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19歩み出す者

 ヘキレキが去った後、私はベッドに横になった。気持ちの整理が出来ていなかった。自分はどうしたいのか。ヘキレキとミズアオは共に行こうと言ってくれた。私が呪われていることを知った上で、である。それを嬉しくない言ったら噓だ。しかし、本当にふたりの言葉に甘えて良いのだろうか。私と関わったことで、呪いの影響を受けることはないのだろうか。私は深いため息をついた。現状の正直な気持ちは、何もしたくなかった。目を閉じ、耳を塞いだまま眠り続けたかった。しかし、それが叶わないことは自分が一番よくわかっている。胸の内に氷のように冷たい呪いが脈打っている。無意識化であれほどの力を放出したのだから、しばらくは大人しいだろうが、安心は出来ない。この呪いは私が何もしなくても勝手に成長し、影響し始めるだろう。呪いが活発になる前に手を打たなければ、誰かを傷つけることになるはずだ。私はひどい倦怠感を感じた。今日は寝てしまおう。私は眠りについた。

 次の日の朝、妙な気配を感じて私は目覚めた。私はゆっくりと起き上がった。昨日よりは気分が良い気がした。私は寝室を出た。妙な気配は書庫からだ。私は足音を立てずに書庫に入った。書庫ではたくさんの図書霊たちが落ち着かなげにうろついていた。一体どうしたというのだろう。読書感想会でもしていると思ったのだが、そういう雰囲気でもなかった。白い図書霊の影たちは、不安そうに本棚の間を行ったり来たりしていた。ヒガンの図書霊もいるか探してみたが、出現している図書霊の数が多すぎて見つけることが出来なかった。

「書庫の主人が不在です」

「管理者のいない書庫は朽ちるだけ」

「我らも書物と共に消えるだけ」

図書霊たちが囁き合っていた。そして、図書霊はようやく私の存在に気が付いた。

「あなたが新しい書庫の主人になりませんか?」

「あなたならふさわしいでしょう」

「共にこの書庫で過ごした仲です」

「どうかどうか、書庫の主人になりませんか?」

懇願する図書霊に囲まれて、私は後ずさった。

「ごめんなさい。まだ……考えられません」

私は逃げるように書庫を後にした。私は居間まで逃げてくると、椅子に腰かけテーブルに突っ伏した。

「どうしたらいい?」

私は呟いた。答える者はない。私は火の気のない暖炉を見た。ヒガンと語り合いながらパンを食べた日が懐かしい。涙がこみ上げ、私は声を出して泣いた。誰もいない部屋に、私の泣き声がむなしく響いていた。泣きすぎて目は腫れ、激しい頭痛がした。少し水を飲もう。私は外に出ると、井戸の水を汲んで飲んだ。そして、すぐに小屋に戻ると、ベッドに横になって休んだ。私はそのまま、また眠ってしまった。

 夢を見た。転生した時の夢だった。夢の光景が胸に引っかかった。私ははっと飛び起きた。ヒガンが消える直前のことだ。ヒガンは、空中で身体を丸め、ヒガンの身体から輝く液体のようなものが溢れだしヒガンを包み込んだ。その光景に重なるものがある。私が転生を決意した時と同じ状態ではないだろうか。つまり、ヒガンは転生したということだろうか。しかし、何故? 永久魔法は、永遠に尽きることのない魔力の塊だ。永久魔法が自身の力で肉体を具現化しない限り、永久魔法は、肉体を持たないはずだ。もし、ヒガンが使った魔法が転生魔法だった場合、ヒガンは人間としてまたどこかの世界に生まれてくることになる。それは、つまり永久魔法を身に宿した人間として生まれてくることにならないだろうか。そして、あの転生の魔法が私と同じ転生の魔法ならば、私がそうだったように、自我はそのまま転生後に引き継がれることになる。ヒガンはヒガンのまま永久魔法として何度も死んでは生まれ変わる存在になったのではないだろうか。私がヒガンの自我を残すことに固執してしまったせいだろうか。私は薄い緑色に光る文字で、自分が唱えた呪文の魔法式を書き出してみた。何度見直しても、それは、永久魔法の自我を殺すことを阻止し、永久魔法を完成させる式だ。私に間違いはなかったはず。だが、ヒガンは本来の永久魔法の姿にならなかった。私はまた魔法式を消しては書いて検証することを小一時間ほど繰り返したが、答えは出なかった。答えと言えば、ヘキレキ達への返事もまだ結論を出せなかった。一人で悶々と考えるうちに、夜は更け、気が付くと朝になっていた。私は投げやりな気分になっていた。このまま死んでしまえたらどんなに楽だろう。私は思い立って外に出た。そして大地の裂け目を目指した。裂け目をのぞき込むと、青い光はなく、ただ暗い闇があった。ここから身を投げれば流石に死ねるだろうか。私は裂け目のふちに腰かけて、ぼんやりと底の闇を見下ろしていた。このまま前に尻を滑らせるだけでいい。落ちたらすべてが終わるだろう。でも、もし、それでも死ねなかったら? 私の自我だけが死に、呪いだけが暴走したら何が起こるだろう? 私の答えを聞きにきたヘキレキとミズアオを襲うことになったらどうしよう。私は深いため息をついた。駄目だ。今の私は何一つ決断することが出来ない。私は仰向けにひっくり返った。そして、空を流れる雲をぼんやりと眺めていた。

 どのくらいそうしていただろうか。いつの間にか、空は薄暗くなってきている。もう夕方である。考えることを放棄していた私は愕然とする。明日にはヘキレキたちがやってくる。答えを出すなんて無理だ。私はまためそめそと膝を抱えて泣き出した。やっと顔を上げると辺りは真っ暗になっていた。もう夜だ。時間の流れがあまりにも早い気がした。と、私は青い光の粒が周囲を漂っていることに気が付いた。私は慌てて大地の裂け目をのぞき込んだ。大地の底からは青白い光が溢れてきている。そして、そこから生まれる小さな光の粒が漂いながらこちらまでふわふわと浮かび上がってきているのだ。澄んだ鈴の()のような音がした。私は耳を澄ました。誰かの声が聞こえる気がする。

「シ…………く…ん。……て……よーっ!」

私は息を飲んだ。そして裂け目のふちにぎりぎりまで身を乗り出して声を聞こうとした。

「シマリスくーん。待ってるよーっ!」

今度ははっきりと聞こえた。間違いない。ボノさんの声だ!

「ボノさぁぁぁんんッ!」

私は裂け目に向かって叫んだ。

「ボノさぁぁぁんんッ! 私は、ここだよ!」

すると、ボノさんからの返事がした。

「!! シマリスくーん。ボクは、……ノキト…村に…るから……!」

「大事なところが聞こえないよ! どこにいるって!?」

私は声が裏返るほど必死に叫んだ。

「……ノキト…ら!!」

駄目だ、聞こえない。どうすればいいんだろう? そうだ、ここから飛び降りればいいんだ。そう思って私が立ち上がった時、立っていられないほどの地震が起きた。私は態勢を崩し、尻餅をついた。揺れが収まり、ようやく立ち上がって見ると大地の裂け目はふさがっていた。もう少しでボノさんに会えたかもしれないのに。私は絶望した。と、目の前に青い光の粒が漂っていた。私はその粒を指で突くとリンと澄んだ鈴の音がして光は消えた。そう言えば、ヒガンは裂け目の底に意識を飛ばし、”祭り”という返答を得ている。これは手がかりだ。青い光と祭り。それから、"ノキト"がつく地名。これが当てはまる世界にボノさんは転生しているに違いない。探そう。私には異世界へ渡る力があるのだから。私はヒガンの小屋に戻った。

 私は真っ先に書庫に向かうと、魔術師団長の本を引っ張り出した。一瞬引き留めるような仕草をしたものの、図書霊たちは黙って私の行動を目で追っている。私は書庫を出ると、乱暴にそれを暖炉に投げつけ、魔法で火を起こした。本はあっという間に火に飲まれた。

「おのれ……」

師団長の図書霊が揺らめきながら現れたが、それは一瞬で消えた。私はふっと息を吐いた。本が燃え尽きると私は書庫に戻った。

「私は気に入らない本を焼きました。身勝手な人間です。そんな私でよければ、私が書庫の主人になりましょう」

私の宣言を図書霊たちはしんと静まり返って聞いていた。

「主人を得ることが大事なのです」

図書霊たちは、先程の右往左往が嘘のように落ち着きを取り戻していた。図書霊の一人が一冊の本を私に示した。私は訝しげにそれを手に取った。図書霊は、私に本を開くように言った。そして、私は図書霊が指示するページを開いた。

「書庫の主のやるべきことです」

図書霊が言った。そこには、本に最適な湿度や、埃や虫の除去法などの生活魔法が書かれていた。

「毎日とは言いませんが、定期的にお願いします。それから、これはお持ちになった方が良いですよ?」

図書霊は、さらに一冊の本を指し示した。私は首を傾げた。

「書庫の本は持ち出し厳禁なのでは?」

本を持ち出した挙句、焼いた私が言うのもおかしな質問かもしれない。私は尋ねてから、書庫の主人は本の持ち出しや扱いが自由なのかもしれない、と思った。しかし、図書霊の答えは意外なものだった。

「この書庫にはこの書庫に属さない本があります。その本に限り持ち出しが可能です」

「どういうことですか?」

私が問うと、図書霊はもう一度本を指した。私はその本を本棚から引き抜いた。

「あ」

それは「いばら姫」の本だった。そして思い出した。ヒガンは、この本を書庫から寝室に持ち出していた。あの時は、何も疑問を持たなかった。

「書庫に属す本とそうでない本は、どのように決まりますか?」

私は尋ねた。

「この世界で書かれた本でなければ書庫に属すことは出来ません」

図書霊たちは口をそろえてそう言った。そして、そのうちの一人が補足するように口を開いた。

「図書霊のいる書庫に属す本は、非常に長生きします」

もちろん、定期的なお手入れも必要ですが、と図書霊は念を押した。私は「いばら姫」の表紙に視線を落とした。古い本ではあるし、傷みも少ない方ではあるが、確かに他の本と比べると劣化しているようにも見える。

「前の主人のヒガンは、その本に執着していました。だからこそあなたはその本を手元に持つべきだと思います」

図書霊は当然のごとく言った。

「あなたは、ヒガンを追うのでしょう?」

まるですべてを見透かしているかのような声だった。私は図書霊に事情を話した覚えはない。しかし、図書霊は、前の書庫の主人のヒガンの死を感じ取っていたし、図書霊なりに何か思うところがあるのだろう。私の唇は、無意識に弧を描いた。

「では、この本は私が預かります」

私が本を抱えて書庫を出ようとすると、図書霊に呼び止められた。私は振り返った。

「早速ですが、書庫の埃の除去だけお願いしたいです」

図書霊の遠慮のない要求に私は苦笑いした。図書霊の図々しさに可笑しくなった。

 翌日、ヘキレキ達がやって来たのは昼過ぎだった。私は何となく、居間で「いばら姫」の物語を読んでいた。すると、外から鳩の声がしてきた。


クックッポー、クックッポー……


私はその声に耳を澄ませた。すると、やがて鳩の声は人の声に聞こえてきた。


おチビさん出ておいで、おチビさん出ておいで


ヘキレキが来たのである。私は深呼吸した。散々泣いた瞼は腫れて重いし、心なしか上唇まで腫れぼったい気がした。きっとひどい顔をしているだろう。私は自嘲した。私は鏡台に触れると扉を出現させた。私は、しっかりとした足取りで外へ出た。

「クックッポー!」

待ちわびたように鳩が鳴いて羽ばたいたかと思うと、人間に変身したヘキレキが私の目の前に舞い降りた。その影からにゅっとミズアオも現れた。人間の小さな影から巨大な竜が飛び出す姿は少し滑稽だった。

「大丈夫かい! おチビさん!」

ヘキレキは私に駆け寄ると顔を覗き込んだ。

「あんまり見ないでください」

私は言った。図書霊と話した時は気が付かなかったが、私は鼻声になっていた。顔も最悪なら声も最悪である。

「泣くことは悪いことではない。ヘキレキの鳩鳴きよりはマシだよ」

ミズアオがよくわからない励まし方をした。

「答えは出たかい? おチビさん?」

ヘキレキは気遣わしげな表情で私に尋ねた。私はふっと笑った。

「その前に、その”おチビさん”っていうのやめましょう? そろそろ」

私が提案すると、ヘキレキとミズアオは「おや」と顔を見合わせた。ふたりは安堵の笑みを浮かべた。

「ヘキレキ。一人前の魔法使いをいつまでもおチビさん呼ばわりするのは失礼に値するよ」

ミズアオに指摘されれば、ヘキレキの顔に理解の色が浮かんだ。ヘキレキの察しの悪さは私以上かもしれない。

「君にはいくつかの名前があるようだが、何と呼べばいいだろう? 君の真名はヒガンの力で強力に守られているから、私では読み取ることが出来ない」

ミズアオは言った。私は考えた。この世界の名前と、元の世界の名前、どちらがふさわしいだろうか。きっとどちらを名乗るかによって今後の道筋が変わってしまうほど、この名前の力は効いてくるはずだ。私がなんと答えるか迷っていると、ミズアオが口を開いた。

「君、真名は名乗らない方が良いかもしれない」

「おチビさんでは失礼だと言ったばかりだろ。どう考えても真名を聞く流れじゃないか?」

ヘキレキが、不満そうに言った。

「おチビさん呼ばわりが失礼だと言ったんだよ。真名を暴く流れではなかった」

ミズアオは、少し怒ったような口調になった。ヘキレキは開きかけた口を閉じて、わざとらしく肩をすくめた。

「呪いが無ければ、是非真名で呼び合いたかったけれど」

ミズアオは残念そうだった。

「せっかくヒガンの名付けによって真名が隠されているんだ。ヒガンでさえ君の真名がわからないようになっているということは、そのヒガンが掛けた呪いに対しても有効だと思う。つまり、真実の名が隠れていれば、呪いの進行も遅れるのではないかと思ってね。それどころか、呪いは君の魂を乗っ取れないかもしれない」

「なるほど。そこまでは考えなかったな」

ヘキレキが感心して言った。

「ですが、ヒガン様が私につけた呼び名を使い続けて良いのでしょうか?」

私は、ミズアオに尋ねた。

「理論上は問題ないよ。でも気になるなら新しい名前を名乗ってもよいと思う。真名を隠す名付けの魔法は、知っているかい?」

「呪文は、知っています。自分で使ってみたことはありませんが」

私が答えると、ミズアオは、少し考えるように顔を傾けた。ヘキレキは不思議そうにミズアオを見上げた。

「なら、我々三人で協力して呪文を唱えよう。より強固な守りとなるように」

ミズアオが提案した。

「名案だ!」

ヘキレキが目を輝かせた。

「まずは、何と名乗るか決めないと」

ミズアオが私見た。私はもう決めていた。

「大丈夫です。決まってます」

私が答えると、ミズアオは満足気にうなずいた。私たちは、呼吸を合わせて呪文を唱えた。声が重なり、魔力が混ざり合い、魔法が強化されるのを感じた。一体感がくすぐったかった。呪文を唱え終えると、いよいよ名乗りである。私は、少し緊張した。頭の中でボノさんの声がした。私は微笑んだ。

「私の名前は"シマリス"です」

「それでいいの?」

ヘキレキが驚いた顔で言った。

「気に入ってます」

私は、即答した。

「魂との相性も良いみたいだし、素晴らしい名前だと思うよ」

ミズアオは絶賛した。シマリスは、ボノさんが私につけた愛称だ。きっとボノさんを探す旅の役に立つだろう。ヘキレキだけが、本当にそんな名前で良いのかとぶつぶつ言っていた。

「ヘキレキ、本人が気に入っているのだから、もうその辺にしておきなさい」

ぶつぶつ呟くヘキレキにミズアオが言った。ヘキレキはため息をついた。

「いや、シマリスですごく合っているとは思うんだ。ただ小柄な体形と相まって見くびるやつが出てくると嫌だと思っただけで」

ヘキレキが心配そうに言った。ミズアオは吹き出していた。

「それなら見かけで判断したやつを後悔させるくらいのことは、シマリスになら出来るはずだよ。シマリスはヒガンの弟子で、永久魔法を完成させた一流の魔法使いなのだから」

ミズアオの言葉で、私はある懸念事項を思い出した。ヒガンが転生の魔法を使った疑いがあることである。私は、ミズアオとヘキレキに自身の転生の話と、ヒガンが姿を消す直前に見せた行動について説明した。

「なるほど」

ミズアオは双眸を細くした。ヘキレキはあまり理解が出来ていないようだった。

「永久魔法に肉体はないだろ? 生まれ変わって新しい肉体を手に入れる必要がないのに転生の魔法を使う意味はあるのか?」

ヘキレキの問いにミズアオは首を振った。

「注目すべきはそこじゃないよ、ヘキレキ。永久魔法が肉体を手に入れるか否かは重要じゃない。注目すべきは、シマリスの言うように、自我を維持したままの転生が起きるかもしれないということだ」

「ああ、それはまずいな」

ヘキレキはようやく理解した。

「非常にまずいことだよ。通常の永久魔法であれば、自我の生死を繰り返すんだ。永久魔法は、元となった魂の影響を受け続けると言われるが、それに従うかどうかは、自我の判断になる。だから、本来の永久魔法の通りに自我が死ねば、そこで呪いが終わる可能性があったんだ。しかし、肉体を持ち、同じ人間として生まれ変わるのだとしたら、自我は継続してしまう。つまり、世界を呪うヒガンの自我が継続してしまうということだ」

ヘキレキは言葉を失ってミズアオを凝視した。ミズアオは答えず、首を振った。ヘキレキの視線がゆっくりと私の方に移動した。私も肩を落としてみせた。

「私もヒガン様の自我が継続し、呪いが続くのだと考えています。ですが、何故そうなっかたかがわからないんです。自分が唱えた呪文に間違いがあったのかと検証してみましたが、おかしいところはなかったように思います」

私は、魔法式を書き出して呪文を検証してみたことをふたりに説明した。そこには、ヒガンに転生を促すような要素はなかった。魔術師団長の自我を破壊する呪文へ対抗し、ヒガンの自我を守るものだ。あとは、通常の永久魔法を作る呪文と何も変わらない、はずだ。ミズアオは、うーんと唸った。

「もし、シマリスの呪文に誤りがなかったのであれば……おそらく、我々の気付かないところで何かが起きていたようだね」

「何かって何だ?」

ヘキレキが困った顔で言った。

「私だってわからないよ。ただ、可能性の一つとして、挙げるのであれば……」

「もったいつけるなよ」

「……」

ミズアオは、じろりとヘキレキを睨んだ。

「誰かがシマリスと王国魔術師団の魔法に別の魔法を被せたのかもしれない。魔法を重ねて唱えると本来と異なる効果を発揮することがある。それが意図されたものかはわからないけど」

「結局わからないことだらけだな」

ヘキレキはため息をついた。

「そう、わからないことだらけだ。だから、わかることから決めていこう。ね、シマリス? 私たちと一緒に旅に出ない?」

ミズアオの青い美しい目が私を見つめていた。私の答えは決まっている。

「私はあなた達とは一緒に行けません。一人で行きます」

私の答えにヘキレキはあからさまに残念そうな顔をした。ミズアオは穏やかにうなずいた。おそらく、ミズアオはすでに察していたのだろう。

「そう。でも、いつでも私たちを頼って欲しい」

「ありがとうございます」

「どうしても、一人で行くのかい?」

ヘキレキは食い下がった。

「私は呪われていますから。一緒にいれば、あなた方竜といえど、この影響を受けずにはいられないでしょう。それに、私はヒガン様の呪いを止める方法を探します。私といれば、呪いと関わり続けることになりますよ。正直、そんなことにあなた方を巻き込みたくないんです」

私が言うと、ヘキレキはようやくうなずいた。

「わかったよ、シマリス。しかし、これからどこに向かうつもりだい? 行先は決めてあるのかな?」

「この国は、もう人も物資もなくなっているのでしょう? とりあえず、北の国に行きます。旅の準備が整い次第、出発します。それから頃合いを見て異世界へ移動しながらヒガン様の呪いを解く方法を探します。ただ、この森にも定期的に戻って来るつもりです。図書霊に書庫の管理を頼まれましたので」

「あの意外と図々しい連中な」

ヘキレキが呆れた口調で言った。

「図書霊なんて放置しておけばいいのに」

「読書仲間ですし」

私は苦笑した。

「北の国までの移動手段は? 乗せていってあげようか?」

ミズアオが提案した。私は首を横に振った。

「待っててください」

私はヒガンの小屋に戻ると、箒を引っ張り出してきた。

「これに跨って行きます」

「ほぅ」

ミズアオは興味深そうに箒を見つめた。この国では、箒に跨って飛ぶ魔法使いはいないらしいので、物珍しかったのだろう。私としては、やっと練習の成果を活かす絶好の機会だと思っていた。別に箒に乗らなくても空は飛べるのだが、何かに跨っていた方が安定して楽なのだ。

 私は、ヘキレキとミズアオに別れを告げると小屋に戻った。ふたりにこれからどこに行くのかと尋ねると、王都に向かうとのことだった。知り合いと合流するそうだが、呪いに侵された王都でわざわざ待ち合わせをするような相手だから、只者ではないのだろう。空に羽ばたいていく二人の姿が見えなくなった途端、寂しさが波のように押し寄せてきた。私は涙を袖でぬぐった。まずは、北の国で準備を整えて、それからヒガンとヒガンの呪いを解く方法を探そう。呪いは惹かれ合うものだから、私が探さなくても、ヒガンにたどり着くのはそこまで難しくはないだろう。問題は呪いを解く方法だ。そして、私の大切な人たちのことも。ボノさんがいるということは、何となくアライにも会えそうな気がした。二人を思えば、呪いの冷たい鼓動にも耐えられる。私は、一生懸命に叫んでいるのに、まったく大事な部分が聞こえなかったボノさんの声を思い出して、ふっと唇の端を持ち上げた。

「待ってて、ボノさん。アライ」

私は前を向いた。


***


ミズアオとヘキレキは王都に到着した。死体も呪いの残り香も、そこに人間の営みがあったことさえわからないほどに、王都はまっさらになっていた。王城も無ければ、民家もない。ただただ大地がそこにあった。

「手伝いに参上したつもりでしたが、もう浄化はお済みのようですね」

驚いたようにミズアオが言った。

「ええ。つい先ほど。ふたりでやると早いものですね」

「ふたり?」

ヘキレキが聞き返す。

「さっきまで()()()がいました。火刑の場に居合わせて、気掛かりで様子を見に来たとか」

「何者です?」

ヘキレキとミズアオは困惑して顔を見合わせた。

「私と同種です。貴重な体験でした」

満足げな声色だった。

「でしたら、保護しなくても良いんですか?」

心配そうにミズアオが尋ねた。

「既に魔法使いに保護されていたようです。魔法使いを師匠と呼び、慕っているようでしたので、問題ないでしょう。それにいずれ"(つの)"も集うことでしょうから」

「確かにおっしゃる通りですね。ところで、運命図の解読は如何ですか? 最近は苦戦されていたようですが」

ミズアオが質問した。

「一つの結論を得ました。"干渉者"が現れたようです。それで"分岐"についても説明できます」

「まさかあの、ト……」

ヘキレキは言いかけたが、すぐに遮られてしまった。

「その名は好きではありません。本質を曖昧にしている気がします。アレは、"干渉者"と呼ぶのが相応しいのです」

不満そうな声色は、すぐに穏やかさを取り戻して続けた。

「さて、あなた方は、この土地の正常化をお願いします。浄化は済んでいますので、時間はあまりかからないでしょう。他の”(つの)”も呼んでありますしね」

ふっと息をつき、ヘキレキとミズアオを労うように優しい笑みを浮かべた。

「それが済んだら、これからは、心の赴くままに過ごしなさい。任務、お疲れさまでした。私は、これからも可能性現実の収集を続けます。ふふ、"バンリ"に取り憑かれたのが、運のつきでしたね。さて、”歯車の使い”も特定できましたから、少しは(はかど)るでしょう。それでは」

ヘキレキとミズアオは、そろってお辞儀すると、空へと飛び立った白い姿に尾を振った。

「お気をつけて、ミヨ様」

ふたりは声をそろえた。白い姿が見えなくなった頃合いで、他の”角”達がこちらに向かってくる羽音が聞こえて来た。

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