第14話 急展開
「なんなのー。急展開すぎるよー」
いつものようにベッドの上でごろごろと転がっている更紗。
ベッドの上でカレンダーを見る。
蒼真さんと遊んだ日が木曜。社長から電話があったのが金曜。そして明日の日曜に、ゴスロリを着て夢洲サーキットでスタッフに挨拶しにいくことになった。
「一週間で二回もゴスロリ着て大阪いくなんて…… もう知り合いにばれたら死ぬしかない。いいや芸能事務所所属のほうが…… ああ、もう!」
スマホが鳴る。結からだった。
「もしもし」
「女優デビューおめでとう! 更紗!」
思いっきり笑っている。
「なんでこうなるのよー!」
「あなたの人徳ねー。私からも推薦しておいたわ。あとは垓さんからの推薦もあったらしいから、そりゃ通るわ。これが人徳ではないなら、何といえばいい?」
「うー!」
「唸らない! エキストラでも女優なんだし」
「コネとか、本当の女優さんたちに申し訳ないと思う」
「コネがない世界なんてないよ。コネがなくて蒼真がどれだけ苦労したか」
真顔に戻る結。
「私にいわせれば、端役にさえ推して貰えない事務所を恨めっていいたいわよ」
「最悪立っているだけでいいっていわれてほっとしてる。エキストラ枠だよね?」
「向こうもコネ枠の素人だって理解しているからね。そんな難しい役はないんじゃない? 東京来て貰うことにもなったけど」
結は更紗がどんな役に振られるか知っているが、当人はよく把握していないようだ。ここは秘密にしておいたほうが面白いと思い、すっとぼけることにした。
「放映中の終盤通行人のエキストラを二回ほどやることになったよ。遠征は慣れてるから構わないけどね」
「独身じゃないとこんな活動は無理よー? 夢が叶った感じ?」
「女優になる夢なんて持ったことはないんだけどね!」
「公式にガントレットストライカーに関われるんだからね! 夢は叶ったでしょ!」
「そうなんだけどさ! 複雑なんだよ! 蒼真さんも何も教えてれないしさー」
「蒼真さん、ねー。へー。ふーん! やるねー蒼真!」
結が電話の向こうでにやにや笑っている。更紗は顔が真っ赤になった。
「ごめん! 違う。何もないから!」
「何もないことは知ってるよ。あったら推薦なんかしやしないからね」
ケラケラ腹を抱えて笑う結。
「そ、そうだよね」
ますます顔を赤らめる更紗。なぜだかわからないが無性に恥ずかしい。
「我が息子のことながら複雑な心境だけど、あんたたちのほうが面白いわ。旦那もどうしてそんな話になるんだと笑い転げてたよ」
「結の旦那さん、相変わらずだね」
気さくで頼りがいのある人物だ。昔はやや暴走気味だったが結と結婚してちゃんと責任は取り、今も仲のよい夫婦が、その人物を物語っている。
「旦那も応援してるってー。女優としても蒼真も。もう息子に嫁候補かあ、ってビール飲んでいたわ」
「再会してまだ二回だよ?」
「一緒に風呂まで入った仲だしなー、って旦那も認める仲なのに」
「うわー。そういう昔話を掘り返さない! 結たちが育児放棄されたと勘違いされかねないよ?」
「女優がそんな言葉遣いしないのー。更紗に蒼真の面倒を押しつけたのは事実だから否定はしないよ」
完全にからかわれている。
「からかうために電話してきたのね!」
「それもあるけど」
大笑いしながら、結が肯定する。
「少しは否定しようよ」
「何がいいたいかっていうとね。あなたたちの味方は思ったよりも多いってこと。不安になる必要はないからね」
「うん。実感してる……」
結は母親として二人を応援していると明言したのだ。
「ありがとね結。東京いった時会おう」
「無理はしないで。これからは大変よ。体調を崩さないようにね。じゃあ、おやすみ更紗」
「おやすみ結」
昔ながらの、やりとり。
友人が応援してくれている。推しの母親という事実を除けば、今も変わらない関係だ。
(ありがとね。結)
不安だった気持ちはどこへやら。
穏やかな気持ちで明日の準備にかかる更紗だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
新設された夢洲サーキットの視察にはスタッフが集結していた。いわゆるロケハンだ。行政担当者も来ているという。
大阪万博跡地であり、府のPRも多少兼ねることになる重要な映画なのだ。
更紗は待ち合わせの場所にいた。
場所は夢洲の場所は勝手知ったるインテグレート大阪近く。西宮から阪神高速に乗れば、隣の舞洲も近い。超人気巨大アトラクション施設もあり、更紗も何回か来訪している。
同人誌即売会会場として使われる巨大施設付近なので、普通に車でやってきた。
これなら電車で人と遭遇する可能性も低い。何せ指定でゴスロリを着ているからだ。今回は黒帽子もセットで、よりゴシックスタイルに近づけた。
蒼真は離れられないので蒼真のマネージャーが来るらしい。
「さらさら先生ですか? いつもお世話になっています。天海ソウのマネージャーで萩岡律子です」
声をかけられ、会釈をする更紗。声の主は見覚えのある、大きな丸い眼鏡をかけている、ジーンズにラフな格好の女性。
やはり毎回三冊購入してくれる女性がマネージャーだったのだ。
「お世話になっています。いつもありがとうございます。こんなふうにお会いすることになるなんて思いもしませんでした」
「私もです。雰囲気がいつもと違って別人かと思いました」
「普段の私を知っているでしょう? 本当にお恥ずかしい」
律子は同人誌即売会での更紗を知っているのだ。
「今の姿はとても素敵でお似合いですよ。私ったらいつもこんな格好ですからね」
「お忙しいことは見ていてもわかりました」
「マネージャーは機動力が大切です。では行きましょうか」
二人は徒歩で夢洲サーキットの観客席に移動する。
娯楽施設もあり、公道レース構想まである巨大サーキットは撮影にはぴったりだ。
律子に連れられ、平岡監督に挨拶する。ガントレットストライカーは何作か担当しているベテラン俳優であり、更紗も顔は知っている。
隣には脚本家の横原までいた。主要スタッフがわざわざ下見とは、力の入れようが違う。
「はじめまして平岡監督。横原さん。ご紹介にあずかりました、更井更紗と申します」
「君が更紗君かー。失礼だが、本当に天海君のお母さんとは同級生なんだね?」
思った以上に若く見えたようだ。
「はい。事実です」
「悪役だが、いいかね? まだ決定ではないから、話半分で申し訳ないんだけどね」
「構いません。よろしくお願いします」
(いきなり飛び込み素人が採用されるわけないよね。これは期待しちゃう人が多いから、前もっていっておく監督なりの優しさなんだ)
もし流れたとしても、この場に立ち会えるだけで特撮オタクとしては感無量なのだ。
本来ならもっとハイテンションで騒いでいる。
「結構。横原君。何かあるかね?」
すんなり承諾されたようだ。悪役を嫌がる人もいるということだろうか。
(通行人ではなく、悪役側のエキストラってことだね)
少し楽しみになってきた更紗だった。
「緊張しなくていいですよ。うん、私服だというのに良いイメージが湧いてきた。早速だが、あの観客席の中央、上のほうで立ってくれないかな。表情はできるだけ無表情で」
横原に早速指示され、指定された場所に一人で向かう更紗。
急な段差を昇り、狭い観客席を歩くためハイヒールなのがもどかしい。
(あれ。エキストラだよね私?)
無表情指示はありがたい。演技する必要が無いとさえ言える。
「彼女、絵になりますね」
「私もイメージが湧くよ。天海君は見上げる形で、そうだな。観客席から一番下に立ってもらおう。君、彼女にこのメモを渡してきて」
平岡はメモを即席で記入してADに渡す。ADは更紗の場所まで全力で走ってきた。
「すみません。監督から。収録はしていないので気軽にしてくださいね。ボクが手を挙げたら、やってみてください」
更紗はおそるおそる紙片を手にとる。監督直筆の指示メモなど、これだけでお宝だ。
『天海ソウ君がきたら、秋月……環! と声にして。ちょっと因縁があるっぽく』
(やっぱり台詞、少しはあるんだ。因縁があるっぽく、ってどんな指示ですか! ファジーすぎない!)
「わかりました。雰囲気を見たいんですね」
「そうです。お願いします」
収録ならこんな指示では済まないだろう。
(TRPGかなんかだと思えばいっか)
会話型ゲームを思い出し開き直る更紗。
蒼真がやってきた。下から更紗を見上げている。なんともいえない表情で、睨むように。
すでに演技に入っているのだろう。
(横原さん、確か無表情系女怪人の回を担当していたな。あれは格好良かった。やってみよう)
更紗はくわっと蒼真を睨むと、帽子の鍔に手をかけ、少しだけ降ろして目元だけ隠す。
「秋月……環!」
(こんなものでいいんだろうか? 目元を隠すのはまずかったからな?)
どんな役かは知らないが、何かあったら指示が入るだろう。
「へえ。帽子を少し下げた。感情を隠す表現か。本当に素人かね彼女は」
「予定だったマネキンとCGよりよほどいいですね。帽子を隠すことで、感情を隠す表現。ボクも以前そんな脚本を――知っていてやったのなら、本当に特撮好きだ。演技指導を入れたらもっと洗練されるはずです」
「垓君も見る目があるな。私もそう思う。あの子で決まりだな」
平岡のなかではダークウィドウの役として決まったのだ。
「問題ありません」
更紗が自分の脚本のオマージュを、アドリブで演じたことに嬉しさを隠さない横原。
監督の場所に戻っていたADが更紗に再び走り寄る。
「更紗さん。お疲れ様でした。採用とのことです。すみません、監督も横原さんも今から俳優と打ち合わせでお忙しいので、詳細はおいおいと。ですのでゆっくり戻って、天海さんのマネージャーと合流してください」
「ありがとうございます。監督にもお伝えください。わかりました。では邪魔にならないように見学させていただきます」
「はい。伝えます」
ADが全速力で戻る。
蒼真と目があった。蒼真が天真爛漫な笑顔を浮かべ、更紗に手を振っている。そして監督のもとへ走っていった。
(そうか。共演できるんだ)
現実感がまるでない。
よろよろと萩岡律子の元まで歩いていく。
「更紗さん。おめでとうございます。採用です」
「ありがとうございます! 悪役のエキストラとは思いませんでしたが、確かに黒はダークなイメージありますもんね」
「ええ! 秋月環を狙う女怪人ダークウィドウは更紗さんがぴったりだと思います!」
「え? 怪人?」
「あれ? ソウさんから聞いていませんか? 秋月環の命を狙う女怪人。それでいて死んだ弟の面影を残している環を憎みきれないという役ですよ」
「聞いていません! 重要な役じゃないですか!」
(本当に聞いてないよ! え? 本気で?)
「ええ。インパクト勝負。総出演時間は五分もないはずですが、重要なポジションです。本当におめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
(総出演時間が五分もないけど、重要なポジって……)