第22話 報復
如月遙花は山手線で東品川に向かった。
大口スポンサーへ今回のあらましを説明するタメだ。
事前に資料を作って配布できるようにしてある。セキュリティが硬いため、部外者では上層部に添付ファイルは届かない。
厳重なセキュリティは世界に誇るエンターテインメント企業だと実感させるものがあった。
IPを統括する部署の担当者と、玩具や模型を統括する役員など錚々たる面々が参加している。
「資料を見る限り、天海ソウ君と大宮さくらさんはほぼ接点がない。そういうことで間違いないのですね」
「当事務所からテレビ局へは共演NGの通達も出しております」
「そこまでするかね。双方のキャリアに傷がつくから避けるようなものだが……」
「事実無根。しかもTV局内のスクープ。加えて、写真からもわかるように天海ソウはむしろ大宮さくらさんを苦手としています」
「そうだな。恋人に向ける視線ではないね」
別の役員も記事の写真をみて納得したようだ。
「それでもこれは天海ソウに絡む不手際。心よりお詫びもうしあげます」
「災難だったことはわかるが、売上がね。今まで好調だった分、急停止する恐れもある」
実際には些細なトラブルなので、そこまでの売上は響くことはないと思うが1%でも莫大な金額になりかねない。玩具流通は非情にシビアな世界だ。役員は遙花に知ってもらいたかったのだ。
「そこで天海ソウからのご提案なのですが、積極的に玩具のCM、イベントに参加させていただけないかということです。スケジュールの都合さえあえば、駆けつけると」
スポンサーたちが視線を走らせる。そこまでしてくれる俳優はなかなかいない。
「イベントは大歓迎だな。て子供たちとのふれあいイベントやアミューズメント系のイベントになるが、それでもいいのかい?」
「構いません。天海ソウは歴代のガントレットストライカーオタクでもあり、恩人から受けた『ガントレットストライカーは子供たちのためにある』という言葉を大切にしています」
「嬉しいことをいってくれる恩人だね」
「母親の友人とのことです。その方がガントレットをプレゼントしたことが彼の原動力なのですよ。ガントレットストライカーシリーズの熱心でして。奇縁で今は私の事務所に所属する女優です」
「本当かい? 母親の友人ってことも驚きだが女優もしているのか」
「本当です。ここだけの話、天海ソウの初恋ですね。あの子が大宮さくらさんと無関係と断言できるのはこのことからもいえます」
「これはまた甘酸っぱい話だな。アイドルと特撮オタクでは話が合うわけないだろうな。事実無根という何よりの証拠だ。その女性とソウ君はどうなんだね?」
「女優は兵庫在住でそう簡単に会えません。それに……先ほども申し上げました通り、母親の同級生になりまして34歳です。年の差もありまして簡単には上手くいかないでしょうね」
「17歳と34歳か。もちろん天海ソウ君がガントレットストライカーを愛してくれていることに疑ったことはないですよ」
「はい。彼の熱意は本物です」
役員の言葉に特撮IP担当者も同意する。
「そしてその女優が次の映画でダークウィドウ役を担当します。監督と脚本の方が気に入ってくださいまして」
「次の映画か! はは。それはいいですね。どうせスキャンダルならガントレットストライカー内部で成立して欲しいものだ」
「取締役。その発言は……」
取締役の言葉に慌てる担当者。コンプラにおいても年の差関係は問題になりやすい。
鷹揚に構える取締役。こんなことでは動じたりはしない。
「オフレコだぞ。いっそ二人に映画版の玩具の宣伝を担当してもらってはどうかな」
「二人とも喜ぶと思います」
「二人とも、か。ダークウィドウのアクセも作りたいな。ほら、母親層に訴求できる」
「それはありですね。ねじこみますか」
まったく別の方向に話が進んだようだ。しかしこんなことはよくあること。
「大宮さくらとはありえませんが万が一、その二人がスキャンダルに発展するようなら、その時はお仕置きをお受けいたします」
「申し訳ないが、その時は主婦層へのアピールに使わせてもらうよ。夢があっていいだろう?」
「そうですね。マーケティング的にも三十代四十代女性層の影響力は大きいです。良い意味で、今回の大宮さくらとは比較にならないほど影響力はあると思います。夢はありますので」
「大いに利用してやってください。もっとも女優のほうは分別がある女性ですので、天海ソウが攻略できるかは彼次第です。何せ若いので」
「そうか。頑張って欲しいものだ。できれば番組が終わったあとでね」
「それはもう。私共も今シーズンのガントレットストライカーを任された身です。貴社のパーパスに沿ったご提案をしていきたいと思います。また今後のゲスト出演も率先して引き受ける所存です」
スポンサー側の人間も顔には出さないが満足する。芸能事務所の女社長は、パーパス――企業の存在意義や理念に沿った動きをすると宣言したのだ。
「大宮さくらの件。私共としては今回の件、決して引くつもりはありません。天海ソウどころか彼の夢でもあったガントレットストライカーの名を汚そうとした者を許すわけにはいかないのです」
「では如月さん。そこは私共の法務部と協力して行くのはどうかな。事実無根ならなおさら。ガントレットストライカーという看板を守ることは我々の仕事でもあるからだ」
「喜んで。是非ご助力を賜りたく存じます」
「そうかしこまらないでください如月さん。ところでダークウィドウの女優と、現状の撮影具合を聞かせてください。今からグッズの検討を始めてもアクセや玩具のモックぐらいならすぐいけるだろう?」
大企業の役員ともなれば腰は低いのだ。
「ギリギリ間に合うかどうかですが、そういうことでしたら間に合わせます」
玩具担当者は内心胃を痛めつつも承諾した。たんに面白そうだからだ。近年のブームで女性向けのキャラクター商品も数多く取り扱っている。アクセの一つや二つぐらい、余裕だ。
「ダークウィドウ役の女優は黒井サラ。奇しくも役側は主人公の秋月環に死んだ弟と重ねてしまうという、姉キャラで――」
遙花が映画と更紗のことを語り始める。
担当者たちは商品のヒントにしようと、詳細にメモを取り始めていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
大宮さくらとマネージャーは社長室に呼ばれた。
アイドルにスキャンダルはつきもの。さくらはとくにこれが初めてというわけでもない。
しかし今回は様子が違った。
「面倒な相手に手を出したなお前ら」
社長が憎々しげに二人を睨む。
「申し訳ありません」
さくらは素直に謝罪する、ここはとにかく頭を下げてやり過ごすしかない。
「局の人間から聞いたが、天海ソウは大宮さくらと共演NGという通達をマークシープロダクションが各社に通達した。TV局も受け入れる。当然だな。局内で撮られた写真が外に出回ったんだからな」
さくらは無言。話を聞いている。
「局内の防犯カメラで犯人も割れた。歌番組のADで、さくら。お前がよく知っている男だ。二人が廊下で話している姿も確認した。そいつはすでにクビになったよ。そいつが誰に指示されたかは、武士の情けというヤツだな」
つまりTV局側はADに責任全部押しつけて事なきを得ようとしているのだ。
タレント事務所にも影響するので、内々に処理したということだろう。
「それは……」
ADが解雇という事態になって、青ざめるさくら。
「TV局の信頼が揺らぐということの重要性を理解していないようだな。歌番組を病欠でサボるのとはわけが違うんだぞ」
能面のような表情のマネージャーは無言を貫いている。
この件は社長、さくら双方から知らされていなかったからだ。
「共演NGの通達は上月健太。刀塚弦義とejjiからも通達された。共演中だった番組の出来事だからな。当然だろう」
「なっ! なんでその二人が!」
その四人からの共演NGは、大宮さくらが使いにくいタレントということが確定したことになる。
「関係性だろうさ! 少しは自分の頭で考えろ!」
社長はとにかく辛辣だった。
「こんなものは序の口だ。マークシープロダクションと大手エンターテインメントグループの法務部が共同でTV局と週刊誌の出版社に対して訴訟準備を始めた。敗訴したら請求はうちに来るだろう」
「申し訳ありません」
「そしてな。来年のアニメ主題歌のコラボ。無くなったよ。スポンサー企業の関連会社が制作委員会にいるからな。あの音楽レーベル自体、ガントレットストライカーの関連企業だぞ。新曲はお蔵入りか、単品で出すしかないだろうな」
「うそでしょ……」
かなり大きな案件だったはずだ。
「あの子供向け番組にそこまでの影響があるというのですか?」
その言葉を聞いた瞬間、マネージャーの顔が蒼白になり、社長の額に青筋が浮かんだ。
「ただの子供向け番組だ。五十年以上続いている、な。影響力があるに決まっている。子供たちの親、祖父母世代にも強く影響するし、スポンサーの現役主力世代だ。そんなこともしらんかったのか」
溜息をつく。小娘に何をいっても仕方ないと悟ったのだ。
「さくらのレギュラー番組からスポンサーも二社ほど消えることになった。本当にやらかしてくれたな」
「申し訳ございません」
今はもうただ謝罪を繰り返すしか無いさくらだった。
「あの記事一枚でこれだけの影響があったということだ。正直にいうとな。共演NGなんざ軽いほうだ。訴訟に関してはタレントを守る義務がある。表沙汰になる前に我が社から示談に持ち込むしかない」
「申し訳ありません」
繰り返すさくら。彼女には想像がつかないほどの金額なのだろう。
「仕事が減るとは思わないことだ。むしろ増やしてがんばってもらうしかない」
「がんばります」
「我が社も君のプロデュース方法を根本から見直す必要があるんだ。まずは地方巡業、イベント、ローカル番組のMC。もう変な気を起こさないよう片っ端に仕事を入れる。有名グループ入りしてもらい、醜聞を少しでも軽くしたい」
「え…… グループですか……」
このグループ全盛時代、ソロでやっていることがさくらの誇りだった。
「少数グループがいいなら、メンバーでドサ廻りもしてもらう」
「……すみません。ドサ回りってなんでしょうか」
得体の知れない言葉に不安を隠そうともしないさくら。
社長も溜息をつきながら思い直す。令和の少女がそんな言葉を知るはずもない。わかるように伝えなければいけない。
「地方巡業をやってもらう。アイドル一人が巡業しても人は集まらんよ。さくらの嫌がっていた、バラエティ番組にも出演してもらう」
「バラエティ落ちですか……」
グループとバラエティ落ち。さくらにとってもっとも屈辱的な措置だった。
「幸い共演NGを出したタレントたちはまずバラエティ番組には出ない。さくらの露出が減って人気が落ちきる前の滑り止めだ」
社長なりに露出が減るであろうさくらの人気をどう維持するか対策しているのだろう。
「それとも引退するかね。移籍なら違約金と、我が社が負担した金額の一部は負担してもらうことになるが」
さくらは顔面蒼白だ。
「いいえ。やります。全部こなしてみせます」
「よろしい。二度と変な気は起こせないでくれよ」
二人は社長室を退席した。
「馬鹿なことをしたもんだ」
普段は大人しいマネージャーが、冷たいまなざしで吐き捨てるようにいった。なによりこれが堪えたのだった。