3 実験室に籠るイザベラは美しい
アルフィーは銀色の小型の筒をリチャード王子に渡す。
「おおっ、これがか」
筒を手に取ったリチャード王子は目を輝かす。
「性能はどうなんだ?」
「はい」
アルフィーもこころなしか得意げだ。
「鉱山の発破音に紛れて試験したところ、最大射程800メートル。500メートル以下なら命中率は跳ね上がります」
「うむうむ」
しきりに頷くリチャード王子。
「中にはやはりイザベラが開発した『安全火薬』から作った榴弾を込めます。『安全火薬』で作ってあるから着弾するまで暴発しません。発射のエネルギーも『安全火薬』を使います。暴発の心配がない。おまけにエネルギーを有効に使っているから引き金が凄く軽い。訓練された兵士でなくても使いこなせます」
「素晴らしいぞ。アルフィー。製作したイザベラ嬢も素晴らしいが、これを作らせたアルフィーも素晴らしい」
「ふふん」
アルフィーは完全に得意満面の顔になった。
「必殺のフレーズがあるのですよ。『これはまだ他国はどこも出来ていない案件なのです。でも、イザベラならひょっとしたら』と言うと完璧なものを仕上げてくれるんです」
「そうか」
今度は静かに頷くリチャード王子。
「国王陛下は個人の武勇で隣国の侵攻の危機を乗り越えられんとされている。自らを初代国王武闘王チャールズ一世の生まれ変わりと称してな。そのやり方で今回の危機を乗り越えられればそれでいい。しかし……」
「……」
「リチャード王子にはそれで乗り越えられるとは思えないのだ。今回の危機を乗り越える。そのためにはこの国にイザベラ嬢が必要なのだ」
「ふふ」
リチャード王子のその言葉にアルフィーは微笑する。
「この国に必要なのはイザベラの『能力』。そして、イザベラ自体が必要なのはリチャード王子、あなたでしょう?」
「なっ」
リチャード王子は赤面する。
そこにたたみかけたのは、それまでアルフィーとリチャード王子のやり取りを聞き入っていたエレノア王女である。
「リチャード王子。ここに来る途中の馬車で随分とお話したでしょう。決めるのは今しかありません。隣国との戦争は起きるかもしれないし、起こらないかもしれない。だけど、リチャード王子。今、イザベラ様に思いを伝えないと絶対後悔します」
「うむ……」
リチャード王子は筒を持ったまま頷く。
「王子。お願いします。イザベラへの筒の量産と新兵器の製作の依頼。次はアルフィーではなく、王子の仕事でお願いします。では、イザベラのいる化学実験室にご案内します」
「うむ……」
リチャード王子は緊張した面持ちで筒を握りしめた。
◇◇◇
アルフィーは化学実験室のドアをノックした。返事はない。
アルフィーは扉に耳をつけた。
「いますね。イザベラ。実験に熱中しているのでしょう。ノックしたことだし、入りましょう」
さすがにリチャード王子は慌てる。
「おっ、おい、いいのか?」
アルフィーは笑顔だ。
「大丈夫ですよ」
部屋の中は陽の光に溢れていて、「実験室」という言葉から受ける薄暗さとは無縁だった。
いやそれより特筆すべきは、窓から入る陽光を背負うイザベラの姿だ。
白い肌は本当に背後からの陽光を透過しているかのようだ。長い銀髪は作業の邪魔にならないよう束ねられているが、その煌めきは隠しようがない。
縁なしの眼鏡を装着し、左手にフラスコ、右手に試験管を持つその姿は知性のスパイスを加え、神々しいまでの美しさが感じられた。
その姿を見慣れているアルフィーはドヤ顔をしていたが、リチャード王子とエレノア王女は言葉を失った。
しばしその姿を見入った後、エレノア王女だけはようやく「きれい……」という言葉を絞り出した。
しかし、いつまでもその状態というわけにもいかない。唯一冷静なアルフィーが切り出す。
「イザベラ。趣味の実験に勤しまれているところ、お邪魔して申し訳ないです」
イザベラもゆっくりと持っていたフラスコと試験管を下に下ろし、答える。
「いえ。アルフィー。私もちょうど一息いれようかと思っていたところだから」
「イザベラ」
アルフィーは微笑を浮かべつつ続ける。
「今日はリチャード王子とエレノア王女が我らが城を訪ねてきてくださいました。ことにリチャード王子はイザベラに大事なお話があるそうです。さっ、王子」
アルフィーに促されてリチャード王子は我に返る。
「あっ、ああ」
「あら」
イザベラは不思議そうに言う。
「私は国王陛下に婚約破棄をされた身。そんな私にお話していただけるとは」
「あっ、国王陛下は関係ありませんっ!」
リチャード王子の言葉に力が入る。
「イザベラ嬢。あなたの能力、いえ、あなたが我が国、いえ、僕には必要なんですっ!」
目を閉じ、腕組みをし、うんうんと頷きながらリチャード王子の言葉を聞き入っているアルフィー。だが、後ろからその襟をむんずと掴まれる。
慌てて振り向くアルフィー。そこにはエレノア王女の顔があった。
「アルフィー様。これ以上ここにいるのは無粋です。私たちは出ましょう。それにアルフィーには別の仕事があるはずです」
「え? アルフィーに別の仕事?」
そのアルフィーの返答にエレノア王女の襟を掴む力は大きく強まった。
「どうやらますますもってこの部屋にはいてはいけないようですね。他の部屋に行きましょう」
「???」
事態が飲み込めないでいるアルフィーの襟を引っ張り、エレノア王女は共に化学実験室を出た。
次回第四話「二つのこの危機を乗り越えたら」