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2旅する魔法

世界と世界の間には、濃密な魔力が漂っている。様々な魔力が混じりあったその場所は黒々としているが、特に魔力の濃い場所は、その魔力の性質により、赤や青、黄色や緑などの色を帯びて輝いている。その様はまるで星空のようだ。

この場所は、境界(キョウガイ)と呼ばれている。普通、人間は世界の外側に出ることは、出来ない。もし、出来たとしても、境界を構成する濃密な魔力によって肉体を焼かれて死んでしまう。境界に至るには、それ以上に高濃度な魔力が必要だった。

白熱した光が流れ星のように尾を引きながら境界を自在に飛び回っている。永久魔法である。その名の通り、永久に尽きることのない魔力を持つこの光は、境界の地に屈することはない。永久魔法は、魔法使いの野望だ。様々な世界でこの魔法を作り出そうと、魔法使いたちは、躍起になっていたが、それには高度な技術と危険が伴った。そのため、歴史の上で永久魔法を作り出した者の名は、まだどの書物にも刻まれていない。それ故に、永久魔法とは、古の竜がその命が終わる時に吐き出した炎なのだ、とまことしやかに囁かれていた。

永久魔法は、世界と世界の間を縫うように飛んでいた。未だ自我に目覚めぬこの魔法は、行くあても目的もなかった。

永久魔法には、無自我の浮遊期間がある。境界を旅するこの永久魔法は、まさにその状態だ。永久魔法は、やがて自我に目覚めると、世界に関わる存在となるのだ。この事実を知る魔法使いは、ほとんどいない。それもそのはずだ。永久魔法を作り出そうとする魔法使いの大半は、その魔力を己の物としようとする者だ。まさか永久魔法が自我を芽吹く存在だとは、思いもよらないだろう。

やがて永久魔法はとある世界にたどり着いた。いや、それはもう世界と呼べるような状態ではなかった。その世界は、崩れて消えかかっていた。永久魔法は吸い寄せられるようにその世界に降りていった。

終わった世界は荒涼と物悲しかった。大地は灰色の砂にまみれ、埃で曇った空には穴が開き、境界の魔力の星空が覗いていた。空の穴はじわじわと広がり、境界の闇がゆっくりと溢れだしてくる。永久魔法が飛ぶ際におこす風は、砂を引きずりこすり合わせて、すすり泣いていた。風の泣き声に混じってかすかに子供の泣き声がした。その声に反応するかのように、永久魔法が一瞬虹色に輝いた。そして、さらに強く白い光を放ち出した。永久魔法に自我が発生したのだ。永久魔法はその場でくるりと一周したのち、ぴょんと跳ねた。


一体、どういうことだ。


永久魔法は戸惑った。世界が崩壊してる。何故自分は、こんな場所にたどり着いたのか。このままでは、自分自身もこの世界同様に崩壊してしまうのではないか。確かな焦りと共に、永久魔法は飛んだ。そして、子供の泣き声に気がついた。永久魔法はすがるようにその声の主を探した。えぇん、えぇん。灰色の世界でかすかに聞こえる声は今にも消えてしまいそうだ。永久魔法は急いだ。永久魔法が通った後には砂ぼこりが舞った。砂ぼこりは、ゆっくりと空にあいた境界の穴へ吸い込まれていった。

灰色の世界はどこまでも灰色で、目印になるようなものは何もない。灰色の大地。灰色の空。灰色の風。今にも消えそうな声を探して永久魔法は、崩壊が進む世界を探して回った。

そして、遂に見つけた。それは、真っ黒な影の様だった。永久魔法は絶句した。


まさか。


影の様に見えるのは、人間の子供の魂だった。本来魂とは、それを見る力を持つ者が見れば、まばゆいばかりの光を放って見えるものだ。それが、真っ黒に染まっている。


まさか、魂が黒焦げになるほどの力が。


魂の力は、強い。魂は境界を飛ぶことが出来ると言われている。その魂が黒く焦げる程の強力な力とは、何だろうか。


永久魔法?


そんなことがあり得るだろうか。信じられない気持ちだったが、崩壊した世界には強い魔力の余韻が残っている。一体どれほど強力な永久魔法だったのか。永久魔法は、尽きることのない魔力だが、一度に使える魔力の限界値は決まっている。永久魔法と言えど、使えない魔法はたくさんあるのだ。

永久魔法は、その内に自我を生み、その自我は役目を果たすと死ぬ。残った魔力は、無自我の浮遊期間を経てまた新たな自我を生み出す。そうやって自我の生と死を繰り返すことで、永久魔法は、一度に使える魔力の限界値をあげていくのだ。では、一つの世界を崩壊させるには、何度自我の生死を繰り返したのだろうか。

「うえぇん、お母さん」

黒焦げの魂が泣く声で永久魔法は、我に返った。そして、今の自分が真っ先にしなければならないことを思い出した。それは、存在理由を見つけることだ。自我を持った永久魔法は、存在理由がなければ魔力構造が緩んで壊れてしまうのだ。強い力には、それに見合った存在の根拠が必要だ。根拠がなければこの大きすぎる力は世界の内側で均衡を保つことが出来ない。今さら境界に戻って別の世界を探し、存在理由を見つけるには時間が足りない。永久魔法は意を決した。


やぁ、お母さんを探しているのかな。


永久魔法は黒焦げ魂に声をかけた。黒焦げ魂は驚いたように泣くのを止め、永久魔法を見つめた。もっとも顔は真っ黒で表情はまったく見えない。しかし、永久魔法は、その魂が唖然として自分を見ているのがわかった。


一緒に探してあげよう。


永久魔法は、とりあえず言ってみたが、それが出来ないことはわかっている。この子供の魂以外にもうこの世界に魂はない。皆然るべき場所へ旅立ったのだろう。では、何故この子供は未だこの世界に残っているんだろう。こんなに黒焦げになって。永久魔法は、じっと子供の魂を見つめた。子供も永久魔法を見つめ返している。そもそも魂が焦げるなんてあり得るのか。この子供の魂が特別焦げやすく、地縛しやすかったのか。いや、違う。自分はどうやら寝ぼけていたらしい。無自我の浮遊期間は相当長かったとみえる。永久魔法は自分自身に呆れてしまった。この子供の魂が黒いのは、焦げたからではない。これは、印だ。魔法によって何らかの印が付けられている。一体、誰が、何のために。透き通った鈴の音がして、永久魔法の視界が揺らいだ。嫌な予感とも違う、強い縁のようなものを感じた。

「ねぇ、あなたは光ってる。あなたは何?」

ずっと黙っていた子供が喋った。永久魔法は驚いて飛び跳ねた。まさか話しかけられるとは。


オレは、魔法使いだよ。だからきみの願いを叶えてあげよう。


これはもはや賭けだった。どのみち、存在理由を見つけなければ、自分はこの世界と一緒に崩壊する。

「魔法使いって帽子をかぶって、杖を持っていて、それから、ほうきにも乗るよ。あなたは、光の塊みたいだけど、本当に魔法使いなの?」

なるほど、この世界の子供が思い描く魔法使いとは、そういう姿なのか。永久魔法は、興味深く思った。永久魔法が考える魔法使いとは、魔法を使う存在全般をさす。人間だけでなく、獣でも、妖精でも、竜でも魔法を使う存在は魔法使いだ。


オレは、魔法使いだよ。きみが思い描いている姿ではないけれど、確かな魔法使いだよ。


子供は、じっくりと永久魔法を観察しているようだ。顔が真っ黒なので、相変わらず表情は見えないが、永久魔法は、そう感じた。

「僕、お母さんに会いたい」

子供は再び泣きそうになりながら答えた。予想通りの答えだ。この子供もその母親も死んでしまっているのだ。二人が再会するためにしなければならないことは一つではない。問題は、自分にそれを成す力と覚悟があるかだ。しかし、やらない選択肢はない。今ここで選ばなければ、待っているのは、崩壊だ。永久魔法は、決して自然発生するものではない。強い意思と覚悟の大魔法よって作り出されるのだ。永久魔法を生んだ意思のためにも崩壊は避けなければならない。まだ自我に目覚めたばかりで、自分が何故に生まれた永久魔法なのかはわからないが、そのうち生みの親の記憶にも目覚めることだろう。


それでは、きみとお母さんが再会するための場所を作らなくてはね。ここは、間もなく消滅してしまうから。


「え、ここ、無くなっちゃうの?」


子供は怯えた声を出した。怖くなるのは当然だろう。永久魔法は少しでも落ち着かせようと子供に寄り添うようにして浮かんだ。


だから、新しい世界を作ってあげよう。きみときみのお母さんが幸せに暮らせる世界をね。


「そんなことができるの?」

子供は期待に胸を膨らませた。明らかに声が元気になっている。これは何がなんでも叶えてやらないと。永久魔法はやる気がみなぎっていた。

「じゃあ、じゃあ、新しい世界で、あなたにも会えるかな!」

子供は楽しそうだ。顔が見えていたら、その目はきらきらと輝いていたことだろう。


きっと会えるよ。さぁ、きみはそろそろ行かないと。


「行くって、どこに?」


魂が還る場所。光と闇の交わる空。大丈夫、怖くないよ。


境界の覗く穴から、一筋の金色の光が螺旋を描いて子供の元に降りてきた。


きみは少し向こうで休んでいてね。その間にオレは世界を創るよ。さぁ、行って。


子供は少しためらったあと、金の螺旋に近づいた。そして、永久魔法を振り返った。

「新しい世界で出会ったら、一緒に遊ぼうね。僕の名前は、メイトだよ。忘れないでね」

子供が螺旋の先に触れると、その姿は虹色の光に変化し、ゆっくりと螺旋に沿って空に昇って行った。

「そうだ、名前! あなたの名前は?」

子供は慌てた声で叫んだ。永久魔法は、思わず、ふふっと笑った。問われたことで自分に名前があったことを思い出した。


オレは、マツルだ。


「マツルくんね、忘れないよ。またね!」

またね、という子供の言葉がいつまでもマツルの中にこだました。子供は、金の螺旋に乗って境界の向こうに吸い込まれていった。この世界の空はほとんど壊れてしまった。この世界は間もなく境界の闇に飲み込まれるだろう。だが、その前に。マツルは、魔法の歌をうたった。するとマツルの光が何倍にも膨れ上がり、境界が飲み込みかけている世界の残骸を吸い込み始めた。世界を一から創ることは、自分の魔力をもってしてでも不可能だ。しかし、この世界の構造を取り込んで学習すれば、それは、不可能ではない。この世界を設計図に、新しい世界を創ろう。


メイト、きみは次にオレに出会っても、オレの名をマツルと知っても、きっとオレを思い出すことはないだろう。それでも、オレは忘れないから。必ずきみに会いに行こう。


マツルは、世界の残骸をすべて取り込むと、再び境界の星空の旅に出発した。


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― 新着の感想 ―
ライフサイクルがあり、自我の期間と無自我の期間を繰り返す「永久魔法」の設定が新鮮だった。なぜメイトの魂だけがそこに残っていたのか、謎を残しつつも、いよいよ何かが始まる期待感が膨らむ内容だった。
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