表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

第17話 奇縁

「まだ新人いびりするほどの年じゃないし、人気も衰えてないでしょ。さくらさん。早く個室の楽屋に入れるようになりなさいな」


 困っている更紗に見かねた女性が助け船をだしてくれた。


「人気はありますよ! でも実績がないから大部屋なんです。美田さん」


 きょとんとしている更紗に、美田と呼ばれた女性が声をかける。


「はじめまして。私はスタイリストの美田です。一緒にお仕事することもあると思うから、よろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」

「エキストラですよこの人? その他大勢です」


 知った仲なのか、侮蔑を隠そうともしないさくら。


「エキストラも大切なお事ですから頑張りたいです」


 思わず言い返した更紗。エキストラになりたくてもなれない人はたくさんいる。


「演技も必要ないからエキストラなのよ? わかるぅ?」


 明らかに小馬鹿にしているさくら。

 小声でさくらを叱咤する美田。


「失礼なことをいわないの。誰でも最初は下積み時代なんてあるんだから。――周囲をみなさい。こら」


 わかるぅ? という声に反応した、無名の俳優たちから苛立ちの空気が漂っていた。

 エキストラを大切なお仕事といった更紗が馬鹿にされ、我が身のことのように共感してしまったのだ


「ごめんなさい。下積み時代は私にもありました。失言を謝罪します」


 苛立ちの空気が若干収まった。

 更紗も楽屋内での内緒話に関しては、ほぼ聞かれているという話を耳にしたことはあったが、本当のようだった。


「場違いなのは本当ですから」


 何せ初仕事だ。さぞや浮いているように見えるだろう。


「サラさんも。あなたは立派なマークシープロダクションの女優なんだからね。胸を張って……とはいかないのがこの業界だけど。卑屈になる必要もないわ」

「は? マークシープロダクションの女優? なんで?」


 あまりの驚きに素がでてしまったさくら。

 その驚きように、少し余裕がでてきた更紗だった。


「大変ありがたいことに、色んな方からご推薦を受けまして」


 下手に隠しても仕方がない。正直に、事実だけを曖昧に告げた。


「えー。信じられない。ひょっとしてあま……」

「さくらさん。他人のプライバシーを暴こうとするなんて。それ以上いうと私も怒るわよー?」

「ごめんなさい!」


 素性を暴こうとするなど、芸能界最大の御法度だ。さくらは思わず踏み抜いた。

 美田はスタイリストとして芸能界との繋がりは厚い。いくらトップアイドルのさくらとはいえ、大御所とも関係が深い美田を敵に回したくはなかった。


「じゃ、じゃあ私はこれで」

 

 そそくさと退散するさくら。よくみたら更紗に夢中になって、他の役者たちにも良くない印象を与えてしまったようだ。

 更紗は立ち上がって、深々と頭を下げた。


「本当に助かりました。美田さん」

「そんなに畏まらなくていいのよー。仲良くしてね?」

「はい! 嬉しいです。よろしくお願いします」


 ほっとして少し涙目になった。


「ほら。大丈夫大丈夫だから」

「安心したらちょっと。相手は人気アイドルですし」

「今回はあの子が悪い。新人相手にウザ絡みはいただけないわね。おっと、こんな時間。私も次の準備をしないと。またね」

「またお会いしたいです」

「私もよ。またね」


 手を振りながら、歩み去る美田。

 見送ったあと、パイプ椅子に座っていると、他の女優が大量によってきた。年齢層も様々だが、大谷さくらに思うところがあったらしい面々ばかりだ。


「新人なのに辛かったね!」

「大谷さくらってやな奴だよね。いつも感じ悪かったけど今日なんて最悪。あんな奴に負けないでね」

「エキストラだって大事な仕事ってよく言ってくれたよ! あなたを応援する。いえ、もう推しだわ」


 打ち合わせから戻った律子はいつの間にか女優たちに囲まれている更紗に、いささか面食らうのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 事務所に戻った二人は社長室へ向かった。別の仕事がある律子とは社長室の前で別れた。

 中では遙花と蒼真が待っていた。


「お疲れ様でした。サラ」

「さら……さん。おかえりなさい」


 今や更紗は同じ事務所の、芸名を持つ女優だと思い出し、蒼真も慌てて言い直す。


「社長。ソウさん。戻りました」


 ぺこりと礼を言う。


「つつがなく撮影が終わって何よりです」

「報告は聞いているわ。撮影よりその後が問題よね」

「大谷さくらさんですね。あの人も、ソウさんが好きなのかな」


 何故天と地とも離れたような、人気絶頂のアイドルが自分に絡んでくるか理解できない更紗。

 蒼真が好きで、更紗が邪魔だというならまだ理解はできるというものだ。


「特撮俳優主演のイケメンが自分にまったく興味なかったから、プライドが傷付いたってところかしらねぇ。特撮俳優の主役は誰も持っていないブランド品だしね?」

「彼女のファンだってたくさんいるのに……」

「その他大勢なんて多くのアイドルにとっては数字よ。数字は重要だけどね。熱心なファン一人作れないようならアイドルにはなれないわ。これはソウ君にもいえるんだけど」

「はい」


 苦虫をかみ潰した表情で首肯する蒼真。


「ガントレットストライカーは子供たちのためのもの。でもそうね。それでも数字でも今後の仕事のためにも女性ファンは無視できない存在なんだけど、それゆえに発言や立ち振る舞いは慎重にならないといけない」


 更紗がまさにそうだ。


「私もそうですからね」

「アイドルも同じなんだけど、大谷さんはその辺自覚がないか、抑えられないのかはわからないわ。次のガントレットストライカーシリーズが始まったら興味を無くすと思うけど。それまでにアイドル生命が続いていたらね」

「怖い世界ですね……」

「怖いわよ。スキャンダルで周囲まで地獄に巻き込んじゃう。あれだけ隆盛を誇った男女のグループアイドルも多くの不祥事をだしてね。本人たちの人気はさほど下がらなかったんだけど、後輩たちは凋落の一途を辿った。ブランドに傷ついたってことね」

「今は露出、確かに減りましたね」

「それも今は昔。以前よりコンプラは強化された。芸能事務所も慎重になって、ピン売りやタイアップも意識した売り方を模索している最中。特撮はまだ被害が少なかったほう。別の問題はあるけどね」

「別の問題?」

「玩具の売れ行きよ。母親がキャラソンをダウンロードしたってメインスポンサーの懐は大して潤わないから。やはり子供の人気があってこそ、なの。サラもしっているでしょう? ガントレットストライカーが何度も打ち切りの話が出ていた時期があったことを」

「はい。知っています」


 特撮ファンでは有名な話だ。玩具の売れ行きが過去かってない時期、シリーズ打ち切りの話は何度も出ていた。


「前番組もちょっと苦戦したわね。結局は前番組の評価を後続がまともに受けることになるから。さっき話したアイドルグループとそこは変わらない」

「そうですね。いったん離れるとなかなか戻らないと思います」

「今はソウと健太君のおかげで絶好調ですけどね! 私としても誇らしいわ」


 黙って話を聞いていた蒼真が、不意に褒められ慌てる。


「ありがとうございます」

「これもサラのおかげ、なんでしょ?」

「はい。子供たちのためのヒーロー。それが原点ですから」


蒼真が更紗の言葉を繰り返す。

 更紗は顔が真っ赤になった。


「大阪でも通りすがりのヒーローに救われました。今日も美田さんというスタイリストの方に助けられて」

「美田さんから直接聞いている」


 まさかの蒼真の発言だった。


「私はソウの報告で一部始終聞いたわ。事務所の女優を守ってもらったんだから美田さんにはお礼をいわないとね」


 蒼真と美田に親しい交流があったことが驚きの更紗だった。


「え?」

「俺、美田さんと結構仲がいいんだよ。二年前のドラマで、ゴスロリと姫ロリを着た時があったんだけど」

「知ってる! 画像ももってる!」


 結との話にもでた、蒼真のゴスロリ趣味のエピソードだ。

 当然天海ソウが推しになった時からチェックしている更紗だ。


「消してくれ…… まあいいか。その時相談に乗ってくれたスタイリストが美田さんだったんだ。フリフリの衣装を抵抗なく着た俺を気に入ってくれてね」

「えー。そうだったんだ!」

「その時サラさんの話をたくさんして、今日エキストラで収録があるって伝えていたんだ」

「まったくの偶然ではなかったと……」

「本当に偶然だったって。なんとなく大谷さんがやらかしそうだから見て見たら、絡まれていた女優がサラさんだって。首からかけてるワンデイパスで名前を知ったという話だよ」

「会ったことがないもんね。わかるわけがないか。でも本当に助かったんだ」


 自意識過剰だったと反省する更紗。垓のように、誰かが都合良く見守ってくれているわけではないのだ。


「不思議な縁だけど、狭い業界だもの。よくあることなの。あなたは縁も強いわね。大切なことよ」

 

 遙花が神妙な顔付きで、しみじみと感想を述べる。たぶんこのような偶然は一度や二度ではないのだろう。


「強く実感しています」

「映画のダークウィドウのスタイリストは美田さんがやるよ。あの人ゴスロリブランドに物凄く詳しいから」

「嬉しい! 話が合いそう!」


 あの人がスタイリストなら、何も心配することはない。

 そんな頼もしさが美田にはあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ