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第13話 秘密の契約

「貴女にも相応の意思があるということですね」


 更紗の覚悟も並大抵のものではないと知った遙花は、納得したようだ。


「良かった。では話を続きましょう。有給三日ぐらい取れますよね?」


 遙花の声が明るく軽くなったトーンに変化した。


「ええ? あ、会社のほうで通常の有給なら…… 取れます」

「じゃあ本題に入るわね。――貴女にはマークシープロダクションに所属してもらいます。貴女の会社、副業は大丈夫?」


 断定された。決定事項らしい。会社を辞める覚悟があるなら大丈夫でしょ? と言外に込められていた。


「ま、待ってください。副業はなんとでもなりますが…… 芸能事務所に、私がですか?」

「はい。女優として! 是非貴女にお願いしたいの」

「え? え? なんのためにですか?」

「貴女には女優として映画ガントレットストライカー紫雷に出演してもらういます!」

「……はい?」


 更紗の頭がさらに混乱する。


(私が? ガントレットストライカー紫雷に女優として? 待って待って)


 少し考え、また固まる。


(映画で私が蒼真君と共演ー?!)


 あり得ない話だ。

 更紗はただの壁打ち喪女OLである。


「とはいってもエキストラかちょい役ですけどね。そこは我慢してもらうとして。ギャラも少ないわ。副業申請も要らないかも」

「滅相もない! 私は素人です! お金なんてとんでもない! エキストラに出演させてもらえるだけでも会社を辞めてもいいくらいですよ!」

「職を辞すまではもったいないわ。そこまで思い詰めなくても大丈夫だから。ちょっと脅かしすぎちゃったわ。ごめんなさいね」

「でもどうしてそんなに話が飛躍するのか、少し理解が追いつかなくて」

「今後の伏線ね。同じ事務所なら一緒に歩いていてもおかしくはないし、大谷さくらのように他の芸能人と遭遇する場合だってあるわ。隠しきれないならオープンカードで勝負すればいいだけのことよ」

「そういう考え方もあるんですね。でも私なんか、普通の女で…… 顔も見ないで採用なんてあり得るのでしょうか」

「写真を拝見させていただきましたわ! 素敵でした! ゴシックロリータ衣装とあわせて幻想的な雰囲気を醸し出していましたね」

「うぇ。あれをみたんですかー!」


 変な声が出てしまった。思い当たるといえば蒼真と垓が撮影したゴスロリ写真だ。


(どこの世界に一般人のゴスロリを撮影して芸能事務所の社長に見せる俳優がいるのよー!)


 半泣きになりつつある更紗。

 

「ゴスロリはもう流行ファッションではありませんよぉ」


 泣きついてみた。


「そこがいいの。ライバル不在でしょ。原宿系の一種です。若い女性の支持も期待できるわ。それにね。昔からゴスロリなんて、お金に余裕がなければ出来ない人のおしゃれだったじゃない。レトロかつクラシカルならゴスロリという記号は最適だわ! どうやらソウのゴスロリ趣味は貴女の影響みたいね」

「結が言うにはそうらしいです」

「やっぱり! 結さんのご友人というところも私的にはポイントが高いんですのよ。貴女は慎重で、道理を弁えている。そこが蒼真との交流でも伝わりました」

「ありがとうございます」


 何やら褒められているようで、更紗も嬉しくなった。


「それではこのお話を受けていただけるかしら?」

「よろしくお願いします」

「良かった! それでは私からも連絡をするので、あとはメールでやりとりしましょう」


 お互い礼をいい、電話を切る。


 蒼真から転送してもらった画像をプリントして眺める遙花。眼は芸能事務所社長のそれだった。


「即答でしたね。推しのためなら惜しけくも。――かくのみし 恋しわたれば たまきはる 命も我は 惜しけくもなし」


 更紗の覚悟を和歌に例える遙花。


「三十代の一般人がKawaiiを体現している。この時代に【普通】や【今でも】などという余計な言葉は要らないわ。女の子はいつでも、いつまでも可愛いんです。人気がでるかはわからないけれど、印象は大事なんですよ更紗さん。貴女はクリアしています」


 誰にともなく呟く遙花。

 

「昔懐かしの、今はアニメやラノベの中にしかいないような正統派ゴスロリというキャラはね。同年代の共感を得るキャラとしては強い。昔バンギャだった人も多いでしょう。私の世代がお立ち台やジュリ扇を懐かしむように」


 どの世代にどうアピールするか。方向性は持たねばならない。


「おっと。一回限りの出演ということも忘れていたけど、人気次第では続投の十分ありですね。私の事務所に所属してもらえるんですしね」


 これから起こることを予期して、むしろ楽しそうに語る遙花だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 夢洲サーキットに、視察にきたガントレットスタイカースタッフ一同。

 監督の他に脚本家もいる。現在ガントレットストライカーの視聴率も玩具の売上も良好で、映画にかかる期待も大きいのだ。


「平岡監督。横原さん。ちょっとしたお願いがあるんだが……」


 監督の平岡と脚本家の横原が話して構想を膨らませているところで、垓が二人に話し掛けた。


「おや。垓君が珍しい。なんだろうか」

「一人、俺のコネ訳でねじ込んで欲しい子がいる。できればCGとマネキンで間に合わす予定だった蜘蛛の女怪人ダークウィドウ。あれがいいんだが…… 無理なら端役でもいいし、ただの通行人でも構わない」

「ほう。どんな子かね。君がいうんだ。ただの女性とは限らないだろう?」

「ソウ君と同じ如月さんのマークシープロダクションに所属していましてね。本人はエキストラ程度しか演じたことがないんだが、少々もったいないと思ってね。最悪ギャラは無くてもいいぐらいだ。俺が持っている写真はこれぐらいか」


 そういって垓はゴスロリの女性が映っている画像を差し出した。


「ん? 普通にこのまま使えそうな逸材じゃないか。名前は?」

「本名しかないですね。更井更紗さんです」

「更紗さんか。ほー。どう思う。横原君。悪くはないんじゃないかと思うね」


 脚本の横原のほうが平岡よりも若い。食いつきも彼のほうが上だった。


「ダークウィドウのイメージにぴったりですね。秋月環に弟の面影を見いだしてしまい、敵として憎みきれず死ぬ、普段は人形。漆黒の女怪人! ゴスロリか。確かにいける」

「うまくいけばゴスロリのブランドとコラボも狙えそうだな。どういう筋の人間なんだ?」


 垓はにやりと笑い、二人を招き寄せる。垓がこんな内緒話をすることなど非常に珍しい。さらに興味がかき立てられる二人。

 垓は小声でこう囁いた。


「天海ソウ君の母親の、親友なんですよ彼女。同い年です。三十代の女性キャラは主婦層に共感を得られると、如月社長も仰っていましたね」

「え? 三十代かね。二十代に見えるが……」


 監督は半信半疑だ。天海ソウの母親は知っている。何度か挨拶に訪れたことがあるからだ。

 その彼女の親友というなら、コネ枠でねじ込んでもいけるだろうと踏む。人脈は大切だ。天海ソウという輝く逸材に恩を売ることにもなる。


「見えないなー。面白い! うん。ゴスロリだと蜘蛛というイメージもしやすいね! 演技が下手でも立ってもらうだけでいいし。どのみちマネキンなら声優を起用する予定だった。最悪声は声優にあててもらえばいい。これなら二人増やせる上に、予算の負担も少ない」


 横原は完全に乗り気だ。新人声優ならギャラも抑えられるし、ガントレットストライカーシリーズ出演という箔もつく。予算的にも十分ありなアイデアだった。


「しかしダークウィドウは出番がそんなにない。長くても五分程度だ。それでもいいのかね?」


 マネキンで代用し、退場シーンでは派手にぶっ壊す予定ぐらいしか構想が無かったキャラだ。


「十分過ぎるぐらいです。一考してください。彼女、大の特撮好きなんですよ。俺も一度差し入れをもらったことがあります」

「特撮好きならなおいいね! 採用する方向で検討しよう。如月社長もそういう層を狙っているということは身元もはっきりしている。私から話を通そう」

「お願いします」


 これで更紗は正式な関係者となった。垓の計画通りだ。多少のスキャンダルなど、共演仲間で押し通せる。

 五百旗頭垓と如月遙花二人の、強引かつ公にしてしまうという最大の秘策だった。


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