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歯車の使い  作者: 衣白帽紫


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26/28

26竜の角

 マツルとハヤは大樹の中に戻っていた。今いる部屋は、いつもの花畑の部屋ではない。二階の部屋だ。その壁には等間隔に六つのくぼみがあり、そのうちの一つに渦巻く波の模様の青い卵が収められていた。卵が収められたくぼみは、深い海色にぼんやりと輝き、卵を包み込んでいた。マツルは白い少年の姿に変わっており、卵の表面の波模様をその手でなぞっている。

「つまり、そのくぼみは保育器だったわけですね?」

ハヤが尋ねるとマツルはうなずいた。

「その通り。竜の”(つの)”たちを孵すためのね」

「……」

ハヤは黙って、卵を撫でて満足げな表情のマツルを見た。ハヤにはいくつもの疑問が渦巻いている。何故、海底に竜の卵があったのか。ハヤはこの世界でマツル以外の竜を見たことがない。そもそもマツルだって、本来は永久魔法なのであって竜ですらない。それでも竜の姿をするのは、マツルという永久魔法が、真蔓の竜によって生み出されたからだ。

 卵があったということは、親がいるはずである。親竜はいったいどこへ行ったのか。それに、卵を発見した時にも言っていた”角”という言葉。単純に竜の姿をした時のマツルの頭に生えている角を指す言葉ではないだろう。ならば、その意味とは。竜という存在については、謎が多い。ハヤの魔法の知識の中にもその情報は少ない。それほど、竜とは人間と縁のない生き物なのだ。

「その卵の親は?」

ハヤは尋ねた。

「魔力だよ」

マツルはさらっと答えたが、ハヤには意味が分からなかった。質問を間違えたのだろうか。ハヤは首を傾げた。そのハヤの様子を見て、マツルは自身の答え方が間違いなのだと気が付いた。

「土地の魔力と竜の魔力が結合することで、竜が生まれる。この子は、海竜だから、水の魔力と竜の魔力の結合だね。そうして生まれた竜を魔力に由来する竜という意味で”魔来(まらい)”と呼ぶんだ。魔来が生まれるには、強力な土地の魔力と竜の魔力が必要だ。だから、オレはそのための魔力をこの世界に与えた。やがて土地の魔力が落ち着けば、魔来は生まれなくなる。その代わり、魔来同士が交配することによって、新しい竜が生まれるようになる。それが竜が増える仕組み」

「初めて聞く話です……ということは、あの場所にはまだ魔来が生まれる可能性があるのですか?」

ハヤが質問すると、マツルは首を振った。

「"角"を生んだ時点で、あの場所にまた竜を生む力は残っていないよ。オレがまた、魔力を落とせば別だけど」

「では、その竜の”角”とは、何のことでしょう?」

ハヤが再び問うと、マツルはうーん、とうなった。何を答えに悩む必要があるのかと、ハヤはいぶかし気にマツルを見た。

「”角”とは、真蔓の竜に直接仕える竜の事なんだ。海竜(かいりゅう)樹木竜(じゅもくりゅう)闇竜(あんりゅう)火炎竜(かえんりゅう)風竜(ふうりゅう)天空竜(てんくうりゅう)の六種族の各長となる存在。なぜ仕えてくれるのかは、よくわからないんだけどね。ただこうして、卵から発見して、その主たる真蔓の竜が自ら育てるという例は、聞いたことがないかな。大体は、真蔓の竜の元に向こうから寄って集まって来てくれるらしい。一説によれば、地竜(じりゅう)という魔力を持たない竜の突然変異種である真蔓の竜は、親である地竜に育児放棄されることが多いから、それを守り育てるために集まってくるらしい。けれど真相は不明だね。もしかしたら、竜の中で何か取り決めがあるのかもしれない」

「思ったよりも雑ですね」

ハヤは呆れたように言った。しかし、とハヤは思う。竜の習性など、ほとんどの人間が知らないのだ。ならば、マツルの言うことを否定はできないだろう。

「では、あなたが”角”を集める理由は何ですか?」

「それは、もちろん、世界創造を手伝ってもらうためだよ。ここで孵して、必要なことを教えて、ある程度育ったら、各島を治めてもらう」

「生まれる前から既に大変な責任を負わされるのですね」

「何か、引っかかる言い方だね」

マツルは口を尖らせた。しかし、ハヤは自分が間違ったことを言っているとは思わない。ハヤは涼しい顔をしていた。マツルは、じっとハヤを見つめた後、渋い表情をして口を開いた。

「本人の意思は尊重する。もし、嫌なら、他の魔来に協力を仰ぐよ。”角”ほど大きな魔力はないにせよ、土地の魔力が強いうちは、それなりに強力な魔来が生まれるのだから」

もし、誰も協力しないと言ったらどうするのだろう、という多少意地悪な質問をハヤは我慢することにした。この世界は、マツルが創った世界だ。マツルがそう思うのなら、そのくらいの希望は叶えるようにできているのかもしれない。

 それからというもの、マツルとハヤの卵探しの小さな探検は連日行われることとなった。翌日に向かったのは、大樹のある島の北東に位置する星の島だ。星の島は、二つの島から成り、まるい小さな島に寄り添うように弓状の大きな島がある。まるい島は、鬱蒼とした木々が生い茂る一方、弓状の大きな島は、水色の砂漠が広がっていて、森は北側の三分の一程度の面積しかないようだった。

「砕かれた水面の瞳の欠片、というか粒子がこの島に流れたんだ。おかげで森は飲まれて不思議な砂漠地帯になってしまった。ここは治めるのが難しそうだ」

マツルはそういいながら弓状の島の砂漠の真ん中に降り立った。マツルは姿勢を低くすると、ハヤを下ろした。靴裏に感じる砂の感触は、水の島の浜辺とは違い、ざらざらと固かった。砂粒それ自体は、浜辺の砂と同様かそれ以上に細かいのに、踏みしめると、まるでガラスの破片を踏むような音がした。それに、よくよく見ると、砂の一粒一粒が淡く水色に光っていた。それが、この砂が元は水面の瞳だったのだと語っていた。

「今は燃ゆる瞳の力が強くてわかりにくいですが、夜にここを訪れれば、この砂漠は水色に輝いているのでしょうね」

ハヤの言葉にマツルはうなずいた。それはそれで美しかろう。ハヤがそう思っていると、どこからともなく、「ほほほほほほほっ」という鳴き声がした。鳥の声のようにも、傲慢な女性の高笑いのようにも聞こえた。不気味だった。

「この声は!?」

ハヤはあたりを見回した。もちろん、目に見える範囲にそれらしい生き物はいない。

「多分、似貝虫(にがいむし)かなぁ」

多分と言いつつ、確信している口調でマツルは言った。

「にがいむし?」

食べると苦いのだろうか。くだらないことを思いながら、ハヤはマツルの言葉をおうむ返した。

「あいつら、ちょっと気持ち悪いんだよね」

それで、結局のところなんなのだろうか。ハヤは続きを促すようにマツルを見たが、マツルは「あっちのまるい島の方にいるんだよ」と答えるだけだった。ハヤは説明を諦めた。

 マツルは後ろ足で砂漠に穴を掘っていた。ある程度掘り進めると今度は前足を使って慎重に穴を掘った。竜が穴を掘るなんて奇妙な光景だな、とハヤは内心思った。そうこうしているうちに、淡く水色に光る卵をマツルは掘り出していた。まるで小さな水面の瞳である。それは、天空竜の卵だった。

 次の日向かったのは、南西の影の島である。島一帯は暗い森に覆われている。島の北には魔法使いの帽子のような黒く尖った死火山がある。マツルはその死火山の麓に降りた。ハヤは黒々とした死火山を見上げた。何だか物悲しくなる山だった。空虚や不安とも違う、寂しさや何かを懐かしむような気持ちを呼び起こす、そんな山だった。マツルは何かを感じる様子もなく、ハヤを残して山の中腹まで飛んでいき、そこにある洞窟に入っていった。ハヤはマツルが入っていくまで、そこに洞窟があることすら気付かなかった。マツルはすぐに洞窟から出てきた。その口には黒い卵が咥えられていた。闇竜の卵である。

 次の日、マツルが向かったのは、北西の風の島だ。風の島の北東には変わった形の岩が立ち並ぶ砂漠があり、北西は高い丘、島の中心から南西部にかけては平たい草原地帯、東側には緑豊かな山、そしてそれらを区切るように小さな森や川があった。マツルが向かったのは、北東の奇岩地帯だ。奇岩地帯の遥か上空にいる内にマツルはハヤを球体の魔法の中に入れた。球体はハヤを飲み込むと、マツルの顔のすぐ隣を飛んだ。

「どうしたのですか?」

「着けばすぐにわかるよ」

マツルはそういうと高度を下げていった。奇岩地帯の異様な岩々の巨大さが実感できるくらいに近づくと、ハヤは何故マツルが自分を球の中にしまったのか理解した。ひどい風と砂埃である。風は岩々の間を通り抜け、または遮られて複雑な流れを生み、唸るような音を発していた。細かい砂や、小さな小石が吹きすさぶ風にさらわれ、空高くまで舞い上がっていた。小石がマツルの固い皮膚やハヤを守る球に当たってカチカチと音を立てた。地上に降りると、砂埃でほとんど前が見えなかった。相変わらず小石はぶつかって来るし、こんなところに竜の卵があるとは思えなかった。しかし、マツルは自信たっぷりに砂埃の中を進んだ。そこでハヤは疑問に思った。何故迷わないのだろう、と。マツルのことだから、ハヤに言わないだけで、実は迷っているのかもしれないが、それにしては、上陸から卵の発見まで早すぎやしないだろうか。思い返せば、水の島の海の中だって、卵は深い海の中、岩の横穴の奥にあったのだ。道中、マツルに迷っているような素振りも、卵を探知する魔法を使う様子もなかった。そう、はじめから卵がそこにあるのが分かっているかのようだった。星の島で砂の中から卵を掘り出した時も。影の島の真っ暗な洞窟から卵を見つけ出した時もだ。そこに卵が発生するようにマツルが予め仕込んでいたのかもしれないが、そうではないのだろうとハヤは思った。マツルは、世界に魔力を落とす時、上空から振り撒くように落とすのだ。土地の魔力も竜の魔力もやり方は同じだったはずだ。決まった場所に卵が発生するように仕込んでいるとは到底思えなかった。ならば、何か秘密があるはずだ。探知の魔法を使わずとも、卵を見つけることが出来る秘密が。自分の知らない魔法かもしれないと思うとひどく興味をそそられた。知りたくて知りたくてしょうがなくなってしまう。これは悪い癖かもしれないと、ハヤは内心ため息をついた。

 しばらく進むと、風が竜巻のようになっている場所に出た。飛んでくる砂や小石もその激しさを増している。マツルは地面を蹴って飛び上がり、純白の翼を広げた。飛んでくる小石や砂を叩き落とすように力強く羽ばたき、竜巻の真上まで行くと、頭を真下に向きを変え、そのまま竜巻の渦の中心に急降下した。ハヤは竜巻の真上あたりで待機させられていた。マツルが竜巻に突入してすぐ、風の魔法がほどけていき、竜巻が姿を消した。ハヤの元まで飛び上がったマツルの前足には、エメラルドのように美しい風竜の卵が抱えられていた。

 同じ日、風竜の卵を大樹の保育器に収めると、マツルとハヤは、南東の緑の島に向かった。緑の島は東西に薄く広がった平たい島だった。島の端から端まで鬱蒼とした森が広がっている。そして、上空からでも色鮮やかな花が咲いている木や、派手な木の実を実らせている木があることが分かった。よく目を凝らせば森の中に川が流れている。マツルは、ハヤを空中に浮かばせると、自身も白い少年の姿になった。

「この森は、竜の姿では歩きにくいからね。引っかかってしょうがないんだ」

マツルはハヤと手をつなぐと、森の上を飛んだ。そしてやはり迷うことなく、森の中心部の上空で静止すると、そこからゆっくりと降下した。

 徐々に迫り来るように見える森は、それ自体が巨大な生き物のようだ。湿気を孕んだ鼻の奧をつく程の草木の匂いと、それに混じって時折香る花の甘やかな芳香、地面に近付けば、そこにむっとする土のにおいが混ざり合う。

 地面に足を着けば、そこはふっくらとした感触の草が生い茂っている。一歩踏み出せば、踏んでいた草は、シャキッと起き上がった。空を見上げようとすれば、木の葉が埋め尽くすように空を隠している。それも、互いの邪魔をしないように、皆が光を受け取れるようにと、木々の葉は、お互いが重ならないように生えている。しかし、地面に光が全く届かない訳ではない。木々の葉のほんの僅かなすき間、または、木の葉に空いた虫喰いの穴から、燃ゆる瞳の光が零れるように金の光の筋となって、幾本も地面に光を届けている。森に溢れる魔力は、蛍の灯火のように明滅して揺れる。息を飲む光景だった。

 マツルは森の景色に圧倒されているハヤの肩を叩いた。そして、数歩先の地面を指差した。そこには巨大な花が地面に這いつくばるように咲いていた。色は毒々しい程に赤く、中心がぽっかりと口のように開いていた。花の口からは樹の魔力が萌葱の光となってあふれている。マツルは恐れることなく、花に向かって歩いて行った。ハヤも途中までついていったが、ふと足を止めた。花に近付いてみて分かったのだが、花には独特な芳香があった。そして、そのにおいに惹かれて大量の羽虫が集まっている。それに怖じ気付いたハヤはその場から動けなくなった。マツルはというと、それを気にも留めていないようだ。マツルが暖簾を潜るように腕を上げれば、虫たちは、マツルを避けるように飛んだ。マツルは花の中心に膝をつき、その中にあった卵を抱き上げた。萌葱色のそれは、樹木竜の卵だ。マツルは花の上から下りると、ハヤが離れたところに立っていることに気が付いた。どうしたのだろうか。マツルは不思議そうな顔をした。と、卵に花のにおいがついてしまったのか、虫がマツルの周りにも集まってきた。それを見たハヤが一歩後ずさった。マツルは、にやりと笑うと早足にハヤに近付いた。ハヤは慌てて後ろに下がり、草に足を取られて尻餅をついた。

「そういうところを見ると、やっぱり人間の女の子だなぁって思うよ」

マツルがしみじみと言えば、ハヤはむっとした顔をした。マツルはふふっと笑うと、手をひらりと振った。するとマツルの周りにたかっていた虫が花の方へ戻った。マツルはハヤの前に立つと、恭しく手を差し伸べた。

「さぁ、我が姫君」

マツルの気取った仕草に吹き出しながら、ハヤはその手を取った。

「あなたは、私をなんだと思っているのですか?」

すると、マツルはきょとんとした顔をした。

「え、大魔法使い?」

ハヤは釈然としなかった。

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― 新着の感想 ―
にがいむし、気になり過ぎますね。なんの伏線ですか? マツルさんってなかなかにとぼけてますね。 このまま「強者の余裕」を誇示して欲しいですね。
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