8(完結)化学の結晶「花火」を背景に愛を語られる
「それっ、気が変わらないうちに行ってしまえ」
アイラたちを送ってきた馬車はアイラがまた飛び乗らないうちに逃げ出した。
アイラと解放された八人の元捕虜は驚いた。王都は大変な賑わいだ。一人の元捕虜が通りがかったほろ酔いで千鳥足の老人に声をかける。
「おい、何だ? この賑わいは? 王都で何かあったのか?」
「ん~?」
老人は不思議そうにアイラと八人の元捕虜をながめる。
「何? 何で知らないの? 今日はお祝いでしょうが」
「俺たちは外国へ行っていて、いまさっき帰ってきたところなんだよ」
「じゃあ仕方ないか。今日は王弟リチャード様の即位式とそのリチャード様とイザベラ侯爵令嬢、それにアルフィー侯爵令息とエレノア王女殿下の合同結婚式なんだよ」
「なっなっなっ」
さすがのアイラも驚く。
「何よそれー」
「何よそれたって、随分前から言われたことだよ。まあわしとしてはめでたいことを同時にやられたのは不満だがね。その分、酒飲む機会が減るから」
「おいおい」
八人の元捕虜たちは顔を見合わせる。別の心配をしているのだ。
「それじゃあ今日王都で宿は取れるのか? 今日王都で泊まって明日故郷に帰るつもりだったんだが」
「今日は王都の宿はもう空きはないと思うよ」
「何? それは困ったな」
「仕方ない。うちは男爵家だが、本家筋に当たる伯爵家の屋敷が王都にあるから頼んで泊めてもらうわ」
「俺もそうする」
「俺はそんな当てはないぞ」
「俺もだ」
すると老人は笑みを浮かべる。
「今日はお祝いだから、宿はいっぱいだが、酒場は朝まで開いておるよ。おごってくれるなら案内するけど」
「仕方ないな」
かくて八人の元捕虜の半分は縁のある屋敷に泊まりに行き、もう半分は老人と共に酒場に向かった。
アイラは一人ぽつんと残された。
◇◇◇
「何なのよもう。いろいろと」
アイラは憤慨した。
「あたしだって元王妃なんだからね。こうなったら王城に帰るまでよ」
王城に入ろうとしたアイラは番兵に止められた。
「勝手に王城に入ってはならない」
「失礼ね。あたしは元王妃のアイラ。そこを空けて、適当な部屋まで案内しなさい」
「なっ、何? 元王妃?」
番兵たちは顔面蒼白になった。
「しばしここで待たれよ。隊長をお呼びする」
「礼儀を知らない者たちね。首にするわよ」
番兵に呼ばれてきた隊長も顔面蒼白になった。
「確かに元王妃のアイラだな」
「さっきからそう言ってるでしょ。それに呼び捨てとは無礼ね」
隊長は右手を挙げた。
「捕縛して連行せよっ!」
「なっ」
驚くアイラ。
「元王妃アイラ。先王ヘンリー二世陛下毒殺未遂の容疑者として逮捕状が出ている」
「なっ、何を言ってるのっ? 証拠は?」
「アイラが任命した二人の医師がヘンリー二世陛下に処方した薬をイザベラ侯爵令嬢が分析されたところ、確実に内臓にダメージを与えるが分解が早く証拠が残りにくい毒物が検出された。うまくやったつもりだろうが、こちらにイザベラがいたことを見落としていたな」
「そんなのその医師が勝手にやったことでしょう。私は関係ない」
「二人の医師は既にアイラに命令され、逆らえば家族ともども命がないと脅かされてやむなくやったと白状した」
「それはイザベラの仕業よ。見れば分かるでしょ。あんな貧弱な体で、一日中暗い部屋にこもって怪しい化学実験ばかりしている。性格が悪い。みんな言っている」
「申し開きは裁きの場でするんだな。ただ元王妃とのことなので一つだけ忠告すれば、他人の体つきだの性格だのみんなが言っているなどというのは、ジョン国王の治世ならまだしも、今は何一つアイラの容疑を晴らす根拠にはなっていない。このままでは処刑される」
「無礼な。私は元王妃よ」
「イザベラ侯爵令嬢はこれから王妃になられるお方だ」
「……」
◇◇◇
新王リチャードの即位式は荘厳に行われた。意識を取り戻したとは言え長期間にわたる毒物投与から完全に回復していない先王ヘンリー二世もこの時は車椅子に乗り、顔を見せた。
即位式が終わった後、ヘンリー二世は新王リチャード、新王妃イザベラ、侯爵位を引継ぎ、新王の下、宰相に就任したアルフィー、その妻となるエレノアに労われた。
ヘンリー二世は涙を流して言った。
「リチャード。それに他の者たち、どうかこの国を頼む」
リチャードは笑顔でこう語りかけた。
「ヘンリー二世、大丈夫です。リチャードも頑張りますし、何より心強い家族が三人もいます。ヘンリー二世は安心して療養に専念してください」
「うむうむ」
ヘンリー二世は涙を流したまま頷き、そして目を閉じた。
「申し訳ありません」
ヘンリー二世付きの侍女が頭を下げる。
「ヘンリー二世はお疲れのようです。このまま寝室にお連れしたいのですが」
「ヘンリー二世をよろしく頼む」
侍女はもう一度頭を下げると車椅子を押して去って行く。
リチャードら四人はヘンリー二世と侍女の後ろ姿を部屋から出るまでじっと見つめていた。
◇◇◇
荘厳だった即位式に対し、合同結婚式の方は一般国民の参列も一部許され、華やかなものになった。
華やかな席はあまり得意ではなかった新王妃イザベラだが、次々上がる祝福の声に徐々に笑顔になっていった。ちらりとリチャードの顔を伺うと本当に嬉しそうだ。
(よかった。本当によかった)。
イザベラは思った。
そして、夜も更けてきて、式も終わりに近づく頃、リチャードは不意に自分の方にイザベラを引き寄せた。
慌てるイザベラ。しかし、リチャードは動じない。
「ご参会のみなさんっ! 式もいよいよこれで最後です。最後にイザベラからみなさんに贈り物がありますっ!」
ざわっ なんだなんだ
ざわめく会場。焦るイザベラ。こんな話聞いていていない。
リチャードは全く気にすることなく話を進める。
「さあっ、イザベル。一緒に合図してくれ。はいっ、さん、にい、いち」
分からないまま一緒に合図するイザベル。
「「ぜろっ!」」
次の瞬間、すっかり暗くなった夜空に火薬で作った大輪の花が咲いた。
おおおおー
巻き起こる大歓声。
「みなさん。ご覧になれましたか。これがイザベラが火薬の化学実験で編みだした『花火』ですっ!」
おおおおー
歓声は更に大きくなる。
「さあっ、最後まで『花火』を楽しんでいってください。そして、最後に言わせてください。イザベラは化学の天才です。化学の力で国民のみなさんを幸せにします。
イザベラは最高ですっ!」
うおおおおおおお
鼓膜が破れんばかりの大歓声が上がる。
(全くリチャードは何てことをしてくれるんだ)
リチャードの右腕に抱えられたイザベラの顔は真っ赤だ。
でも、この上なく嬉しく幸せだった。