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第1話 ニチアサの推し

 ホテルに宿泊している更衣更紗は、PNさらさらで活動している同人作家。大阪で活動しているが、大きなイベントには遠征する。

 同人イベント【フラッシュ】。11月開催の同人イベントだ。


「もうサークル準備もできている。ガントレットストライカー紫雷だけは視聴しないと……」

 

 彼女のいるホテルは東京ビッグサイトのすぐ近く。人気特撮番組ガントレットストライカー紫雷を視聴するためだけに、いささか高額なホテルに宿泊しているのだ。

画面のなかで、主人公紫雷とライバルの赤火の熱いアクションが繰り広げられる。

 更紗はすぐに短文サイトに書き込みを行った。


「やったー! 今日も天海ソウ君は格好いいよね!」


 短文投稿サイト【hex】に呟く更紗。反応は少ないが壁打ちなので気にしない。壁打ちとは短文SNSで、返信を期待せずに呟く、ようは独り言である。

 小柄で細身の更紗は大きな眼鏡をコンタクトに変えた。セミロングの髪を確認してささっとよそ行き用に着替える。別人のように変身するが、何せイベントだ。身なりには気を遣う。

 重いカートを引いてビッグサイトに向かう更紗だった。


 サークルの設営も終わる。

 更紗はおとなしめの美人なのだが、何分趣味以外では鉄面皮と称されるほど無愛想なので近寄るものは多くない。ロングの髪型も清楚というより無個性に映る。


 同人誌の頒布数は三百部。タイトルは【紫雷は甘く危険な香り】。天草ソウが主役の秋月環とライバル関係にある村雲疾風のブロマンスもの。女性向けではあるが18禁ではない。

 村雲疾風役の俳優である上月健太は天草ソウよりも人気があると言われている。


 さっそくサークルに購入者が現れる。大きな丸い眼鏡をかけている、ジーンズにラフな格好のOLだ。

 ガントレットストライカー紫雷の同人誌を頒布し始めてから毎回、三冊買っていってくれるので覚えてしまった。


「31abのさらさら先生のスペースはここでしょうか」


 毎回丁寧に確認してくる。きっと更紗や本自体には興味がないのだろう。お使い系というヤツだ。


「はいそうですよー」

「新刊全部、三部ずつください」

「お買い上げありがとうございます」


 購入した女性はそそくさと立ち去る。頼まれたものだろうか。よくあることだ。

 売り子は自分のみ。主流は疾風×環だが、彼女のカップリングは環×疾風。同類は少数派だが、逆カプを気にしない人たちは購入していく。

 時計を観ると十四時三十分。そそくさと撤収準備を始める更紗。


「さらさら先生。もう撤収ですか。そういえば今日はアフター参加見送りっていってましたね」


 顔なじみである隣のサークル二人組の女性に声をかけられる更紗。

 彼女たちは更紗より十歳ほど若いが、同CPということもあり話が会う。同人誌に年齢は関係ないのだ。


「ごめんなさい。今日はちょっと野暮用がある上、すぐ新幹線で


返りだから。冬は仕事の関係でパスするんですよ。だから大阪に来た時は私が誘うからね!」


 冬の大型イベントは、スケジュールの都合上難しいので参加を見合わせた更紗。

 更紗の現住所は兵庫県西宮市なので新大阪駅から二十分程度だ。


「イング大阪ですね! さらさら先生の新刊、楽しみにしています!」


 大阪の湾岸施設インテグレート大阪で開催される同人誌イベントのことを彼女たちは言っている。


「大阪で会いましょう。ではお先に失礼しますねー」


 二人に手を振り、撤収準備を終わらせた更紗は、宅配の集配所に巨大なカートを預けて身軽になって会場を後にした。

 今日は旧友と八年ぶりに再開する約束をしていたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「結! お久しぶり!」

「更紗も! ごめんね無理いって。もう八年かー。メールや電話していたから久しぶりって気がしないのよね」


 茶髪にストパーをかけた女性はにこやかに笑う。とても高校生の母親とは思えない。水野結は高校の同級生だ。

 彼女と同年。お互い今年で三十四歳。アラフォー手前をネタにしている。


「同人誌はどう? 調子いい?」

「今日は四百部ちょいかなー。残りは地元で地道にさばくよ」

「相変わらず売るねー。副業になりそう」

「ならないって。遠征とホテル代で消えてくし。高校時代より自由にお金が使えるのは大きいよね」

「そうねー。私は中退して旦那の親に養ってもらったから大きなことはいえないけどさ!」


 二人は愛知在住だった頃の同級生だ。結は十七歳の時、妊娠が発覚して高校を自主退学し、その後社会人だった現旦那様と結婚をした。

 親友の一大事に更紗も協力は惜しまなかった。


「あんたに蒼真の子育て押しつけたようなもんだからねー。毎週土日。申し訳ないと今でも思う」

「気にしてないって。夜学の高校に通信大学でしょ。結のほうが大変だったでしょ」


 蒼真は彼女の息子だった。夜学進学を選んだ彼女のため、彼女の息子である蒼真の面倒をよく見ていた。

 幼稚園から小学校二年生ぐらいまでは毎週土日、更紗が蒼真を預かっていたのだ。


「いざ恩返しってときにあんたが大阪へ就職して、私が旦那の都合で神奈川へ転勤だもんねー。あんたは関東転勤を羨ましがってたけど!」

「今でも羨ましいよ! 今日だって六時の新幹線に乗ってとんぼ返りなんだから!」

「あはは。忙しいところごめんねー」


お互い近況報告をしたところで、結が切り出した。


「あんた、同人イベントだったんだよね?」

「そうだよ。はい。これ新刊」

「薄い本だねー。高校時代を思い出すわー」


 二人が高校時代はまっていたものはN・Pと呼ばれる少年コミックだ。ナスコスト・ピッツィーノの略で不思議な力を持つトレーディングカードゲームを巡るマフィアを題材にした作品だった。


「結はヤンキー入ってたのに少年コミックも好きだったしね」

「あんたはオタのくせに社交的だったじゃない」


 笑い合い、そして結が真顔になる。


「今回のジャンル、ガントレットストライカー紫雷だよね」

「さすがに知っているか。もうガチ恋レベルで推してるよ!」


 残念そうな女を見る目を送る結。更紗は事実なので平気だ。残念系女子というのも自覚はある。


「蒼真も好きだしねー」

「結の長男、蒼真君も好きだったよね。ガントレットストライカーシリーズ。今も好きなのかな」

「今でも好きだよ」

「嬉しいなー」


 中学、高校になるにつれガントレットストライカーは卒業していくものだ。更紗は蒼真が未だにガントレットストライカーを好きだという事実は嬉しかった。


(あの子、可愛かったもんなー。昔を知っている子供が、今でも共通な好き、があるということは嬉しいよね)


 そんな更紗をよそに、結は話を続ける。


「あの子の面倒をあんたに丸投げして申し訳ないと思っている。ようやく何かできると思ったら、あんたが中部から兵庫に就職して。私は旦那の転勤で神奈川。ようやく再会できたのが今日だなんて」

「電話で話してたから久しぶりな感じはしないよねー」

「そうだけどさー。蒼真、あんたに買ってもらったガントレットストライカーブレイザーの手甲のおもちゃ、まだ持ってるよ」

「あはは。蒼真君。嬉しすぎて、手甲を抱いたまま眠ってたもんね」


 目を細めて懐かしそうに笑う更紗。


「私が授かり婚で高校中退。夜学に入り直して大学へ。幼稚園から高校まで大学生のあんたに甘えて蒼真の面倒をみてもらったもんね」

「とはいっても土日だけだし? 結と旦那さんのご両親も現役の社会人だったし、孫の面倒って年齢ではなかったよね」

「まーねー」

「によによ動画の合唱オフで知り合った旦那さんと結婚するなんてやるなーとは思ったけど」

「ボーカライドってもう何年前だっけ。えっと十……」

「その話題はやめよう。蒼真君だってもう高校生だよね」


 現実を突きつけられる話題になりそうになり、制止する更紗。


「そうそう。蒼真、あんたのことを黒いおねーちゃんと言ってたよね。バンギャの黒ゴスだったし」

「やめて…… 黒歴史だから……」

「それもおいておこうか。でも本当に感謝している。……感謝していて、こんなことを言うのはとても辛いんだけど……」


 いつになく深刻な表情をしている更紗。


「ん? どしたの?」

「今のジャンルはまだガントレットストライカーだよね。このジャンルから足を洗ってくれないかな」


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