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第10話 心斎橋のゴスロリショップは減ったのです

「木曜なら……」

「え?」

「有給が取れるから、いいよ?」


 思わず出してしまった妥協案。口にした瞬間、自分で思うより後悔は無かった。


「そうなんだ!」

「社会人はね。月曜日と金曜日は連休にしたいから人気ある曜日だし、火曜水曜は年長の人たちが病院あるから。だから木曜日なら有給を取りやすくてさ。会えるよ」

「ありがとう! 有給使わせてごめん」

「大量に溜まってるから大丈夫だよ。気にしないで。ばれないようにね。会うのも16時が限度。それ以降だと大混雑するから」


 社会の闇を教える必要はないだろう。蒼真には輝いている世界だけを知って欲しいと切に願う更紗だった。


「わかった! 楽しみにしているよさらさおねーちゃん!」

「私もだよ蒼真君」

「久しぶりのさらさおねーちゃんのゴスロリを楽しみにしている! じゃあ!」

「ちょ! 待っ!」


 電話が切れた。確信犯であろう。


「泣いちゃうぞ! こら!」


 思わずスマホに向かって怒鳴る更紗。

 そういう更紗はすでに半泣きで、しばらく開けていないクローゼットを恐る恐る開けるのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 蒼真と会う当日。心斎橋のアーケードの片隅で影のようにひっそりと建物の闇に紛れている更紗の姿があった。

 当然蒼真の希望であるオーソドックスな黒のゴスロリである。


(私。何してんだろ……! 新調までして!)


 やや地味めなゴスロリメイクも久しぶりだ。ファウンデーションやアイシャドウも思わず新調してしまった。カラコンも装備済みだ。

 今風の服などよくわからないが、オーソドックスなゴスロリなら昔取った杵柄。意外とすぐに思い出せたのだ。

 三十路になってまで、原宿ガーリーブランドのネットショッピングをするはめになるとは思わなかった。


(知り合いにこの姿を見られたら死ぬ…… 真面目に失踪しないといけない!)


 少しでも若く見えるような童顔メイクだ。もともと童顔ではあるが二十代で通せるぐらいには若く見えるだろう、と自分では思っている。


(病み系は避けた。とりあえず目立たないよう……)


 問題は会話や好きな曲だ。これだけは年代がごまかせない。前回はカラオケで乗り切ったが蒼真と話が会うか不安過ぎた。

 慌てて小さなバッグからマスクとサングラスをかける。感染症の関係で、人混みのなかでマスクをしていてもおかしくはない。


(メイクの意味ないしー!)


「隠す前に間に合ったな」


 耳元から甘い声が聞こえる。


「更紗。行こうか」


 パーカーのフードを被った青年が更紗に声をかける。更紗と同じくマスクとサングラスをしている。

 いつもより声が低い。


「は、はい!」


(これなんてプレイなのー!)


 いきなり耳元の呼び捨ての蒼真に、ドキドキが止まらない更紗である。


「おねーちゃんだと目立つからね。今日は更紗で行くよ。今日は蒼真か蒼真さんでよろしく」

「はい」


 耳元で囁く蒼真。素直に返事をする更紗だった。はいとしかいえなかった。

 そしていきなり強く手を握られる。自然と腕を絡ませる、恋人握りとなった。


(推しに殺されるー。照れるー。嬉しい。死ぬー)


 無表情には慣れている。ゴスロリメイクもあいまって、余計に人形のような表情の更紗だったが内心ではパニックだ。

 推しに呼び捨て。それだけでも脳が炸裂しそうな衝撃だ。今の蒼真は弟みたいなものではなく、紛れもなく天海ソウのプライベートだ。

 SNSの人間に知られようなら即座に退会ものである。


(ようやく歳の離れた幼馴染みから脱出できるな)


 蒼真もまた、さりげない駆け引き。このままでは心配だけされる、年の離れた弟みたいな存在になってしまう。

 少しでも距離を詰めたいのだ。


 年の差と身分差に葛藤している更紗に対し、蒼真は違う意味で焦りを感じている。


「じゃあショップ案内して。それからどうする」

「古着屋も多いから、蒼真さんの服を見たいな」

「更紗。選んでくれる?」

「はい」


(なにこれなんてアオハル? 今更私にアオハルなんて来ていいの?)


 推しとあり得ない姿で、あり得ない会話をして混乱中ではあるが、劇の台本を読むかのようにスムーズに口は動く。


(絶対好きになっちゃうヤツじゃん! 好きになっちゃダメな相手なのに!)


 二人でショップを巡り、古着屋や心斎橋外れのアメ村の路地裏を歩く。

 繁華街で犯罪も少ないとはいえない場所だが、何かあれば萩ノ茶屋南公園、通称三角公園の交番に飛び込めばいいので昼は観光客も多く安全だ。


 心斎橋で二人が目立つことはない。昼間から遊びあるいている女子高生は完全脱色や真っ青の髪型だし、歩いているおっさんは全身ボディピアスという人物もいる。

 ヒョウ柄のおばちゃんが自転車に乗り、かつて西の原宿といわれたアメリカ村は現在も賑やかだった。ゴスロリを着ている東洋人までいる。

 アメリカ村は強烈な個性溢れる場所であり、パーカーの青年とゴスロリ女が歩いていても普通なのだ。


「これなんてどうですか」


 アメリカから輸入されたヴィンテージのライダースレザーを蒼真に試着させる更紗。


「これは格好いいな。――待って俺が出すよ」

「ダメです」


 古着を巡って、蒼真の服を買うのは楽しい。強引にカード一括払いで支払いを済ませた更紗だ。


「あとで美味しいものを食べさせてくださいね。あなたの驕りで」


 くすっと笑い、恐縮する蒼真に全振りする。


「わかった。ありがとう更紗」


(私。そうか。幸せすぎて明日死ぬんだな)


 死を想う更紗。陰の者特有の思考だろう。


 しかしそんな予兆が現実になるかのような大事件が起きるのだった。


「動かないで二人とも。とくに天海ソウ」


 背後から声がかけられた。

 ロングコートにサングラス、マスクをしている女がいた。


 大事にはしたくないのが、かなりの小声だ。


「人気若手俳優様が、日中堂々とデートかしら? いいご身分ですね」


 女がグラサンを外す。

 更紗が息を飲む。彼女こそ国民的アイドル大谷さくらだったのだ。

 

「彼女ではありません」


 内心焦りながら、無表情を貫き通す。


「そうだ。彼女ではないんだ。とりあえず移動するぞ」


 蒼真も若干悔しさを滲ませ、肯定して人が少ない路地裏に移動する。


「ここならいいか。ならどういう関係なんですか」

「彼の……ソウさんの母親とは同級生なんです。それだけの関係です」


 その言葉を聞いた瞬間、大谷さくらはTVで見せたことがない怒りの表情を浮かべた。


「ハァ?! 嘘をつくならもっとましな嘘をつきなさいよ! そんな言い訳が通じるわけがないでしょ!」


 馬鹿にされたと思ったのだ。彼女の目から見ても、今の更紗は時代錯誤のゴスロリとはいえ、いやオーソドックスなゴスロリがゆえに普通に美人で通る外見だ。

 それにだ。さくらは心のなかで憤慨する。


(どこの世界に母親の友達を名前呼びする男がいるっつーの!)


 絶対にあり得ない関係だ。もし本当なら年齢は十五歳以上ではないのか。十代人気特撮俳優のお相手にはなり得ない相手だろう。


 更紗は無表情だ。喜んで良いのか哀しんでいいのか、わからない。

 しかしプライドよりも蒼真を護ることを選んだ。


「アラフォー間近のアラサーです。本当です」


 蒼真は苦虫をかみ潰したかのような、渋い顔をしている。更紗に年齢を意識させたくはなかったのだ。

 睨むように更紗を品定めする大谷さくら。どうみても二十代だ。小柄なので十代といっても通用するかもしれない。それが三十代だという。それこそ負けた気になる。


「もしそれが本当に本当なら…… 未成年連れ回して恥ずかしくないの? 貴女」


 上から睨み付けるように更紗を問いただす大谷さくら。正論で攻めてみることにした。これで対応がわかるというものだろう。たとえ男女逆でも犯罪じみた年齢差だ。


「はい。ごめんなさい。ソウさん。さくらさん」

「やめてくれ更紗」


 素直に深々と頭を下げ、謝罪する更紗。

 虚を突かれたさくら。


(本当に三十代ってこと? 嘘でしょ)


 自分が三十代だったらと思う。若手人気特撮俳優を連れ回すなんて無理だろう。しかも何故かゴスロリを着こなしている。コスプレや洒落で着ているわけではないことはさくらにも理解できる。現役のJKといわれても信じるだろう。

 一般人に敗北した気分であり、激しくプライドを刺激された。自分はアドレス交換すらできなかったのだ。


「彼女は悪くない。連れ回しているのは俺なんだ」

「その態度、母親の同級生に対する態度じゃないですよねぇ?

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