第21話 ゴシップ
番組の収録が終わった。
蒼真はさくらに呼び止められた。
「もう帰るの?」
「そうですよ」
適当に流して通り過ぎようとすると、腕をつかまれた。
「待って。少しぐらいお話してもいいでしょう?」
「明日、収録早いんで」
「私もだよ!」
なかなか腕を放してくれないさくらに、苛立つ蒼真だがそこはポーカーフェイスで通す。
アイドル相手に突き飛ばすわけにもいかない。
「友達になるぐらいいでしょう? それにほら。合コンとかもできるよ」
「興味がありません」
とりつく島がない蒼真に、さくらは懇願する。
「せめてアド交換だけでも」
「大人気アイドル相手に恐れ多くて、話す話題もありません。申し訳ない」
「手に届くアイドルだっているんだよ?」
「不要です。俺は子供たちのヒーローになりたいだけなので」
さくらほどのアイドルなら、蒼真がいかに子供っぽいことを言っているかよく理解するはずだ。
しかしさくらには口実に過ぎないと思われたようだ。
「子供好きってモテるでしょー?」
ますますさくらに引く蒼真。何を言っても自分に都合がよい風に解釈してしまうのだろう。
仮面のような無表情を顔にはりつけ、横を通り過ぎる。
「いっちゃった。ま、いっか」
いたずらっぽく笑うさくら。
仕掛けは施したのだから。通路の奥から目をかけているADが、スマホを片手に怯えた表情で姿を現した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
週刊誌に天海ソウの疑惑が報じられた。
さくらと熱愛! や局内で腕を掴んでいる現場を週刊誌にスクープされたのだ。
「申し訳ありません」
蒼真の謝罪先はマークシープロダクション社長の如月遙花だ。
ゴシップ記事などガントレットストライカーにあるまじき失態だ。
「しつこいわねえ。あの子も。それぐらいじゃなきゃトップアイドルにはなれないか」
溜息をつく。さくら対策は万全を期していたはずだ。
すぐさまテレビ局にクレームを入れてマスコミ向けに通達文を流す。スクープ写真は局内の撮影だからだ。
「誰かしら。いい度胸ね。マネージャーかしら。いいえ。これはきっとADか小道具系の人間ね。マネージャーにこんな写真を撮影させるにはリスクが高すぎるもの。使い捨てのスタッフによる仕業かな」
「使い捨てって」
「あなたと大宮さくらの接点はあの番組だけ。そしてこれは局内の写真。誰の仕業かだなんてすぐに特定できるわ。TV局なんて監視カメラだらけだから」
「それはそうですが……」
「みてごらんなさい。あなたの顔。無表情で無関心。これで恋人といっても信用しないし、おそらく記事を書いた記者もそう思っているはず」
「ではなぜ!」
「人気特撮俳優とトップアイドル。集客力が高い組み合わせね。サイトのインプレも稼げるしいいお金になるでしょう」
冷たく言い放つ遙花。当然先方の事務所にもクレームは入れてある。
「その……俺に怒らないんですか?」
どんな形であれ、ゴシップ記事にされてしまったことは失態だ。挨拶して強引にでも振り払うべきだった。
「あなたが更紗さん一筋だなんて私が一番よく知っているわ蒼真君」
あえて芸名の天海ソウではなく、蒼真と呼ぶ遙花。
「冷静な対処よ。よく我慢したわね。あなたが怒って強引に大宮さくらの手を振り払ったなら、記者は痴情のもつれとして書き殴ったでしょうね?」
「そこまで……」
自分の考えを遙花に読まれて、甘さを思い知る蒼真。
「芸能記者ならやるわ。火のない所に付け火するのが大好きな人たちですもの」
蒼真は改めて芸能界の恐ろしさを身に染みて思い知った。いかに守られていたかということも。
「今までの経験で言えば、大宮さくらの自爆ね。あなたのファンが抱く敵意はさくらに向くわ。もちろんあなたも多少は覚悟しておいてね」
「はい」
「大宮さくらのファンはおそらく興味がない。推しが恋愛したぐらいで泡を吹くような男のドルオタは十年以上前に壊滅状態よ」
遙花はどこまでも辛辣だった。
「番組への影響が心配です」
「多少は影響あるでしょう。スクープするならせめて繁華街で撮れってこと。まったく」
「こんなことをして彼女にどんなメリットがあるかわかりません」
「さあ? そんなことは彼女以外誰にもわからないわ。振り向かない天海ソウにむかついただけかもしれないし、手に入らないなら壊してしまえと思ったのかもしれない。炎上商法の一種かもしれない。あなたと更紗さんを不安にさせることかもしれない。私は単に、思いつきで行動しただけだと予想しているけど」
「そんなことで?」
「そんなもの。トップアイドルが、だなんて思わないこと。トップアイドルだからこそ手に入らないものに執着するのかもしれないわね」
「よくわかりません」
「理解する必要もないわ。それはガントレットストライカーに不要なもの。第一ね。局内の管理責任が問われる重大案件よ。私も手が打てるわ」
「どんな手を打つのですか?」
「共演NG」
その言葉は重く、辛辣なものだった。
「スポンサーも含めて通達するの。事実無根ですってね。だから今後天海ソウと大宮さくらは共演NG。局内でのスクープ写真だもの。他のテレビ局にも有効よ。だって自社局内で同じことが起きる恐れがあるってことなんだから」
遙花はスポンサーにも直接説明に回るつもりだ。ガントレットストライカーの看板はそれほど重いのだ。
大手エンターテイメントグループや自動車会社、事務用品関係。スポンサーの規模には関係なく、アポは取り付けてある。
「余計恨みを買いませんか」
「どっちにしろ恨みを買っているもの。ならせめて表舞台での接点をすべて根絶やしにするだけ。――更紗さんが心配なのね」
「はい」
渋面を隠しきれない蒼真。
(あらやだ。この子にこんな顔をさせるなんて。覚えておきなさい大宮さくら)
内心はおくびにも出さず、話を続ける。
「黒井サラはマークシープロダクションの女優よ。社長である私が守る」
「ありがとうございます」
「感謝は不要よ。あなたはよりガントレットストライカー紫雷に専念して」
「もちろんです」
深々と頭を下げる蒼真。演技で汚名をそそぐしかない。
蒼真がでていった社長室の扉を冷たい目で見詰める遙花。その視線の先にある姿は、大宮さくら。
「これからが本番よ」
モニタに映るスケジュールを確認しながら冷たく言い放つ遙花だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
更紗は蒼真からの電話に飛び付いた。
「更紗?」
「蒼真さん大変だったね」
週刊誌のゴシップ記事だ。モノクロでも蒼真の表情を見ればかなり嫌がっていることは見て取れる。
「誤解されずに済んで良かった」
「そんなこと疑わないよ。番組中だって特撮の話があざとくてイラっときたし!」
「それな」
大宮さくらが最近ハマっているものと聞かれて特撮と答えたことだ。
昔から男受けする趣味をアピールするアイドルはいた。もちろん本物のオタもいたが、多くは付け焼き刃が見え透いているのでファンの岩盤層にはなりにくい。それよりも大きなファン層を獲得しないとどのみちアイドルとしては長くない。
「私はさくらさんのことで不安になったりしないから安心して」
「わかった。次の撮影を楽しみにしている」
「うん。がんばろうね」
一通り話し終えて電話を切る更紗。
さくらのことで更紗は不安になったりはしない。
本当の不安は――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
撮影で忙しい蒼真よりも先に如月遙花から電話があったのだ。
今回の件のあらましや、対処方法もだ。
「大丈夫よ。更紗さん。大谷さくらが勝手に暴走しているだけだから」
「はい。わかっています」
心斎橋の件や楽屋での出来事を思い出す更紗。
「それにね。あなたの本当のライバルは、あなた自身もわかっているでしょう?」
「え? 私のライバルですか?」
「そう。今のあなたのライバル。それは一〇年前の自分。更紗おねーちゃんですよね」
「……はい」
芸能事務所の社長は人の心まで読み取れるのだろうか、と思う更紗。
更紗の葛藤を言い当てた。
「十年前の自分はまだ学生で。社会のことも何もしらなくて。だからこそ当時の蒼真君と同じ目線でいられたと思うんです。でもそれは彼に若い頃の私を印象付けてしまった。いつ幻滅されるか、不安で仕方がないんです」
「あの子はまだ、自分の言っていることの残酷さに気付いていない。あなたはよくやっているわ更紗さん」
「ありがとうございます」
(残酷、か。そうだよね。悪気は絶対ないんだけれど。やっぱり年齢は不安にさせる)
「それにね。安心していいわ。今のあなた、黒井サラは更紗おねーちゃんに負けてなんかいないんだから。自信をもって。って持ちにくいか」
「はい。自信をもてといわれても、不安で」
もとより自己肯定感が低い更紗に対して自信をもてといわれても根拠もないのだ。
「黒井サラならどう? どんな形であれ、あの子と同じステージに立った。言葉通りのね。そんな人、そういないわ」
「でもそれも、皆さんの助力があってこそで」
「違います。あなたに何の魅力も無ければ私も含めて皆さんは助力しません。芸能界はそんな甘いところではないんですよ」
言葉はきついが、口調は穏やかだ。
「私に……」
「若いだけの更紗おねーちゃんには無理です。加齢は等しく平等であり、どう生きるかも大事です。天海ソウと再会したあなたの交流、人柄、魅力。一つではありませんよ。脚本家へのアピールも良かったですね。これはあなたの実績であり、武器です」
「武器ですか」
「ええ。大宮さくらなんて目ではありません。それどころか、更紗おねーちゃんに勝てる武器です。それを卑下することは私ではなくて天海ソウが許しませんよ」
「……ありがとうございます」
昔の自分に勝てる武器。
気休めなのかもしれないが、遙花の言葉には力があった。
「天海ソウと蒼真さんを信じます。そして黒井サラも」
「よろしい。期待していますよ。黒井サラ」
二人は電話を終えた。
(昔の自分に勝てる……? 今の私が? でも黒井サラはガントレットストライカーの女優で、確かに昔の私では無理だったと)
枕に顔をうずめて考える更紗。
(芸能事務所社長って凄いんだな。こんな私でも、まだ頑張れそう)
そう思って思わず笑ってしまう更紗だった。