18人間と魔女と……
鳩から人の姿に変身したドバトは飄々とした様子で私に微笑みかけた。
「どういうことだと思う?」
私はドバトをじっくりと観察した。ぼさぼさ頭は相変わらずだ。私はドバトの目を見た。冴えた空色の目だ。しかしよく見ると、白目と空色の虹彩の境界線が赤く光っている。ああ、と私はため息をついた。この目の特徴に気が付いていたら。私は、もっと早くドバトの、いや、ドバトたちの正体を暴いていただろう。
「あなたは、竜ですね? 人、鳥、竜の三つの顔をもつ”三面”の魔法。これに適応できるということは、あなたは天空竜ですね!」
「正解だ! おチビさん!!」
ドバトの目の赤い境界線の色が空色の部分に浸食し、ドバトの目は真っ赤に輝いた。その姿はみるみる大きくなり、大きな一本角を額に持つ、巨大な白竜が現れた。翼は鳥の翼のようだったし、骨格も鳥に近いように思われた。これが、天空竜が鳥に変身するのが得意な理由である。
「あっしは、天空竜のヘキレキだ」
ドバトは、改めて名乗った。
「あなたたちは、簡単に真名を明かしますね。ミズアオも竜なんでしょう?」
ヘキレキはクックと笑った。
「人間ごときに真名を知られたところで不利になるほど柔な存在ではないからね。そして、察しのとおりミズアオも竜だ。彼女は少し特殊な竜だ」
私は、心のうちに語り掛けてくるミズアオの声を思い出した。今にして思うと、夢で話しかけてきたあの蛾はミズアオの声だった。人の精神に作用し、夢を操る竜は多くない。
「ミズアオは、闇竜ですね」
「大正解だ!!」
ヘキレキは上機嫌に答えた。
「彼女はどこにいるんですか?」
「ここだよ」
木の影の部分から黒い何かがにゅっと飛び出した。羊のように巻いた二つの角をもつ漆黒の竜が現れた。その目は青く輝いていた。確か、ミズアオは、人間の姿の時の目の色は熟れた木の実のように赤かったはずだ。ヘキレキとミズアオが口論になったとき、目の色が変わって見えたのは、興奮して竜の本性が出てきてしまったためだろう。この世界の竜、特に魔法を使うほど知能の高い竜は、人間の生活圏に姿を見せることは殆んど無い。そんな竜が何故、しかも二匹もヒガンや私の周辺をうろついているのか。疑問ではあったが、今は先に確認すべきことがあった。
「あれからどれだけの月日が経ちましたか?」
私が捕らえられたのは、冬の初めだった。しかし、今は、まだ肌寒いものの日差しに暖かさが感じられた。
「だいたい三か月くらいだな。もう、冬の終わり、春の始まりといってもいい」
ヘキレキが答えた。
「この国では何が起きましたか?」
ヘキレキとミズアオは顔を見合わせた。
「私が説明しよう」
ミズアオが言った。
「まず、王都の人間は一人残らず発狂した」
ミズアオの話によれば、私が兵士たちに捕らえられ、王城に連れていかれた後は、広場にいた国民たちは全員発狂したそうだ。王国魔術師団が発狂状態を治癒しようとしたが、永久魔法発動の後で、誰もろくに魔法を扱えなかった。発狂した国民たちは、誰かれ構わず傷つけ合った。目の当てられない状況だったという。観覧席にいた王侯貴族ですら例外ではなかった。やがて広場にいた人々は、街に繰り出して暴れまわった。家に残っていた病人やけが人、子供たち、弱い者から犠牲になった。
ヒガンの死を聞きつけ、三日後には北の国の魔法戦士団が到着した。魔法戦士団は、王都の有様に愕然とした。魔法戦士団は、発狂した国民であふれかえる王都を封鎖した。そして、周辺の街の人々を強制的に自国に連れて避難させることにした。敵国の提案を最初は拒否した国民だったが、真偽を確かめようと、封鎖された王都に侵入した記者によって王都の恐ろしい状況は国中に拡散した。国民たちは北の国に助けを請う形となった。北の国の魔術師たちは、魔法を駆使して出来るだけ早く国民たちを移動した。その間に、北の国で必要な資源を根こそぎこの国から奪って行った。王都以外の避難が完了すると、彼らは、封鎖していた王都の中に入った。王都は死体であふれていた。全滅だった。王都の人々は一人残らず、息絶えるまで争ったのだ。魔法戦士団は、次に王城に入った。王城の中にも生きている人はいなかった。王国魔術師団の師団長も例外ではなかった。彼は刃物で滅多刺しにされて死んでいた。彼のそばには、ナイフを喉に突き刺して死んでいる見習い魔術師の少女の姿があった。結局、王城の魔術師たちも時間差で発狂してしまったのだ。ミズアオの説明に私は違和感を覚えた。少なくとも、私が捕らえられた時に広場の人々は発狂していなかった。ヒガンが呪いを唱えたとき、凍てつく風が吹き抜けたが、あの風が発狂を促す呪いだったとは思えなかった。もちろん、時間差で発狂状態になることも考えられるのだが、私にはどうしてもそう思えなかった。私が捕らえられた時、ヒガンは既に姿を消していた。ヒガンはその直前に私に呪いを授呪し、不老の魔法を掛けただけだ。つまり、発狂が起きた原因はヒガンではない。だとすると、考えられる原因は一つだけだ。おそらく、発狂の呪いは王城から広まったのだ。王城から王都全体に広がっていったと考えるのが妥当だろう。ミズアオが広場の人間から発狂したように説明したのは、彼女の優しさからなのだろう。
「……私は、ヒガン様が呪文を詠唱するのをあの時初めて見ました。あの魔法の正体はなんだったのか、わかりますか?」
私はヘキレキとミズアオに尋ねた。
「”ククールス”だ」
ヘキレキが答えた。
「ククールスとは、すなわち郭公の事だよ。郭公は、他の鳥の巣に卵を産み落とし、他の鳥に我が子を育てさせる托卵の性質がある。その郭公の性質から着想を得た呪いだ」
ミズアオが補足した。
「ククールスの呪文を唱えると、呪文を唱えた魔法使いは呪いを生む親鳥となる。そして、呪いをあちこちに生み落とすようになるんだ。生み落とす先が”何”かは問わない。呪いという卵が成長する棲み処は、例えば、椅子やテーブルといった物でもいいし、動物や人間でもいい……君、大丈夫?」
ああ、予想通りだ。私は両手で額を押さえていた。頭がくらくらした。座ったままで良かった。ミズアオは心配そうに私の背中を尾の先でさすってくれた。
「つまり、ヒガン様はいずれ世界を滅ぼすように成長する呪いをあちこちに生み落としているというわけですね。ヒガン様は、あの時確かに”滅べよ、世界”とそう言いました」
私が言うと、ミズアオは暗い表情でうなずいた。
「私も卵を生み落とされました。だから生き残っていられたんです。呪いが強力すぎて、死ねなかったんです。私自身もいずれは、世界を滅ぼす呪いに成るということですね」
「そうだね」
肯定することにまるで嫌悪を抱いているような声色だった。ミズアオは、説明を続けた。
「"厄"が"大厄"に育つころ、やがて授呪者、この場合は、ヒガンが現れる。"授呪者と受呪者"の力で呪いの目的が達成されるというわけだ。不特定多数の他者に目的達成の協力を強制する呪いだ。いずれ意識は呪いに飲まれ、抵抗もできなくなるだろう」
ミズアオは尾の動きを止めた。そしてじろりとヘキレキの方をにらんだ。ヘキレキは人の姿に戻ると、私の背中に腕を回して支えた。ミズアオは尾を私から離した。私はめまいが落ち着くまでうつ向いて、頭を両手で押さえていた。力強くて優しいヘキレキの腕が私を支えていた。しばらくして、私は徐に顔を上げた。
「気になることがあります。王都の人々が発狂したのであれば、あなたたちや北の国の魔法戦士団は何故発狂せずに済んだんですか?」
ヘキレキとミズアオはすぐに答えなかった。
「ミズアオが人間に変身できないでいるのと関係がありますか?」
私を支えるヘキレキの腕が硬直した。
「ふふ。さすが、ヒガンの弟子だね。その通りだよ。私の力で、ヘキレキと北の国の魔法戦士団たちを守ったんだ。あとは、王都に侵入した記者達もね」
ミズアオは白状した。
「ミズアオ、あなたはこの国の王国魔術師団側だけではなく、北の国の魔法戦士団側にもついていたんですね? だから、この地を訪れた魔法戦士団からの情報も持っていた」
私の口調は淡々としたものだった。ミズアオが北の国側の手の者だったからといって、怒りを感じているわけではなかった。
「そうだよ。私は北の魔法戦士団の一員だったんだ。しかし、それは潜入していたというだけで、仲間になったわけではない。それはヘキレキも同じだ。ヘキレキも王国魔術師団になったわけではなく、その振りをしていただけだ。私が魔術師団の人間に暗示をかけた。だからヘキレキは王国魔術師団副師団長のライメイの振りをすることが出来たし、私もアルテミスの振りをした。二人は実在する魔法使いで、私たちが成り代わる時に副師団長の座を明け渡してもらった。彼らは役職のないただの王国魔術師団の一員になってもらっていたんだ」
今にして思うと、私を王都広場につれていく際に同行していたのが、本物のライメイとアルテミスだったのかもしれない。私はふとそう思ったが、別に正解を知ろうとは思わなかった。
「北の魔法戦士団の内にいるときも同様に暗示をかけ、私を仲間だと思わせていた」
ミズアオも淡々と語った。落ち着いた低い声だった。
「呪いの防衛に、私は”トバリ”という魔法を使った。闇竜が得意とする魔法だ。対象を遮断する魔法で、私は呪いを遮断した。だから、北の魔法戦士団と記者とヘキレキと私は無事だった。しかし、誤算があった。呪いが強すぎたんだ。私は、自分の力の一部を代償に”トバリ”を使うしかなかったんだ」
ミズアオは言った。力を失った割には残念がる様子はなかった。
「それで”二面”の力を失って人間の姿になることが出来なくなったんですね」
「よく私は"二面"だとわかったね?」
ミズアオは、感心していた。
「何かの本で読みました。"三面"に適応できるのは、天空竜くらいだと」
私は答えた。会話が途切れた。ヘキレキが落ち着かなそうにミズアオに視線を送っている。ミズアオは、ヘキレキには目を向けず、穏やかな目つきで私を見つめていた。私はミズアオから視線を逸らした。それでも彼女が私の方を見つめているのは、わかった。
「私は闇竜だ。他人の心を読むのは簡単だけど、聞きたいことがあるなら、是非言葉にして欲しい。その方が、正確に君に回答できるよ」
ミズアオは優しく私に言った。私は嗚咽を飲み込んだ。
「どうして」
私の声は震えていた。私は唾を飲み込み、息を大きく吸って吐いた。
「どうして、ヒガン様は捕まったんですか? どうして、逃げられなかったんですか? ヒガン様の実力があれば、あの場からの脱出は、簡単だった筈です」
私は言った。情けないくらいに震えた声だった。ミズアオは、うん、と頷いた。
「当然の疑問だね。しかし、説明しようとすると難しい。ヒガンの心の動きは矛盾が多いからね」
「矛盾?」
「ヒガンの心の中には魔女と人間が存在した。ヒガンの心がどちらか一方に傾いていたら、ヒガンは脱出に成功していただろう。ヒガンは迷い戸惑った。だから逃げるのに失敗したんだ。ここで言う”魔女”とは、道徳や倫理を無視してでも魔法使いであろうとする心だよ」
ふと私の脳裏にヒガンの言葉がよみがえった。
ただ魔法使いの勘のようなものが、あなたを裂け目の底に送るようにと叫んでいました
あの時、確か、ヒガンはこうも言った。
そんなことをするのが人として正しいことには思えませんでしたから
あの時のヒガンも揺れていた。しかし、ヒガンは人であろうとした。だから、私は突き落とされずに済んだのだ。
「だけど、それがどう今回の件に関わるんですか?」
私はまだミズアオの話が見えていなかった。
「最初に断わっておくけど、私はヒガンの心の内をすべて読んだ訳じゃない。だから、どこまでが人間でどこまでが魔女かを正確に判断できているとは言い切れない。ただ、闇竜という性質上、感情や思考の機微に普通より敏感という自覚はある」
ミズアオの言葉に私はうなずいた。
「わかりました。続けて下さい」
「まず、君に会う以前のヒガンは、魔女に寄っていたと思う。だから、必要とあれば、高貴な人を石に変えることだって厭わなかった。彼女は人間嫌いだったから、余計に躊躇いがなかった。彼女の過去を踏まえると、それは当然だと思う。彼女は何かと不遇で、人間に対する不信感が強かったからね」
ヒガンのこれまでのことを私は考えてみたこともなかった。ただ、天才的で優秀な魔法使いなのだと、それにふさわしい人生を送ってきたのだろうと漠然と考えていた。不遇のヒガンというのが想像できなかった。つまり、私はヒガンのことを何も知らないに等しかったのだろう。
「もし、ヒガン様が魔女に寄ったまま今日を迎えていたら、どういう結果になったと考えられますか」
私の問いにミズアオは苦い表情をした。
「その場合、君が火あぶりにされ、永久魔法に変えられていただろう。ヒガンは、自我を殺す魔法を解除し、君という永久魔法を手に入れていたと思う。愛弟子を救う為でなく、魔法研究の一貫としてね」
ミズアオは深いため息をついた。
「しかし、ヒガンは変わった。君との出会いでその心に人間らしさを取り戻していったんだ。おそらく、ヒガンは君と出会った瞬間に君を気に入ってしまったんだと思う。だから、最初は君を避けようとしたんだ。でも、出来なかった。ヒガンは不思議と君に惹かれていたんだ」
惹かれていたのは、ヒガンだけではない。私もだ。私も出会った瞬間にヒガンに惹かれた。
「王国魔術師団師団長は、早くからパン屋で働く君に目をつけていた。優秀な魔法使いが、何故かパン屋で働いている。王国魔術師団の中で君は噂になっていたんだよ。だから師団長は君を試すことにした。最初は、呪いが掛かったパンをヒガンに届けさせようとした。ヒガンがもし、パンを食べて服従させられていたら、もしかすると、そのままヒガンを永久魔法作成実験に使うつもりだったのかもしれない」
「ヒガン様に見抜かれて失敗に終わりましたけどね」
すかさず私が言うとミズアオはうなずいた。
「そうだね。そして次に、君に情報収集の魔法を掛けた。即座に正確な解呪の呪文を唱えた君に師団長は激しい嫉妬を覚えた。そして、優秀な魔法使いである君を永久魔法作成の材料にすることを決断したんだ」
え、と私は声を上げた。たったあれだけのことで、私を永久魔法の材料にしようと考えたのが理解できなかった。もし、理由に嫉妬が含まれるのであれば、器が小さいにも程があるだろう。
「ミズアオもさっき言った通り、本来火あぶりになるのは、おチビさんのはずだったんだ」
ヘキレキは悲しそうな声で言った。
「だからヒガンは阻止した。優しい君は、君の両親やパン屋の店長たちを人質に取られていたら、火あぶりになることを承諾してしまっていただろう。ヒガンは標的を自分にするよう仕向けた。北の国と内通しているという話をヘキレキを通して師団長の耳に入れた。そして自分を捕らえさせたんだ。ヒガンの住まう場所はすでに師団長に知られていたからね。ヒガンを捕まえるだけなら、師団長にとっては造作のないことだった」
そう、王国魔術師団はヒガンの小屋の場所を知っていた。私にパンを届けさせるときに手紙に道案内の文章があったのも下調べが済んでいたからだ。おそらく、王国魔術師団も上空からヒガンを探したのだろう。だから、大地の裂け目から漏れる青い光を小川の輝きと勘違いしたのだ。
「王都広場に君を連れて来るようにしたのもヒガンの考えだった。ヘキレキから師団長には永久魔法作成の予備にするようにと伝えていたが、ヒガンの狙いは自分の目の届くところに君がいれば、君を守ることが出来ると思ったんだ。ヒガンは魔法を封じる拘束具をつけられていたけど、それを解除する自信があった。儀式が始まったら、永久魔法作成が成功したと見せかけて、君と一緒に姿をくらますつもりだったんだ」
ミズアオの説明に私は疑問を抱いた。拘束を脱し、永久魔法成功をも偽造する自信があったのなら、何故あっさり火あぶりにされてしまったのか。
「君の疑問は当然だ。しかし、最も大事な瞬間にヒガンの中に眠っていた魔女が囁いたんだ」
ミズアオは、ここで一旦、口を閉じた。そして、悩むような仕草をした。私とヘキレキはミズアオの言葉を待った。少し迷うように視線を彷徨わせた後、ミズアオは口を開いた。
「長年の"夢"を手にする好機を逃してどうする? と」
「夢ってなんだ?」
すかさずヘキレキが尋ねた。ミズアオはうーんと唸った。ミズアオは、息が切れるまで唸った後、もう一度、うーんと唸り始めた。「おい!」とヘキレキが呆れた声を上げた。
「それが、その時の感情はまるで渦のようで、近付きすぎるとヒガンの感情に溺れそうになった。だから、私は、核心に触れることが出来なかったんだ。おそらく、夢とは永久魔法を完成させること、だとは思うのだけど、何か違う気もして……」
ミズアオは、ふーっと息を吐いた。
「兎に角、話を進めよう。王国魔術師団は、ヒガンを捕らえた後も、ヒガンに罵声を浴びせたり、水を掛けたり、暴力をふるったりと、刑を執行するまでの間に散々な嫌がらせを繰り返していた。そこで、君との交流で影を潜めていたはずの魔女が前に出てきてしまったんだ。魔女の言葉はヒガンの心をかき乱した。ヒガンは次第に混乱し始めた。そして極めつけは君だった。捕らわれた君の姿を目の当たりにした瞬間、ヒガンは完全に冷静さを失った。大事な人を失うかもしれない。ヒガンは自身の自惚れを悟ったんだ。そして恐怖した。ヒガンは絶望し、恐慌状態に陥った。君を守りたい人間と、夢を手にするべきだという魔女の板挟みになったんだ。あの時のヒガンは、まともに魔法を発動できる精神状態ではなかったんだよ」
私は火刑直前の光を失った虚ろな目をしたヒガンを思い出し、胸が締め付けられる思いだった。世界を失った私は正しさを求めた。自分の可能性を伸ばすためにヒガンに師事した。私は平和な世界を求めただけだ。その結果が、我が師を火刑にされ、我が手で師を呪いの存在に変えてしまうなんて滑稽も良いところだ。結局私は、どうしたらよかったのだろうか。これからどうすればよいのだろうか。私が黙っていると、意を決したようにヘキレキが口を開いた。
「おチビさん。今は辛くて難しいかもしれないけど、未来のことを考えよう。どうだい? あっしらと共に生きる道を選ばないかい?」
私はゆっくりと顔を上げた。ヘキレキの空色の美しい瞳が私を見つめている。
「竜の魔法は、人間の魔法よりもはるかに強力で多種多様だ。君の呪いを解く手がかりを得られるかもしれない。私も君に共に来て欲しいと思っている」
ミズアオも言った。私は答えなかった。どうしていいかわからなかった。
「まだよく考えられないよね。三日後、またここに来よう。ヘキレキに鳩鳴きさせるから、声を聞いたら出てきておくれ。それまで、ヒガンの小屋でゆっくり休むんだよ」
私は何も言わずにうなずいた。私はヘキレキに支えられ、ヒガンの小屋の中に入った。ヘキレキは、ベッドに私を腰掛けさせた。
「早まってはいけないよ。三日後に必ずあっしらと会うんだ。君がどの選択をしてもあっしらは受け入れる。でも、あっしらの気持ちは、共に行くことだ。いいね?」
ヘキレキはそういうと、部屋を出た。静寂に支配された寝室に私は独り残された。