表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
64/64

残った者の後始末


「ふーむ、今ひとつハッキリしないのう。ウルカヌス村に出たという怪物、詳しい経緯は置くとして滅びたのは間違いないのだな?」

「は……情報が錯綜しておりますが、その点は一致しております。周辺の治安に混乱も見られませんし、少なくとも得体の知れぬモノが徘徊している、と言ったような事はないかと」

「うむ……兵は動かさずに済むか」


 アキノス・アルム・ザルコーミ男爵は、執務机の上に広げた地図をにらみながら、初老の家令と議論を交わしていた。

 彼の正式な領地ではないのだが、訴えられれば司法は取り仕切らねばならないという厄介な地域の村で、正体不詳の怪物出現騒動が起こったという。普通ならば村の責任者――村長あるいは聖教会か神殿の首座――が救援要請なり送ってくるまで待っていればいいのだが、


「しかしウルカヌス村とは……運がいいのか悪いのか……」

「それはどういった意味で?」

「ん?」


 返ってきた声が妙に若作りに思え、思わず視線を上げると、家令が立っているべき場所には、見覚えのないフクロウの仮面をかぶった男が立っていた。


「!」


 とっさに立ち上がり人を呼ぼうとしたのだが、


「落ち着いてくださいザルコーミ男爵。私ですよ。カルスミス様の使いの者です。何度かお話しさせて頂いたじゃありませんか」


なだめるように語りかけられると、男爵の顔から緊張の表情が抜け落ちた。浮きかけた腰を椅子に戻す。


「ああ……そう……そうであったな……して、用向きは何かな?」

「今、話題にされていたウルカヌス村の件です。伯爵様は、村の業務に滞りが生じるのを懸念しており、現場の事情に通じた者をそのまま活かす方向で処置せよとおっしゃられています」

「ほ? それは……村長の一族を使い続けると言う事で? はて、先だって伺った話では、ウルカヌスは郷氏に任せておくには大きくなりすぎた。適当な口実を設けて子飼いの騎士爵にでも預け替えよとの事だったが……」

「そ、それと統治を滞りなくというのは矛盾しません。どちらも大事な事で……」


 何と、そんな話が裏で進められていたのかよと、背中に冷や汗が滲む思いのアノニム。まいったな。江戸時代でいうと「お取りつぶし」と「領地召し上げ」みたいなものか。

 辺境伯発でそんな話ができあがっているなら、そこまで遡って『説得』しなきゃならんかなー、と考えかけていたのだが


「待てよ、フランツ……奴がおったか。……村長が死んだというが、確か入り婿で、本地の正統は嫁の側のはず……」


 男爵は何か思いついたらしく、口ひげをひねりながらしばし考え込んだ。おもむろに――


「あー、使者殿……まだ細部を詰めた考えではないので、『やって損はない手』くらいに報告してもらえれば……」


 男爵が勝手に『無難な落とし所』を作ってくれるのを、やはり地元の事は地元の人間に任せるに限るなと、納得の思いで見守るアノニムだった。


 ◇


 カルスミス辺境伯の使者がウルカヌス村を訪れたのは、事件から一週間ほど後の事だった。先触れに従い、村長宅を訪れた正装の騎士と従士が数名。エマと二人の女中が、緊張した表情で迎えた。


「……ようこそおいで下さいました。村長代理を務めます、エマ・ダム・ウルカヌスと申します」

「久しぶり、エマ。今回の事はご愁傷様だった」


 返ってきた返事と、面当てを上げた顔を見て、思わずエマは漏らした。


「フランツ……! あなたなの?」

「ザルコーミ様の推薦により、辺境伯閣下の拝命を受けた……。君にとっては気の毒だが、以降、ウルカヌス村の責任者は私と言う事になる……」


 しばらく沈黙のまま、二人は見つめ合っていたが


「……むさ苦しい所ですが、どうぞお入りください。飲み物などご用意しましょう」

「助かるよ。では」


エマに促され、一行は屋敷へと入っていった。

 その様子を遠巻きに見ていた村人達の集団。その中に紛れ、素顔をさらし旅装束のアノニムの姿があった。

 いかにも「噂話好き」といった風情のご婦人が、昂奮した様子でアノニムの肩を叩く。


「ちょっと、ちょっと! 見た! フランツだよ、ボーマン家の!」

「は、はあ」

「領都に出て、騎士団で結構な所まで出世してるって聞いてたけどねぇ!」

「まさか、今になってこっちに戻ってくるなんて」

「確かあれだろ? まだ独り身とか」

「こいつはやっぱり……そういう事なんだろうかねえ?」

「旦那が亡くなって一月も経ってないのに? そりゃちょっとバチ当たりじゃないかい?」

「あたしに言わせりゃあユージンの方が旦那の勤めってもんを果たしてなかったと思うけどねえ?」

「…………」


 旅芸人そっちのけでゴシップに興じ始めたご婦人方から距離を取り、小さく吐息をつく。おおよその事情と狙いは、既にザルコーミ男爵から聞いていたアノニムである。村長に就くのは、彼の息のかかった騎士爵フランツ某。副官というか家令というか、そんなポジションでエマには働いてもらう。エマもまだ子供が産めぬ歳ではないし、男女関係が結ばれても構わない。そんなざっくりした構想だった。

 まあこの先どう収まるかまで、確認する気はアノニムにはない。エマの助命が成れば、言外の約束は果たした事になろう。


(さて後は……)


 約束とは言えぬまでも、心残りがある。


 ◇


 場所は聖教会の地下倉庫。「ニセ神父」の代になってから、整理も今ひとつ行き届いていなかったのか、様々な荷物が雑然と積まれていた。

 これでは何もしなくても『ブツ』は見つけてもらえなくなるんじゃないかという不安が脳裏をかすめたが、次にここを任される人が几帳面である事を祈って、異空庫からソレを取り出した。


 『ウルカヌス村自警団物語 作話;ユージン・ダム・ウルカヌス 制作:アノニム』


 更に、板絵芝居の包みに、かなりな量の魔力を籠めて魔法をかける。


「『認識阻害……期間五十年……発動!』」


 包みは一時キラキラと輝いたが、すぐに収まりただの粗布の包みになった。いや、施術者のアノニムには当然そう見えるが、彼以上の高レベル強者か強力な魔術素養を持った者でないと、存在自体を認識できない。今後五十年、そう在り続けるだろう……魔法構成ミスってない限りは。うん。

 バカな男だったとは言え、ユージンの『聖女』にかける情熱は否定できるものではなかった。それに、描き上げた自分の愛着もないではない。この板芝居を捨て去ってしまうのは……やはり後ろめたさと惜しいと思う気持ちが湧いてしまうのだ。

 しかし、単純に残していって上演すれば、エマさんの心情を考えると穏やかなはずがない。夫を、言わば奪われた相手が『聖女』ともてはやされるなど……

 だからこその「五十年後の公開」だった。少々微妙な期間という気もするが……人間、先の事などわからない。この聖教会が火災に見舞われた、などという結末もあり得るのだ。「伝われば儲けもの」くらいに思っておくのがいいだろう。


 村を出て、街道を行くアノニム。何かが頭の隅に引っかかった感じだったのだが、ふと、小学生の頃にやった「タイムカプセル」埋設を思い出し、一人苦笑いを浮かべた。


 ◇


 長い年月が過ぎ、春の陽気がうららかなある日。

 一人の背の高い少女が、聖教会の地下倉庫で途方に暮れていた。


「……うっわー、これを虫干しってマジ? あたし一人で終わるわけないじゃん。しょーがないなー、もぅ。リムルたちが来るまで適当にやっとこう……。あれ? こんな包みあったっけ? ……あ、ちゃんとラベルあるじゃん。なになに……『ウルカヌス村自警団物語 作話;ユージン・ダム・ウルカヌス 制作:アノニム』……って、えっ! ダム・ウルカヌスって確か……神父様ー! 神父様ー! ……」


 少女は小走りで階段を駆け上がり、教会の責任者を呼びに行った。

 貴重な発見かも知れないという予感と、虫干し中断するかもとの期待もこめて。


 ◇

この章終わり。次回より新章です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ