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歯車の使い  作者: 衣白帽紫


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24マツルの運命図

 ハヤは花畑の部屋で健やかに眠っている。今のうちに済ませてしまおう。マツルは気を引き締めた。マツルがいるのは、大樹の内側の三階の部屋だ。天井にはうすぼんやりと光るキノコが生えており、眠たげに室内を照らしていた。マツルは緩やかに腕を上げ、歌うように呪文を唱えた。マツルは、一歩足を踏み出し、その場でゆっくりと回り、腕を振り下ろし、また大きく広げた。歌い舞うようなその姿は、竜が使う魔法の発動方法の一種だ。身体の動きに合わせて魔法を練り、声と共に放つ。一見余分な動作に見えるが、放たれる魔法は正確で強力だ。何より、とマツルは思う。無詠唱よりも、杖を振るよりも、こちらの方が魔法を使っていると実感できて楽しい。

 マツルは動きを止めると同時に呪文を歌い終えた。部屋の中には、輝く無数の歯車が宙を自在に飛び回っていた。

「まだ初期段階の世界を表すだけでもこの歯車の量か。恐ろしいな。オレでもいずれ読み解けなくなるかもしれない」

言いながらも、マツルは満足げに宙に浮かぶ歯車を見上げた。歯車は付いたり、離れたり、噛み合ったりしながら、しかし、音も立てずに回っていた。これは、運命図と呼ばれるものだ。これから起こりうるすべての可能性を魔法で図に表したものだ。占いよりも正確とされる一方で、すべての可能性の中から確定した未来を読み解くのは、ほぼ不可能と言われている。それでも、力のある魔法使いたちは、果敢にこの運命図に挑んだ。未来を読み解き、正しく進むために。その過程で、発狂する者も後を絶たなかった。人間の脳で処理できる情報には限りがある。マツルは足元に真蔓を出現させると、蔓を歯車に伸ばした。マツルは、人間ではない。魔力の塊だ。そして、真蔓という記憶を補助する魔法の蔓を扱うことが出来る。その分、人間よりは、運命図を深く読み解くことが出来る。真蔓は、マツルの姿を囲うように生え、その先端は宙を踊る無数の歯車へと伸びた。真蔓の先端は幾重にも枝分かれし、歯車ひとつひとつに触れた。マツルの意識と運命図が繋がった。瞬間、マツルの魔力構造が激しく振動した。色が、音が、訳の分からない濁流のようにマツルに流れ込んだ。しかし、マツルは、慌てなかった。歯車がもたらす情報の濁流は、真蔓からマツルへ流れ、マツルから真蔓に流れることを繰り返した。繰り返す内に、色は形を成し、音は言葉となった。真蔓の表面に金色の紋様が浮かび上がった。開いたままのマツルの空色の瞳に同じ金色の紋様が浮かぶ。真蔓を通して流れて来る情報は、夏の虫の歌のように賑やかに、秋の虫の歌のように涼やかに、春のそよ風のように優しく、冬の木枯らしのように鋭く、マツルの魔力構造に響いた。そして、緻密な刺繍の絵をほどき、もとの色の束に戻していくようにマツルは情報を整理した。

 歯車に伸びていた真蔓がゆっくりと離れていき、真蔓は音もなくマツルの足元に消えた。マツルは瞬きをした。マツルの瞳に浮かんでいた紋様がその青の中に沈むように消えた。

 マツルはしばらくの間、運命図がもたらした情報の余韻に、数多の可能性の海の中に意識を漂わせていた。そして、可能性の中から、確率の高い道筋を辿って行く。そこから見出だされた未来とは。マツルは唇を噛んだ。目を瞑り、ゆっくりと首を振った。そして、目を開く。

 運命図を読み解くなかで、マツルはあの呪いも見つけていた。呪いは隠れている。しばらく動く気配はない。何に取り憑くか、慎重になっているようだ。こちらとしては、早く取り憑いてくれた方が、ありがたいのだが。しかし、マツルを警戒すべき相手と認識させることが出来たのは、良かったことなのかもしれない。

 さて、この運命図をハヤに発見されたら、ハヤはどんな反応を見せるだろうか。怒るだろうか。困惑するだろうか。それともあきれるだろうか。何となく、ハヤの事だから、運命図に頼った世界創造はやめるように、と言いそうだ。マツルだって当初は、運命図を出そうとは思っていなかった。しかし、あの影が現れた。あの影は必ず世界創造の障害になる。なればこそ、その動向は出来る限り把握したかった。運命図を自分が読み取れるうちは、運命図を消す気はない。もちろん、運命図に頼りきりになるつもりもないが。何故なら、すべての可能性を現す筈の運命図にその運命の道筋を現さない存在がいるからだ。マツルは無数に蠢く歯車を見つめる。その存在は、稀有な存在で、滅多なことでは現れないらしい。しかし、警戒は必要だ。その存在は、せっかく運命図で読み取った未来を平気で書き換えてしまうのだから。運命図の番狂わせ、観察者の敵、未来の破壊者、そして、未来の導き手。その存在は、過去に様々な名で呼ばれてきた。しかし、最も魔法使いの間で普及し、浸透した呼び名がある。その呼び名こそ。

歯車(はぐるま)使(つか)い」

マツルは呟いた。この世界にいずれ現れるのだろうか。だとしたら……。

「オレの味方になってくれるといいんだけど」

そんな都合の良いことはないか、とマツルは首を振った。

 マツルは歯車に背を向けた。ハヤが目覚める気配を察したからだ。マツルは緩やかな階段を下り、花畑の部屋に足を踏み入れた。花に囲まれた眠り姫は、ちょうど瞼を震わせて身じろぎをした。マツルは足早にハヤに近づくと、あと数秒後には、目覚めてしまうその寝顔を見つめた。ハヤは、違う。マツルは、ハヤの目元をそっと撫でた。ハヤを現す歯車は、運命図に表示されていた。そして、その表示には、確かに、永久魔法と記されていた。しかし、マツルとの決定的な違いがあるとすれば、その表示には補足があった。”休眠中”と。

「眠ったままの永久魔法、ね」

マツルはかすかな声で言った。

「この世界を害する永久魔法なら……」

これは身勝手な願いなのだろう。

「眠ったままでいいんだよ」

できることなら、争いたくはない。

「きみとは、戦いたくないんだ」

かすれた声でこぼされた本音。この気持ちはどうしようもない。だが、彼女の中の魔女が目覚めれば、争いは避けられない。何故なら彼女は、世界を滅ぼす永久魔法なのだから。滅びた世界から読み取った記憶。その中でマツルは、確かにあの声を聞いた。"滅べよ、世界"と。その内の一つがハヤの声だった。ハヤ、もとい、魔女(ヒガン)の声だ。もう一つの声については、運命図から読み取れなかった。もっと運命図の規模を拡大すればはっきりするのだろうが、しかし、そうしなくても検討はついてしまった。マツルは自嘲した。真蔓は、これを見越していたのだろう。出会えばこうなると。だから、あの時止めたのだ。

 マツルが見守る中、娘の透き通った琥珀の瞳は開かれた。

「……どうかしましたか? マツル?」

花のつぼみが綻ぶような柔らかな優しい笑みを浮かべ、ハヤはマツルを見上げた。マツルもふっと微笑んだ。

「きみは、本当にお寝坊だね」

マツルはからかうように言った。ハヤもわざと不貞腐れた顔をした。マツルは、ハヤに手を差し出し、ハヤも自然な動作でその手を取った。ゆっくりと起き上がるハヤを見ながら、マツルは心の内で問いかける。ねぇ、ハヤ。この世界にきみが人として生まれてきた後、待つのは、不幸なのだと言ったら、きみはどんな顔をする?

「今日も見回りに行くのでしょう?」

何も知らないハヤは楽しそうに尋ねた。

「勿論だよ。それに、今日は探し物がある」

不安など微塵も感じさせない明るい口調でマツルは答えた。オレたちは、歩み始めた。絶望に向かって。それをきみに告げれば、きみは何を思うだろうか? オレが育むものは、きみを奪うもの。きみが生むものは、オレを壊すもの。


馬鹿だな。


マツルの内で何かが囁いた。


悩み苦しむくらいなら、滅ぼせば良いものを。


馬鹿だね、とマツルは言い返した。そんなに単純な話ではないんだよ、と。マツルの内の声はフン、と鼻をならして沈黙した。殆んど無意識に、自然に行われたやりとりが何を意味しているのか、己の事ながらマツルは未だ気がつかないのであった。運命図に既に示されていた内なる存在は、しかし、マツルの理解の外にいた。

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― 新着の感想 ―
歯車から読み取った煩雑な情報が真蔓を通して整理されていく表現が美しいですね。情報とは雑多でごちゃごちゃなイメージですが、刺繍のように未来を美しいもののように感じさせてくれますね。 それはそれとして、内…
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