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第18話 撮影開始

 美田については遙花も言及した。


「美田さんと一緒に仕事をする機会はそう遠くないわ。それよりも明日のお仕事ね。更紗さん、今日はもう上がっていいわ」

「わかりました。お疲れ様です」

「送ってくよ」


 立ち上がろうとする蒼真を更紗が止めた。


「ダメですよ。もう同じ事務所なんだから、ね。また明日会いましょう」

「わかった。また明日」


 更紗が先に社長室を出て、遙花と蒼真が居残った。


「サラが良識ある大人で良かったわ。あなたもヒーローなら一般人の惚れた女一人、守ってみせなさい」


 微笑みを浮かべて遙花が蒼真に告げるが、目は笑っていない。


「もちろんです」

「ようやく再開できて我慢できなくなる気持ちもわかるけどね」

「大丈夫です。ずっと待っていたんです。まだ待てますよ」


 遙花は口に出さなかったが、こうも思う。


(本当はね。更紗さんのほうがよほど困惑しているのよ。私だって同じ立場なら、推しが自分のことを好きだなんて信じたりしないもの)


「あなたも明日のロケに備えて。最終回より前に映画の収録は始まるんですからね」

「わかりました」


 蒼真も部屋から出て、退勤の準備を始めた。


(男の子にはわからないでしょうね。三十代半ばってね。焦燥感半端ないのよ。いえ、更紗さんはある種の諦め、いっそあなたの夢と心中するつもりかもね)


 遙花は更紗のことが他人事とは思えない。

 傍から見ればある種のシンデレラストーリーにも見えるかもしれないが、現実は残酷だ。人気特撮俳優と地方在住OL。住む世界が根本的に違う。見える光景から何から何まで、違う。

 普通の人間なら、そんな夢物語のために東京と関西を往復なんてしない。


(かつて面倒を見た子供、というのが更紗さんの選択肢を狭めている。そこまで割り切れないわよね)


 今は周囲が蒼真のために、全力で力を貸している。更紗のためではないのだ。その事実が更紗を軽く追い詰めている。

 それは社長である遙花も同じ事がいえる。


(きっと蒼真は更紗のもとから旅立つ。そうならない確率は宝くじをあてるぐらいとおなじでしょうね。そんなこと、更紗さん自身がよくわかっている。わかっていないのは蒼真だけ)


 それでも、と遙花は思い直す。


(年下俳優と一般OLの恋愛。そんな夢があるおとぎ話が一つぐらいあってもいいじゃない。私はそう思っていますよ。更紗さん)


 溜息をついたあと、またあの言葉を呟いた。

「惜しげくもなし。年齢って残酷よね。あーあ。私も年は取りたくないわ」

 遙花は自分のカップに紅茶を注ぎ、遠い目をしながら窓の外をぼんやり眺めるのだった。

 


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ロケバスに乗り、ロケ地に向かうガントレットストライカー紫雷スタッフ。

 更紗は、市街地で暴れまくる怪人たちに襲われる市民という役柄だ。服装は一般人そのもの。メイクも自前のみだ。


 階段付近の踊り場で歩いているエキストラたち。更紗もその一人だ。

 合図とともに、決められた台詞を叫ぶ。


「きゃあー」

「うわぁー」


 悲鳴をあげながら逃げ惑う一同。


「はいカット!」


 今日の出番はこれで終わりだ。これだけで1時間近くかかっている。


「お疲れ様でした」


 マネージャーの律子がペットボトルを差し出してくれる。


「ありがとうございます」

「私に敬語はいいですよー」

「そうもいかなくて。でも今日は生収録を間近で見学できるんですから、役得ですね!」

「相変わらずですね。ええ。しっかりと眼に焼き付けてください。後学のためにも!」

「そうでした!」


 自分にも無口とはいえ、名前があるキャラが与えられる。 

 改めて震え上がるような気持ちになる。


(でも…… でも……! 目の前に二大ヒーローがいるの!)


「くそ。プネウマを取り込んだヤツは無敵か!」


 胸を押さえた蒼真が呻いている。


(これってネタバレじゃん!)


 見学中、そわそわする更紗。特撮好きの血が沸き立っているのだ。


「そんなところで倒れるのか秋月環? お前を倒すのは――この俺だ!」


 健太が演じる村雲疾風が登場し、蒼真の前に仁王立ちする。


「まだ装着できるだろう。戦う意志がないならすっこんでろ」

「やってやるさ!」


 二人は同時に同じポーズを取り、叫ぶ。


「装着!」

「装着!」


 手甲をはめ、仁王立ちする。


「はい。カーット! お疲れー。いいよー。二人とも! リハよりもよくなっているよー!」


 監督が二人の演技を褒める。まめに褒めて役者を育てるタイプの監督のようだ。


(うわぁ。今すぐ家に帰ってラフ切りたいー)


 生で収録現場をみる衝撃に、心ここにあらずという感じの更紗に対し、心配して顔を覗き込む律子。


「大丈夫ですか? 本当に特撮大好きなんですね」

「明日死ぬかも……」

「死なないでくださいね。誰がダークウィドウやるんですか」

「し、死ねない……」

「ほら。あれをみてください。倒れないでくださいね」

「ふぁー」


 律子が告げたあれ。

 それは垓が演じるガントレットストライカー紫雷とライバルのガントレットストライカー嵐牙が並び立っているのだ。


(垓さんだー!)


 特撮オタたる者スーツアクターのチェックも余念がない。


「ガン見してる……」


 いささか律子が引いている。


「は。いけないいけない。演技を学ばないと」

「そうですね」


 慌てる更紗に苦笑で返す律子。いささか暴走しすぎたようだ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「マネージャー。サラさん!」


 蒼真と健太が小走りに寄ってきた。


「お疲れ様です。ソウさん」

「お疲れ様ですー」

「紹介するよ。村雲疾風役の荒上健太だ」

「健太です。よろしくお願いします。サラさん」


 片目でウィンクする健太。どうやら二人は示し合わせたらしい。


「はじめまして。マークシープロダクション新人の黒沢サラです。今後ともよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる更紗。周囲のスタッフは彼らがここで初対面だと思うだろう。

 二人はそれが狙いだった。蒼真だけならいざ知らず、事務所の違う健太や垓まで知人だと、スタッフから変な噂が出る場合だってある。この挨拶でアリバイ作りは完了だ。


「どうだった? 俺たち」

「最高でした! ソウさんも健太さんも!」


 更紗の心からの賛美に、二人も微笑む。


「だろ?」

「嬉しいですね」

「次は私が悪として二人の前に立ちはだかりますね!」


 くすっと笑って、冗談を言う余裕まででてきた更紗。


「ああ。必ず救ってみせる」


 秋月環の演技かかった口調で蒼真が宣言する。


「倒すんじゃないんだな!」

 

 二人の掛け合いはいつものまま。


(本当に私、この現場に入るんだ。ちょい役だなんていわない。全力で、命を賭けないと!)


「映画の撮影、楽しみ」

「サラさんは肝が据わってるなあ。普通、緊張で死ぬんだよ?」

「嘘。やっぱり緊張で死にます」

「こら健太。あまりサラさんを脅かすんじゃない」

「ごめんてー」


 何故か最後だけ関西弁で謝罪する健太。


「打ち合わせで上京する機会も増えるからよろしくお願いします」

「了解。待ってるから」

「俺も。いい映画にしような」


 先に戻るバスに乗り、二人に手を振り別れる更紗。二人は別シーンの収録がある。クランクアップはまだ先だ。

 現実感のない、しかし彼女にとっての幸せが撮影現場に詰められていた。


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