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悪魔と呼ばれた男(仮)  作者: 宮前タツアキ
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犠牲

 ロングホーン(仮称)の口顎部が矢のような速さで打ち出され、迫ってきた。カミキリなのかヤゴなのか、どっちかにしてくれと、心中ツッコミながらなぎ払う。

 ジャバラ状の触手と言った器官は逸れ過ぎていったのだが、


「あぎっ!」


逸らした先から苦鳴が上がり、血の気が引いた。見れば、魔導杖を構えたマルセルののど首に、顎先の牙が食い込んでいる。


(バカ野郎! なぜ逃げない!)


 口に出す暇もなく、鞭角獣の杖を収納し、不壊剣と手持ちの中では業物のショートソードをカニばさみ型にして切断を試みた。


バキーン!


 嫌な破音と共に、あっさりショートソードの刃が折れ飛ぶ。


「ちいっ!」


 何という皮殻の強度。文字通り、刃が立たない。加えて、セオリー的に強敵相手には武器に魔力を通して強化するのだが、この相手にそれは、恐らく悪手だ。

 ほんの一秒ほどの間を置いて、マルセルの体が急激にしぼんだように見えた。「吸血」「吸精」というワードがアノニムの脳裏に走る。


「……くひゅぅ……」

「ギギッ!」


 空を切る音と共に、口顎の触手が回収されて行く。老神父の体は鈍い音を立て、くずおれた。

 ロングホーンの体が一回り大きくなったように見えた。判りやすい変化だった。コイツは餌を食らって成長している!


「死ねえっ! バケモノぉっ!」


 クルーガーがどこからか取り出した手槍を振りかざし、突進してきた。マルセルの杖といい、彼らの『影の仕事場』に隠しておいた物らしい。


「よせ! やめろ!」

「るせえっ! よそもんがあっ! 『貫きペネトレイト』!」


 自警団長の腕前は予想外に高かった。若い頃に冒険者を目指したと言っていたが、結構いい所まで行っていたのかも知れない。しかし、目の前の甲虫生物、普通の「いい腕」が通じる相手じゃなかった。魔力を籠めた戦技スキルとか、止めてくれよホントにもう。


グギッ!


 槍の穂先は、折れはしなかったが飴のように曲がりひしゃげてしまった。ヒットした瞬間、魔力が吸収されたのが見えたアノニムとは違い、クルーガーにとっては信じられない結果である。穂先を見つめ、茫然と立ちつくす彼の左胸を、放たれた顎触手が貫いた。


「ごふぁ……!」

「くっ……!」

「ギジュズズズ!」


 クルーガーもまた、魔力と生命力を吸い尽くされて死んでいった。だというのに……打てる手が思いつかなかった。見過ごせば、相手の強化をもたらすだけだと判っているのに!

 事実、ロングホーンはさらに成長の度を増したように見えた。牙や手足のトゲが肥大化し、より凶悪なシルエットに進化している。


(どうすればいい? 落ち着け。今まで見聞きしてきた物語の中で『エネルギーを吸収して成長していく敵』は、どんなふうに戦い、倒された? 俺はそのパターンを山ほど知っているはずだぞ。……ただ、全てが空想フィクションの中での出来事だってだけで。)


「ギシャアアアアア!!」

「くっ!」


 二本の触角、顎触手、そして踏み込んでの前足でのなぎ払い。目の前に立つ者を千々に切り裂く猛攻を、アノニムは必死に受け流し、かわし続けた。そしてそんな応酬の最中にも、強化魔法で加速された思考が裏側で閃光のように巡り続ける。


(1.吸収できる限度以上の『エネルギー』を注ぎ込んで自滅させる。真っ先に思いつくけど……コイツの魔力吸収能力の『底』が測れない事には……自前の魔力で試すには危険すぎるな。

 2.『エネルギー』を、逆に吸収してしまう。どうやって? 手段さえあれば候補になり得るが……

 3.脱出不能な場所に閉じ込める。エネルギー吸収と言うより、倒しづらい敵一般に多用されるパターン。無論問題は、そんな便利な場所の心当たりが無いってこと。)


 整理してみると「山ほど」は知ってなかったなと、独りごちるアノニム。すると――


「……どうしたんだいベアトリーチェ? 何がそんなに苛立たしいんだい?」

「っ!」


どこか間延びしたユージンの声が上がった。礼拝堂の隅に風魔法の反動で飛ばされていたらしく、よたよたと起き上がり、こちらに近づいてくる。

 来るな、バカ! 俺、催眠解除したはずだぞ! 何やってんだ!


「……ああ、そうだね、君が一番だ。君が最も、この世で尊いよ……だから」

「おい、頼む! 自殺志願は他所でやれ!」

「ギチッ?」


 恍惚とした表情で、ユージンは両手を広げた。


「今こそ、あの時できなかった誓いを果たそう……僕の全ては、君の物だよ」

「シュッ!」


 棒立ちのユージンへ、顎触手が放たれた。同時にアノニムも身を翻して踏み込み、不壊剣を振るう。


「がはっ……」

「ギシャアァァァァ!」


 フクロウ仮面はユージンを護る行動はとらなかった。狙ったのは、顎触手の付け根。延びきって露出した体節の継ぎ目を。

 ロングホーンから初めて濁った苦痛の吠え声が上がった。触手は完全に切り落とされ、地に落ちて数秒のたうった。

 初めて与えた痛撃が相手をひるませている間、アノニムは再度身を翻し、ユージンの元へ。倒れ伏す身に手を触れて唱える。


「『治癒ヒール』!」


 しかし……回復の手応えは無かった。見れば、一撃でのど首を半ばまで食い裂かれている。


「…………」


 言い訳はすまい。ユージンが自ら身を投げ出す事を望んだ以上、ずっと護り続けるなぞ自分にできたはずが無い。

 頭を切り換えろ。この男はバカだったが、貴重なヒントを残してくれた。そうだ、鍵はやはり『二次元座標支配』だったんだ!

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