8.ごみ屋敷の主
ある日散歩中、あまてらすは庭の広い家の前で立ち止まった。その家は建物は立派だが、庭先までごみがうずたかく積まれている。「この家は何ですか」と不思議そうに家を見ているあまてらすに、澪は不快な顔をしてごみ屋敷について説明した。するとあまてらすは目を輝かせ、
「この家を片づけたいです」
と言った。澪はうーんと腕を組み、NOの姿勢を示した。頼まれもしないのに人の家の事情に首を突っこむのはよくないし、第一その資格もない。厄介ごとに巻き込まれれば後々面倒だ。 あまてらすは、勢いよく「大丈夫です」と言った。澪はため息をつき、
「行動するときは他の人がどう思うか考えてからしなさいって、この前言ったばかりじゃない」
と言った。あまてらすは「永田」と書かれた表札の上のインターホンを押したが、中から返事はない。裏手に回ってみても、誰もいない。
「あまてらす、帰ろうよ。私、不法侵入で捕まるのいやだからね」
「仕方ありません。出直しましょうか」
ときびすを返し帰ろうとした時、
「あんたらは誰だ。わしの家に何か用か」
と怒鳴り声が聞こえた。ごみの間から男性が手に鎌を持ち、怒りの形相でこちらを見ている。
澪は危険を感じ逃げの姿勢を取り、あまてらすの腰をつついた。しかしあまてらすは、
「もしよろしければ私がこの家を全部お片付けしますよ。どうですか」
と老人に言った。その言葉を聞いた永田は、劣化ウラン弾のごとく怒りを爆発させた。
「ここはわしの家だ。さっさと出ていけ。警察呼ぶぞ」
さすがにあまてらすも観念し、その場から引き下がった。
部屋に戻り、澪は靴下を脱ぎながらあまてらすに反省を促し、こんこんとお説教をした。こんな調子で人の空間に土足で入り込めば、警察の厄介になるやもしれない。
「でも方法はあるはずです」
「いや、だめだ。私が許さないよ。やめときな。後悔するから」
「澪は世界を笑顔にしたくないのですか」
澪は「はあ」とため息をついた。なかなか人は変われない。アンドロイドもそうなのだ。また痛い目を見なければならないのだろうか。しかしどうしてもやりたいのなら、止める術はない。澪はあまてらすの考えを傾聴しようと思った。
「でも、どうやって永田さんと接触するんだ。あのじいさんかなり頑なだぞ」
あまてらすは腕組みをして考えた。しかしいいアイディアはなかなか浮かんでこない。
「絶対やっちゃいけないのは、強制する、プライバシーに勝手に侵入する、あとは批判したり、一方的になったりしたらだめだな。話を聞きたいなら、あの人が話してくれるまで待つ。わかった? 」
なおも考え込むあまてらすに、澪は、
「まずは関係を構築するところから始めるのがいいんじゃないか」
と言った。あまてらすもその考えにようやく納得した。
永田との関係を作るために、それからしばらくあまてらすは永田の家を毎日のように訪れ、その都度にべもなく追い返された。怒鳴られる日も、静かに「帰ってくれ」と言われる日もあった。永田が不在の日は、メモを残し、新聞やらであふれるポストに入れた。雨の日も風の日もあまてらすは通い続けた。傍から見ていた澪は、もうやめたほうがいいのではないかと思う場面もあった。しかし彼女の情熱に負けて、しばらくは見守ることにした。
そんな日々が数週間続き、さすがのあまてらすも根気が折れそうになった。そんなある日、あまてらすが永田の家に行くと、誰もいなかった。帰ろうとしたその時、テーブルの上に置いてあるおにぎりとパンを見つけた。そして「腹が減ったら食え」とのメモも残してあった。あまてらすはその乱雑なメモと無造作に置かれたコンビニの袋を、大事そうに抱え、家に帰った。全然永田の心に響いていないと思っていたが、決してそんなことはなかったのだ。自分の思いが通じつつあると思うと、嬉しさで胸があふれた。