ダム・ウルカヌス
「……生きてますよ」
「「「ひぃっ!」」」
腰が引けた姿勢で現場検証を行う団員三人に、声をかけて生存を明かした後は、この場で何があったかの質問攻めだった。彼らにしてみれば、当然知りたいだろうが……
礼拝堂にいたのは自警団板絵物語の打ち合わせのため。突然柱の内側から怪物が現れた事。その時に気絶してしまって、後はよく分からない……という線で押し通そうと試みたのだが、
「あなたが悪魔を打ち払って下さったのですね?」
「いやいや、なにをおっしゃいますやら」
「恐らく、カルスミス辺境伯かマクン神殿の密偵、いや監査官殿では……?」
村長夫人がそんな事を言い出し、他の三名もその予測を信じてしまったようで閉口した。
仕方ないので、「まあそういう事にしておきましょう」と、エマの思いつきに乗る形になり、村の事情聴取を進める事とした。
……アノニムとしてはダブルヘッダーの気分である。宿屋のベッドが恋しかったが、仕方ない。
エマの作り出した「やんごとなき身分の方が放った密偵」と言う身分の威力は絶大で、ほとんど『催眠誘導』なしで話を聞く事ができた。色々と、ユージンたち三人とは別視点の話が聞けて興味深かった。
まず、この村の村長を務めてきた土豪、ダム・ウルカヌス姓を名乗ってきた家の本筋は夫人であるエマの方だと言う事。ユージンは入り婿で、古株の村人だという三人からは
「よそ者がエマ様をたぶらかしおって」
「まともに村長の仕事もしない放蕩者が」
「エマ様も、さっさとあんな男、見切りを付ければいいものを」
と、評価は散々だった。
それでも夫人は影から村長職を支えるというか、ほとんど代行と言っていい状態だったらしいが、内助の功を勤め続けたらしい。……なんだかなあ。
村を訪れる旅人を襲うような行為も、古老の昔話に聞く程度で近年全く行われていなかったという。理由は単純で、村がそこそこ豊かになり飢える事が無くなったからだ、と。
「ヤバイ事に手ェ出さずに済むんならやらんて。当然さね」
との事。
ところが……二十年ほど前になるが、領都に出て冒険者を目指していたクルーガーが帰郷し、自警団の団長に収まってから状況が変わったという。
彼が団長に居座ったのは冒険者稼業で身につけた武技によっての「力尽く」であり、それによって自警団の性格自体が大きく変わってしまった。彼らは「村に徒なす不逞の輩」という名目で、勝手な基準で旅人を締め上げ、私刑を加え、私財を奪うようになったのである。
見かねた自警団の先達がクルーガーをいさめにかかったが
「あれぇ? おりゃ、セブじいさんから、昔のウルカヌスはもっと過激だったと聞いたけどなあ?」
などとうそぶき、聞く耳を持たなかったという。
そして十年前の旅芸人一座の虐殺事件が起こった。規模から言っても、それまで手を染めていた暴行・恐喝と一線を画していた。事実関係を知った後、古株の団員の中では、このまま自警団がずるずると犯罪組織化しかねないとの恐れが湧き、この地方を治めている貴族に密告しようか悩んだという。
しかし……事件は意外な進展を見せた。
慰み者にしていた一座の踊り子が、礼拝堂に展示されていた『遺物』に呪いをかけ……一体化? してしまったらしい。証言者の古株自警団三人とエマはその場に居合わせたわけではないので詳しい事は判らないが、クルーガーやマルセルが、人の遺体のような物を焼却しようとして失敗し、途方に暮れていたところからは知っていた。
「娘っこの右目のとこによう、『悪魔の触角』が食いこんどるのよ!」
「顔がまた、こう、クワッと口開けて、恨み言吠えそうな形相でよう!」
「槍で突いても、もう傷つきもしねえのよ! マハリク、ザナ。マハリク、ザナ……」
もう催眠誘導など使うまでもなく、「誰かに聞いてもらいたかった」と言わんばかりの勢いで彼らはしゃべり続けた。
ともあれ『ソレ』は、動き出す兆候が無かったので、封じ込めて様子を見ようという事に決まった。まあ、問題の先送りである。主導したのはマルセルだったというが、
「……まさか本物の悪魔の一部が聖教会に安置されていたとは。『悪魔の触角』は、いつの間にか天に召されていた事にしましょう。この件、外部に知れれば、これまで見過ごしてきた村全体の責任問題になりかねないのをお忘れなく……」
そんな言いぐさで村民の口封じを謀ったという。
「あのエセ神父が! クルーガーたちの非行に手を貸しておいて、どの口でそんな事が言える?!」
憤懣やるかたない団員たちだった。もっともな話である。
ともあれ、その件以降、さすがの「出戻り団長」殿も、無闇に旅人に難癖を付けて襲う事はしなくなった。どんなスキルを持った者が紛れているか、知れたものではないと学んだわけだ。
以来、目立たない形で恐喝行為は繰り返されてきたようだが、表面上、ウルカヌス村は平穏な時を刻んできた。だがしかし……
「何で、今になって……」
「罰が当たる時期に、理由はいらねえべ?」
「けんどよう、いくら穀潰し……あ、いや、ちょっと働きは物足りなかったけんど、村長まで……」
男たちはチラチラと、俯いて無言のエマを伺っている。実際、かなり憔悴した様子だったが、小さく息を吐くと振り切ったように語り出した。
「……いいんですよ、気を使わなくても。これも運命だったのでしょう。むしろ……あの踊り子への入れ込み具合からすると、自ら生け贄に身を捧げかねない勢いだったから……本望じゃなかったかしら?」
……どうやら、おおよその事情は察しているらしい。女のカン、恐るべし。
エマはアノニムに真っ直ぐ身を向けて訴える。
「この件、どのようなお裁きが下るのでしょう?」
「……いや、何とも。私が決める事ではありませんな」
ウソは言ってない。うん。
「ご覧の通り夫は既に亡く、私たちの間には子も授かる事が出来ませんでした。女の身で笑止と思われましょうが、ダム・ウルカヌスの名を許された者はもう私一人。どうかこの身一つの処分で終わらせ、他の者に累を及ぼさないで頂けないでしょうか……?」
「エマ様!」
「そんな!」
「それではあまりに!」
「…………」
本気っぽいね……。どうしようかなあ。実際、ここら辺を収めている貴族か役人が、どういう問題処理の仕方をするのか見当が付かないし。
しかし……事後処理を無難にこなせそうな人は、どうもエマさんくらいらしいなあ。団員からも、慕われているっていうか、頼られてる雰囲気だし。……面倒だが、一肌脱ぐか。
「まあ落ち着いてください。村の関係者に処罰が下ると決まったわけではありません。私見ですが、今回の件の原因となった事件の責任者は、因果応報、既に亡くなっています。他の者に重罰が科せられる事はないと思いますよ」
俺も適当な事言えるようになったねえと、そんな思いが脳裏をよぎった。こんな風にして人は汚れた大人になっていくのか……なんてね。
口先八丁の出任せだったが、エマたちを安堵させる効果はあった。アノニムに、拝まんばかりに感謝するエマと団員を、もう夜も遅いからと帰宅を促した。
帰りしな、ふと思い出し訊ねてみる
「そう言えば、あの『悪魔の触角』とは何だったんです? 何かご存じないですか?」
団員三人は顔を見合わせるばかり。エマも困惑顔で答えたのは
「さあ……私が物心ついた時にはもう、礼拝堂に展示されていました。ただ、先代の神父様が『アレはマクン神殿から照会のあった『聖遺物』だろうか? いやしかし、とても聖なる物とは……』と、悩んでおられたのを記憶しています」
「そう……そうでしたか。いや、引き留めて失礼。お休みなさい……」
マクン神殿が聖遺物を探している事は、この近辺の聖職者や冒険者にはよく知られた話であった。それこそ『ベラ』の手配書よりずっと古く、知名度も高い。
(確かにアレは、兵器として用いる事が出来れば絶大な威力を発揮するだろうが……)
その意味でマクン神殿は『聖遺物』と呼んだのかと、奇妙な納得感がアノニムの胸に落ちた。
◇