5 一騎打ちと大砲
夜間のうちは双方とも戦闘を避けた。そして、夜明けと共に開戦した。
先に動き出したのはジョン国王配下の騎兵軍である。一挙に騎兵突撃をかけ、相手を蹂躙するという算段だ。
それに対し、シャルル王太子率いる軍の銃兵たちは一斉に乗ってきた馬車から降り、突撃してしてくる騎兵軍に銃口を向け、整列する。
騎兵突撃の馬蹄の音に焦燥感を覚える者も慌てて発砲する者もいない。冷静に銃口を構え、発射命令を待つ。
馬蹄の音は徐々に徐々に大きくなり、既に銃兵の持つ銃の射程距離内に入ってきているようだ。しかし、発射命令は出ない。しかし、焦る者はいない。
そして、後方から一際大きな銃声が轟く。シャルル王太子自らが出した「発砲命令」だ。
「撃て」
貴族出身の各分隊の指揮官が一斉に命令を下す。
ズドドドドドーン
凄まじい銃声と共に大きな土埃がたつ。そして、土埃が晴れた時、見えてきた光景は。
大混乱に陥っている騎兵軍だった。ジョン国王自慢の騎士たちとその乗馬に装備された鋼板甲冑は確かに銃弾をかなり撥ね返した。
しかし、騎士と乗馬は鋼板甲冑に守られていても随伴する従者はそうではない。彼らの多くは銃弾に倒された。そして、それよりもはるかに多大に騎兵軍に大きな影響をもたらしたものは。
生まれて初めて聞く銃声の轟音に恐慌をきたした馬たちであった。馬は突撃の際の他の馬の馬蹄に音には慣れていた。しかし、これほど大きな銃声は聞いたことがなかった。
馬たちはこの場を一刻も早く立ち去りたかった。そのためには身も軽くしたい。一番邪魔なのが上に乗っている騎士というものである。
馬たちは次々に騎士を振り落とし、思い思いのところに逃げ去らんとする。
振り落とされた騎士は鋼板甲冑のおかげで大ケガすることなく何とか立ち上がるが、そんな彼らに後方からブレーキのきかない味方の騎兵軍の馬蹄が襲いかかる。
一斉射撃による効果を確認したシャルル王太子は続けての射撃を命ずる。ジョン国王配下の騎兵軍の混乱に拍車がかかり、シャルル王太子の銃兵隊への攻撃どころではなくなった。そして、鋼板甲冑と言えど、何度も銃撃を受ければ、穴が開き、装備した騎士も馬も撃ち倒される。
陣営の中でジョン国王は焦燥感に苛まれていた。
こんなはずではなかった。味方の勇猛果敢なる騎士たちは背中を丸めて走る敵の銃兵をあっという間にその馬蹄で蹂躙するはずだった。
だが砂埃で視認が難しいが明らかに苦戦しているようである。
(いや)。
ジョン国王は思い直した。
(敵も思いのほか善戦しているが誇り高き貴族たちからなる騎士が平民の銃兵なぞに負けるはずがない。多少手間取っているだけだ)。
自身の弟リチャード王子が知り得ているシャルル王太子の軍は貴族が銃兵隊の小隊長を務めている情報はジョン国王は掴んでいない。
◇◇◇
ジョン国王が自身の見事な勝ちっぷりを見せるため同行させたアイラ王妃の認識は違っていた。
彼女は戦術戦闘について知識も技術もない。
但し、各場面において「強き者」を見抜き、その隣にいることにより周囲の畏敬、忖度を得る能力はずば抜けていた。
その彼女にとって己が焦燥感を必死で押さえ込むジョン国王はもはや「強き者」ではなかった。
ならば次の「強き者」は?
アイラ王妃はジョン国王に気づかれぬようそっと陣営を抜け出した。高価なヒールは脱ぎ、走りやすい靴に履き替えた。そして、身にまとうドレスが汚れることも厭わず、いや、むしろ汚れることを望んでいるかのように、彼女は何処かに走り去って行った。
劣勢な戦況に心悩ませているジョン国王はそのことに気づかなかったが、さすがに衛兵たちは気づいた。
「あ、王妃様」
「どちらに行かれるのです」
「ここは戦場です。危険ですぞ」
「お戻りください。王妃様」
アイラ王妃はそれらの制止の声を全て無視した。そして、一目散に走り去って行ったのである。
◇◇◇
ジョン国王がアイラ王妃がいないことに気づいたのは、それからしばらく経ってのことだった。戦況は更に劣勢になっていた。
「アイラッ! アイラはどこへ行ったのだっ?」
国王ジョンのその問いに答えられる衛兵はいない。誰もこの短気な独裁者に「奥方様は自らの意思でいずこかへ走り去りました」と言える者などいない。
「そうか。シャルル。シャルルの手の者がアイラを拐かしたのだな?」
その質問にも衛兵はみな答えられなかった。冷静に考えればすぐ分かることだ。正攻法の戦闘で既に優勢となっている相手方、シャルル王太子側がジョン国王の王妃を拐かすなどというリスクの高い行動に出るわけがない。しかし、それを言えばジョン国王の勘気に触れるのは明らかだった。
「おのれ、シャルル。どこまで卑怯者なのだ。こっちは騎士道に基づいて正々堂々勝負を仕掛けているのに、平民の銃兵などで応戦しおって。それだけでも許しがたいのに、わが最愛の妻を拐かすとは。もう許せんっ!」
ジョン国王はおもむろに立ち上がると叫んだ。
「馬引けいっ! 馬ぁーっ! かくなる上はジョン国王自ら打って出て、卑怯者のシャルルをぶちのめしてくれるわっ!」
「陛下っ!」
「それは危のぉございます」
「おやめくださいっ!」
さすがに止める衛兵たち。
「何が危ないものかっ!」
ジョン国王は衛兵たちを一喝する。
「ジョン国王は武闘王チャールズ一世の生まれ変わりだぞっ! 勇を持って臨めば負ける戦なぞないわっ! 何度も言わせるなっ! 馬引けいっ! 馬ぁーっ!」
これ以上ジョン国王を止めると自らの命が危ない。衛兵たちは一際大きいジョン国王の愛馬を引っ張り出した。
「見ておれっ! すぐにアイラを取り返し、シャルルの首を土産に帰ってくるわ」
ジョン国王の頭の中では己自身は英雄なのだろう。衛兵たちは複雑な気持ちでその出立を見送った。
ジョン国王は駆ける。自慢の愛馬にまたがって。その馬蹄で倒された味方の兵士ばかりか敗走してくる味方の兵士を蹴散らしつつ駆ける。
その多くが平民で組織されたシャルル王太子の銃兵。そんなものに殺される、ましてやそんなものから逃げてくる、そんな弱い奴はいらない。そして、ジョン国王は強い。武闘王チャールズ一世の生まれ変わりであるジョン国王は強いのだ。
駆ける。ジョン国王は駆ける。多くの味方を蹂躙し、ついにその姿はシャルル王太子の軍と相対する最前線に到着した。
◇◇◇
「敵も味方もよく聞けっ! 我こそは武闘王チャールズ一世の生まれ変わりである国王ジョンだっ!」
ジョン国王の名乗りにもかかわらず、シャルル王太子の軍から飛んでくる銃弾の嵐は止むことがない。しかし、ジョンはめげなかった。
「シャルルッ! 後ろに隠れていないで、ジョン国王との勝負に応じろっ! 臆病者っ! 貴様らシャルルのような臆病者の下にいてもこの戦勝ち目はないぞっ!」
今度はぴたりと銃声がやんだ。まさか相手方のシャルル王太子が一騎打ちに応じる? ジョン国王の配下たちが一縷の望みを持った時、それはやってきた。
乾いた飛来音と共にそれは現れ、ジョン国王から少し離れたところに落下した。
「!」
大砲の砲弾である。
「シャルルッ! 貴様っ!」
顔を真っ赤にして怒るジョン国王を全く気に懸けることもなく、第二弾も飛来音と共に現れる。
今度はジョン国王の至近距離に着弾する。
「ひきょうも……」
ジョン国王のその言葉が最後まで発せられることはなかった。三弾目が正確に命中し、その鍛え上げられた肉体は意思を持たぬ肉塊になったからである。
次回第六話「危機は乗り越えられるか。乗り越えられたら。」