて。見覚えのある作家さんも数名いたわ」
「わかります。昔はまったジャンルの人がまだ現役でいると嬉しくなりますね。ジャンルが変わった罪悪感はありますが」
「わかるわー」
流れるように同人誌トークに移る二人だった。
「これソウから預かったものね。あなたに渡すようにいわれているわ」
「はい」
紙袋を受け取った更紗は中身を確認して目を丸くするのだった。
更紗は土日を利用した上京だったので、日曜の夕方に新幹線に乗って、翌日には出社している。
女優とOLとの二重生活も慣れてきた。
出社した更紗は朝一で、川上に時間を作るよう御願いした。
昼休み直後、川上と更紗は別室に移動する。
「さて。どんな用件か聞こうじゃないか」
更紗の表情をみて、退職の話ではないとは察していた川上が、柔和な笑みをみせて鷹揚に構えている。
「あのその、プレゼントです。社長とお孫さんに」
更紗は紙袋を取り出し、五枚ほど並べた。
ガントレットストライカー紫雷のクリアファイルだ。天海ソウのサイン入りである。
そのうち一枚は名義が違う。天海ソウではなく、秋月環とサインされていた。
「こ、これは!」
「天海ソウさんが自分のことのように喜んでくれて。社長と川上さんの御礼を、と。クリアファイルなら賄賂にもならないだろうって。秋月環名義は川上さんのお孫さんへどうぞと」
蒼真が悪戯ぽく笑いながら渡してきたのだ。
ガントレットストライカー紫雷と天海ソウのサインはあまり出回っていない。かなりのレアだ。
「五枚もあるんだけど?」
「はい。誰に渡すかはお任せします。あとフェイクで東京みやげのおまんじゅうです。職場の皆様に配ってください」
紙袋を抱えて出てきたらあやしまれるので、東京みやげのひよこ姿の饅頭をしこたま買っておいたのだ。
「いや。これは十分賄賂ものだよ」
意外なプレゼントに川上は目を丸くする。
「社長も娘さんが、ガントレットストライカーのファンだった。さぞ喜ぶだろうね!」
「それは良かったです。撮影に入るのでご迷惑をおかけしますが、よろしく御願いします」
「わかった。――ちょっと待ってくれ」
いったん席をたって部屋をでると、サインペンをもってきた川上。
「では女優黒沢サラのサインも御願いしたい」
子供のような笑顔を浮かべる川上。
「ひ、とんでもない! 私のサインなんか書いたら、天海宇ソウサイン入りの価値が下がってしまいますよぅ!」
「世界に唯一のクリアファイルになるだろうね。ね、頼むよ」
「わ、わかりました……」
(念のためサインの練習しておいて良かった……!)
如月遙花から、サインの練習はしておいたほうがいいと言われていたのだ。
元々同人作家でスケブも書いていた身。すぐに練習を開始した。
黒沢サラとしてのサインは需要などあるはずもないと思っていたが、販促品などにサインする機会は意外に多かった。
サインを終えると、川上は満足そうに笑みを浮かべた。おそらく自分用だろう。
「ありがとう。また詳しい撮影日程がわかったら共有してくれ。クリアファイルは社長と相談するよ」
蒼真の作戦は抜群の効果だ。
更紗はあとで礼をいわねばと誓った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日の深夜、更紗は蒼真に電話をかけた。
「ソウマさん。ありがとう。上司がとても喜んでくれた!」
「それは良かった。何かできないかなって」
「心配させてごめんね」
「俺がやりたかったことだよ。クリアファイルは大量に確保していたし」
「配布用のクリアファイル、あっという間に無くなったもんね」
「そうなると思ってたから社長に頼んで百枚ほど確保してもらっていたんだ」
「百枚! さすがだー」
「記念だしね。今後知り合った人にも渡すかもしれないから」
「そうだよねー」
蒼真のキャリアにとってガントレットストライカー紫雷主演は大きな財産となる。
今後ドラマなどでも活躍していくだろう。
「また共演できるんだね。私、嬉しい」
「俺もだよ」
「こういう機会、二度とないかも」
「そんなことはないさ。更紗だってマークシープロダクションの女優なんだから」
「あはは。そうだね」
「笑うなー。自覚が足りない!」
笑いながら叱る蒼真。俳優としては彼のほうが先輩だ。
「黒沢サラ、頑張ります!」
「それでこそ俺の後輩だ!」
「いつの間にか後輩ポジ?!」
「いいんだよ。リードするのが先輩の役目だからな。仕事だって年齢関係ないだろ?」
「そうだよね。本当にそう。ソウマさんは先輩なんだ」
二人の関係が少しずつ変わっていく。
画面の向こうの推しだった天海ソウがこんなにも近い。
「一日で全部撮影するっていう話だけど大丈夫?」
「余裕余裕。更紗こそ出番が増えて大変だ」
「セリフ少ないから助かるけどね! ボロがでにくいから!」
「その分俺がフォローするから任せてくれ」
「先輩、御願いします」
更紗はくすくすと笑い、ソウマを先輩呼びする。
撮影は緊張するが、むしろ待ち遠しかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
収録現場が始まった。
更紗の出番は約三日程度。
一日目は単独シーンや他の敵役との会話シーンだけだった。
ダークウィドウは基本無口なので立っているだけでいい。
二日目の収録には久しぶりに会う上月健太の姿があった。
健太もまた売れっ子俳優のステージに登りつつある。
「さらさ……サラさんやないか。おひしぶりやな」
ケンタはさらさら先生といいそうになり、慌てて言い直す。
周囲に誰もいないので、関西弁に戻っている。
「ケンタ君お久しぶり!」
「サラさんとのVシネ出演嬉しいわ~」
「ケンタ君もよく時間取れたねー」
「ガントレットストライカー嵐牙、村雲疾風は俺しかおらへんやろ。誰にも譲らんで!」
親指を立てて目を細めるケンタ。
「もちろんそうだよ!」
「せやろ? 今日はダークウィドウに借りも返さなあかんしな。――せや、新刊おおきに!」
「気にしないの!」
正月明けに出した新刊は如月遙花の娘である藤花には三冊渡してあった。遥花、蒼真、そして健太用の三冊だ。
「Vシネあとの新刊も楽しみにしてるで!」
「がんばるよ!」
その時、ADから声がかかる。
「ケンタさーん! そろそろスタンバイを」
「わかりましたー!」
ケンタは手を振って小走りに立ち去る。
「借りは返す、か」
今回の台本を眺める。
復活したダークウィドウはなんらかの思惑があり、人を害する行動をしていなかった。
それどころか他の復活した怪人とやりあう始末。
ダークウィドウは紅破との対決になるが、そこに割って入る者こそ映画でダークウィドウに助けられたガントレットストライカー嵐牙であった。
怪人の姿で話が進むので更紗の出番は少ない。
あとで声をあてないといけないので、真剣に演技を見入る更紗だった。




