27小さな火炎竜
樹木竜の卵を回収した翌日、マツルとハヤは、大樹の島の西に位置する火の島に向かった。ハヤは既に光る球体の中に入れられていた。火の島は、火山島である。空から見下ろせば、中心にお椀を伏せたような形の白っぽい山があり、その火口部からはもくもくと煙が出ている。草木はほぼなく、岩だらけの島で、その岩のところどころに苔やカビの一種のようなものが辛うじてこびりついているだけだ。
「うーん。火の魔力が強すぎたのかな。あの山を鎮める存在がいないと、この島に他の生命が宿らない」
マツルは困ったように、しかし、どこか満足そうに言った。どうしようもないな、とハヤはそれをあきれ顔で見ていた。
マツルは、早速火の島に降り立った。ハヤはマツルの顔のそばに浮かんでいる。降り立った瞬間に地震があり、マツルは火山の方を見た。ハヤはというと、球体の防壁の中にいるので、地面の揺れは感じないものの、地鳴りはしっかりと聞こえている。それが意味するところをわからない訳も無かった。
「もしや、あの山、間もなく噴火するのではないのですか?」
「ご明察。間もなく噴火するよ」
だったら危険なのではないだろうか。マツルも防壁を張るべきだと、ハヤが提案しようとしたところで、それは起きた。突然の轟音。激しく振動する空気。ハヤを守る球体の防護壁すら振動した。黒い煙が天に上り、そこに雷を発生させている。煙と共に赤く光るものが山から溢れている。そして、ハヤとマツルの上にも容赦のない火山弾が降り注いだ。火山弾は、ハヤを守る防壁に当たると激しい音を立てて跳ね返った。ハヤはマツルの無事を確認しようとしたが、その白い姿は、山から流れて来た灼熱の真っ黒な砂煙の中に消えてしまった。その間も、火山弾は降り注いでいた。ハヤは恐ろしさのあまり震えていた。マツルは大丈夫だろうか。ハヤは不安に思った。しかし、きっと大丈夫なのだろう。何故なら、この噴火さえ、マツルは予想していたのだから。
黒煙の中、マツルは目を凝らしていた。予想通りの素晴らしい噴火だ。これは大いに期待が出来る。降り注ぐ火山弾は、マツルの身体に当たるや否や、細かく砕け散った。灼熱の煙も、マツルの皮膚を焼くことは出来ない。運命図で確認した火炎竜の卵の落下地点はまさにマツルの立つこの場所で間違いないはずだが、肝心の卵を見つけることが未だ出来ずにいた。火炎竜の魔来は噴火とともに誕生する。火の魔力と結合した竜の魔力は、噴火と共に山から吐き出されるのだ。落下の衝撃で卵が死ぬことはあり得ない。マツルは念のため周辺の地面も確認したが、卵が落ちている様子はなかった。おかしいな。マツルは首を傾げた。もしや、運命図を読み間違えたのだろうか。マツルは少し不安になった。と、煙の中で何かが羽ばたきながらマツルに近づいてくる気配がした。そこで、マツルは運命図を自分が若干読み間違ったことに気が付いた。卵はマツルの元に落下してくるのではなく、大事に運ばれてくるのだ。そういうことだったのか、とマツルは目の前の存在に微笑んだ。
黒い煙の中で、ハヤはマツルが誰かと話している声を聞いた。やはりマツルは無事だ。ハヤはひと安心した。マツルと話す誰かの声は幼い女の子の声のように聞こえた。幼いながらもなかなか気の強そうな声だ。一体何者なのだろう。この噴火の煙が渦巻く中にいながら無事でいられる存在とは。ハヤからは黒い煙以外何も見えないので、マツルの様子を確認することが出来ず、ひどくもどかしい気分だった。
「お探しのものはこの子ですね」
小さな竜がマツルに言った。白い幼竜だった。頭に二本の短い角。そして、首の後ろから背中、尻尾の先まで鋭いトゲが生えている。そのトゲこそ火炎竜の特徴だ。小さな火炎竜は、四本の脚で赤々と光る卵を抱えて、パタパタと翼を動かしていた。
「ありがとう。我が"角"を連れてきてくれたんだね」
マツルは自身の尾を差し出し、そこに小さな竜をとまらせた。小さな竜はマツルの尾に尻をついて座り、前足で卵を支え持った。
「わたしの妹が"角"とはうれしいです。真蔓の竜さま」
小さな竜は愛おしそうに卵に頬擦りした。
「真蔓の竜、確かにその姿をしているけれど、実は少し違うんだ」
マツルは自身が永久魔法であること、その生みの親が真蔓の竜であること、だから、自身もその姿をしているのだと、簡単に説明した。小さな竜は神妙な面持ちでそれを聞いていた。
「生みの親が真蔓の竜さまなら、やはりお仕えすべきだと思います」
「ありがとう。オレの名は、マツルだ」
マツルが名乗ると小さな竜は可笑しそうにくすくすと笑った。
「名付けはどなたが?」
「それは」
マツルは、生みの親の真蔓の竜の記憶をまだ思い出していない。しかし、次の瞬間、ごく自然にマツルは話し始めていた。
「ふざけた名前の大魔法使いの爺さんだ」
再び、小さな竜は面白そうに笑った。マツルは自分自身に少し戸惑い、しかしすぐに、小さな竜に意識を戻した。
「その子は、きみの妹なんだね?」
マツルは小さな竜に尋ねた。
「はい。生まれてすぐにわたしの元にふっ飛んで来たのだから、わたしの妹に決まっています」
小さな竜は、よしよしと卵を前足で撫でた。そういうことか、とマツルはうなずいた。
「その子は、オレが一時的に預かり育てるけど、きみも一緒に来るかい?」
マツルが尋ねると、小さな竜は首を横に振った。
「いいえ。わたしはここで、他のきょうだいが生まれてくるのを待ちます。きょうだいが生まれたら、この山をなだめましょう。マツルさまは、妹をりっぱな"角"となるように、ご指導ください」
言いながらも、小さな竜はまた卵に頬擦りを始めた。よほど可愛いらしい。
「なら、きみの妹の名前はきみがつけるべきだね」
「いいんですか?」
小さな竜は嬉しそうだった。愛おしげに卵を撫でながら、しばらく考え、小さな竜は口を開いた。
「この子の名は、イシュ、です」
マツルは満足げにうなずいた。
「良い名前だね。きみの名前は何としよう?」
「マツルさまがお決めください」
マツルは小さな竜と、卵を見比べてしばし考えた。
「きみの名前は、チェル、だ」
小さな竜は、嬉しそうに笑った。
火の島からの帰り道、ハヤは拗ねていた。その腕の中には赤く光る火炎竜の卵が抱かれている。燃えるように赤い卵だが、火傷するほどではない。しかし、他の卵と比べると格段に温度が高い。まるで、湯湯婆のようだ。
「私も、竜の子供と話してみたかったです」
「でも、噴煙で何も見えていなかっただろう? あの煙はそう簡単にはおさまらないよ。だから、仕方なかったんだ」
実際、マツルとチェルが話している間も、小規模な噴火が起きていた。その度に、岩に砂に灰にと降ってくるのだから、ハヤに会話をさせる余裕はなかった。それに、ハヤは竜の子に会わせるべきではない。これはマツルの直感だった。どの道、ハヤは"角"達が孵る前に、マツルの前から消えてしまうのだから。未来に呼ばれ、未熟な世界ゆえに肉体を持てなかった存在は、あるべき時へと旅立つのだ。
結局、大樹に戻っても、ハヤは拗ねたままだった。火炎竜の卵を保育器に収めるのを見届けると、ハヤはすぐに花畑の部屋に行き、眠ってしまった。ふて寝でもしているのかとも思ったが、違うのだろう。
「別れは近いみたいだね」
眠るハヤを見下ろしながら、白い少年の姿で傍らに座るマツルは呟いた。そして、マツルはふと顔を上げた。
花畑の入り口に誰かが立っている。黒い長髪の冴えた空色の目の青年だ。彼はひらりとマツルに手を振った。
「過去を語る準備は出来ている」
しかし、マツルは、ハヤに視線を落とした。
「折角だけど、もう少し待って欲しい」
マツルの言葉に青年は、興味深そうな視線を寄越したが、何も言わなかった。そして、口元を緩め、肩の力を抜いた。
「ならば、お前の準備が出来たのなら、オレを呼べ。出来れば、あまり待たせないでくれよ」
青年の空色の目が瞬時に色を変え、熟れた果実のように赤く輝いた。気付けばそこには、美しい白い竜の姿があった。竜は、渡り鳥のような翼を広げ、羽ばたく仕草をしたと思うと消えた。
「ありがとう。真蔓の竜」
マツルは瞳を伏せ、彼が居た筈の場所に深く頭を下げた。




