第11話 通りすがりのスーツアクター
「そもそもあなたは無関係だよな?」
「私達は芸能人ですよ?」
「分野が違いますよ。あなたは人気アイドルで、駆け出しの俺なんか眼中にないはずだろう」
「その人が本命で、私とアドレス交換してくれなかったということなら、私にも関係があるんですよ?」
その時だった。
路地裏に割りこんできた男がいた。短く刈り上げた髪。肌寒いのにTシャツ一枚とジーンズ。浅黒い肌で筋骨隆々の、中年の男性だった。
「だ、だれ?!」
「すまんすまん。待たせたな二人とも」
男は歯を輝かせてにこりと笑う。
さくらが知らない人物であるのも仕方がないことだった。
「ガイさん!」
「あ、五百旗頭((いきおべ)さん!」
更紗と蒼真が声をあげた。
五百旗頭垓。ガントレットストライカーシリーズを支える最重要人物でもある裏方。主役担当のスーツアクターだ。
「だ、誰ですか」
「はは。俺もアクターなんだが、トップアイドルに知らないと言われるのは残念だ。ちと分野が違うからな。二人を呼び出したのは俺なんだ。行こうか。ソウ君。更紗さん」
「す、すみません」
ベテランの俳優なのだろうか。しまったと後悔するさくらだった。
女の名前まで知っているということは、この女性も有名人の可能性があった。
「待たせてすまないな二人とも。というわけでアイドルのお嬢さん。あんたも目立たないようにな」
「え、あ、はい」
五百旗頭垓はアクターと名乗ったのだから俳優なのだろうが、思い出せないのだ。どこかで見た記憶はあるが、まったく記憶と顔が繋がらない。こんな個性的な筋肉男なのに、だ。
さくらが混乱しているうちに、三人は歩き出す。
さくらを巻くように移動する。垓も心斎橋には詳しいようだ。
「更紗さんで間違いないね? 久しぶりだな。変身しすぎて一瞬誰かわからなかったぞ」
「覚えてくださっていたんですね」
思わぬ助っ人にほっと胸をなでおろす更紗。
「二人とも知り合いなのか?」
蒼真はその事実に驚愕を隠せない。
「撮影現場に差し入れを二回ほどもらったことがあるんだよ。スーツアクター相手に差し入れするなんて、よほどの特撮ファンだからな。ありがたいことさ」
「更紗は本当に特撮好きだからな」
更紗の特撮好きが褒められたようで、自分まで嬉しくなる蒼真。
「差し入れも数年前の話ですね。懐かしい。――本当に助かりました。蒼真さんのスキャンダルにまで発展したらどうしようかと」
動機が止まらない。大谷さくらはもとより五百旗頭垓まで来るとは想定外だったが、彼はどうやら蒼真の味方のようだ。
「だいいち彼女でもないアイドルと修羅場なんてまっぴらだ!」
「それもそうだな。ソウには女難の相があるな。ガントレットストライカーの主役はそんなもんだ。こんなのはまだトラブルの内にもならないさ」
豪快に笑う垓。
「更紗さんのことはソウ君から聞いているよ。まさか君だったとは思わなかったけどね」
にやりと笑う垓であった。
「ソウ君が所属する事務所の社長にそれとなく言われていたんだよ。俺も大阪の高槻出身だからここらには学生時代からよく遊びにきているさ。三角公園近くのたこ焼き食べにきたについでに、適当に見張っていたらとんでもないトラブルになっていたからな。ヒーローとして推して参ったわけだ」
「ガイさんには憧れますよ。本当に!」
「さすがは歴代ガントレットストライカーの中の人だ……」
二人の話題でも垓の名前はたびたびあがる。熱心な特撮の同士なのだ。
更紗はふと大切なことを気付く。
「ちょっと待ってください。ということは五百旗頭さんも、蒼真さんの社長も彼が私と会うことを知っていたんですか?」
「そうとも。やましいことはないから蒼真はちゃんと報告していたんだ」
「それは正しいことだけれど…… うーん。蒼真さんの事務所社長さんにも迷惑をかけているなぁ」
「気にするな。二人は社長と俺の公認だと思ってくれていいぞ」
「垓さんのお墨付きは嬉しいですね」
「公認も何も、まだ何もないですー」
無邪気に喜ぶ蒼真と、顔を真っ赤にして首を振る更紗。
「まだ、ね」
言質をようやく取った蒼真だった。
「二人のデートを邪魔して悪いが、あんなこともあったあとだ。三人で行動したほうがいいだろうな。俺は目立つが顔も知られていない。目くらましにはちょうどいいぞ」
スーツアクターが表に出ることはまずない。
「お願いします」
「私も構いません」
くくく、と笑う垓。
「どうしたんですか?」
「こんな楽しい乱入イベント続いて発生したら、居合わせなかった健太が怒るだろうってな!」
健太とも仲がいい垓は、当然三人の関係性も知っているようだ。
「あー」
「はは……」
健太の反応は手に取るようにわかる二人だった。
「気分転換に飯にしようぜ! 更紗さんはその格好だからな。粉もんは避けたほうがいいな」
青のりに飛び散りやすいソースは、ゴスロリに限らず繊細な衣装を着ている場合は厳禁だ。餃子など匂いが強いものもだ。
「さすが垓さん。気が利きますね。俺ではそこまで頭が回らないな」
「お気遣いありがとうございます」
二人も感心する。
「しかしゴスロリとはね。写真一枚撮っていいかな。ポーズを撮ってね」
「昔のアメ村みたいですね。いいですよ」
別段通りすがりの人間を撮影することは珍しくない街だった。久しぶりなので現在は知らないが、コスプレの類いだと思ったらいいだろう。
「俺も撮る!」
「んもう。いいよ」
さりげないポーズを撮る更紗を、何故か必死に撮る二人。
「これは嫁に良い土産話ができた」
「奥さん向けなんですね」
確かに話題にはなりそうだ。それぐらいならと更紗は軽く考えていた。
「これからどうしますか?」
蒼真が垓に尋ねる。この男なら色んなプランがありそうだという安心感がある。
「俺は食べ歩きが趣味だからな。ここは庭さ。そうだな。オムライスでどうだ。この時間なら空いているはずだ」
「いいですね!」
「オムライス大好きです。お願いします」
三人は楽しく特撮話をしながら有名な洋食屋に向かう際、垓が蒼真にいった。
「ところでソウ君」
「はい?」
「大切なものなんだ。ヒーローたるもの、ヒロインの手は離すんじゃないぞ」
「はい!」
ずっと手を繋いでいたことを思い出し、さらには垓にまで指摘されますます手を離すタイミングを見失う二人だった。
「とはいえだ。たとえ事実でも、その手のつなぎ方でお母さんの友達です、は通じないとお兄さんも思うぞ? ははは」
「あ!」
垓の言う通り、説得力の欠片もない。そんな二人を見守りながら豪快に笑う垓であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三人を見失った大谷さくらは、いまだに憤慨を隠さない。
彼らが向かった洋食屋からそう遠くない場所にある、隠れ家系クレープショップ。紅茶とクレープを堪能中だ。
「なんですか。あの二人! いや三人!」
実は心斎橋にきたのも偶然ではない。
彼女もまた三角公園での野外ライブの下見にきていたのだ。蒼真たちが映画の撮影のために大阪にきていることも知っていた。
蒼真がスケジュールを調整したと聞いて、心斎橋から難波あたりだろうと張っていた。
(あわよくば私とのスキャンダルで…… と考えていたのにー!)
偶然を装って遭遇、当然彼女としては人気特撮俳優相手ならスクープされても平気だ。炎上しても知名度は上がる。
お互いの相乗効果も狙えるだろうという計算だ。
「今時ゴスロリって頭おかしいんじゃないの? とっくに昔のファッションよ」
原宿系ガーリーの一分野としてはあるが、白や姫系など多くのジャンルが入り乱れている状況だ。
苛立ちは収まらない。必死に天海ソウ以外の二人に関する手がかりを検索中だ。
彼女ならまだ良かった。まさかの母親の友達という関係である。
「ぶっちゃけ、ただのおばさんじゃない! まさかあんなおばさんが本命なわけないですよね。――ないよね?」
小声でぶつぶつ吐き捨てるさくら。
「最後の男もアクターって言ってましたたね。いきおべがい……検索っと」
スマホで聞き取れた名前を入力する。
「五百旗頭垓! これだ! 写真が出ないってどういうこと……」
特撮関係者に五百旗頭垓の名前を見つけたが、写真が出てこない。
「ええと。スーツアクター……? あれか。スタントマン兼スーツ系ヒーローの中の人かぁ。で、あの業界では大御所じゃないですか。しまったなぁ」
それなら天海ソウとの距離感もわかるし、どことなく見た記憶もあるはずだ。
天海ソウ演じる秋月環が変身した姿。ガントレットストライカー紫雷を演じているスタントマンだった。
「しかもなんでスーツアクターがおばさんのほうの名前も知ってんのよ。どういう交友関係なのあの女……」
あの僅かな時間で何もかも差をつけられたかのような屈辱感がある。
一般人が蒼真とスーツアクターの大御所と知り合いだというのだ。
「私、あんなおばさんに負けたの? これでもトップアイドルなのに……」
当然トップアイドルとしての自負はある。プライベートで意中の男一人落とせなくて何がアイドルだろうか。
そんなプライドはズタズタに切り裂かれたさくらだった。
「さらさ、っていってたっけ。調べておかないと。芸能人ではないはず……」
そこは国民的アイドルの幅広い交友関係。特撮に詳しい者だっている。
特撮の大御所とだって知り合いなのだ。すぐに何者かはわかるだろう。ただ、慎重に動かなければいけない。
「しっかしやりにくい相手ですね。一般人かつ交友関係が広い謎の美女、か。ゴスロリ趣味ならすぐ足がつきそうだけど、たまたま着ていただけなら厄介だなー。でも着こなしていたし。昔いたバンギャ系かな」
おばさんというと敗北感が強いので、更紗を謎の美女に格上げするさくらだった。
「ま、いっか。芸能界はどの系統でもライバルとの熾烈な争い。火種にはなりそうだし、ならなくても情報収集はできそうですねえ」
悪戯前の猫のような悪い顔して、よからぬことを考えている顔を隠さないさくらだった。