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6 危機は乗り越えられるか。乗り越えられたら。


 ジョン国王の憤死でその軍勢は総崩れとなった。


「よし。騎兵隊を前に出せ」

 シャルル王太子は冷静に指示を出す。


 ジョン国王は死ぬまでシャルル王太子は平民から編成される銃兵だけで部隊を作って、誇り高い貴族からなる騎士団を馬鹿にしていると認識していたが、そんなことはなかった。


 敵が崩れ始めた時こそ騎兵はその真価を発揮する。それは銃兵や砲兵とはまた違った価値を持つ。そのことは誇りに思って良いことなのだ。


 事実、シャルル王太子の命令一下、騎兵隊はジョン国王の軍の両側面を回り込み、敵を包囲した。


 他方、銃兵隊はゆっくりと前進し、包囲網を縮めていく。


 武闘王チャールズ一世の生まれ変わりであるジョン国王の下、鍛え上げられた肉体を持つ者たちで編成された精強な軍はこうして潰滅した。


 ◇◇◇


「予定通りだな」

 シャルルは王太子は無表情に呟いた。


 ジョン国王はシャルル王太子の(わが)軍との大会戦で勝利を収め、英雄となる目算だった。そのため、精鋭は全て連れてきていた。ジョン国王の王城に残るのはジョン国王()が蔑視した鍛え方が足りない弱兵、老兵、そもそもが非戦闘員である文官のみだ。


(この会戦が終結したら、直ちに王城を包囲する。そしてすぐに降伏勧告を出せば、降伏するだろう。そうなればこの国はほぼ手に入ったも同然だ。後は従わぬ貴族を掃討するだけだが、銃砲による火力を持っている者もいないはずだ)。


 勇猛果敢な者しかいなかったはずのジャン国王配下の軍の騎士たちは次々投降し始めた。


「騎士は捕虜にせよ。後で身代金と引き換えに解放する。従者は騎士の指示がなければ何も出来ん。武器を取り上げて解放しろ。馬は生きのいいものは鹵獲しろ。我が騎兵隊の戦力とする。全てが終わったら、敵王城の包囲にかかる」


 全てはシャルル王太子の思惑通りに進んでいた。ここまでは。


 ◇◇◇


「後方の部隊が何者かに射撃されている?」

 シャルル王太子は一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐに冷静になる。

「別働隊がいたのか。すぐに撃ち返して殲滅せよ」


「それが……」

 幕僚の顔は曇ったままだ。

「敵方の方が我らより射程距離の長い火器を使ってきており、射程の外側から(アウトレンジ)攻撃を受けております」


「なんだと」

 さしものシャルル王太子も顔色が変わる。

「馬鹿な。この国にそれだけの兵器を作れる者がいたと言うのか?」


「申し上げます」

 一人の幕僚が発言を求める。

「私どもはジョン国王の動向は全て把握してまいりました。しかしながら王弟リチャードの動向はある時期から全く把握出来なくなっておりました」


「!」

 

「申し上げます」

 別の幕僚が発言を求める。

(わたくし)、この国の王立高等学院に留学していたことがあります。その学校には空前にして恐らく絶後と言われた天才が三人いました。一人は先ほど名前の出た王弟リチャード、二人目はその親友リンコン侯爵令息アルフィー、最後は化学に特化された天才アルフィーの姉イザベラ」


「その者たちの仕業と見るか?」


「はっ」


 シャルル王太子はしばし黙考した後、指示を出す。

「偵察騎兵を出せっ。敵方が騎兵を持っていなかったら、後方から我が騎兵に回り込ませて襲撃させる」


「残念ながら」

 別の幕僚が発言する。

「敵方は側面に騎兵を伏せております。逆に奇襲を受けてしまうかと」


 ジョン国王に籠城策を献策し、受け入れられなかった段階で離脱した三人の貴族は騎兵を率い、リチャードたちに合流していたのだ。


「……」

 それからのシャルル王太子の決断は早かった。やはり彼もまた「名将」なのである。

「撤退する。相手に背を向けず、ゆっくりと射程距離外を通り、我が国まで撤退する」


「捕虜と鹵獲した武器と馬はどうされます?」


「出来るだけ連行せよ。後の和平交渉の取引材料に使える。但し、撤退に支障が出るようなら解き放て」


 ◇◇◇


「こっ、こらっ、そこに入ってはいかんっ!」


 シャルル王太子が撤退を決めたばかりの馬車に一人の人間が入ってきた。衛兵が二人ががりで制止しようとしたが、それを引きずったまま入ってきたのである。


 すわ、刺客か。


 シャルル王太子と幕僚たちに緊張感が走る。


 しかし、入ってきたのはボロボロのドレスを身にまとった笑顔の若い女性だった。


「あなたは一体?」

 さすがに呆然とするシャルル王太子。

  

「あっ、あなた様がシャルル王太子殿下なのですね? 一目で分かりましたわ。やはりあなたが運命の人」

 その女性は衛兵を引きずったまま、シャルル王太子に飛びつかんとする。もちろん必死で止める衛兵。


「あなたは何者なのです?」


 シャルル王太子の問いに女性は満面の笑みで答える。

「私はアイラ。この国の王妃。いえ、元王妃ですわね。夫であるジョン国王は死んでしまいましたから。おほほほ」


 ざわっ


 場がざわめく。この女、殺された夫の敵討ちに来たのか? しかし、アイラは笑顔のままだった。


「ありがとうございます。(わたくし)、死んだジョンに無理矢理結婚させられ、哀しみを内心押し殺す日々を送っておりました。シャルル王太子(こんな素敵な方)に救われる日が来るなんて、早まって自ら死を選ばなくて本当によかった」


 唖然とするシャルル王太子とその幕僚たち。アイラがジョン国王に婚約者であったイザベラを婚約破棄させ、その後釜に納まった事実は諜報によって知られ尽くしていた。


「やっと出会えた私のシャルル王太子(運命の人)。さあ、私と結婚してください」

 アイラはまたもシャルル王太子に飛びつかんとし、衛兵はまたも必死で止める。


「待てっ、アイラ嬢。シャルル王太子()には婚約者がいるのだ。アイラ(あなた)とは結婚できん」


「可哀想なシャルル王太子殿下。意に沿わぬ政略結婚を強いられて、『真実の愛』を知らずにきたのですね。でも大丈夫。これからはこのアイラ()と『真実の愛』を育んでいくのです」


「いや、シャルル王太子()は望んで今の婚約者と婚約して……」


 ズガガガガガーン


 シャルル王太子が言い終わる前に激しい射撃音が聞こえてきた。


「どうしたっ?」


「申し上げますっ! 敵軍ゆっくりと前進し、我が軍を射程距離に収めつつあります」


「すぐさま撤退を開始するっ!」


アイラ(この女性)はどうします?」


「弾丸が飛び交う中に放置もできんな。やむをえん。他の捕虜と一緒に連行するとしよう」


「はっ」


 ◇◇◇


 王弟リチャードは国境線で自軍を停止させ、更に撤退していくシャルル王太子の軍をじっと見守っていた。


 既にシャルル王太子の軍は国境線を越え、自国領内からはいなくなった。しかし、シャルル王太子のことだ。ここでこちらも軍を引き上げると踵を返して反撃に出るかもしれない。


 全くもって油断のならない相手なのだ。


 しかし、それでも間者からシャルル王太子の軍が敵国の王城に入城。軍もいったん解散したらしいとの報が入ると王弟リチャードはほっと一息ついた。どうやら最大の危機は去った。


「やりましたね」

 共に戦ってきた親友侯爵令息アルフィーの声に王弟リチャードも笑顔を見せる。


「ああやったな」

 王弟リチャードも笑顔になる。


「引き上げましょう。王城でイザベラ(姉上)が王子の帰りを今か今かと待っておりますよ」


エレノア王女(わが妹)アルフィー()の帰りをか今かと待っているよ」



次回第七話「二つの恋は結ばれる」

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[一言] アイラのたくましさは嫌いじゃないです! けど…… 誰もが脳筋ではないのだよ、アイラちゃん…… 
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