7 二つの恋は結ばれる
ジョン国王を打ち破った強大な敵国軍を見事国境線の向こうに追い払った王弟リチャードの軍は王城に凱旋した。
もちろん大歓声をもって迎えられる。先頭にいるのはジョン国王の死後王城の留守居を仰せつかったリンコン侯爵、エレノア王女、そして、イザベラの三人である。
リンコン侯爵は、王弟リチャードとそれに付き従う息子アルフィーの姿を確認すると、その場に崩れ落ちた。
緊張が一気に解けたのだろう。
真っ先に飛び出したのはエレノア王女。駆け出すと一気に侯爵令息アルフィーに飛びついた。
「よかった。絶対に勝って、無事に帰ってくると信じていたけど、それでもよかった」
「ふふふ。負けないし、死なないですよ。王女殿下が待っていてくれるのだから。それにイザベラが作った武器は世界最強なんだから」
それに対し、イザベラは呆然と王弟リチャードを見つめていた。
アルフィーはそれに気がつくとエレノア王女に抱きつかれながら、イザベラに笑顔を向け、王弟リチャードの方を指差した。
王弟リチャードも両手を広げ、イザベラを待ち受ける。
固まってしまい、動き出せないイザベラ。それでも一歩を踏み出し、徐々に歩を早め、ついには王弟リチャードの懐に飛び込んだ。
しっかりと受け止める王弟リチャード。イザベラの目からは抑えきれなくなった涙が溢れ出た。
「もう一人で『化学実験』だけして生きていこうと思っていた。でも王弟リチャードが現れてしまった。もう王弟リチャードがいなくなるなんて考えられないの」
王弟リチャードは穏やかな笑みを浮かべ、イザベラを抱きしめる。
「大丈夫ですよ。イザベラが作った武器がある限り王弟リチャードもこの国も」
エレノア王女を抱きしめたままその様子を見守っていたアルフィー。しかし、不意にエレノア王女が両手のひらでアルフィーの顔を押さえ、その唇をアルフィーのそれに押しつけた。
唖然とするアルフィーにその目をまっすぐ見据えたエレノア王女は語る。
「もうイザベラは王弟リチャードに全て任せておけばよいのです。アルフィーはエレノア王女だけを見ていてください」
アルフィーは静かに微笑み返すと「はい」とだけ言って頷き、エレノア王女の目を見つめ返し、口づけを返した。
◇◇◇
王弟リチャードの軍はその全てが王城に入城。警戒のための当番兵を除き、休息が与えられた。
そんな時一人の文官が王弟リチャードのもとを訪れた。
「申し上げます。ヘンリー二世が意識を取り戻されました」
「何? ヘンリー二世が?」
さすがに驚く王弟リチャード。
「回復したのか? 話は出来そうなのか?」
「長く昏睡されていましたので無理は出来ませんが、お会いになることは出来るかと」
「よし、では会いに行こう」
イザベラはその文官に微笑を浮かべながらこう言った。
「ヘンリー二世がお目覚めになられたとのこと。何よりです。ところで今までヘンリー二世のお体をずっと診ておられたという医師の方お二人とお会いしたいのです。いくつかお伺いしたいことがあります」
「はっ、医師二人ですね。別室で待機させるよう申し伝えます」
「お願いしますね」
その時のイザベラは微笑みながらも目を光らせていた。
「くれぐれも逃げられることのないように」
◇◇◇
シャルル王太子とその幕僚たちはもう何度目か分からない協議を行っていた。
議題はもちろん王弟リチャードが今現在代理統治している国と今後どう対応していくかである。
初めは再度の侵攻を唱える者もいたが、その後調査を重ねると王弟リチャードが手強い相手であることと誠実に接すればむしろ信用できる人物であることが分かってきた。
シャルル王太子とその幕僚たちは方針を講和条約及び相互不可侵条約の締結に切り替えた。
幕僚の中には更に経済協商や軍事同盟まで踏み込むべきと主張する者もいたが、まずは講和からである。
方針の決定と共に今度は両国の折衝が開始された。
・国境線は戦争前から変更しない。
・王弟リチャード側はシャルル王太子側に対して、今回の戦争に伴う賠償を請求しない。
・その代わりシャルル王太子側は今回の戦争で鹵獲した武器と馬を全て無条件で返還する。
などのことが次々決まっていく。
折衝が重ねられる背後で、今回の戦争でシャルル王太子の軍の捕虜になった騎士たちの解放も進んでいった。
身代金は安いものではないが、捕らえられた騎士はみな貴族かその令息である。富裕な家から無理をしても身代金を捻出し、解放してもらう。
あまり富裕な家の出身ではない騎士たちは気をもみながらその光景をながめていたが、ここに他の捕虜とは全く違った考えを持った者がいた。
言うまでもなく元王妃のアイラである。
◇◇◇
正式に言うと捕虜ではなく、非戦闘員でもある。しかも元王妃。
王城内でもそれなりに綺麗な部屋に入れ、ほどなくシャルル王太子自身がその部屋を訪れ、最初に解放が決まった捕虜たちと一緒に故国に送り返すことを伝えにきた。
だがそれに対するアイラの反応は「王太子殿下。お会いしたかったですわ。とうとう訪ねてきてくださったのですね」と言いながら、シャルル王太子に飛びつこうとしたことだった。
もちろん衛兵に止められたが、アイラはあきらめようとせず、衛兵を引きづったまま飛びつかんとした。
さしものシャルル王太子も「送り返すことは伝えた」と言って、退散したが、それに対するアイラの言葉は「私、故郷には帰りませんわ。王太子殿下と結婚しますから」だった。
その後、シャルル王太子は二度とアイラのいる部屋には近づかないこととし、世話係として二人の侍女をつけた。
ところがアイラは二人の侍女に「シャルル王太子の居室の場所を教えろ」と言い、何度「お教えできません」と言っても諦めない。しまいに侍女の首を絞め、そのまま案内することを要求した。
仕方なく二人の侍女に代わり、屈強な二人の兵士を付けたが、今度はその二人の兵士に「シャルル王太子の居室を教えてくれたら、いいことをしてやる」と誘惑しだした。
最後は筋肉質の侍女二人をつけたが、その二人からもこれ以上のアイラの相手はメンタルがもたないと悲鳴が上がってきていた。
どうしたものかと頭を悩ませていたシャルル王太子に一人の幕僚から提案があった。
「他にも身代金が支払えず残っている捕虜が八人います。その者たちと一緒に、このたび成立した和平の印と言って送り返してしまいましょう」
シャルル王太子はその提案に乗り、アイラは力自慢の侍女四人に無理矢理馬車に押し込まれ、八人の捕虜と共に送り返された。
(シャルル王太子―っ。このアイラの誘いを断るとは。よっぽど『夜』に自信がないのね。仕方ない。故郷に戻る以上、次の『強き者』を狙わなければ。ジョン国王が死んだ以上、狙いはやはり王弟リチャードかアルフィー侯爵令息ってとこね)
そんなアイラの思いをよそに馬車は王都についた。日は既に暮れていた。
次回完結第八話「化学の結晶「花火」を背景に愛を語られる」