4 二つのこの危機を乗り越えたら
「私が必要? それは一体?」
当惑し、頬をかすかに染めながらリチャード王子に問い返すイザベラ。
「アルフィーにこれを見せてもらいました」
イザベラが作った筒を見せるリチャード王子。
「これはイザベラがアルフィーに言われて作った擲弾筒」
「イザベラ嬢」
リチャード王子は真っ直ぐにイザベラの目を見据える。
「この国は隣国の軍事的脅威を受け、未曾有の危機に瀕しています。国王陛下は武の力で立ち向かおうとされているが、リチャード王子にはそれで勝てるとは思えない。この国を守るにはイザベラの豊富な化学の知識と技能が必要なのです。そう、この銀の筒、これがたくさんほしい。出来るだけ多く。また数は少なくてもいいですが、この筒を大きくしたものもほしい」
「ふふ。アルフィーより厳しいことを求めてきますのね」
「出来ますか? イザベラなら出来るでしょう」
「やりましょう」
イザベラは微笑んだ。
イザベラの微笑に心を撃ち抜かれたリチャード王子だが、首を何回か横に振ると次の言葉を絞り出した。
「そして、首尾良く隣国の軍勢を撃退できた折りには……僕と結婚してください」
「!」
イザベラはさすがに驚く。
「それは先ほども申し上げたとおり、私は国王陛下に婚約破棄をされた身です」
「こちらも先ほども申し上げましたが、国王陛下は関係ありませんっ!」
リチャード王子の強い言葉にイザベラは絶句する。
「イザベラ嬢。初めてお会いした時から心惹かれていました。しかし、イザベラは国王陛下の婚約者だった。それが婚約破棄となった。この機会を逃したくありません」
「……」
「何としてもイザベラと結婚したい。そのためには此度の戦に勝つばかりでなく、また、国王陛下にこの結婚を妨害させないためにリチャード王子は無類の戦功を立てたい。それにはイザベラの作る武器が必要です」
「……分かりました」
イザベラは更に頬を染めつつ頷いた。
「リチャード王子のことはアルフィーからよく聞いていました。イザベラにはもったいないくらい誠実な方ですね。結婚しましょう。そのために此度の戦勝ちましょう。イザベラも全力を尽くさせていただきます」
「よかった」
リチャード王子は全身の緊張が抜けたようだ。
「これでこの戦頑張れる」
「リチャード王子。一つお願いがあります」
「何なりと」
「それだけの数の武器を作るとなると今の溶鉱炉の大きさでは足りませぬ。今の五倍の大きさのものがほしいところ。しかし、残念ながら今のリンコン侯爵家の財力ではそれを作る予算が足りませぬ。どうか王家のご助力を」
「……」
リチャード王子は沈黙した。いかに王弟と言えど、今の王家は国王とその王妃の独裁であり、予算をくれと言ってもらえるものではない。ましてや国王の理解を超えた武器のための予算である。
「分かりました」
リチャード王子はそれでも頷いた。
「リチャード王子個人の裁量で出せる私費を全額出しましょう。此度の戦に敗れることになれば全て没収されてしまうもの。勝つために全部使いましょう」
「ありがとうございます。新しい溶鉱炉で最高の武器を作ってみせます」
イザベラは力強く言った。
◇◇◇
「王子殿下がうまくやっているか気になるけど、野暮だというのは分かる。でも、アルフィーの仕事というのは?」
別室で未だ分からないという顔をしているアルフィー。
それを見たエレノア王女は溜息一つ。
「リチャード王子は今回一大決心をされて、イザベラ様に告白されました。あれを見て、アルフィーは何も思わないのですか?」
「えーと。やっと告白出来たかと思いました」
エレノア王女はついにキレた。
「リチャード王子のことはもういいです。アルフィーは八歳の時、エレノア王女に十年後婚約しようと言われましたよね。あれは嘘だったのですか?」
「あ……」
アルフィーはようやく思い出した。切れ者のようでどこか抜けているのはリンコン侯爵譲りかも知れない。
エレノア王女はじっとアルフィーを見据えている。真剣だ。これはきちんと応えなければならない。
アルフィーは目を閉じ自問した。イザベラのこともリチャード王子のことも今はいい。自分は。自分の気持ちはどうなのだ?
アルフィーは目を開けた。そして、エレノア王女を見つめ返した。
「エレノア王女。今この国は危機を迎えています。イザベラもリチャード王子も何とかそれを乗り越えんとしている。アルフィーもそう思って頑張っている。そして、この危機を力を合わせて乗り越えたその時には……」
「はい」
「アルフィーと結婚してください」
「はい」
エレノア王女はアルフィーの目を見つめたままゆっくりと前に進み、その手を取った。
◇◇◇
その周囲を鋼板に覆われ、矢や銃弾を撥ね返すよう設計された特製の馬車。
隣国の侵攻軍の総司令官シャルル王太子はその車中にあった。同乗しているのは俊秀揃いの幕僚たちである。
「そして相手方の対応は?」
シャルル王太子の質問に幕僚の一人は迅速に回答する。
「はっ、ジョン国王はこちらの予測通り王城を背にチェビオット平原に陣取りました」
「やはりか。武闘王チャールズ一世の生まれ変わりを自称するジョン国王にしてみれば、地形効果より二百年前に武闘王が大勝した地に陣取ることの方が重要だろうからな」
「御意」
「そして、相手方の陣容は?」
「事前調査から変わっていません。鋼板甲冑で武装した騎士とその従者からなる騎兵軍です。銃兵や砲兵はいないようです」
「ふむ。ジョン国王は出陣に当たって、演説を行っただろう?」
「御意。我らが銃兵を揃えていることは承知しており、銃で撃たれても騎士は鋼板甲冑で武装しているから倒されることはないと言っていたそうです」
「ほう。そう言っていたか」
「もう一点。所詮は銃兵は平民上がりか、貴族であっても騎士としての誇りを捨てた軟弱者。誇り高き貴族であり、騎士である我らが負けるはずがないと言っていたそうです」
「銃兵は軟弱者。だから負けないか」
シャルル王太子は気にとめる様子もなく、淡々と話す。それが自信から立脚するものであることは言うまでもなかった。
◇◇◇
隣国の軍勢もチェビオット平原に布陣。いよいよ明朝は決戦かと思われた晩。三人の貴族がジョン国王のいる陣営を訪れた。
「何用だ? 明日はいよいよ我が国の武を周辺国に示す大事な日だ。夜の番を務める者以外はすぐに休め」
その時のジョン国王はそう不機嫌でもなかった。
「陛下」
そこに現れた三人の貴族は筋骨隆々に鍛え上げられた騎士たちであった。だからこそジョン国王に将として登用されたのであるが。
だが、その三人の貴族から発せられた言葉はジョン国王には衝撃的だった。
「陛下。我が国の騎兵軍では隣国の銃兵を主体とした軍には野戦では不利です。籠城いたしましょう」
「!」
全く予想もしていなかった申し出にジョン国王の顔は真っ赤になった。
「貴様あっ! 言うに事欠いて何を申すかっ!」
「野戦では隣国の軍勢に勝てない。籠城ならまだ勝ち目がある。そう申し上げているのです」
「臆したか? 軟弱者がっ!」
「冷静に申し上げているだけでございます」
「もういいっ! 臆病な軟弱者がおると軍全体の士気が下がるっ! やる気のない者は出て行けっ!」
「そのようにさせていただきます」
「勝手にしろっ! だが、この戦が勝利で終わった暁には貴様らは全員解任だっ!」
「覚悟の上でございます」
三人の貴族はそのまま陣営を去り、配下の部隊と共に速やかに陣を引き払った。それはまるで最初から予定されていたかのようだった。
そして、三人の貴族が率いた騎士たちの向かった先はリンコン侯爵の城だったのである。
次回第五話「一騎打ちと大砲」