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第23話 クランクアップ

「ダークウィドウ! お前はまだ間に合う!」

「私はもう戻れない。――お前と違ってな。永遠の若さを願った浅はかさ。嗤うがいい」


 ダークウィドウは秋月環を見下ろしながら宣言する。


「救いがあるというのなら。この身を討ち滅ぼしてみよ」


 ダークウィドウはネックレスに触れる。


「ダークウィドウ!」


 秋月環は目を逸らす。化け物に変身するダークウィドウを見たくなかったからだ。


「最後に告げる。――お前は死ぬな。秋月環」


 そういってネックレスを掲げるダークウィドウだった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「はい。カット! 二人ともいいよー!」


 監督は上機嫌。

 イメージ通りの映像を撮れたからだ。


 二人はいったんその場を離れる。


「あー。緊張する」


 ようやく息を吐き出せた更紗。


(ダークウィドウは永遠の若さを欲して怪人になった。もう狙いすぎじゃない脚本! 横原さーん!)


 あまりにも更紗によった設定に変更されているが、気のせいだと信じたい更紗だった。


「ダークウィドウも板についてきたな」


 蒼真が笑いかける。


「新人女優には精一杯!」

「俺も初撮影日には緊張してガチガチだったよ」

「そうだよね」


 二人は楽しげに笑う。


「次のシーンで最後かあ」

「あと一回収録あるって」

「別取りだよね。撮影はシーン順ではないって知っていたけど実際やると難しいね」

「慣れるよ。次回の企画も上がっているし」

「おお、すごいー」

「いや。黒井サラがだよ? Vシネマって聞いたかな」

「え? 聞いていない!」


 人気キャラや外伝エピソードはVシネマ系の番外編が制作される。

 歴代ガントレットストライカーの人気は、この番外編の多さが如実に直結する。人気が出なかったら、Vシネマも少ない。


「映画のインプレ映像も好評らしいから早めに動きがあるかもって。監督がいっていた」

「本当なら嬉しいな」

「いよいよ女優黒井サラの本領発揮だな」

「やめてー」


 そんな二人の空気を、周囲のスタッフが和やかに観察している。

 天海ソウはいつも空気が張り詰めていた。黒井サラが現場に入ることで、和やかになっているのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 倒れているダークウィドウ。


「ダークウィドウ!」

「私は敵だぞ」


 口から血を垂らしながら、苦しげに秋月環に告げるダークウィドウ。


「――お前は生きろ。秋月環」


 そう呟いた瞬間、力を無くして崩れ落ちるダークウィドウ。

 死ぬな、から生きろへ。彼女の心中はいかに。


「愚かな女だ。せっかく永遠の若さを授けてやったのに」


 凶悪な様相をした怪人が出現する。


「ラゴウ! 貴様が彼女を騙した! ダークウィドウは知らなかった。若さを保つのに他人の命が必要などと!」

「それぐらいの代償は必要であろうさ。いい見世物になった。ガントレットストライカー嵐牙もいない。あとはお前だけだ。ガントレットストライカー紫雷!」

「誰が死んだって?」


 高笑いするラゴウの哄笑が止まる。


「疾風! お前生きて……!」

「ダークウィドウが助けてくれたんだよ。向こう見ずな秋月をなんとかしてやれってな! 行くぞ環。まだ戦えるだろう?」

「……わかった。装着!」

「装着!」


 二人がガントレットを装着した。




「はいカッート!」


 監督の一発OKが出た。

 起き上がり、ほっとする更紗。


 蒼真の差し出した手を取り、起き上がる更紗。


「これで私は映画だと塵となって退場になるのね。楽しみ」

「あと1シーン撮影が残っているよ。油断は禁物」

「はい」


 素直にアドバイスを受け取る更紗。


「さすがは先輩やな」

「茶化すな健太」

「次は疾風とダークウィドウの回想シーンやで」

「そうなんだよねー」


 最後の1シーンは別撮り。殺したはずの村雲疾風をダークウィドウが助けるシーンだった。


「俺にもそんなシーン欲しいな」

「こらこら。俺を睨むな。脚本やし」

「横原さん、最初のプロットよりもかなり実際の俺達に寄せてきている気がする」

「ソウさんも? 私もそう思っていた」

「感じるよなー」

「完全に身内ネタやんな」

「演技はしやすいよ! 横原さんに御礼をいわないと」

「映画の打ち上げもあるから一緒に」

「はい」

「おい。俺も混ぜんかーい」

「そうだな」


 打ち上げはみんながいる場だ。むしろ健太がいてくれたほうがいいと判断する蒼真だった。


「あと一回か。撮影がつつがなく終わりますように」


 そう願う更紗だった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 


 暗がりのなかで目覚めた村雲疾風は周囲を見渡した。最後の記憶は変身したダークウィドウに崖

 ロープのようなものでがんじがらめにされている人々がいる。

 変身用ガントレットも傍に置かれている。破壊はされていないようだ。


 彫像のように立つダークウィドウに気付いた。


「ダークウィドウ!」


 ダークウィドウは疾風にはあまり興味なさそうに一瞥をくれるのみ。


「なぜ俺を助けた? さらわれた人々も生きている。何故だ」


 ダークウィドウには、若かりし頃の弟が映し出される。

 その人物は秋月環にうり二つだ。


「姉さん! もうやめてくれ!」


 その幻影を無言で眺めるダークウィドウ。憂いを帯びた顔はどこか寂しげ。


 それも束の間。いつしかその幻影も消えていた。


 残された疾風を見下ろしながら告げる。


「――お前にはやるべきことがある」


 ダークウィドウは踵を返し、立ち去ろうとした。


「やるべきこと? 何を! こたえろダークウィドウ!」

「自分で考えろ」


 振り向かず、ただその場を離れていくダークウィドウ。

 去りゆく女を見送るしかできない疾風。


「くそ。やることがあるならこの拘束を解いていけっていうんだ。みんな、待っていろ。今助けてやるからな」


 ガントレットを口にくわえ、もがく疾風だけが残された。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はいカッート! 三人ともいいよー!」


 監督の上機嫌な声がスタジオに響いた。

 一発OKだった。更紗はほっとなでおろした。


「お疲れ様サラさん」

「ありがとう健太さん」


 現場では健太さんと呼ぶようにしている。公私の使い分けは肝要だ。


「お疲れサラさん」

「ソウさん。お疲れ様。ちょっと感情を込めてたよね?」

「バレたか。そっちだって」


 指摘されて照れくさそうに笑う蒼真に、周囲のスタッフがぎょっとする。そんな天海ソウは初めてみたからだ。


「この脚本だとねー。感情移入するから。でも台詞が少なくて良かったー」


 出番は五分程度と聞いてはいたが、その五分でも数日の日数を要している。

 更紗は四回西宮から上京して撮影に臨んでいる。


「これで私はクランクアップだー」

「まだまだ。仕事は入ると思うよ」


 蒼真がくすりと笑う。


「なんで?」

「CMの話は聞いてない? トークショーやイベントも一緒に出ることになっているよ。サラさんの都合がつけば、だけどね」

「聞いていない!」


 初耳だった。特撮のVシネマは貴重なストーリーだ。

 よもや自分が供給源になるとは思いもしなかった更紗。


「そこは……俺の尻拭いというか。例の案件で。社長がガントレットストライカー紫雷の仕事に結びつけたというか」

「如月社長、やり手すぎる。でも私なんか何いてもいいのかな」

「何をいっているんだ。ダークウィドウへの期待は高いそうだよ」

「えー!」


 そんなことは聞いていない更紗である。

 実際、先ほどの撮影は特急で仕上げた、製品版に近いものだ。


「がんばらなあかんな。俺も手伝うで。事務所が許せばだけどな」


 別事務所の健太は、ガントレットストライカー紫雷本放送終了後はドラマの打診も入っている。当然だった。


「私もできる範囲で頑張るよ。そろそろ身バレしないか心配になってきた」


 メイクは完全に別人。声は低くなるよう、加工が入る。

 イベント以外はあまりメイクしない更紗だ。知人でも気付く者は少ないだろう。


「大丈夫大丈夫。黒井サラが出るときは必ず俺も一緒だ」

「頼もしいです!」

「俺さんざんな役割やな」

「現実と一緒だな」

「おいこらソウ!」


 和気藹々と話している三人をみて、スタッフの間も和やかな空気になる。

 黒井サラは天海ソウの母親の友人ということはもう知れ渡っているが、天海ソウの空気が柔らかくなり、どちらかというと姉か彼女のような存在だと感じているのだ。


 黒井サラは新人ということもあって、天海ソウや村上健太どころかスタッフみんなに敬語で接する。社会経験を積んだ女性なのに、変なところで子供っぽい。

 監督も含め、黒井サラを悪くいうものはいなかった。


 今度は健太の撮影になり、更紗は少し離れた場所に座っている。


(思えば推し二人相手に演技することになったもんね。もう燃え尽きてもいいや。これ以上の体験なんて二度とないって断言できるし)


 遠い目をする更紗を、目敏く見つける蒼真。


「時々、遠い目をするよね更紗」


 はっとして隣を見ると蒼真が笑っている。

 ジュースのペットボトルを差し出された。


「ありがとう」


 受け取ってペットボトルを開けるようとすると、すでに緩んである。気を利かせているのだ。


「そういえば一つ朗報があるんだ。事務所に大谷さくらから俺に関わらないという誓約書が届いたよ」

「それは朗報だね!」

「スポンサーとマークシープロダクションがTV局へ訴えたからな。撮影した犯人は局内の人間。表沙汰にならないよう向こうの事務所も必死だ」

「終わったんだね」


(そして私もクランクアップだ)


 更紗は大きく息を吐いて、また遠い目をした。

 そんな更紗を蒼真が気付かないはずがない。


「終わっていないからな。これから始まるんだ」


 顔を寄せて耳元でぼそっと囁く蒼真。


(この不意討ちは卑怯!)


 顔が真っ赤になって狼狽える更紗。周囲にスタッフまでいるというのに、なんという奇襲を仕掛けてくるのだろう。


「終わりが近付いて不安になっていただろう? 俺もそうだよ。燃え尽きないように仕事を入れるんだ。社長もそれを見越している」

「私は動機が不純で」

「動機に不純も何もないさ。今ここで仕事をしている女優は黒井サラなんだ」

「ありがとう」

「不安にならないで。俺は絶対手を離さないから」

「うん」


(蒼真さんはしっかりしているなあ)


「落ち着いたら環とダークウィドウの話を書いてよ。俺が売り子するからさ」

「会場がパニックになるよ!」

「芸能人が売り子する機会も増えているというしね? 描かない?」

「描く!」

「決まりだ。時間を取らないとな。いつもおつかいを頼んでばかりで、自分で行ったことはないからさ」

「だからパニックになるって」


 更紗は苦笑した。本気で売り子をしたがっている。


「昔はゴスで売り子していたなー。あの頃に戻れたらとは思うよ」


 その言葉を聞いて、じっと更紗を見詰める蒼真。


「な、なに?」

「更紗。よく聞いてくれ。俺はもうさらさおねーちゃんは見ていないんだ。もちろん大切な思い出だけどさ」

「え?」

「一緒に共演した女優黒井サラ。今の更井更紗しか見ていないんだよ。信じてくれないか」


 更紗から視線を逸らさない蒼真。


(もう無理だな。蒼真君じゃない。私も女性として水野蒼真と向き合わなければいけないね)


 更紗はうっすらと微笑んだ。蒼真を信頼していることを伝えるために。


「うん。信じます」


 もう立派な男性なんだと改めて実感する更紗。

 不安になる彼女をリードしようとしている。


「どちらが年上かわからないね」

「精一杯背伸びするさ。――更紗のためならね」


 最後はぼそっと、周囲に聞こえないように囁いてきた。

 その瞬間顔が真っ赤になる更紗。


「ちょっと待って。撮影中でしょ」


 みんな慌ただしく働いているので、彼らに視線を向けるものはいない。もしくは見て見ぬフリをしていてくれているのだろう。

 ほっと胸を撫で下ろした。


「あはは。またあとでね」


 蒼真は手を軽く振り、振り返す更紗。


 更紗だけは知らなかった。

 すでに監督を含め、周囲にバレバレだということを。


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