3天地開闢
境界に青くまるい光が浮かんでいる。他の世界から遠すぎず、近すぎない。永久魔法・マツルが悩みに悩んで選んだ世界創造の地だ。そして、マツルは今その青い光の中にいた。青い光の中心で白く輝いているのがマツルだ。マツルの上方と下方で青が渦巻き始めた。上方の渦から細かな白い光が降り始めると、下方の渦からは同じく白く細かな光が昇り始めた。マツルはその光景を気が遠くなるほど長い間見守っていた。
いつの間にか天には雲が浮かび、地には波が立っていた。マツルは、青い波が立つ海に赤い雫を落とした。すると、海の底で何かが爆発した。爆発は繰り返し何度も起こった。マツルは、それをさらに長い間見守った。
世界が震えるほどの爆発が起きた。ようやく目的のものが出来た。それは、大きな島だ。マツルは出現した島に今度は萌葱色の雫を落とした。
さて、この島は、オレの魔法が発展するのを待てばいい。もう少し、島が欲しい。あと六つは必要だ。
マツルは、出来立ての島と少し離れた場所でまた爆発が起きているのを確認した。
このまま新たな島が出来るのを待とうか。いや、待てよ。
マツルは思い直すと、島に落とした萌葱色の雫を回収し、代わりに赤い雫を落とした。すると島の中心が盛り上がって爆発し、赤い火の魔力がどろどろと溢れた。マツルは確かな手応えを感じると、更に赤い雫を落とした。繰り返す爆発を確認しつつ、マツルは赤い雫を何度も落とした。
いつしか巨大な一つの大陸が広大な海の上に現れた。マツルはその大陸に身を沈めると、大地を大きく激しく揺らし、大陸に亀裂を入れた。次にマツルは海に潜って海底を揺らし、亀裂に沿って大陸を分断した。そして、分裂した島を少しずつ引き離した。適度に島を離すと、波の力で島の形を整えた。それから、それぞれの島に様々な魔法の光を落とした。島は合計で七つ。一番大きく綺麗な円を描いた島を中心に様々な形の六つの島が出来上がった。中心の島を除いた六つの島は徐々に生命の発生が促され、発展していくようにマツルは魔法をかけた。このまま様子をみて、まずは中心の島を完成させよう。
マツルは中心の島の上空にやってくると、萌葱色の大きな丸い光を落とした。すると落下地点にぽつんと可愛らしい双葉が生えた。マツルは、その双葉に立て続けに光を落とした。すると、双葉は時間を早送りに成長し、あっという間に空にも届きそうな大樹に育った。大樹は島の地面の下を覆い尽くす様に根を伸ばし、更にその根の一部は、海底の地面の下をも這って伸び、自身が存在する島を囲む六つの島の地の底にまで到達した。そして、各島の底に糸のように細い根を網目状に張り巡らせた。しばらくすると、大樹のある島の地面から太い根が空に向かってめきめきと伸びていった。すぐに別な場所からも太い根が顔を出し、同じように空に向かって伸びた。結果、大樹を囲むように六本の太い根が生えた。それは、大樹を守るトゲのようにも見えた。
上々だ。
マツルは大樹の成長振りに満足した。マツルは、大樹の太い枝に舞い降りると姿を変えた。マツルは白熱した光の玉から純白の竜に姿を変えた。頭には二本の短い角とその二本の角を挟むように長い角が二本、計四本の角が生えている。翼は渡り鳥の羽のようで、双葉のような形の尾は、巨大な海洋生物の尾を思わせた。その目は赤く、しかし、白目との境界だけは、冴えた空色だった。この姿は永久魔法マツルを創りだした真蔓の竜の姿だった。真蔓の竜は、非常に珍しい竜で、千年に一度誕生すれば、奇跡と魔法使いの間で言われていた。しかし、その実は、魔力を持たない地竜の突然変異でしかない。真蔓の竜を産んだ地竜は大抵の場合、己の姿とまったく違う我が子の姿に恐れを成して、育児放棄をしてしまう。真蔓の竜の誕生数は決して少なくないが、親竜の育児放棄が原因で、ほとんどが成竜になる前に死んでしまうのだ。このことを知るのは、他でもない真蔓の竜だけである。
マツルは大樹の根本に深い緑色の光を何粒か落とした。すると、地面から不思議な模様が描かれた蔓植物が生えていき、島中を埋めつくした。蔓は、海岸の白い砂浜をだけを残して鬱蒼とした蔓の森を形成した。この蔓は、真蔓と呼ばれる蔓で、真蔓の竜の名前の由来となっている。真蔓の竜が作り出した真蔓は、主に真蔓の竜の記憶整理や魔法構築の補助に使われるものだ。なお、真蔓は、自然界、それも、ひときわ魔力の濃い場所にも自生する。自然界の真蔓は、触れた者の記憶を己の身体に複製する力がある。もし、魔法使いが真蔓に触れたならば、その真蔓は魔法が使えるようになると言われている。そして、次に触れる者があれば、元の記憶をその者に移し、その者の記憶を新たに自身に複製するという。真蔓から記憶を受け取った者は、その身に印が浮かび上がり、その印を持つ者は大魔法使いの称号を得る。実際に真蔓を発見した魔法使いはそれを冒険記に残し、大魔法使いの称号を与えられている。真蔓にたどり着くのはひどく困難な道のりで並大抵の魔法使いでは到底成し得ないことだった。
マツルは真蔓の森に降り立つとゆっくりと散歩をした。
「やっぱり落ち着くな」
マツルは独り言をいった。真蔓の森は静かだった。ここには、まだ生命の発生を促す魔法をかけていない。虫の羽音すらしない。音を立てる者はマツル自身か、真蔓が時々漏らす記憶の囁きくらいだ。しばらく歩いてみたが、やはり真蔓には自分という永久魔法を創り出した生みの親の記憶は記されていなかった。代わりに崩壊した世界から読み取った記憶があった。真蔓の囁きからマツルはこれからの方針を考えることにした。やがてマツルはあることに気が付いた。
「そういえば、この世界にはまだ昼も夜もないな」
マツルは空を見上げた。どこまでも広がる青空には、飾りのような雲が浮かんでいた。マツルは飛び上がると大樹の一番高い枝にとまった。そして、魔力を込めると白熱した星を空に打ち上げた。昼を司る魔法を宿した星だ。マツルはこの星を燃ゆる瞳と名付けた。次に夜を司る星を打ち上げた。この星は水面の瞳と名付けた。マツルは二つの星に力の強弱を定め、それによって、大地に朝と昼と夜がめぐるようにした。とりあえず、現在は朝と定めたので、水面の瞳は弱まり影のようになり、燃ゆる瞳は強まり、燦然と輝いた。マツルは、それから、天気の風と季節の風の魔法を放った。これで変化に乏しいこの世界も少しは表情豊かになるだろう。
マツルは真蔓の森に戻るとまた考えごとをした。夜になると、大樹に空いたうろの中に入りいくつか部屋を作った。大樹の中には光るキノコを発生させて、明るさを調節した。試行錯誤を繰り返し、結局部屋は三つだけにした。部屋同士は緩やかな階段でつないだ。最下層の部屋には泉を作り、そのほとりは色とりどりの花で覆った。続いて二階の部屋は形を円形に整えた。うろの出入口はこの二階の部屋の天井付近にある。マツルは二階の部屋の壁に等間隔に六つの窪みを作った。今はこれで十分だ。三階の部屋については、少し暗めに光るキノコを設置しただけで、特になにもしなかった。必要に応じてこの部屋にも役割を与えよう。
出来映えに満足したマツルは再び外に出た。永久魔法は生き物ではない。故に食事も睡眠も必要なく、疲れることもなかった。マツルは各島の生命の発生状況を見回ったり、必要ならば、魔法を落として発展を促進したり、真蔓の森を散歩して記憶に耳を傾けたり、大樹の部屋の花を増やしたり、泉に浄化魔法をかけたり、時に大樹の枝にとまって星の様子を観察したり、ほとんど止まることなく過ごした。そんな自分を見つめる視線があることに、まだマツルは気づいていなかった。